枯れ続け、生き続けた 〜雨の陸奥湊・朝市
戦後。その頃の八戸には、まだ今のように発展した工業はありません。戦争に負けた、これからどうやって生きるべきか分からない、ガランとした空洞が当時の若者の胸に生まれた頃、陸奥湊の朝市は本格的なスタートを切っています。八戸市民の台所として、好景気の時も不景気の時も、この陸奥湊という場所は営みを続けて来ました。
流通・小売業ともに発展を遂げた現在、この場所に買い物に来る若者は稀です。みな郊外型ショッピングセンターに行くのは、時代の流れで仕方の無いことでしょう。手を汚さず、体も濡らさず、暖かくキレイな場所で買い物ができるんですから。
じゃあ、もうこの場所は用無しになってしまうのでしょうか。年の瀬迫る12月、冷たい雨が足を冷やす陸奥湊の朝市を巡りながら、大切な何かに耳を澄ませてみよう、そう僕は思いました。
'07 12月29日 (土) 09時52分:陸奥湊駅前
垂れ込めた雲、暗い空、冷たい雨、静かな町。
そんな状況なのに、活気が立ちこめているのは何故?
建物は寂びれているのに、生気が匂い立つ不思議な場所。
現代の商業形態とはかけ離れているのに、続いている。
タコが道ばたに捨ててあるけど、誰も怒らない。
箱が通行の邪魔になっているけど、怒る気がそもそも起こらない。
それはきっと、この場所の成り立ちと歴史があるから。
船から上げた魚(この写真の魚は鮫です)を箱に詰め、
この陸奥湊の通りに運び込み、
なんでもかんでも並べて売り続けて来たのが、この陸奥湊です。
業者向け・小売向けが混濁した商売形態だから、こんな風景は日常です。
都会の箱入り娘さんが見たら、気持ち悪くなるのでは? と心配。
生の魚を道ばたに放置、さらにこの日は雨ざらしと来ています。
商品を置いているのも、ビール箱・木箱・発泡スチロール。
「すげーワイルド」ですよね。これが、陸奥湊の常識なのです。
もちろん、建物の中にも朝市は広がっています。入ってみましょう。
テーブル+裸電球1個。これがお店の全装備です。
刺身用の魚が、無造作に置かれています。
どんな食材も、タッパーの上に置く。必要なら冷やす。それだけ。
右下のカニ「良かったら買ってってー!ぎえええ!!」
クールなスティックタイプの貝「俺の食い方、分かる?」
こちらも新鮮、ピチピチの電話機。うそです。
冗談はさておき、食の安全が叫ばれる現代に、この業態です。
でも地元の人は意に介しません。だって、これで大丈夫だったから。
戦後からずっとこの形で商売をしてきて、今も大丈夫だから。
値札もまばら、照明は暗い、きれいとは言えない施設、暖房すら無い。
それなのに、客である僕の中に不満が無いのは、何故?
それはきっと、お店の人や建物、町全体が持つ「長い時間」の力。
新鮮でおいしく、もちろんお腹を壊さない魚を、最低の価格で売る。
それを60年以上続けてきた実績に、僕は無意識に気付いている。
だから僕は、ここで魚を買うことにためらいを感じていないのでしょう。
大型店には無い、陸奥湊に集積した歴史と知恵が、僕を安心させてくれます。
時の流れすら超えた、歴史の証人のような場所。
道ばたにマグロが置いてあっても、問題ありません。
アラが道ばたに置いてあっても、誰も文句は言いません。
売り物の生魚が、雨に浸っていても、「雨なんだから当然」。
テーブルは、木箱と発泡スチロールを組み上げれば良い。
市場から売り物がどんどん届くそばから、路上に積み上げる。
現代に住む僕らからすれば「市場の化石」のような光景も、
今日まで魚で食いつないできた八戸の歩みそのものであり、
生き物を食べる僕たちの姿そのものなのだと感じます。
タラの頭「びっくりした? ごめんね、いろんな意味で」
イカ「いよう! タラもこう言ってんだし、許したってくれや」
タフマン「俺なんでウニの隣に並んでんだろ・・・」
・・・えー、冗談はさておき、これが市場の原風景なのです。
日本の市場は、昔はどこも大差無かったはずなのです。
長い時間かけて発展した都会と、留まった田舎。
中でもこの八戸・陸奥湊は、化石級の古さが垂涎モノです。
しかも現役で、今や貴重な港町風情を残している場所。
人が住み、子供を育て、町であることを続けている場所。
浮き沈みする世相の波の上で、ずっと生きてきた場所。
かっこいいフォントの看板。「場」の右下が良い。
もっと年期の入った「看板屋のオヤジが書いた」感じの看板。
町に満ちあふれる「古いけど、使えるもので生きている」感じ。
ただじっくりと、飾らず、日々を暮らしている感じ。
古いものを大事にし、誇ることが出来ている町だから、
必要最低限のモノと、静かで凛々しく気品あるココロが残る。
地元の目線からすると、ただ古く汚い町に見えるのかもしれません。
でもそれは、都会の目線で語ると「日本が無くしたもの」でもあります。
橋のそばから、川べりに降りた光景。そぼふる雨。
暗がりに揺れるロープは、まるで過去から伸びてきているようで、
現代に住まう僕から、無駄な色が抜けていくような気がしました。
帰り道に見た枯れ草は、陸奥湊の町に似て、
生きる厳しさと、美しさと、生きた事の誇りを感じさせてくれたのでした。
「枯れ続け、生き続けた 〜雨の陸奥湊・朝市」 終
解説
まず最初に告白すると、陸奥湊は本当はもっともっと活気ある場所です。雨の日、朝市を見るには少し遅めの10時からの撮影は、「古いけどそれが逆に日本に比べるところのない魅力になっている陸奥湊」の演出意図を含むものです。活気溢れる朝市、イサバノカッチャの掛け声と笑顔が飛び交う様子は、別途特集しますので、どうかご容赦ください。
「食の安全」を実現する二重の知恵
ご覧の通り、陸奥湊の朝市では目下問題視される食の安全の問題なんて関係ない! と言わんばかりの原始的な設備で運営されています。きれいで大きなショッピングセンターでしか買い物をしない人から見れば、恐ろしい場所にすら感じられるかもしれません。でも、実際問題として、この陸奥湊をベースに食生活を営んでいる人はたくさんいて、食中毒問題も起きていない(大きな事件は起きていない、の意)わけです。ショッピングセンター等では何千万もかけて衛生対策をしているのに、どうして陸奥湊はこの体制でやっていけているのでしょうか。・・・答えは簡単ですね。陸奥湊朝市の中心的建物である「八戸魚菜市場」ができたのは昭和28年、市場は昭和20年頃のスタートと言われていますが、その頃から今まで「食中毒を起こす時はどんな時か、それを防止するにはどうすべきか、この設備で売れる魚はどんなものか」を学び続けて来ているのが、この陸奥湊だからです。さらには、客の側にも「食べ物で腹を壊すのは、自分が腐っているかどうかを見抜けるかどうかにかかっている」という意識がありますから、店と客の二重の知恵で食の安全を実現していたわけです。
そんなことが実現できているのは、陸奥湊が持つ歴史・習慣があるからでしょう。現代に生まれ、現代に生まれた小売業でしか食べ物を買わない人には、この発想は出来ません。古くて清潔で腐っていないけれども美味しくもない食べ物を、腐っていたら店の責任にできる権利と共に買うのが、現代流です。陸奥湊の流儀と現代の流儀、どちらが良いかまでは言いませんが、少なくとも「陸奥湊の流儀には、大切な知恵がある」と言うことはできるでしょう。
「生きたものを腐らせない」か「死んだものを腐らせない」か
陸奥湊は背後に八戸の豊かな海を持ち、市場で挙った魚が直送されるという特徴があります。これはつまり、陸奥湊に入ってきた魚介類は「死んでいない」ことが多いことを意味しています。海からの距離が近いから、「生きている状態」から「腐っている状態」までの間の衛生管理をすれば良い。しかし、世間の大多数の市場は、既に死んでいるものを扱います。「死んでいる状態」から「腐っている状態」の間の衛生管理をする必要があるわけです。
陸奥湊にとって、この状況は圧倒的な優位ですね。この優位さがあるからこそ、ビール箱やら木箱やら発泡スチロールやらを組み合わせ、ただ置いているだけ(もちろん氷や冷蔵庫も現在では導入されていますが)という形で商店を営むことができるようになっているわけです。豊かな海が近くにあることが、食の安全とコストダウンを同時に実現しているのです。
貧しさ残る港町・八戸の台所として、衛生的な魚を最も安く売るための形態がどうしても必要です。その模索の結果が陸奥湊に残る衛生管理システムなのだと考えると、先ほど挙げた「店と客の二重の知恵」も含め、八戸全体が「いかに魚介類をおいしく・安く買うか」に最適化されたシステムになっていることに気付きます。八戸は「魚を獲り、売買し、食べる」ことについての巨大な知恵の塊になっているとすら言えます。
観光客にとっての陸奥湊
さらに、最適化の結果として陸奥湊に育まれた衛生管理システムの「良い意味での奔放さ」は、港町の風情として旅人の心を打ちます。陸奥湊の個性として、差別化要因として大きな価値を持ってきます。ただし、これも観光客が事前の知識無しに見れば、「うわ、汚ねー!」で終わってしまいます。現代流の商習慣と衛生管理に慣れた観光客に対して、この状況を前提無しに見せるのはマイナスに響くこともあり得ます。「イサバノカッチャの人たちは楽しかったけど、魚を食べる気にはなれなかった」なんて話をする観光客や帰省した人たちがいることを、忘れてはいけません。現地の人には耳が痛い話になってしまい申し訳ないのですが、陸奥湊朝市で売っているものが美味しく衛生的であることは、現代において信じられないような事なのです。パック詰めで冷蔵庫に入っていないのに腐らないなんて、奇跡的な事なんです。現代流では、「衛生管理が悪い場所では食べ物を買ってはいけない」になってしまうのです。
こんな悲しい誤解を引き起こさないために必要なのは、観光客にいかに「陸奥湊はこれまでこの形態で八戸の食卓を守ってきたこと」を知ってもらうかにかかっています。パンフレットに書くのも有効でしょうが、説得力に欠けます。もっと強く響くのは「実際に食べている人を見ること」だと、僕は思います。なんせ朝市に並んでいるものは皆新鮮なわけですから、新鮮なうちに市場で食べてしまう事自体にも価値がありますし、持ち帰りませんから「客の側の衛生管理の知恵」も要りませんし、さらに周囲の人に「ここで売っているものは美味しいし、安全だ」ということを強くアピールできるはずです。
陸奥湊の「古さ」
フォトジャーナル「古く寂しい、それが僕らの町 〜本八戸駅・鮫駅」において、「八戸は古く寂びれているけど、そこが魅力だ」という事を書きました。それはこの陸奥湊でも顕著です。古いことが魅力であり、古いことこそが重要なんですね。だからこそ、陸奥湊の個性である「古い」ということを大事にしてほしいと思います。陸奥湊周辺(例えば陸奥湊からグレットタワーまでの道のりや、観光案内所)の座る場所・飲み物・案内板・道路の凹凸の整備・花壇といった観光客の快適性に直結する部分には手を加えつつも、古く寂びれた街並自体はむしろ保全したいとすら感じます。
繰り返しになりますが、陸奥湊のシステムが提供する食べ物は安くて美味しい最大の理由は、システムが古いからなのです。陸奥湊の情景が人の心を打つ最大の理由は、街並みが古いからなのです。古く寂れていることをネガティブに捉えることなく、港町文化の伝統や美点と理解してアピールしたいと、僕は思います。








