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八戸 Archive

'09 01月04日 (日) 23時11分 : 漁師小屋というデカダン(山本直樹『堀田』と八戸)

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とある友人から、漁師小屋が出てくるマンガを教わりました。ちょっと(というか、かなり)エッチなマンガで、山本直樹という人の『堀田』という作品なんですけど、内容はここで言うのは憚られるものの・・・漁師小屋がある風景が妙にリアルで、グッと来ます。さらには、方言もなにやら八戸弁と近い。

「うちに帰らねば」
「アトピーだった頃によく使ってたさ」

・・・なーんて台詞を読んでいると、ここは本気で八戸か、もしくは八戸に近い場所なんじゃないか? という気がして、早速調べてみると・・・作者の山本直樹さんは北海道は函館半島の最南端、福島町の出身とのこと。なるほど、八戸出身の僕がイメージする漁師小屋の風景とカブる部分が多いわけです。今回たまたま訪れた浜辺の漁師小屋を眺めながら、僕の青春時代には漁師小屋で女の子と会ったりなんてしたことは無かったけれど、そういう事をしてた同級生とかもいたのかなあ、今もそういう学生がいたりするのかなあ・・・なんて具合に、懐かしくも妙に複雑な気持ちになってしまいました。

今日の写真は昨日に引き続き、小さな漁港を囲むように点在する漁師小屋のひとつ・・・というか、漁師小屋跡といった感じですね。渋い色彩、デカダンな感じもするし、懐かしい感じもします。厳しい漁師の生活、冬を耐える景色、この風情、都会の人にも味わってもらいたいなあ。漁師小屋という日本で生まれたデカダンを、是非とも八戸で感じて欲しいと思います。

  • デカダン:dcadent(フランス):19世紀末に文学的な潮流として現れたデカダンスに属する動き。転じて、世紀末的な耽美的かつ虚無的な態度や、退廃的であることを意味する語として用いられる。デカダント。

'09 01月02日 (金) 12時12分 : 八戸の断水

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あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします。

さて、新春の八戸は元旦から大事件に見舞われました。断水です。水道管の破損により市内や主編市町村で断水、今も断水は続いているようです。2009年のスタートのこのタイミングで断水というのは、いやはや、厳しいですね。周辺地域でご苦労されている方も多いかと思います、速やかな復旧を期待します。

ところで・・・旅先、八戸に滞在している自分はどうなのか、と言いますと。ぜひとも、ご心配なく。うちの実家は井戸ですから! 地震がくると赤い水が出るけど、こういう時は安心だったりするのです。

'08 12月30日 (火) 12時12分 : 寝坊+トラブル発生中

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寝坊した上に、手持ちの機械の調子が悪いというトラブルに見舞われたため、写真のみの更新で勘弁してください・・・まいったなぁ・・・

写真は市内のとある家の軒先です。時代を感じさせる家と看板のデザインがすばらしいですね。それから、この場所は土地柄「ダンプが多く通る」場所なので、壁や看板にうっすらと道路の埃がかぶってます。埃っぽさがあるかどうかは、八戸市内での地域性が出ますよね。山に住んでいる方・住んでいた方なら、埃っぽく煤けた道ばたの雪なんかに懐かしさを感じるんじゃないかしら。

'08 12月28日 (日) 22時10分 : 八戸の怖い話:逆さ柱

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八戸に来てからいろいろな人にいろいろなお話を聞いているのですが、怖い話が手に入りましたので・・・ご紹介したいと思います。実際に聞いた話には企業団体名が含まれていましたが、ここでは伏せさせていただきます。本当かどうかは、誰も知りません。

逆さ柱

八戸市で今も操業するとある工場は、かつて別の会社名で営まれていました。さらにその工場が出来る前、その場所では漁師の網元が漁と商いを行っていたそうです。網元とは、漁網・漁船などを所有して、網子(あみこ)と呼ばれる漁師を雇って漁業を営む者を指します。ここでお話をする網元も類に漏れず、多くの漁師と女中を抱え、たいそう立派な商売をしていたということです。

ある時、網元は過ちを犯します。妻を持つ者であるにもかかわらず、女中の一人に手を出して、果てには孕ませてしまったのです。網元は思案しましたが、結局その事実を妻に伝えました。妻はこう答えたそうです。網元を非難するでもなく、女中を首にするのでもなく、ただ・・・こう言ったそうです。

「子供を産ませなさい」

かくして女中は網元とその妻の下にいるまま、網元の子を産みました。しかし、するとどうでしょう。網元の妻はぐるりと態度を変え、網元にあることを命令しました。それはとてつもなく恐ろしい命令でしたが、網元は逆らうことは出来ませんでした。網元は、屋敷を建て替えました。女中とその子供を生きたまま逆さまに埋め、その上に柱を立て、埋め込めてしまったのです。

それから幾年が過ぎ、理由は分かりませんが、網元は商売をたたんだか、ねぐらを変えたかで、この場所から去りました。この土地は網元とは縁もゆかりもない事業主によって工場が建てられる事になり、工事がスタートしました。しかし工事は上手くは進みませんでした。何故か事故が立て続けに起きるのです。ひどい時には、1日で8人もの作業員が亡くなりました。あまりに異常な事態に、工場の事業主は周辺に住む人々に聞き込みをすると、網元と女中の一件・・・逆さ柱の件を重々しく地元の住民は語りました。

それを聞いた事業主は、女中と子供の霊を慰めるための社を建立し、祈りを捧げたところ、ただちに事故は止み、無事に工場を建てることができました。その後、工場は名前を変え、今も八戸のとある場所で操業を続けています。もちろん、女中と子供を祀る社も今に残されています。

ところで。雨の降る夜になると、今でも足音が聞こえるそうです。ぺたっ、ぺたっ。足音を聞いたり、足音が出たことを噂で知った人々は、「逆さ柱にされまいと子供を抱いて裸足で逃げる足音だ」と口々に言いながら、不幸な最期を遂げた女中と子供のあの世での平穏な日々を祈るのだそうです。

その足音は決まって雨の降る夜、ぺたっ、ぺたっ、と近づいてきます。時には、足音を聞くだけでなく、その姿が見えることもあるのだといいます。足音のするほうに目を凝らしてみると、闇の中からまず女中の膝から下、着物の裾がたくし上げられたスネが見えるのだそうです。その足は、ぺたっ、ぺたっ、と近づいてくるのですが、何故か膝から上はいつまで経っても見えないのだそうです。

逆さに埋め込まれてしまったがために、膝から上は逆立ちしているように逆さまになっており、土の中に潜り込んでしまって、女中の青白い膝だけが近づいてくるのだそうです。

工場と社の近くに住む人の間では、今も語りぐさになっている、お話です。

ぺたっ、ぺたっ。

今日の写真、今日の八戸

今日の写真は、雪がチラチラと舞う寒風厳しい夕刻、薄闇すら暮れていく瞬間です。モチーフは市営バスですが、今日お話した話と市営バスとは一切関係がありませんです、ハイ。ちょっと不気味な風に写った写真を使っただけ、ということで。

それにしても、今日の八戸は風が強かったですねー。息が出来なくなるぐらいの強風が正面から浴びせられると、骨の髄まで冷えますね。だからこそ、実家があったかい、八戸の冬です。季節外れの怖い話、どうでしたか? もしあなたがコタツとストーブと甘酒でのぼせているとしたら、ちょうど良い目覚ましになったのではないでしょうか。正直、この話を聞いたときは、ブルりましたね。なんせ、工場名も実名で聞いてしまったので・・・

'08 12月23日 (火) 16時04分 : 葦毛崎の「謎の塔」の正体判明!

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photoのコーナーに掲載していたフォトジャーナル「港町と自然の狭間で 〜葦毛崎展望台と周辺・盛夏」で採り上げている「葦毛崎展望台北に立っている謎の塔」の正体が判明しました! きっかけは当サイトをご覧頂いた方からのコメントです、サワタクさん、本当にありがとうございましたっ!!

謎の塔の正体は、マイルポストなるもの

さて、この塔の正体ですが、その名も「マイルポスト」。船乗りがこの塔を観測しながら海上を進む時間を見ることによって、船の移動速度を割り出せるという代物です。詳細は、八戸市民ならお馴染みの地方紙「デーリー東北」さんのこちらの記事をご覧頂きたいのですが・・・なんと、かつては5本も立っていたそうで、かつそのうち2本が現存しているとのこと。いやはや、デーリー東北さん、素晴らしい調査です。

マイルポストの正体が分からなかった頃に書いた当サイトのフォトジャーナルでは、「近くに鮫角灯台があるので、その灯台守が方向確認などの目的で利用したのではないか?」と予想していました。

また、八戸出身ではない友人から「これは『昼標・立標』と呼ばれるものではないか?」という予想ももらっていました。機能としては灯台などと同様に船乗りの皆さんのための道しるべとして存在しているが、灯火を発しないもののことをこのように呼ぶそうです。「灯のない灯台なんて、詩的でイイね、歌でも作れそうだね」なんて言い合っていたんですが・・・こちらもハズレました(笑) 予想を送ってくれた友人にも感謝したいと思います。ありがとう! ちなみにこの彼、とある業界で働いているのですが、地方を活性化するという点で一日の長がある人です。地方活性化の方策について、色々と相談に乗ってもらっています。昔はバンド仲間だったんですけど、もう足を向けて寝れません(笑)

人の助けがあってこそ

さて。今回の「謎の塔騒動」、いろいろな人の協力があって、はじめて正体が判明しました。

  1. 僕:訳が分からないけれど、とりあえずネットに上げてみた
  2. 友人:当サイトを見て、予想をしてくれた
  3. デーリー東北さん:マスコミの本領として、正しい情報を提供してくれていた
  4. サワタクさん:デーリー東北さんの記事を紹介してくれた

これぞネットの面目躍如ですねー。醍醐味とも言えます。こんな風にひとつひとつ興味あることを拾い上げていけば、八戸を活性化することも可能なんじゃないかという気がしてきます。これからも八戸の色々な物事を採り上げていきたいと思うので、何卒よろしくお願いいたします!

'08 12月18日 (木) 08時08分 : 帰省確定

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帰省が確定しましたー。よーかったー。

ちょっと聞いた話なんですが、数字を2飛ばしで「2・4・6・8・10」と話す時、八戸出身の僕は「にーしーろーやーと」と数えますが、西日本では「にーしーろーはーと」って言うらしいですね。さらにバリエーションが日本各地にあるらしいです。

昔から「やー」派だった僕からすると「はーって気が抜ける感じ!」とか違和感を憶えるんですが、きっと「はー」派の人だったら「やーってダチョウ倶楽部かよ!」みたいな違和感を憶えるんでしょうね。

というわけで、今日は寝坊してしまったのでココまで。また、夜にでも。今回の写真は、八戸で意味もなく撮った黄色い土と薄く積もった雪です。この土を見て何かしら感じるものがあるかどうかも、どこで生まれたかに依るんですよね、きっと。僕はこんな土の山を切り開いた道が通学路だったので、たまらないものがあるんですけどねー。八戸の一部の人なら、分かってもらえるかなぁ?

'08 12月15日 (月) 07時07分 : 美人市議藤川さん騒動もいよいよ最終局面?

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かねてより藤川さん騒動を取り上げている「はちのへ今昔」さんの筆が止まりません。地元八戸でタウン誌を書かれているこのサイトさんが独自に集めた情報から、美人市議として一躍時の人になった藤川さんと元後援会長の佐々木さんの間のアレコレがどんどんインターネットという誰でも無料で読めるメディアに示されます。

特に最近の「藤川優里市議のよわった困った」シリーズが、目を疑うばかりの内容で、正直スゴイ。もちろん内容が正しいかどうかは不明ですが、情報収集能力の高さと肝が据わった筆致には舌を巻いてしまいます。全国紙に藤川さんだけでなく元後援会長側までが掲載されたこのタイミングもあるので、いよいよ過激です。

ここで改めて考えてみると、藤川さん側が叩かれた理由は、「市議にも関わらず写真集とDVDを出した」「遊泳禁止のところで水着になった」の2点です。後から「個人献金を正しく記載していない」という問題が元後援会長側から出されましたが、この3点目の問題は調べてみれば分かること。最初に叩かれた2点については、「個人的感情では納得できない人もいるかもしれないけど、厳密なところで規則に違反しているわけではない」問題ですから、既に藤川さん側は叩かれるべき点がありません(厳密に言えば、元後援会長側の人々と藤川さんのお父さんの関係があるかもしれませんが、これは藤川さん自身の問題ではありません)。

さらには、「はちのへ今昔」さんの伝えるところに依ると、藤川さんを擁護する発言が八戸市議会で出た際に、その発言を「議事録に記載する必要のない些細なこと」と藤川さん自身が削除させたとのこと。藤川さんの脇がしまってきた感があります。元々市民の支持を得てまっとうに当選した市議なのですから、脇が甘くなければ問題なく職務を進められるはずですね。

藤川さん側を「叩ける問題」が尽きてしまった今というタイミングで攻守交代してしまうと、うーむ、いやはや・・・(汗)。とにもかくにも、当サイトはもうしばらく追いかけてみたいと思います。今日の写真は・・・他意は無いということで、まあ、その、何というか、ひとつ(笑)。

'08 12月12日 (金) 07時07分 : 八戸市議藤川さん騒動に若干動きアリ

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以前このブログでも取り上げ、なんかウンザリな気持ちになった表題の件ですが、少し動きがあった様子。特にこの件を継続的に追っているのが読売と産経ですが、こんなニュースが出てきました。要約すると、こんな感じです。

  • 藤川市議を個人献金で告発した件で、元後援会長を残して告発元から市民オンブズマンが脱退
  • 藤川市議を別の市議会議員である坂本市議が擁護

さて、どっちに転ぶか。

このブログは特にここで対立する2者のどちらかに与する立場は採りません。しかしながら、願わくば「八戸の知名度が増し、かつ八戸の政治が前向きに認識される結果となること」を期待します。

今日の写真は、藤川市議も参加していた八戸市の出初め式の様子です。吹きすさぶ寒風の中、襟足正しく行進する様子はとても凛々しくて、絵になるんですよコレが(笑)。で、なぜ取り上げたかというと、この出初め式に藤川市議が出席されていたからなんですね。

藤川市議が偶然入っていた写真もあって、本来ならそれを掲載したいところなのですが、何があるか分からないので掲載は自粛しておきますね。実は、撮影したときは「えらいキレイな人が歩いてるな」という感じでスルーしてしまったんですけども。

'08 10月29日 (水) 23時11分 : 八戸が選ばれた「定住自立圏構想」って何だ?

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やり方が下品な某政党の事は放っておいて、今日発表された八戸についての明るい話題です。読売新聞さんの、こんなニュースです。(以下、前述のソースより引用)

総務省は28日、人口流出防止を目指す定住自立圏構想で周辺市町村との連携の要となる「中心市」の先行実施団体20市を発表した。2009年度末までに周辺市町村と協定を結んで「圏域」を形成し、医療、雇用などの面で連携する。今回、中心市に認定されたのは、青森県八戸市など20市。鳥取県米子市と松江市、高知県四万十市と宿毛市は同じ圏域の中心市となるため、圏域数は18となる。岡山県備前市、宮崎県都城市などは県境を超える形での圏域が想定されている。

簡単に言うと、「八戸は定住自立圏に選ばれましたよ」ということなんですが・・・さて、「定住自立圏に選ばれる」とは、一体どんな意味を持つのでしょうか?

過疎化する八戸

八戸市のホームページでは、八戸市の人口動態についてデータが掲載されています。直近の詳細なものもありますが、今はここ数十年に渡る人口変化に注目します。

平成19年度の人口は246,629人。人口が24万人を越えたのは昭和56年ですから、26年以上の間、人口は24万人のまま保たれています。しかし、それは出生・死亡・転入・転出すべてを合算した値です。転入・転出別移動人口に絞って見てみると、平成18年は1201人のマイナス、平成19年は1640人のマイナス。それも、毎年3月に1000人以上が八戸を去っています。就職・進学に伴って八戸を離れているであろう人が、毎年1000人以上。これは、ちょっとセンセーショナルな数字です。

シンプルに言えば、過疎化が起きている。これが八戸の現状です。

「定住自立圏」とは、過疎化を止めるだけを目的にしていない

八戸に起こっている過疎化の現状を見ると、止めたくなるのが人情です。今回のニュースの「定住自立圏」にも「定住」という言葉が入っているぐらいですから、一見すると「八戸の過疎化を止めるって話?」と誤解される方もいるかもしれません(ちなみに僕は誤解しました)。

定住自立圏構想とは何か? について、総務省のページを見てみましょう。・・・でも、一通り見てみたんですけど、肝心の総務省のまとめがイマイチ分かりにくいので、僕なりにまとめます。

定住自立圏構想とは・・・

  1. ある地域の中心となる市とその周辺市町村を合わせて「定住自立圏」とし、
  2. その枠組みで地方分権を推進したり国からの補助を与えたりする事により、
  3. 新しいライフスタイルとしての地方定住の価値を生み出し、
  4. 社会インフラを整備して安心して定住できる地域とした上で、
  5. 東京への人口流出を止め、かつ地方への人の流れを作るという構想。

ということになります。今日のニュースでは、この「定住自立圏」が18エリア選定され、その中の1つのエリアの中心となる町として、八戸市が選ばれたということが報じられています。

八戸市=定住自立圏ではないという点が重要です。八戸市はこれから周辺市町村と協議を重ね、「上記の方針を満足するには、どの町と定住自立圏を組むべきか?」という重要な意思決定を行うことになります。

八戸は誰と組み、どんなコンセプトを掲げるのか

周辺市区町村としては、パッとイメージすると、三沢市・六戸町・おいらせ町・五戸町・南部町・階上町辺りがイメージできます。もう少し範囲を広げて、三戸町・田子町・新郷村・十和田市ぐらいまでを考えても良いかもしれません。さらに、定住自立圏は県をまたぐ事も可能らしいので、岩手県洋野町も候補に入ってくるかもしれません(洋野町は八戸都市圏に数えられる程ですから、八戸との結びつきは強いと思います)。

さて、ここでポイントになるのは、八戸が定住自立圏にどんなコンセプトを打ち立てるか? という点です。

定住自立圏は、医療・通信・交通などの社会インフラを圏内の市区町村で提供しあうという「生活の安心」を実現するための側面と、地域ブランドの形成という側面があります。八戸を中心としたブランドに、どんなコンセプトを据えるのか。ただ適当に市町村を集めても、仕方がありません。

八戸の歴史・文化・風土・産業・風俗を貫くコンセプトを明確にした上で、そのコンセプトを一緒に掲げてくれる町と一緒になって盛り上げる。そんな新しい「圏」でなくてはならないと僕は思います。八戸を見つめ直し、八戸の本質を正しく掴み取らなければなりません。八戸の本質を正しく理解できれば、定住自立圏という「国の政策」が、人のぬくもりと凛々しさを纏った「僕らの指針」へと変化していくはずです。

さあ! 国と八戸が力を合わせ、新しい価値を作る試みが、今、始まりました。

今日の写真は、三日町から吹上方向に向かう道です。この道はやがて浜街道や久慈街道という道へと続いて行きます。定住自立圏を共に組み上げる町へは、どんな道が続いているのでしょう? そして、どんなコンセプト、どんな想いを共有するのでしょう。うーん、ワクワクします。

'08 10月17日 (金) 08時08分 : 地産地消という考え方(と、八戸の悲劇)

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1782年〜1788年(天明2年〜8年)、日本全国を天明の大飢饉が襲いました。特にひどかったのが天候不良と冷害が襲った東北地方で、八戸も例外ではありませんでした。八戸市新井田の対泉院には、当時の凄惨な状況を後世に残すべく建立された「餓死萬霊等供養塔」が今も残されています。

以下、その供養塔に書かれた文章です。ショッキングな内容ですが、ご覧下さい。なお、文章は八戸市博物館のサイトから引用させていただいた上、読みやすさのため一部表現を修正しました。

安永7年(1778)の頃から、ここ数年の間耕作はよくなかった。天明3年(1783)の大凶作の様子は、4月11日の朝に雷が強く鳴り、やませ(冷たい風)が吹き、大雨が降りだした。

それ以来、8月の末まで雨が降り続き、9月1日にようやく晴れた。夏の間ずっと綿入れを重ねて着なければならないほど寒かった。田や畑の作物は実らず、青立ちのままだった。人びとは階上岳へ登りわらびの根を掘り、海草や山草はもちろん、わらも粉にして食べた。そればかりか(人も食べた:この部分は削りとられています)。

翌年になると、領内すべてで収穫がなくなり、病気が流行し、多くの人が餓死して、死体が山のようであった。町や村では毎晩のように火事があり、押し込み強盗などが多くなった。しかし、新井田村では出火はなかった。

領内の人口65000人あまりのうち、30000人あまりが死んだ。新井田・十日市・田向・塩入・岩淵の人口男女あわせて1418人、そのうち696人が死んだ。家は272軒のうち、136軒がつぶれた。これまでにないことである。これからは、米や穀物をたくわえておくべきだ。

八戸に住む人・八戸に縁のある人には、驚くべき内容だと思います。しかしまず、この内容を先祖から未来に住まう僕たちに宛てられた重大なメッセージであると理解すると共に、この情報を公開している八戸市博物館に敬意を表したいと僕は思います。

人間の尊厳を脅かす禁忌として社会的に認知されている行為を犯さなければ生きられなかったのが八戸という町の歴史・因縁なのだと知ると、自分の生きている現在の豊かさが先人の努力に依るものなのだと改めてハッキリ理解できます。食べられるという事がありがたく、稀少な価値であることが分かります。

そして、このような禁忌である出来事を恐れずに記し、後世に願いを託した先人の決意を想うと、胸が締め付けられる想いです。

食と農業の問題のひとつの突破口「地産地消」

一方、視点を現代に引き戻してみると、「飽食の時代」と言われながら「食の安全」が叫ばれている不思議な状況です。食料自給率の向上が謳われながら、減反政策の総括も出来ていないのも変な話です。

そんな中で、ひとつ農業のビジョンとして掲げられている考え方が「地産地消」という概念です。地元で作ったものを地元で食べるというこの方針は、非常に多くのメリットを持っています。

  • 消費者と生産者の距離が近いので、旬のものを新鮮なまま食べられる
  • 地域経済が活性化し、地域への愛着にもつながる
  • 地域の伝統的食文化の維持と継承がなされる
  • 農水産物の輸送にかかるエネルギー(フードマイレージ)が削減される
  • 輸送が短くて済むので、口に入る農薬が減る(農薬量と食料自給率は反比例)

そこで、僕の考えなんですが。

食べ物をいかにおいしく食べ、保存し、売買し、文化として継承していくか。この点において、辛い飢饉を経験した歴史を持つ八戸は何かしらのビジョンを示せる可能性があるのではないかと思うんです。

青森県はもともと食料自給率は高く、農林水産省のまとめによると青森県はカロリーで計算した食料自給率は4位、生産額で計算すると3位となっています。さらに細かく八戸市という単位で見てみると、デーリー東北さんの記事によれば(ソースがバラバラですいません)、漁業都市・八戸の魚介類の食料自給率は、約25万を数える人口の多さにも関わらず、1390%というとんでもない数字を叩き出しています。

こういった高い食料自給率を背景に、日本という国の地産地消のモデルケースを作るという事が、食に関する悲劇と朝市という文化を守り続けて来た八戸には可能かもしれない・・・と思うんです。ところが、八戸市のホームページで「地産地消」を検索すると・・・0件です。え? と思ったんですが、何度やっても結果はいっしょ。

地産地消というキーワードが八戸市のホームページの中に一度も出てこない。

これは、一体・・・? 青森県のホームページにはチラホラと地産地消の文字は見えているので、八戸市が取り組んでいないはずはないのではないかと思うのですが・・・ひとまず、もう少し八戸市の生産団体さん・議員さん・市役所の皆さんについて情報を集めてみたいと思いますが、もし現状で一切取り組みが無いとすれば機を逃しかねません。

というのも2007年、かねてからの地産地消の取り組みが認められ、富山県の氷見市において「きときと氷見地消地産推進協議会」が初めての国の提案型地産地消モデルタウン事業としてスタートを切っているからです。地産地消という考え方が、食の安全を強く意識する世相を背景に、国を動かし始めている・・・それが今というタイミングです。

飢饉を乗り越え、朝市を今に伝え、さらには横町文化が花開きつつある八戸です。この個性を分析し、発揮する企画=政治を、是非お願いしたいと思います。地元の食の品質を上げる事は、市民の健康を増進させると共に、観光産業の活性化にまでつながります。やらない手はありません。

このサイトでは「地産地消」を八戸にとって重要なテーマのひとつと位置づけた上、継続して考えたいと思っています。次回は現在とりまとめている「市議会議員の皆さんの取り組み」についてご紹介したいと思います。

'08 10月14日 (火) 08時08分 : 南部せんべい通信Vol.1 美味しんぼと南部せんべいの歴史

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先日からスタートした八戸コーヒー通信に続き、南部せんべいを徹底的に取り上げる「南部せんべい通信」を勝手にスタート! 初回となる今回は、劇的な邂逅・和解で幕を閉じ話題となった「美味しんぼ」と南部せんべいの歴史についてです。

美味しんぼと言えば「究極VS至高」の戦いが有名ですが、後半の71巻から完結102巻までは新たに「日本全県味巡り」と銘打ち、ひとつの都道府県の中で山岡・雄山が味比べをする企画が行われています。その対決において青森県は100巻目(すごいタイミング!)で取り上げられているのですが、その対決のキーのひとつになっているのが、南部せんべいです。

さらには、山岡・雄山が率いる究極・至高のメニューの最終対決(102巻収録)においても、南部せんべいが登場しています。美味しんぼ劇中、究極・至高のメニューのひとつとして登場する南部せんべいを振り返りながら、南部せんべいの歴史まで語ってしまうという不思議な記事になってます。「なんで写真が神社なの?」という方も、是非読み進めていただければと思います。

以下、美味しんぼのネタバレを含みますのでご注意ください。

「日本全県味巡り」における南部せんべい

八戸を訪れた究極のメニュー一行を迎えるのは、南部せんべいの老舗「ザイケ真幸堂」の店主・在家清吾ご夫妻と、せんべい汁の知名度アップに貢献されている八戸せんべい汁研究所の木村聡さん。

紹介されたのは、もちろん素の南部せんべいに加え、せんべい汁と「てんぽ」。てんぽとは、柔らかく半焼けのところで仕上げた南部せんべいのことですね。さらには、様々な南部せんべいの食べ方として・・・

  • 食材を乗せて皿代わりにしながら一緒に食べる
  • 赤飯を挟んで食べる
  • 天ぷらにして食べる

などの様々な食べ方を紹介した上で(先日取り上げた「コーヒーに南部せんべい」はありませんでした)、山岡に『南部せんべいは食生活の一部に、完全になりきっているんですね』と言わしめています。

また、山岡・雄山の対決その場でも南部せんべいは登場し、種差海岸の名店として知らせる洋望荘の佐藤一弘さんがこだわって突き詰められている自然食と南部せんべいが融合した「雑穀でつくったてんぽ」と「てんぽのせんべい汁」が山岡側の締めとして登場します。

うーん、うまそう。食イタイ。

ただし、八戸贔屓の意地悪な目線で美味しんぼを見ると、ちょっと不満な点もあったりします。

山岡側は青森の数々の食文化に触れた結果、日本における文化の西から東への伝搬の果てに存在する「原日本人の食文化を残し守る場所としての青森県」という結論を得ますが、南部せんべいと「原日本人」とのつながりが示されていないんですね。ザックリと「単純な地方色の違いではない、根深いところでの青森県の特異性」に気付く、というシナリオで南部せんべいを取り上げているんですが、「じゃあ南部せんべいのどこが『原日本人』なのよ?」という論拠が薄いように感じられてしまうんです。

美味しんぼはあくまで料理が主役で、料理を矢継ぎ早に取り上げなければならないですから、南部せんべいの由来について情報が足りないのは致し方ないかな、とも思うので、このサイトで補足しまみようと思います。

南部せんべいの発祥

最も詳しく南部せんべいの歴史がまとめられていると思われるのが、先にご紹介した「八戸せんべい汁研究所」内の「上級講座・せんべい汁のウンチク」コーナーです。(Wikipedia「南部煎餅」のページにも情報がまとめられています)

史書の整理と民族学的な調査により、多面的に南部せんべいの歴史を解き明かそうとされていて、非常に興味深い内容になってます。いくつかの説と共に、最も有力な南部せんべい発祥の仮説が紹介されているんですが、これがまた、驚きです。

  1. お腹をすかせた天皇へ差し上げるため、天皇の家臣が、
  2. 農家から分けてもらったそば粉を材料に、
  3. 鉄兜の上で焼いて作った料理である。

これだけ読むと、なんか「とりあえず作ってみました」みたいな感じですね。でも、そのせんべいを気に入った天皇は、煎餅に赤松氏の家紋「三階松」と南朝の忠臣・楠木正成の家紋「菊水」の印を焼きいれることを許した・・・とまで話を聞くと、ほほぉーと唸ってしまいますね。南部せんべいに入っている模様に、そんな意味があったとは。こんなに由緒正しい食べ物だったとは、知りませんでした。

南北朝から現代まで届いた南部せんべい

さて、上記で南部せんべいの元になった食べ物を気に入った「天皇」とは、南北朝時代・南朝側に生きた第98代天皇である長慶天皇を指しています。

ここで意外な八戸との接点が出てくるのですが・・・八戸でも最も大きな神社のひとつである櫛引八幡宮が所蔵している国宝「赤糸威鎧(あかいとおどしよろい)」は長慶天皇の御料だと伝えられています。また、櫛引八幡宮に伝えられているもうひとつの国宝(ちなみに甲冑の国宝は日本に18点しか存在しません)である「白糸威褄取鎧(しろいとおどしつまどりよろい)」は、長慶天皇の先代である後村上天皇から根城南部家7代・南部信光が拝領したものであるとのこと。

南部せんべいの歴史を辿って行くと櫛引八幡宮につながり、ひいては八戸の統治の歴史と天皇の関わりが立体的に見えてきました。面白いなぁ。

・・・さて、話題を美味しんぼに戻します。美味しんぼの最終対決では、山岡側メニューの主菜のひとつとして「馬肉のタルタルステーキ乗せ南部せんべい」が登場し、伝統的に馬肉を食べてきた青森県の食文化と南部せんべいが融合した形を提示します。数々の食通が唸ります。南部せんべいが美味の極致のひとつとして受け入れられる様子は、もちろんうれしく思います。

でも、南北朝の混乱の中でお腹を空かせた天皇のために作られた食べ物が、南北朝から戦国時代・江戸時代・近代・現代を − 数々の飢饉や戦争をも − 乗り越えて、この八戸という地に根付き、現代にまで届き、さらにはグルメにまでなっていると考えると、おいしい・うれしい以上に、感慨深いものがありますね。幾多の人がこのせんべいを食べ、守り、伝えてくれたからこそ、今僕の手のひらに南部せんべいがあるのだな、と思うと、白いせんべいの向こうに続く長い長い歴史が透けて見えてくるようです。

今日のまとめ : 南部せんべいは、櫛引八幡宮にも繋がる深い歴史があった!

南部せんべいのおいしい食べ方紹介

ついでに一件だけブログ記事を紹介させて下さい。後日改めて紹介・リンクしたいと思っているスゴイ八戸サイト「たねブロ」さんの「たねブロ流 サバ缶せんべい皿」です。ぎゃーっ! うまそう! 八戸に住んでいた頃は「マーガリン」「水あめ」「ケチャップ」「とろけるチーズ」なんて具合に色々塗ったり乗せたりして食べてましたが、サバ缶は無いなあ。八戸らしいし、おいしそうだし、良いですねー。 こういう記事を読むにつけ、はやく八戸に帰りたいなあ・・・と想いを募らせる私でした。パリポリ。

'08 10月10日 (金) 00時12分 : 八戸コーヒー通信Vol.1 南部せんべいとコーヒー

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先日の記事で「もしかして、八戸の人はコーヒーを深く愛しているような気がする」という仮説を立てましたが、この仮説を検証していくべく、「八戸コーヒー通信」なる連載を始めたいと思います。本日のテーマは、八戸が誇る「南部せんべい」とコーヒーとの関わりについて。

八戸市民のみなさんにお尋ねしますが、居間のこたつの上には何が置いてありますか?

  • ふきん
  • お菓子が入ったお盆

これぐらいは置いてありませんか? で、茶菓子の中に南部せんべい、混じってませんか?

何が言いたいかというと・・・僕が子供の頃は、よくコーヒーと南部せんべいという組み合わせのおやつをもらって、南部せんべいをコーヒーに浸けてフニャフニャ・ヒタヒタにしてから食べてました。浸してから食べると、南部せんべいが柔らかく甘くなって、子供もおいしく食べられる「甘いお菓子」になるんですね。それもけっこう複雑なおいしさで・・・

  1. 口に入れた瞬間、コーヒーに入れた砂糖の甘みと、コーヒーの香り。
  2. 軽く噛むとジュワッとコーヒーがにじみ、その後ほんのり塩味。
  3. 楽しい歯ごたえと共に、せんべい自体の豊かなうまみが広がって・・・。
  4. ゴックン。うまい!

・・・となるわけですが、皆さんはそういう食べ方したことあります?

最近だとCMでオレオを牛乳に浸して食べてたりしますし、食パンを飲み物に浸してから食べるのもおいしいですよね。でも、「せんべいをコーヒーに浸ける」って、日本中探しても八戸しか存在しない食べ方ではなかろうか? と思うんです。

だって、せんべいって普通は醤油味なんかが付いているしょっぱいもので、醤油とコーヒーなんてなかなか合わないですよね。塩味もアッサリとした南部せんべいが持つシンプルで奥深い味があるからこそ、コーヒーにすら合ってしまうんじゃないかなぁ。

プラス、ここ数年「せんべい汁」がヒットしてます。味が良くて、しかも「汁物にせんべい」という意外性が面白い。でも、考えてみれば、「しょっぱい汁物にせんべい」なんて、「コーヒーにせんべい」に比べたら意外性は低いですよね。無論僕はせんべい汁を貶めようとしているのではなく、「コーヒーにせんべい」は意外性がハンパない! と言いたい点について、ご理解ください。「コーヒーに南部せんべい」は、それだけインパクトがあるように僕は思います。

さらには、食べる人がその場で自分の好きな堅さにせんべいを変えながら食べるという楽しさと便利さ(固すぎておせんべいを食べられない人にもOK)もありますし、ここ数年徐々にメジャーになってきている「ぬれせんべい(醤油なんかを含んでフニャフニャとしたせんべい)」の存在も大きいですね。

「コーヒーに南部せんべい」という食べ方は、そもそも八戸でメジャーなのか? という一抹の不安はありますが(僕の身の回りでは普通だったのですが・・・)、これ、もしご存知無い方はお試しあれ。食パンをコーヒーに浸ける感覚で、ひとつ。

もしかすると、せんべい汁に続くヒット商品になるかも?

'08 10月08日 (水) 22時10分 : 陸奥湊の再開発工事、2009年開始予定

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photo「枯れ続け、生き続けた 〜雨の陸奥湊・朝市 」の中で、「陸奥湊に箱ものはいらないと思う、今の古さ・寂びれ具合は抜群に個性的で、観光客の心を打つのではないか」という私見を書かせてもらったんですが・・・こちら、修正します。

既に陸奥湊は再開発計画が進んでいます。

八戸市のホームページ、特に再開発については目を通していたと思い込んでいたんですが、「陸奥湊駅前地区再開発事業推進計画」というページを見落としておりました・・・申し訳ありません。このページの資料を見ていただくと、上に示してあるイメージスケッチまでもが既に描かれている具体的な計画であることが分かります。上の図の見方は、図の右側手前に陸奥湊駅があり、右側の建物が現在の魚菜市場となっています。

キレイになるんですね。陸奥湊。現在の予定では、2008年には再開発のための本組合を組織し、2009年内に工事をスタート、2011年内にオープンの予定だそうです。そうかー。ただし、この計画はあくまで検討中のもので、地元の方達と準備組合とで個々の課題を検討・調整中だそうです。

今の陸奥湊の街並には愛着があるので、変わってしまうのは少し寂しい気もします。しかし、もしこの計画が決定された場合には、その計画をベースに「どうすればここに人を呼べるか?」を考えるように頭を切り替えるつもりです。

細かな話はひとまず後にして(資料を精読してから感想を書きたいと思います)、ご報告まで。読んだ直後の個人的な第一感だけ、下記にまとめますね。

  • ○:建物内のデザイン方針は、今の陸奥湊の雰囲気の継承だとか。大賛成!
  • ○:「その場で食べる」も含めた飲食店の拡張の方針。こちらも大賛成!
  • ×:イメージスケッチを眺めていると、なんか陸奥湊っぽさが感じられないなぁ・・・
  • ×:館鼻・漁港ストアと第二魚市場への徒歩ルート整備に消極的な感じ・・・

とにもかくにも、八戸市からの公式アナウンスを待ちたいと思います。検討されている方々、がんばって下さいね! 応援してます。

何度か観光案内所に寄らせてもらったことがあるんですが、とてもとても丁寧で、陸奥湊の皆さんの町づくり・観光意識の高さに驚いたことがあります。皆さんなら、きっと素晴らしい町を作り上げられるだろうと信じています。

'08 10月08日 (水) 08時08分 : 港を造るという産業

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突然ですが、ちょっと以下のリストを見てみてください。

  • 市川船溜まりに積んである、直径50cmぐらいの大量のパイプ
  • 市内あちこちにある採石場
  • 八戸キャニオンと、地下を巡るベルトコンベア
  • 住金鉱業さんのサイロ
  • 新井田の工場萌え・八戸セメントさん

これらは、ひとつの大きな意味を持っています。もう分かる人には分かっちゃってると思うんですけど・・・

  • 海底の砂を引き上げる
  • 石を手に入れる
  • 石灰石を手に入れ、運搬する
  • 石灰石を貯蓄する
  • セメントを造る

というわけで、これらは大胆にまとめてしまうと「海底を整備し、セメントを造る」ための設備なわけです。もっと言えば「港を造る」ための機能なんですね。たくさんの人たちが役割分担することによって、八戸はひとつの大きな力を持っています。

「港を造る」という力。

八戸は新産業都市としての指定を受け、工業が発達しました。でもそれは決して漁業を捨てた訳ではなくて、漁業と共に歩むための「港を造る」という工業だったんですね。八戸を作り上げた先人たちは、確固としたコンセプトを持っていたわけです。八戸全体がそのコンセプトに向かって1つの機械のように塊になって、各々の出来る仕事を成す事によって、八戸の港は整備されていったのだ・・・と思うと、ちょっと胸が熱くなる想いがします。

これって、産業観光にできないだろうか。

「産業観光」とは、Wikipediaさんによると「歴史的・文化的に価値ある工場や機械などの産業文化財や産業製品を通じて、ものづくりの心にふれることを目的とした観光」となっています。景勝地・行楽地・食・温泉といった娯楽型の観光ではなく、各地の地場産業や工業を楽しむ観光、ということでしょうか。

海と共に工業を拓いた八戸が持つ強みを知ってもらう機会として、八戸に産業観光を芽吹かせたいと思います。それに八戸は「港を造る」以外にも、鉄鋼業や製紙業も強い。素材は十分です。「工場萌え」なんて言ってくれる人もいますし、工業を見せる観光は価値があるように思うんです。どうでしょ?

今日の写真は、新井田の八戸セメントさんの工場です。すごい立派。カッコイイ。工場萌え、あると思います。冒頭に記した工業関係の名所も、どんどんフォトジャーナルにしていく予定ですので、お楽しみに!

'08 10月06日 (月) 21時09分 : 八戸コーヒー通信Vol.0 八戸の人はコーヒーを大事にしている気がする

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スターバックスに、「ほげほげフラペチーノ」ってありますよね。あれ、「フラッペ」と「カプチーノ」を組み合わせたスターバックス独自の造語なんだそうです。へえー。てっきり外国には昔から「フラペチーノ」という飲み物があるもんだと思ってました。ちと恥ずかしい。

で、この話を聞いてふと思ってたんですけど・・・八戸の人って、コーヒーをすごく大事にしているのではなかろうか?

朝市に行くと、ゆっくり座ってコーヒーを飲ませてくれるお店が出てますし、イサバノカッチャがコーヒー片手に商売してるのもよく見ます。陸奥湊の観光案内所でもコーヒーを出してくれます(ちゃんと夏場はアイスコーヒーも用意してくれている)。

僕の交遊範囲の中だけかもしれませんが、大抵の家ではコーヒーを出してくれます。特に核家族ではなく、おじいちゃんおばあちゃんと同居している家のほうが、コーヒーを出してくれるような気がする。

調査不足ではありますが、ここに仮説をひとつ提示したいと思います。

仮説:もしかして、八戸ってコーヒー王国ではなかろうか?

寒さの厳しい土地だから、すぐ体を暖められる飲み物を出せるようにしておく文化が根強く息づいているのではないかと思うのですが、特に八戸は老若男女・誰も彼もがコーヒーを飲んでいるような気がするんだよなあ・・・

どう思いますか? ご意見求ム、です。もしこれが本当なら、「北のコーヒーどころ」としてアピールできる気がします。噂のケンミンSHOW辺りに取り上げられるぐらいのテーマにはなるのではないか? 「八戸に行ったら、うまいコーヒーが飲める」なんて、ちょっと良いな。

ちなみに今日の写真は、帰省する度に必ずお蕎麦とおでんを食べに行く「漁港ストア」さんで飲む一杯のコーヒー。漁港を眺めながらの、あったかい一杯。うまかったなぁ。(ちなみに一杯150円ですが、ご飯を食べると100円にサービスしてもらえます。是非!)

'08 10月03日 (金) 21時09分 : 港町の飲み屋は、ワケが違うぜ?

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八戸の若い人の間で利用率が高いと噂の「八番」さん、アクセス数を見てもその賑わいが分かります。様々なジャンルで今日も興味深い話題がありますね、八戸を離れてしまっている僕としては、とてもとても参考になります。管理人さんに感謝!

特に僕が個人的にチェックしているのは、八戸の飲み屋さん事情。といっても、「あの店が流行ってる」とか「あの店の女の子はカワイイ」とかそういう事じゃなくて、八戸の文化の中で飲み屋さんはどう位置づけられているのかな? という疑問を考えるための材料としてです。数字が無いので説得力はありませんが、他の都市と比較して、八戸は相当「飲み屋さんが強い町」に思えます。ココ、どうにか盛り上げられないかな? と思ってたりするんです。理由は3点。

  • 何と言っても、港町と飲み屋さんという構図は、絵になる!
  • みろく横町が良い感じ。今、八戸は飲食店発展のチャンスを迎えていると思う。
  • 市の中心街再開発事業と共に、同じ中心街にある飲み屋さんも発展できるはず。

八戸市産業振興部さんのイイ仕事

八戸市が配布しているパンフレットの1つに、「はちのへ横町探訪」というものがあります。このパンフレット、「はちのへ横町探訪 〜港町・八戸の人情ブルース」と「はちのへ朝市散歩 〜港町・八戸の食文化を満喫」という記事が表裏に印刷されていて、横町と朝市という港町独特の文化がキレイにまとめられています。最高です。八戸市グッジョブ。これ、市民に配ってもいいんじゃないか? と思うぐらい。

ダウンロードは、八戸市産業振興部観光課の方々が作成されている「八戸市観光情報」というホームページのダウンロードコーナーからどうぞ。

八戸以外の歓楽街には無いもの

さて、八戸の飲み屋さんに人を呼ぶ方法・・・このサイトをご覧の方ならお察しの通り、僕は「港町」という文化の中のひとつとして、「港町文化を楽しむのに必須な場所」として、飲み屋さんの位置づけを再構成したいと考えています。

ここで、歓楽街として有名なススキノ・福岡の中州・歌舞伎町みたいな場所に目を移してみます。こういうところって、ちょっとエッチだったりしますよね。お酒とかエッチとかが渾然一体になって、歓楽街の上気した雰囲気を作り出しています。でも、八戸はエッチでは売れないようです(店舗型風俗はそもそも出せないみたいですし)。八戸は、ススキノ・中州・歌舞伎町が出来ないでいる「エッチ無しで歓楽街を盛り上げること」を実現しなければなりません。これは大きな課題です。そんな事できるんでしょうか?

考えてみると、ススキノにも中州にも歌舞伎町にも、港町文化はありません。元々が歓楽街として発達してるんですね。でも八戸の場合、もちろん飲み屋さんは歓楽街として機能しているけれど、その裏には港町の文化、漁師の遊びという裏付けがあります。漁師が街全体を潤してきた歴史を持つ八戸は、歓楽街の存在意義を「ただただ歓楽する」という意味のみならず、「漁師をもてなし、慰労する」という意味合いで解釈することができるんですね。港町の文脈の中で飲み屋さんを肯定できる・・・これは強い!

港町というシステムの一部として、飲み屋さんは存在している。

港町文化を楽しむというモチベーションを観光客の方々に持ってもらえれば、自然と足は飲み屋さんに向かうでしょう。港町と飲み屋さんの関連性がイメージしてもらえれば、ビジネスで訪れたお父さんも「せっかく八戸に来たんだし」と飲みに出てもらえるんじゃないかな? って思います。

「横町」というキーワードが、八戸市の政治家や役場の皆さんも認知する形で表に出てきているタイミングである今、風は吹いていると思います。他の町に先にやられる前に、港町文化と横町を楽しめる町としての八戸市のブランドを、作ってしまいたいなぁ。

パンフレット紹介、もうひとつ

上記で紹介した「八戸市観光情報」のサイトですが、他にも「はちのへ女性まちづくり塾生の会」の方々た作られた「八戸観光イラストマップ」等、八戸市民でも楽しめるコンテンツがいっぱいです(僕も参考にしています)。是非、一度ご覧くださいね。こちらの観光イラストマップについても、後で特集したいなあ。すごく出来が良いと思う。

ちなみに、ここでご紹介した「はちのへ女性まちづくり塾生の会」はホームページが無いようですが、「八戸市市民活動サポートセンター わいぐ」のサイトの中の紹介ページや、国土交通省が作成している東北の港湾についての記事「青波 Bleu vague」のVol.14の1コーナー「東北を創る人々」に活動の紹介があります。

こういった、国・民間を問わない皆さんの活動を見ていくと「八戸が発展できない訳がない!」という気持ちになります。楽観的すぎますかね? でも、みんな、スゴイんだもの。やれると思う。

さて。今回の写真は、長横町れんさ街の路地です。日の光溢れる昼間の眩しさが消え、ちょうちんに明かりが灯る頃には、おいしいお酒と肴を前にみんなワイワイやってるんだろうなあ・・・ ああ、飲みに行きたい! 

'08 10月02日 (木) 17時05分 : 藤川優里市議の後援会解散・辞任要求・告訴だそうで。

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美人すぎる市議会議員でおなじみの藤川優里さんの後援会が解散を発表。さらには藤川優里市議の辞任要求と名誉毀損での告訴を予定しているとのこと。・・・。

これはもう後援会側(具体的には、市民オンブズマンの副会長になった元後援会会長)側と、藤川家の間の確執は修復不可能なところまで来ているでしょうから、藤川家側はさっさと新しい後援会を立ち上げるべきでしょうね。ただし「元後援会の人とトラブってる最中」というややこしさがあるので、藤川さんと手を結ぼうとするのはけっこう大変だろうなあ。元後援会側が持っている力よりも大きい力を持っていないと、藤川さんの後ろには回りにくいですね。

あーめんどくさい。

上手くやれば八戸のアピールにもなったものを、結局は田舎らしいゴタゴタのおかげで、チャンスは消えてしまいましたね(ニッコリ)。藤川さんがいくらキレイでも、動きが鈍ければ日本全国からの注目は集められないでしょうし、この状況では藤川さんが活躍することは難しいでしょうね。外から見ているだけなので、誰が良いとか悪いとか分からないけれど(良い悪いですらなく、宿命や運命のようなものだったのかもしれない)、結果的に八戸にはプラスにならないまま終わっていくのかなぁ。

個人的な意見ですが、残念です。結果的に損をしたのは誰でしょうね? この記事冒頭の写真は、僕の気持ちみたいなものです、面白くない写真でスイマセン。だって、面白くないんだもの。

追記

以前取り上げた「はちのへ今昔」と「はちのへ今昔被害者の会」の話、このサイトでは怖いので中身は取り上げませんが、探偵ファイルさん入りしたのでリンクだけどうぞ。こちら(タイトルがチト下品だったので一部文言を削除しました)。"美人"藤川議員に黒い噂/ニュースウォッチ

'08 09月28日 (日) 23時11分 : 八戸は「子育て&離婚天国」だった!

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先日の記事では八戸の人口について考えてみましたが、今回は生活ガイド.comというサイトを使って、様々な生活指標を見てみました。生活ガイド.comにおける八戸市の概要の中から、全国の市区と比べた生活指標ランキングで八戸が100位以内に入っている指標を抜き出してみました。

八戸の優れた生活指標

まずはこちら。

  • 可住地面積 : 305.17km2 : 93位

住める土地が広い。ギュウギュウ詰めの町で暮らしている人たちが都会に数多くいることを考えれば、広くおおらかに住めるのは魅力的です。プラスのポイント。

  • 農業産出額 : 154億9千万円 : 88位
  • 小売業商品販売額 : 8334億9千万円 : 90位

農業が盛んですから、当然食べ物はおいしい。さらに小売業の販売額が多いということは、八戸が商圏として立派に成立していて、かつ消費活動は決して低くないことを示しています。これもプラス。

  • 一般病院総数 : 17ヶ所 : 83位
  • 公園総面積 : 220万200平方メートル : 81位

こちらも良いポイント。病院が多い、公園が広い。ここまで見てくると「案外八戸も良いとこあるな」と思ってもらえるかと思うんですが、さらに上を行く圧倒的な指標が、コレです。

  • 私立保育所数 : 65ヶ所 : 20位
  • 私立保育所定員数 : 4,679人 : 30位
  • 私立保育所在籍児童数 : 4,994人 : 23位
  • 私立幼稚園数 : 26園 : 65位
  • 小学校数 : 48校 : 64位
  • 小学校児童数 : 15,221人 : 90位
  • 中学校数 : 24校 : 66位
  • 中学校生徒数 : 8,058人 : 85位
  • 高等学校数 : 17校 : 40位
  • 高等学校生徒数 : 9,395人 : 77位

幼稚園・小中高校。教育に関する指標が軒並み100位以上です。八戸は、教育が強い。さらには病院数・公園面積が広い。可住地面積が広い。子供達が住む家は広々と確保でき、遊ぶ場所は無尽蔵、怪我しても治してもらう病院はたくさん。ついでに指標に無いものも付け加えれば、農業に加えて豊かな海の幸に恵まれており、食生活も豊か。肉に偏りがちな食生活も未然に防げるというものですね。すごい。

なんだ、八戸は子育て天国じゃないか。

・・・って、思えますよね。実際僕もそう思いました。でも、この話はこのままじゃ終わりません。この後が面白いところなんです。

ひとつのマイナス生活指標

ここまではプラスの指標ばかりでした。生活ガイド.comさんの指標はそもそもプラスの指標が多いのですが、ひとつだけ、面白いマイナスの指標が見つかりました。コレです。

  • 離婚件数 : 580件 : 91位

出ました。八戸に行く度に、いろいろな人に「八戸どう?」と話を聞いているんですが、離婚は本当によく話に出ます。「早く結婚して、早く子供作って、早く別れる奴が異常に多い」と。確かに、統計データとしてしっかりと出ています。

データの読み方は色々あると思うのですが、離婚が多い理由のひとつは、上記のように「子育てがしやすい町であること」に起因すると思います。離婚した二人をフォローするご両親の愛情も強いのでしょう、離婚してもしっかり子供を育てている方は多いと聞きます。

でも、上記の検討は、あくまで「離婚しても生活していけるか?」という側面のみしか語っていません。「そもそも、なんで離婚が多いのよ?」という点が放ったらかしです。この謎、当サイトはある目星の元に、目下追跡調査中です。ご期待ください。

八戸文化に残る謎

他にも、八戸にはいろいろと謎があります。他の町に住む人間からすると、なんでだろ? と首を傾げざるを得ない行動が、八戸市民には何個か存在します。例えばこんな謎です。

  • 八戸の家は、なんで車にやたら金をかけるのか?
  • 八戸の人は、なんでパチンコばっかやってるのか?

これら「離婚」「車」「パチンコ」の謎解きは、今後何回かに渡ってこのサイトで掘り下げていく予定ですが、実は既にシナリオはほぼ出来ています。それは八戸を包む「港町文化」の負の側面として体系化できると思っています。ただし、客観的データが不足しているので、現状では説得力に欠けてしまうので、もう少々お待ちいただければと思っています・・・ひとまず今は、乞うご期待!

今日のまとめ:八戸は子育て&離婚天国だ。いやはや。

・・・さて。今日の写真は、八戸が誇る生活指標である教育施設から、金浜中学校の校庭の脇にある石像です。二人の健康な児童が互いの両手をしっかり掴み、互いを引っ張っている様子です。こんな話題の記事に使っちゃってごめんなさい。

でもこの石像、よく見ると「ドラゴンクエストに出てくるスライム」に見えて面白いな、と思って撮りました。金浜中学校の関係者の方々、二重の意味で、ごめんなさい。

'08 09月26日 (金) 00時12分 : 「おんでやぁんせ八戸」は嘘のキャッチフレーズだ

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次のフォトジャーナルは、冬の雨に打たれながらも静かな活気が感じられる陸奥湊の朝市です。ほぼ写真選定と調整も終わり、あとはストーリーを付けながらの微調整のみとなっています。

いやー、陸奥湊、良いですね(笑)

例えば、Googleで「朝市」と検索すると出てくる有名な朝市として、こんなものが挙げられます。

これらの有名な朝市と見比べた上で、陸奥湊の朝市の魅力をまとめると・・・

  • 施設が決定的に古く、情緒がハンパ無い
  • 駅の階段を降りると目の前がもう市場

・・・この2点に集約されると思います。この2点、陸奥湊の朝市は絶対に守らなければなりません。古く寂びれた港町情緒では日本一! を八戸が標榜するとすれば、陸奥湊の朝市は間違いなく最重要拠点のひとつとなります。新幹線から八戸線に乗り換えて、陸奥湊駅を出るとそこは朝市・・・というシナリオは最高に魅力的です。

「おんでやぁんせ」を言わない八戸の人

一方で、どうにも理解できない点があります。この記事のタイトルにもありますが、目下八戸ではどこに行っても看板に書いてある文句「おんでやぁんせ八戸」。

これ、陸奥湊はおろか、八戸駅でも八食センターでも観光案内所でも、みろく横町ですら、どこでも聞こえてこないんです。「おんでやぁんせー」と声を上げている人が、いない。となると、「おんでやぁんせ八戸」というキャッチフレーズは嘘である、ということになります。

これは滑稽です。滑稽ですが、事情も理解します。僕が八戸に住んでいた頃ですら、おんでやぁんせーなんて聞いたことが無い。「いらっしゃいませー」「見でけで(見ていって)」「買てけねが(買ってちょうだい)」なんてのは聞いたことがあるんですが、「おんでやぁんせ」は記憶にありません。僕は取材の時は大抵何もしゃべらず、黙々とカメラを首から下げて歩き回っているんですが、陸奥湊は何度も何度も歩いているにも関わらず、僕が八戸に住んでいた頃と同様「おんでやぁんせ」の声は聞かれませんでした。

例えば関西では、店を出る客に対して「おおきに!」と声をかけます。普段は「おおきに」なんて使わないんですよ、関西の人って、あんまり。でも、お店では「おおきに!」と声をかける。観光客の僕は、そこで関西の情緒というものに触れることが出来る訳ですね。

ところが、八戸はさんざん「おんでやぁんせ八戸」と謳っておきながら、誰もちっとも「おんでやぁんせ」なんて言わない。「観光をナメてんな、こいつら」と思われても、今の八戸には返す言葉がありません。嘘のキャッチフレーズで、観光は出来ないですからね。

観光は、幻想を壊さないこと

どんな土地でも、観光は「地元のリアルな生活と、観光という虚構の幻想」の戦いになります。観光地に対して夢を抱いてやってきた観光客のテンションを落とさないように細心の注意を払わなければ、感動を持ち帰ってもらう事は出来ません。

想像してみて下さい。有名温泉宿の仲居が、足袋ではなく変な色の靴下を履いていたら。どんな立派な歴史ある旅館であっても、いっぺんに観光客のテンションは下がります。幻想は消え失せ、観光客の心は動かなくなってしまいます。

もし八戸が「おんでやぁんせ」というキーワードを使って観光を展開するのであれば、観光客とふれあう接客業の人たちに「おんでやぁんせ」と声を上げてもらうように市役所なり商工会なりが指導しなければなりませんし、それが無理なら「おんでやぁんせ」というキーワードを捨てるべきです。

嘘のキャッチフレーズが観光客の幻想を壊してしまう前に。

おもてなしの難しさ、そして港町文化

観光客に対する「おもてなし」をするのは、とても難しいものです。外面が良く不器用と言われている八戸の気性を持つ人にとっては、普段使わない言葉である「おんでやぁんせ」を大きな声で言うなんて、恋人に愛してると言うぐらい尻込みすることになるのではないかな・・・と予想します。でも、ここをクリアしなければ、「観光客が望む虚構を演じ、もてなす態度」を持てなければ、八戸の観光はスタート地点にすら立てません。是非に、八戸の観光業界の方には一皮ムケて欲しいな、と切に願います。

一方で、「無理じゃね?」と考えている人もいるだろうな・・・とも思います。市役所も商工会もそんな指導できねーよ、と思う人も多いでしょう。でも、もしそんな人と話ができたら、僕は希望を持ってこう言いたいと思います。

八戸は港町。全国・世界の漁師たちを受け入れ、休ませ、ねぎらって来た歴史と実績があるんだよ。海の上での辛い仕事をやり遂げて帰って来た漁師を受け止める文化を、もともと八戸は持っていたんだよ。観光客を漁師だと思って、「普段の生活、おつかれさまでしたね」とねぎらえば良いんだよ、それが出来たら、観光なんて出来たも同然だもの。ね? やればできるはずだよ? 役場なんて気にせず、まずは声を出すところから始めてみない?

残念ながら、現状では「おんでやぁんせ八戸」というキャッチフレーズは役立たず・・・というか、むしろ観光客をガッカリさせる可能性すら持っている、やっかいな代物だと僕は考えます。でももし、このキャッチフレーズを実現できたら、そこが八戸の観光産業が一気に花開くかもしれません。

観光が花開くか否か。それは、八戸市民が「もてなしの港町文化」を意識して「おんでやぁんせ」と声を出せるかどうかで決まります。政治でも、お金でも、景気でもないのです。

声を上げられるか。この一点で決まる、と僕は考えます。

'08 09月25日 (木) 08時08分 : あなた、ちくわ、好きか?

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あなた、ちくわ、好きですか。好き? どう? 「ちくわ大好き!」って人、あんまり聞きません。でも、八戸では、ちくわをよく作ってるんですね。ちくわ好きの人が少ないからこそ、その「名産はちくわ」というのがアピールにならない。これが不満です。

どうすれば「ちくわ」を盛り上げられるか。それが八戸再興を願う僕の課題のひとつです(とことん物好きだと思いますが)。で、考えてみました。ちくわの良いところ。

  • 穴が空いていて楽しい形をしている。
  • 元々が魚だから、ヘルシー(になれる可能性がある)。「ここんとこ肉ばっかりだから・・・ちくわで魚成分を補給」なんて風に考えてもらえたら最高。
  • ちくわは作った段階で薄いクリーム色。色は変えられる可能性有り。
  • 魚偏に◎で「ちくわ」と読む。日本で作った漢字。インパクトアリ。
  • 棒付きのちくわがある。ちょっと高級感がある。
  • 焼きたてのちくわは旨い。天ぷらも旨い。
  • 「私はちくわ女」(©相原コージ)

悪いところ。

  • 味が魚に比べて劣ると思っている人が多いというのは大問題。加工品が元の素材に負けていたら、勝てる訳が無い。
  • 食感に感動が無い。かまぼこのようなプリプリも無いし、はんぺんのようなふんわり感も無い。
  • 味が大味・・・というか、よく練ってあるのが仇になって、どこを食っても同じ味。一口で飽きちゃう。
  • ↑だからこそ、一本が大きい。なんかもう、一本食べきれない。
  • よく練ってあるからなのか、「魚っぽさ」が薄い。「ちくわっぽいもの」は人気はないが、「魚っぽいもの」はヘルシー路線と結びつきやすいのになあ・・・
  • 練り物なんだから、形はいくらでも変えられるのに、形はひとつ。パスタのようにいろんな形を作ってみたら、食べ方に幅が出るかも?

えー、いろいろと書き連ねましたが、これらを勘案して「新しいちくわの商品開発」を考えてみたいと思ってます。もちろん僕の手で実現できる訳では無いんですが、考えるだけでも楽しいので。何かアイデアあったら教えて下さい。継続審議中です。

あわよくば、焼き魚と同じぐらいの感覚で、「ヘルシー」「おいしい」「日本食」を実現できればなぁ・・・と思ってます、ちくわで。無理かなー。

'08 09月20日 (土) 08時08分 : 100人に聞いた藤川優里の水着DVDの反応+あれこれ

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八戸の美人市議会議員・藤川優里さんが、八戸をPRするために一肌脱いで写真集とDVDを出すというニュース、まあ賛否両論だろうなあ・・・と思って、この件に関する日記をmixiから100件ランダムで集計してみた。ちなみに、9月20日の午前7時現在で、このニュースについての日記は458件。

  • ポジティブ:58
「きれい、美しい」「何もしない議員よりはマシ」「なんだかんだで八戸の知名度が上がる」という意見の他、批判意見を批判した上で「いいじゃないか」と理由無しに述べるものも多かった。
  • ネガティブ:36
「勘違い女」「目立ちたがり」「仕事しろ」「八戸が悪いイメージで伝わる」「結果的に八戸のアピールにはならない」「出版社の口車に乗せられた」等が多い。
  • 賛否不明(このニュースから派生した話題のみの日記):6

という結果。賛否両論が出るニュースのリアクションは、最初はネガティブが大きく出て、徐々にポジティブが増えるという法則がありますが(本で読んだんですが・・・なんの本だったか失念しました・・・すいません)、その点では案外良いリアクションだった、と言えるでしょう。個人的にも、もっとネガティブに振れるかな? と思っていたので、ちょっと意外。

なお、このサイト、私の意見は「ポジティブ」。話題性が高い