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八戸三社大祭通信 Archive

'08 11月06日 (木) 22時10分 : 八戸三社大祭通信Vol.2「山車よ、物語を語れ」

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「スタミナ源たれ」が「噂のケンミンSHOW!」に特集されましたね! やった!! うちも3本ほど備蓄しています(笑)

さて、今日は八戸三社大祭通信の第2回目です。前回の「変形がスゴイ!」に続いて、ちょっとした提案をさせていただきたいと思います。

山車を制限するもの

八戸三社大祭のインパクトを増したいなあ・・・と単純に考えた場合、まず思い出されるのは「山車を大きくすればいいのでは?」「山車を回したり、もっと動かせばいいのでは?」という案だと思います。全国でも有数の集客力を持つねぶたを見れば、そんな思いを持つのも当然だと思います。そもそも同じ県内に存在する青森ねぶたと八戸三社大祭は切っても切れない関係にあり、どのように互いを差別化し、共存共栄していくかを考えなければなりません。

さて、ねぶたの特徴である「光」と「回転」。同様のことを、八戸三社大祭でも実現できるかどうかを考えてみると、山車の大きさや動きを変えにくい要素が存在することに気付きます。

道路の幅です。

神明宮から廿三日町(にじゅうさんにちまち)・十三日町・三日町と続くお通りのメインストリートは、三車線。人々が沿道を埋める状況の中、これ以上山車を大きくすることができません。無論回したりなどは論外です。「現状の大きさの山車をゆっくり引っ張る」という制限を変えずに、三社大祭を盛り上げる方法を考えなければなりません。

もちろん、「じゃあ車線を広げろよ」と言うのは簡単ですが、不況の中で店舗の建て替えをするのは個々のビルの持ち主にも役場にも非常に難しいでしょう(あくまで一般論的な予想ですが)。それに、ここ数年で三日町は歩道の整備や電信柱の埋め込みなどのコストを払っていますし、いまさら車線を広げられるのかどうかすら分かりません。

では、どうするか。「道幅が狭い」ということを、短所ではなく長所として捉える・・・で、僕が考えたアイデアをご紹介します。

光るねぶた、光らない山車

改めて、青森ねぶたを考えてみます。ねぶたの派手さを決定づけているのは、台(ねぶたでは、山車のことをこう呼びます)自体が光っているということ。夜の闇に糸を引きながら光を放つ美しさは、激しい視覚の刺激も相まって、観客に心を揺さぶります。ねぶたの映像も写真も、大抵は夜ですよね。夜じゃなきゃ光る特徴を活かしたアピールができないから、夜のほうが迫力があるから、夜がチョイスされるのでしょう。

では、八戸三社大祭はどうか。山車は光りません。スポットライトが付いている山車はありますが、台全体が光るといった派手さ・演出というよりは、「暗くて見えないから照らしました」という実用的な用途に留まっているような気がします。

光の使い方で、現状では演出レベルまでたどり着いていないように思うんです。

では、この問題をどう解決するか? そこで、この記事の冒頭に挙げた「道幅が狭い」という山車を制限する要素が出て来ます。短所を逆に長所として活用する。つまり・・・

アイデア:メインストリートのビルから、山車を徹底的にライトアップできないか?

通りが広い場合、ビルなどから明かりで照らしても効果的ではありません。でも通りが狭ければ、その光は確実に山車に届き、絢爛豪華な飾りをさらに引き立ててくれる事でしょう。さらには・・・

  • ビルに囲まれた通り全体がライトアップされ、神戸ルミナリエラスベガスのような雰囲気を出せるかも!
  • 進み具合に応じて演出を変えることで、「ただゆっくり進む」ではなく「物語を語る」という意味が出てくる!
  • 「物語を語る」というコンセプトと「変形」は相性が良い。まるで移動する演劇のような新しい個性が生まれる!
  • そして何より、山車の構造や祭りの進行といった伝統的な要素を何一つ変えずに、三社大祭を盛り上げられる!

というわけで、かなり良いアイデアではないかと思うのですが、どうでしょうか?

幸いなことに、ここ数年の八戸は「中心街を盛り上げる」という大きな政治的判断の元、中心街を支えている人たちと役場が連携できているように見えます。ならば、三社大祭の間にビルの高層階の一部を役場が借りた上で、スポットライトによる演出をする事も不可能な話ではないと思うんです。

ライトアップ案のまとめ

というわけで、今回の提案の趣旨を改めてまとめます。

  1. 八戸三社大祭のメインストリートは道幅が狭く、山車の幅や動きを制限しているが、
  2. その道幅の狭さを逆手に取って、ビルから山車をライトアップすれば良いのではないか。
  3. ねぶたに比べ地味な「山車自体が光らない」という欠点を解消できるし、
  4. 「ゆっくり前進するだけ」という要素を、「物語を語る動く演劇」として新たな価値も生み出せる。
  5. そして何より、伝統的な祭りの形態を一切変えず、中心街の道幅も変えず、実行できる。

八戸三社大祭の山車は、非常に多い情報量を持っています。ひとつの灯籠として成り立たなければ成り立たない青森ねぶたの台の作りに比べると、三社大祭の山車の精緻な作りを見ると感心しきりです。人形の指先や目尻にまで施された繊細な演出を、もっと価値あるものにしたいと考えます。

さらには、進行方向が一方向に固定されているからこそ、表面と裏面が存在します。表面と裏面で時間経過が起きている=場面が切り替わっている山車も少なくありません。

「表情が繊細」で、「場面を切り替える演出がある」。今の山車は既に「物語を語る」という能力が秘められているわけですね。

山車が持つこういった特性を活かせば、歴史や物語の名場面を一台一台の山車が演じきるという「日本で八戸にしか無い祭り」を作り上げられるかもしれません。「日本一の山車祭り」とも言われる八戸三社大祭の面目躍如でしょう。ねぶたのように回らなくても、ねぶたのように光らなくても、ねぶたとは全く異なる「物語を語る情緒性」という価値の軸をこちらが作ってしまえば良いのです。

豪快で激しい夏祭りである青森ねぶたと、繊細で情緒的な八戸三社大祭。このコントラストを作り出すことができれば、ねぶたと並んで「青森の二大祭」として認知してもらえるかもしれません。

今日の写真は、タクシーから見る中心街です。この通りが歓声に溢れる来夏を夢見ながら、これからも八戸三社大祭について考えていこうと思います。もちろん今回のアイデアは一つの提案に過ぎませんので、皆さんも面白いアイデアを思いついたら是非教えて下さいね。

'08 09月30日 (火) 23時11分 : 八戸三社大祭通信Vol.1 変形がスゴイ!

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民主党議員による「自民党支持者の若者はナチ」発言なんてありましたけど、日本が嫌いな左寄りの民主党なんか放っておいて、お祭りの話でもしませんか? 八戸最大の祭り、八戸三社大祭についてです。

八戸三社大祭は、そもそもアピールできているか?

八戸三社大祭の主役は山車ですね。1721年からはじまったこの祭り、絢爛豪華な歴史絵巻が練り歩く様子は短いも燃える北国の夏にピッタリです。

・・・さて、ここでひとつ質問しますが、上の段落の文章を読んで、「うわー行きたい!」と思う人って、どれぐらいいると思いますか? あえて言い切りましょう、そんな人、ほぼゼロです。こんな文句は、どこの祭りでも喧伝している当たり前の話だからです。

これらの情報は、祭りをより深く知ろうとする殊勝な人にとっては重要な情報ですが、八戸三社大祭について何も知らない・もしくは特段思い入れも無い人からすると、「あーハイハイ歴史と伝統ねー」と聞き流される情報なのです。

では、どんな話なら三社大祭の話を聞いてもらえるのでしょうか。それは、聞いた瞬間にインパクトがあり、かつ他の有名な祭りには無い差別化要因であることが必須条件です。アピールできているかどうかは八戸市の観光パンフレットを見てご確認いただければと思うのですが、少なくとも僕には不満です。

八戸三社大祭の差別化要因

日本各地の山車を用いた祭りを見てみましょう。例えばWikipediaの山車の項目に収録されている日本各地の山車祭りを見てみると、明らかに三社大祭が優れているポイントが何個か挙げられます。

  • 山車が大きい・特に横幅が広い
  • 色が鮮やかで派手
  • 大きく変形する

解説すると、他の山車祭りは「縦に高い」ものが多く、見た目は神輿を縦長にしたようなものが多いんですね。つまり、一般的に「山車とは、神輿を縦長にしたようなもの」という思い込みがあるんです。三社大祭の特徴を言わずに「三社大祭は日本一の山車祭り」と伝えてしまうと、他の祭りのように神輿が大きくなったみたいな地味な祭りなんだろ?・・・と曲解されるかもしれないわけです。そんな言葉は、表に出すべきではないですね。

一方で、個人的に最も強く押したい特徴が、「大きく変形する」というポイントです。祭りがイマイチブレイクできていない八戸に比べ、動員数で日本トップ3には必ず入る青森のねぶた祭りが持っていない特徴が、この「変形」という要素です。他にも、秋田竿燈・仙台七夕・札幌雪祭り・・・「変形」なんてキーワードを持った祭りは無いんです。

つまり、「山車が変形する祭り」という表現で、八戸はオンリーワンになれます。

さらに言えば、歴史やら伝統やら、悪く解釈すれば「旧態依然」「年寄り臭い」感じがする祭りというイベントですが、「変形」というキーワードは、どこかしら新しいものを連想させます。変形ロボとかを連想してもらえれば、若い人たちにもインパクトを与えられるかもしれません。

是非とも、今後八戸の観光に携わる人たちには、この「変形」というキーワードを押して広報活動をしてはどうか? と提案したい。

まつりを変えるということ

今回は八戸三社大祭のアピールという観点で考えてみましたが、今後の記事では、祭りそのものに手を加えるという観点から、三社大祭を分析したいと思います。今後のテーマのラインナップはこちらです。

  • 山車の横幅を制限するものは何か?
  • 回って光るねぶた、回らず光もしない山車
  • 騎馬打毬も、マジでスゴイ!
  • 港町の祭りになるために 〜海との関わり

・・・八戸三社大祭を見ていると、子供の頃から変わらないことに対するうれしさと諦めが、両方感じられるんです。

例えば東京や京都、大阪といった大都市では、毎年新しい祭りが生まれます。また、現存する祭りの改造もしょっちゅうです。冒頭で八戸三社大祭のスタートは1721年と紹介しましたが、こんなに由緒ある祭りなんて、数少ないんですよ。

祭りは本来、辛い毎日を忘れ、生を謳歌するもの。ならば、今を生きる皆さんが、時代に合わせて祭りをどんどん変えて行くことは、むしろ喜ばしいものです。伝統を守りつつも、より楽しく、美しい祭りへと変えていくことは、むしろ伝統を守る者の義務とすら言えます。変化を捨てた瞬間から、文化は堕落が始まると言います。

八戸三社大祭は、アピールの仕方にしても、祭り自体の華やかさにしても、まだまだ変わっていける素材だと信じています。八戸三社大祭を盛り上げるために今後も考えを尽くしていこうと思いますので、どうぞご期待下さい!

今日の写真は、真冬に立ち尽くす枯れ草です。枯れるのは、来年また花開くための準備。今年の夏が終わった今、考える事を始めようと思ったので、この写真を選んでみました。皆さんももし何か八戸三社大祭を良くする方法を思いついたら、是非教えて下さいね!!

今日のまとめ:八戸三社大祭は、変形がスゴイ!

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