ささやかだけど、役に立つこと 〜館越山
市民の方でも馴染みのない地名かもしれません。中心街から南へ、吹上から中居林・是川へと抜けていく途中に、館越山と呼ばれる小さな山があります。その山を境にして、八戸中心街から伸びる住宅街は様相を変え、昔ながらの畑と住宅が混在する農村地帯になっていきます。吹上から中居林への入り口となる道合地区から田向地区へ向かう道すがらの散策は、城下町とは趣をまったく変えた昔懐かしい風景と匂いを味わう穏やかな旅となりました。
その距離たったの500メートルなのに、やけに心に残る旅になりました。
'09 8月11日 (火) 11時05分:中居林
バス道路から少し入り込むと見えてきた集合住宅。
従兄弟が住んでいたのと、同じタイプ。
友達が住んでいたのと、同じ佇まい。
子供の頃の僕が駆け出てくる錯覚に捉えられた僕は、
コスモスの揺れるさまを眺めながら、しばし懐かしさに浸りました。
八戸に点在する集合住宅は、もはや八戸らしさの1つのように思えます。
子供の頃は、友人の家にも気軽に入れたっけな。
子供の頃の僕は気づかなかったけれど、
町じゅうに花の香りが広がっていたのだなぁ。
少し窪んだところにある中居林温泉さんを横目に見ながら、
中居林と田向の境界へと歩を進めていきます。
旺盛に咲き、散っていく。植物は人間とは別に世代を繰り返しています。
草は広がり、人は踏みしめる。それぞれが譲歩した結果としての道の慎ましさ。
生け垣は都会のそれとは比べものにならない迫力でせり出していて、
まるで生命の群れの間を縫っていくように歩くと、
静かに草木や野菜を育てる黒い土の畑が現れました。
畑なのに、畝(うね)の間を美しい花々が埋めています。
雑草だけが間引かれ、花々は残されたその場所は、
ただ機械的に食べ物を作るための畑では、決してないと思う。
自然を尊重し、愛でる姿勢があるからこそ、このような畑が出来上がるんだ。
下草が丸く縁取るその中には、整然と畝の縞模様が流れています。
しっとりと湿る土と、水滴を冠する草花。
そんな光景は田舎では当たり前なのかもしれないけれど、
なぜだろう、僕の心はみずみずしさを取り戻し、癒しや励ましを感じました。
畑を作られているおばちゃんに挨拶をして、少し中に入らせてもらいました。
僕らが道を引くのではなく、道を「引かせてもらっている」感じ。
この景色を作るには、人の手が入ることと、自然を尊重することの両方が必要です。
ここに住み畑を作る方々は、誰に言われるでもなく、
あくまで自発的にこの豊かで美しい光景を守ってくれています。
人は生きながらも、こんなに自然と住み分けることができるんだ。
おばちゃんは「きれいな花を撮ってね」と言って笑ってくれたけれど、
それと同時に「この光景自体の素晴らしさ」を撮りたいと僕は思いました。
小さな山のふもと、それはきっとささやかな風景でしかないのかもしれないけれど、
僕は実際にこの光景に癒され、励まされた。
自然と生活が溶け合うこの光景は、真の意味で「役に立つ」ものだ、と思う。
「ささやかだけど、役に立つこと 〜館越山」 終
解説
中居林から田向にかけて、繁華街から見ると館越山の裏手に、こんな光景は広がっています。田向といえば目下区画整理と再開発が進む新しい商業地として市民から認知されていると思うんですが、ほんの少し山に入るだけで、これほどまでにのどかで慎ましやかで美しい農村形態が残されているんですね。新しい市民病院から直線距離で1キロメートル、三日町からは2キロメートルほど・・・と言えば、いかにこの地域が市街地から近く、かつその自然の豊かさが驚くべきものかがご理解いただけるかと思います。
開発される館越山と、残される館越山
近年、吹上から類家へと抜ける新しい道が造られるに辺り、第一中学校の南側に広がる館越山の一部が切り拓かれました。かつて山だったところには橋がかけられ、類家・青葉・小中野・陸奥湊の辺りまでを見渡すことが出来るようになっています。拓かれていく八戸を象徴する光景の1つでしょう。
切り通しに架かる橋、その名も・・・
「天狗の木橋」。館越山には天狗がいるのかも?
見下ろすと、4車線の新しくてキレイな道路が伸びていきます。
夢の大橋まで見渡せる、隠れた絶景ポイントでもあります。
開発されていく館越山と、残される館越山。その2つはそれぞれに魅力があります。これまで吹上・中居林・田向に囲まれた館越山の辺りは特に市民から注目されることもなく、なんとなく「住宅地なんでしょ?」という認識ぐらいしか持たれていなかったんじゃないかと思います(僕もそうでした)。しかし、よくよく見てみると、なかなかどうして面白くなってきている地域ではないかと思うんですね。
- 三日町から2キロメートルという「最も市街地に近い農村形態」
- 切り通しに渡された新しい絶景ポイント「天狗の木橋」
- 区画整理と市民病院建設によって拓かれつつある「八戸で最も新しい商業地」
まるで「新しい八戸」と「古い八戸」の間に「天狗の木橋」が架かっているようで、面白いなぁ。
「田舎」の美しさ
さて、今回のフォトジャーナルに示したような「繁華街に最も近い農村地帯」の風情が残って欲しいと思うのは、何も僕個人の趣味の問題だけではなく、八戸という町全体にとっても大事なことなんじゃないかなって思うんです。ワガママであることは承知した上で言うのなら、このご時世で畑を維持するのはとても大変だと分かってはいるものの、やはりこの美しい光景は「ささやかだけど、役に立つ」と思うんです。都市の発展と、昔ながらの光景の保全。そのいずれもが、八戸に欠けてはいけないことだと思います。だからこそ、館越山のふもとに広がる美しい農村形態の価値を、まず認めておきたいんですね。市役所の皆さん・政治家の皆さんは、今日も一生懸命八戸市の発展のために働かれていることでしょう。それと同じぐらい、館越山のふもとで畑を守っている方々の行われている事も「スゴイこと」なんだと、僕は言いたいんです。あの光景、あの匂い、あの草花の気配・・・もしよろしければ、一度歩いてみてほしいと思う次第です。そこには、きっと都会の人が焦がれるほどの「美しい田舎」があるはずです。










