八戸市で今も操業するとある工場は、かつて別の会社名で営まれていました。さらにその工場が出来る前、その場所では漁師の網元が漁と商いを行っていたそうです。網元とは、漁網・漁船などを所有して、網子(あみこ)と呼ばれる漁師を雇って漁業を営む者を指します。ここでお話をする網元も類に漏れず、多くの漁師と女中を抱え、たいそう立派な商売をしていたということです。
ある時、網元は過ちを犯します。妻を持つ者であるにもかかわらず、女中の一人に手を出して、果てには孕ませてしまったのです。網元は思案しましたが、結局その事実を妻に伝えました。妻はこう答えたそうです。網元を非難するでもなく、女中を首にするのでもなく、ただ・・・こう言ったそうです。
「子供を産ませなさい」
かくして女中は網元とその妻の下にいるまま、網元の子を産みました。しかし、するとどうでしょう。網元の妻はぐるりと態度を変え、網元にあることを命令しました。それはとてつもなく恐ろしい命令でしたが、網元は逆らうことは出来ませんでした。網元は、屋敷を建て替えました。女中とその子供を生きたまま逆さまに埋め、その上に柱を立て、埋め込めてしまったのです。
それから幾年が過ぎ、理由は分かりませんが、網元は商売をたたんだか、ねぐらを変えたかで、この場所から去りました。この土地は網元とは縁もゆかりもない事業主によって工場が建てられる事になり、工事がスタートしました。しかし工事は上手くは進みませんでした。何故か事故が立て続けに起きるのです。ひどい時には、1日で8人もの作業員が亡くなりました。あまりに異常な事態に、工場の事業主は周辺に住む人々に聞き込みをすると、網元と女中の一件・・・逆さ柱の件を重々しく地元の住民は語りました。
それを聞いた事業主は、女中と子供の霊を慰めるための社を建立し、祈りを捧げたところ、ただちに事故は止み、無事に工場を建てることができました。その後、工場は名前を変え、今も八戸のとある場所で操業を続けています。もちろん、女中と子供を祀る社も今に残されています。
ところで。雨の降る夜になると、今でも足音が聞こえるそうです。ぺたっ、ぺたっ。足音を聞いたり、足音が出たことを噂で知った人々は、「逆さ柱にされまいと子供を抱いて裸足で逃げる足音だ」と口々に言いながら、不幸な最期を遂げた女中と子供のあの世での平穏な日々を祈るのだそうです。
その足音は決まって雨の降る夜、ぺたっ、ぺたっ、と近づいてきます。時には、足音を聞くだけでなく、その姿が見えることもあるのだといいます。足音のするほうに目を凝らしてみると、闇の中からまず女中の膝から下、着物の裾がたくし上げられたスネが見えるのだそうです。その足は、ぺたっ、ぺたっ、と近づいてくるのですが、何故か膝から上はいつまで経っても見えないのだそうです。
逆さに埋め込まれてしまったがために、膝から上は逆立ちしているように逆さまになっており、土の中に潜り込んでしまって、女中の青白い膝だけが近づいてくるのだそうです。
工場と社の近くに住む人の間では、今も語りぐさになっている、お話です。
ぺたっ、ぺたっ。