春風に許されて 〜五月の海岸線・八戸−種市

太平洋側に位置する八戸の冬は、日本海側の町にたっぷり雪を降らせた後の風が吹くので、雪が少なく過ごしやすいと言われます。しかし裏を返せば、風は乾き、雪も降らず、ただただ寒いだけ。海は荒れ、昼間も暗く、陰鬱な季節に感じられます。八戸の冬は、それは辛いものです。

でもその分、春はあまりに優しい。今回の旅は、春うららかな五月の海岸線をドライブします。あんなにも厳しかった冬は、どこに行ってしまったのか? と唖然としてしまうような、静かで穏やかな浜辺を辿ります。それはもう、ややこしい事でこんがらがった頭の中すら風が吹き抜けて行くような、体を締め付けていたネジが緩むような、リラックスという言葉も安っぽく感じられる程の、心も体も緩む体験です。

31枚で巡る、春の風景です。

'07 5月5日 (土) 12時42分:八戸久慈自動車道

海に続く道。山肌が、木々が、春を感じはじめています。

凹凸し、うねる古い道に、散った桜の花びらが儚いなあ。

海の手前の最後の森を横目に見ながら、

海の手前の最後の集落を越えていきます。

水平線は高く、冬の海の厳しさを思うと少し怖かったりします。

でも今はもう春、風も優しく、道ばたのたんぽぽはうれしそう。

うららか。

車を止め、たんぽぽに祝福された五月の海岸線に降りてみます。

八百万の海の色と、枯れ野原の衣を脱ぎ捨てた草花。

まるで赤ちゃんのような、瑞々しく、精緻で、美しく若いタンポポ。

ざざーん、さわさわ、という音に裏打ちされた、静寂。

「静けさや 岩に染み入る 蝉の声」みたいな、逆説的な静かさです。

冬の間は厳しすぎて、なんでこんなに辛いの? と問うた海も、

今や、どうしてそんなに優しいの? と聞きたくなるぐらい。

海辺の空間にぽっかりと春が浮かんでいるような気がして撮った一枚。

しょっぱくない? と思わず訊いてしまったたんぽぽ。

車で少し南下し、金浜。何かを取ってるのかな?

まだ水は冷たいんだけど、なんかもう海に入れそうな気になる。

子供達が描いた壁画も、春にぴったりの装い。

この旗に向かって吹いてくるような、春の風。

窓を開けたまま、そんな風を浴び、楽しみます。

春を楽しむ方法は、様々。

でも基本は、優しくなった海に寄り添うことです。

そこにいるだけでうれしい。海に許されたような感覚。

暖かく盛り上がる地面に体を置けば、それだけで良いのです。

冬を乗り越えたものたちだけが味わえる、春の気配。

どんな映像よりも微細で、どんな機械よりも複雑で、

どんな物語よりも優しい春の力を、八戸の人々は尊敬して生きてきました。

八戸からの海岸線に点在する、海のそばの神社が、その現れでしょうか。

鳥居が切り取る空間の中に、人知の及ばない何かがある。

僕はその「何か」を求めて、シャッターを切りました。

「春風に許されて 〜五月の海岸線・八戸−種市」 終

解説

まず注釈ですが、これらの写真は八戸から岩手県・種市までのドライブの間に撮られました。八戸からはみ出して、青森県階上町・岩手県の種市(2006年の町村合併により、洋野町の一部となった)までの旅路です。八戸からはみ出してしまっていますが、観光客にとっては八戸近郊に入るだろうということで、僕の中ではOKだろうと考えております。八戸の皆様、また勝手に八戸のホームページに入れられてしまった階上町・種市の皆さん、どうかご容赦ください。

「海の春」は、日本人の盲点だ

何故、日本人は桜が好きなのでしょう? これはごく個人的な考えですが、四季を心から愛する日本人にとって、春を明確に示してくれる桜は、もはや生活必需品のような存在になっているのではないかと思います。日本人は、みんな春がそれぐらい大好きなのだ、と思います。だからこそ、日本中に桜が植えられ、どんな都会でも春を感じることができるようになっている。桜はもはや、生活インフラです。

一方で、八戸から種市までの海岸線を巡ると、桜はほとんどありません。桜は海のそばでは根を張ることができないのでしょうか、少し内陸の道沿いには何本かありますが、海のそばの道では見ることができません。にも関わらず、八戸の海岸線は、こんなに春めいている。桜無しで、春をここまで体現できる。これは都会の人には想像だにできない事です。海と寄り添い、そのままの海と四季を過ごして来た八戸という土地だからこそ感じられる、日本人が見過ごしている春の趣が、ここにはあります。

「春の海 ひねもすのたり のたりかな」という句を、与謝蕪村は兵庫県・須磨浦を見ながら詠んだと言います。歌人・与謝蕪村は、はからずも享保元年(1716年)から天明3年(1784年)、八戸三社大祭がスタートした1721年と同世代に生きました。その頃から、春の海のうららかさは数多くの歌人の心に響くものだったのだと分かります。

しかし近年になり、日本の春の象徴は桜・桜・桜。「海の春」は、あまり人々の心には届かなくなってしまったかのように見えます。きっと、八戸のように海と共に生きる町が減って来たからなのでしょう。千昌夫の「北国の春」には

季節が都会ではわからないだろうと
届いたおふくろの小さな包み
あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな

とあり、自然と生活を共にする田舎における春の豊かさはイメージとして伝わるのですが、残念ながらこの唄には「海」が一度も出て来ません。海に囲まれた国・日本でありながら、海の春を歌う歌が、少なくなって来ているのではないだろうか? と感じます。逆に言えば、「海の春」というイメージは今の日本人が思い至らないものであり、うまく表現すれば「こんな春もあったのか!」と驚きを以て受け入れてくれるかもしれないのです。桜で春を訴えるのなら、弘前に敵わないでしょう。八戸ならではの春をアピールするのなら、海の春のイメージをとりまとめ、「海の春は八戸にある」と言い切る必要があるのです。

「八戸の海の春」の弱点

八戸の海の春には、弱点が3点あります。

八戸を代表する祭りである「八戸三社大祭」「八戸えんぶり」、さらに市町村合併により八戸という言葉を冠することが可能になった「南郷サマージャズフェスティバル」、これらは、夏と冬に集中しています。春は祭りが無いんですね。となると、観光としてアピールしにくいということになってしまいます。また、八戸の月別水揚高を見てみると、四月五月は約4000トン前後、最盛期の十月に比べると約8分の1程度となっています(八戸市が発行している「はちのへの水産(2007年度版)」より。ネット上でソースを見つけられませんでした、スイマセン)。そして、八戸線は五能線ほど盛り上がっていないので、「八戸の海岸線を旅する」という発想を観光客の方々に持ってもらえにくい。八戸の海の春は、残念ながら「今日からすぐアピールできる」という状況ではないようです。

以前のフォトジャーナル「春は霞み、町も土も僕も湿る 〜五月のバスの車窓」でも触れましたが、八戸はゴールデンウィークに一斉に桜が咲くという最高のロケーションを持っています。その上、上記で論じたように、日本人が忘れかけている豊かな「海の春」を擁しているのです。八戸は、北国の春の代表地と言っても良い。

上記3点の問題は残されていますが、このまま春を捨て置くのは八戸の観光において問題である点は言い切れるだろうと思います。春の祭りの問題・春の漁獲量の問題・八戸線の問題は、今後このサイトで継続して検討していきますので、ご期待ください!

提言:「海の春」は全国でどこも差別化できていない。八戸はチャンス!

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