古くて寂しい。それが僕らの町 〜本八戸駅から鮫駅まで

八戸と岩手県・久慈市を結ぶ在来線である八戸線で、旅に出ます。旅といっても、その距離はたった6.3km。八戸最大の繁華街の最寄り駅である本八戸駅から、八戸の漁業を支える第一魚市場や蕪島への最寄り駅である鮫駅までの旅です。

本八戸駅は繁華街からほど近く、市役所・公会堂・警察署などの中枢機能が並ぶ地域を抜ける目抜き通りの起点に作られた重要な駅です。

一方鮫駅は1924年(大正13年)に新設され、古くから漁師の町として栄えてきた鮫周辺を支えてきました。

・・・が、今はどちらも活気を失っています。駅前の商店は郊外型量販店へ流れ、そもそも市の主な生業である漁業が下降線だから、飲み屋さんの景気も下降。地元では目下懸命に活性化・再開発が検討されていますが、地元の方々の努力も日本全体の景気が災いしてか、非常に大変な道のりになっていると聞きます。

ならば。頭を切り替えてみましょう。目の玉を後ろに付けて、過去を見るんです。そこに立ち上がるのは、活気ある頃の八戸の人影と往来。過去の栄光と、あまりにも過酷な現在の姿。新しく前向きな視点で八戸の現状を捉え直すには、過去と現在の間で折り合いを付けなくてはなりません。八戸の現在を諦めるのではなく、受け入れる。理解し、価値を見いだす。新しい希望を掴むための旅−その足取りの、6.3kmです。

'08 01月03日 (木) 10時50分:三日町

いきなり、八戸の市街地なのに長崎の文字。いやはや。

「すぐそこです」の字体が素晴らしい看板を見つつ、駅前通りを進みます。

路地裏の猫。古びた建物によく合います。

それにしても駅前のこの通り、看板ばかりが目につきます。

残念ながら店が閉じてしまい、看板だけ残っている場所が多いのです。

古さの中に気品や味を感じる看板を眺めながら、本八戸駅に到着。

電車が来る時だけ車掌さんが立ちます。質素で良いシステムですね。

うみねこの壁画も薄暗い通路を抜け、ホームへと上がります。

鋭く冷たい冬の風の中、女の子がひとり、電車を待ちます。

風邪ひかないようにね、と思いながら一枚パチリ。

「待ち人来らず」ならぬ「待ち人おらず」。

駅前商店街にも往来はありません。

とても静かで、とても澄んでいて、寂しいな、と思う。

電車がやってきました。2両編成が、カタコトとホームに入ります。

ホームに描かれた味のある矢印に従って、早速乗り込みます。

都会の電車には無い、カタタンコトトンという静かな足取り。

コンクリートの壁が異常な圧迫感のホームは、小中野駅。

繁華街から離れると、建物が低くなってきます。

セメント工場が見えてくると、まもなく新井田川。

新井田側に架かる湊橋(みなとばし)から海方向を眺めると、

工場と水産加工場の煙が冬を暖めていました。

朝市で有名な陸奥湊。建物の色合いがくすんで、シブい。

陸奥湊駅。さわやかな光が差し込みます。

住金鉱業さんのサイロが見えてきたら、もうすぐ。

さあ、鮫駅に到着です。すっかり海の香りです。

少ないながらも雪化粧したホーム。旅情をかきたてます。

名所案内の看板の通り、鮫駅は蕪島への玄関口です。

アルミで出来た都会の電車とは違う、丸くて鉄っぽい車体。

電車、ホーム、駅舎。海のそば。ロケーションばっちり。

ドラマの1シーンみたいな、画になる光景です。

駅舎へ向かう階段には、八戸の名物の絵が並びます。

うみねこ、いか、ここの地名である「鮫」。良い。

八戸になる前、鮫は「鮫村」というひとつの村でした。

1929年に八戸町・小中野町・湊町と合併する前から、

第一魚市場を擁する漁村の足として活躍して来た、鮫駅。

待合所はとっても暖かくて、眠くなります。北国ほど暖房は強いのです。

いよいよ駅前へ。例に漏れず寂びれていますが、

坂道に張り付く漁村の形態を今も残しています。

地元の人たちの町を盛り上げる意識の高さが、いじらしい。

鮫駅全景。

クールビューティな女の子が、ひとり誰かを待っていました。

鮫駅の看板より大きい標語の立て看板。その不器用さ、好きです。

海沿いの漁村形態と線路が交差するので、町は踏切だらけです。

とてもとても古い壁。上品さが漂うデザイン。

鮫のメインストリート。漁業最盛期は、魚がぼとぼと落ちていたといいます。

小さいながらに、どっこいやってるパチンコ屋。

踏切からの眺め。静か。

漁業で財を成した家でしょうか? 老いつつも、風格正しく。

財を守り続けてきた蔵も、今は風と時間に吹きさらされています。

時を経た果てに古く寂びれたこの町に吹く風は、

ほろ酔い漁師の自慢話のように、今と昔を行ったり来たり。

「古いこと」を許せ、と風は語りかけます。

「寂びれていること」を許せ、と風は語りかけます。

古く寂びれているのは、栄えたかつての日々から今日まで、

人と町が生き続けて来たことの証明なのだ、と。

古く寂びれていることに嘆くのは、もうやめよう。

八戸は歴史ある港町文化を今日まで守り抜いた。

「古く寂びれていること」は、港町文化の、八戸に住む僕らの一部なのだ。

古くて寂しい。それが僕らの町 〜本八戸駅から鮫駅まで 終

解説

高度経済成長の果てに、日本は農業・漁業・畜産分野において大きく後退しました。これは時代の流れで、仕方のない事です。漁業を柱として成長した港町は、いずれもこの時代の流れには逆らえません。日本中、どんな漁港も、辛い。どこも一緒なんですね。この事実を受け入れなくては、港町自体を肯定できなくなってしまいます。さらに言えば、「古く寂びれているVS新しく立派だ」なら、「新しく立派だ」のほうが良いに決まっている・・・と考えていたのでは、八戸市の予算がいくらあっても足りません。頭を切り替えなくてはいけないと、僕は思います。

「古く寂びれていること」を受け入れる

漁業が衰退した以上、今の八戸や日本全国の港町に流れる寂びれた空気は、もはや「港町につきもの」になっています。港町であるなら、当然のように施設や町は古く寂びれている・・・ということです。漁師をはじめ、港町に住まう人々が日々感じる切なさ・やるせなさは、すでに港町文化に溶け込んでいるのです。

隠そうとしても、観光客には間違いなくバレます。そもそも「古く寂びれていること」が港町文化の一部であるなら、港町文化から「古く寂びれていること」を取り去っては魅力は逆に下がってしまいます。隠すのが間違いなのです。ここな正直に、この切なさも含めて、観光客に味わってもらうのが得策だと考えます。勇ましい出港式、うまい魚、熱い人情、不器用な笑顔・・・そういった美点は、どんな港町だってアピールできます。ならば、「古く寂びれた港町」。かつての栄光を想いながらも、懸命に辛い現状に耐える今。その耐える姿があってこそ、より出港は勇ましくなり、より人情は暖かく届き、切なさが胸を打つのではないでしょうか。

例えば演歌的であることが、差別化につながる

「漁師」「北海」「青森」「港町」といったキーワードは、いずれも演歌的な切なさや情のようなものを連想させます。もし観光客に「今、八戸は古く寂びれている」というメッセージが届いていれば、鮫の古く沈んだ街並を見る度、朝市のイサバノカッチャを見る度、出ていく船を見送る度、切なく暖かい何かを感じてもらえるのではないかと思うのです。市場の活気なんて、どこの港町でもアピールしています。単に「活気ありますよ!」ではなく、「その裏に辛く苦しい現実があるのに、市民と市が頑張って、この活気を作っているのだ」というイメージを観光客に持ってもらうことが、新しい魅力となるように思うのです。今、演歌というと「とりあえず、青森とか、津軽海峡とか、あの辺り?」ぐらいのイメージしかありません。演歌と言えば○○、という場所が、今ポッカリと空いているのも、大きなチャンスです。

さらに言えば、日本国内の有名な港である横浜・神戸などは「異国情緒」というイメージを持っていますが、「漁業が盛んで、古く寂びれていて、演歌が似合う」というイメージは持っていません。市として「寂びれていますよ、僕たちの町は!」とは言いにくいことは想像に難くないけれど、堂々と差別化の道を進まなければ、ただでさえ海に囲まれた日本の数々の港湾都市に埋もれ、未来はないでしょう。

港町文化は、過去の繁栄の末に今は「古く寂びれていること」を取り込むことによって、はじめて真実となり、はじめて差別化でき、はじめて人の心を打つ説得力を持つのだと、僕は断言したい。そして、八戸から帰った観光客が「八戸ってね、おいしい食べ物とか祭りとか色々あるんだけど、どこか演歌みたいに切ない『The・港町』って感じがして、雰囲気が良いのよ」と口コミで八戸を広げる未来をイメージすべきだと、僕は言いたい。

マイナスをプラスへ

もうひとつこの提言の種明かしをすると、「古く寂びれている」とくっついてポジティブな意味を持つキーワードは、「港町」以外に無いんです。演歌的な切なさ・情というものを連想させるには、港町しかありません。「都会」+「寂びれている」は単にダメになった町ですし、楽しいレジャーや遊園地とも相性は最悪。強いて言えば「温泉」+「寂びれている」は成り立ちますが、「温泉」はすでに「人里離れた」「寂びれた温泉宿」といった要素を内包していますし、演歌的な要素も生まれません。

繰り返しますが、「古く寂びれていること」を単純なマイナスとして捉えてはいけません。新しく華やかなものを作ろうにも、八戸にはそんなお金はありませんよね。ならば、そこで必要となるのは、マイナスを許し、 受け入れる考え方・・・そう、マイナスからプラスへと転換させるためのキーワードが、「港町文化」なのです。そしてそのマイナスは、八戸市や八戸市民の努力や人情を裏打つ証拠となるのです。

心を動かす「文化観光」を

やっと観光活性化の兆しが見え始めている屋台村も、うみねこの強く凛々しい姿も、演歌がよく似合いますよね。八戸の今と過去を想いながら、切なくなったり、笑ったり、食べて飲んで、心を動かしてもらいましょう。新しいものを作って派手さや規模で引っ張る観光は、今の八戸には向きませんし、既に使い古された文法です。「文化を観光する」あたらしい観光の形を見いだしてほしいと思います。町の命は、そこに住む人々と、人々が形作る文化なのですから、それをそのまま観光客の皆さんに見てもらえば良いのです。八戸が素直になればなるほど、観光客の皆さんは本物の「現地の空気」に触れ、そこから何か意味を見出そうとするはずですし、それこそが観光客にとっても八戸にとっても幸せなことなんじゃないかなって思います。

提言:古く寂びれていることこそが、人の心を動かす八戸の港町文化の真骨頂だと、僕は思う。

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