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八戸 Archive

'10 02月21日 (日) 19時08分 : 三陸海岸の「三陸」をすべて答えよ

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問題。三陸海岸の「三陸」をすべて答えなさい。

チッチッチッ・・・

デン! タイムアップ。答えは「陸前」「陸中」「陸奥」の3つです。およそ以下のような区分だと考えてもらえば良いでしょう。

  • 陸前:宮城県(+岩手県の南側ちょっと)
  • 陸中:岩手県(+十和田湖の南側一帯)
  • 陸奥:青森県(+岩手県の北側ちょっと)

では、さらに問題。陸前・陸中・陸奥という区分はだいたい「青森県+岩手県+宮城県」から成り立っていますが、昔はさらに福島県をプラスした大きなひとつの国でした。その国の名前は?

チッチッチッ・・・

デン! タイムアップです。答えは「陸奥」でした。新政府軍と旧幕府軍が戦った戊辰戦争で旧幕府軍側についた陸奥の国は、戦いに負けた後に5つの国に分割統治されることになったんですね。

  • 戊辰戦争前:陸奥(青森県+岩手県+宮城県+福島県)
  • 戊辰戦争後:磐城(福島県内陸部)+岩代(福島県沿岸部)+陸前+陸中+陸奥

さて、続いて最後の問題。「陸奥国(むつのくに)」は、元々「みちのく」という言葉から転化したと言われています。ここでの「みちのく」とは、上記のように青森県までをカバーした巨大な国ではなく、もっと小さな国でした。それは7世紀当時の日本の最北端であったのですが、その北端は現在どの県に位置しているでしょうか?

チッチッチッ・・・

デデデン! タイムアップでございます。答えは「宮城県」。当時の「みちのく」は、宮城県の南部・山形県の南東部・福島県をひとくくりにした国で、その後鎌倉時代に本州の北端までが日本になった(鎌倉時代までは、青森県は日本ではありませんでした!)際に、上記のような広い範囲が「みちのく」という呼び方を元にした「陸奥国」になったそうです。

そんなこんなで、元々「みちのく」に端を発した陸奥国は、今は青森県と岩手県北部にのみ残っている非常に古い呼び方であることが分かりますね。そんな歴史が今の「三陸」という呼び方に残っているわけですね。

最後に、参考文献として三陸海岸全体をまとめたホームページを1つご紹介。岩手県の方が作られている「三陸ネット」さんでは、今は3県にまたがる三陸の魅力をギュッと凝縮してご紹介いただいています。八戸市も作れば良いのになぁ。

今日の写真

今日の写真は、八戸の内陸部から海へ向かう道のひとつです。三陸海岸の北端である八戸市は、リアス式海岸の荒々しさと八戸以北の穏やかな海岸線の優美さを両方楽しめる稀有な土地で、さらに言えば三陸沖の漁場と北海道南岸の漁場の両方に近いから魚もウマい。こんな土地、なかなか無い(というか、本当に日本中八戸以外どこにもない)。

この道の奥に、美しい海と美味い魚があるんです。

'10 01月13日 (水) 00時18分 : 八戸の酒「陸奥八仙」がキてる。(ISARIBI編)

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上の写真・・・日本酒好きの皆さんなら、グッと来るでしょ(笑)。左の(笑)がイヤミに見えてくるほど、旨そうでしょ(笑)。今日の記事は八戸の日本酒の紹介です。

さて。青森県で言えば、有名な銘柄は「田酒」でしょう。すでに全国的に有名で、日本酒支持率の高い青森県を代表するお酒になっているように思います。それに次ぐのは「豊盃」かと思います。数年前から「この酒、旨いよなぁ・・・」と思ってたんですが、ジワジワと知名度が拡大中で、ほんのすこしずつですが都会でも豊盃を飲める店が増えてきました。この2つの銘柄が青森県のお酒の中でも全国的な知名度を蓄えているというのが現状だと僕は理解しています。しかし、これら2つのお酒は残念ながら八戸産ではないんですね。確かにこの2つのお酒は美味しいと思いますし、先日も名指しで飲みましたし、やっぱり旨いと心のそこから思います。でも、八戸産だったらもっと応援できるのに・・・という忸怩たる思いがあったんですね。八戸を応援したい当サイトとしては、何としても八戸から旨い酒を見つけ出さなきゃイカン。

そんなこんなで、八戸近郊に酒造所を置いている銘柄を色々と飲み進めていたんですが・・・1つ結論が出ました。

八戸酒造さんの「八仙」は、「田酒」「豊盃」に比肩する名酒足り得る。

「名酒足り得る」と微妙な表現をしたのは、まだまだ世間の評価が追いついてないからです。日本酒好きが集まるサイトとして有名な「日本酒物語」さんの全国統一ランキングでは、「田酒」「豊盃」に次いで青森県産日本酒の3位に位置していますし、もうひとつ有名な日本酒サイト「由紀の酒」さんにも登場しています・・・でも、まだまだ知名度に伸びシロはある。まだ日本中の日本酒ファンに「八仙は名酒だ」と認識されていないのではないか・・・と思うので、「足り得る」という表現にとどめたんですね。最後にひとつ付け加えるならば、八仙自体が生まれて12年という若いブランドであるという事実が、まだ知名度が追いついていない最大の理由かと思います。

だからこそ、きっと、これからキます。八仙、です。

前置きが長くなってしまいましたが、今日は八仙の中から「陸奥八仙 いさり火特別純米無濾過生詰」をご紹介します。

「陸奥八仙 いさり火特別純米無濾過生詰」は、まずラベルに注目せよ

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左の写真がラベルなんですけども、「ISARIBI」の文字と、深い青に浮かぶ漁火がシブイですよね。港町八戸では普通に見られる漁火なんですが、都会の人には馴染みのない風情ある光景として映ります。そこには価値があるんですね。漁師の勇ましさ・港町の厳しくも胸を突く情感が、このラベルに込められています。

屈強な男が命をかけて海に出る。海と山が迫る狭間で生まれる美味の数々。寡黙な工場が夜に煙を吐いている。そんな港町風情豊かな八戸にとって、どうしても酒は欠かせないファクターです。むしろ「酒が無いのなら、港町で売ること自体が不可能だ」とすら考えていた僕にとって、八戸が育む旨い酒は絶対に探し当てなくてはならないものでした。そんな僕の想いを先回りしたかのようなラベルに、しばし僕はうっとりしてしまったのでした。

えー、撮影と試飲をしたのは従兄弟の家だったのですが、写真を撮りながら「うふふ・・・」と笑う僕を誰もがキモがっていたことでしょう(涙)。しかし、そんな従兄弟も酒を味わった後に自分自身が「うふふ・・・」と笑うことになるとは思わなかっただろうことも言い添えておきましょう。ニヤリ。

港町を万人にプレゼンする「食中酒」

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港町の風情を詰め込んだラベルを見ると、もしかするとこう考える人がいるかもしれません。

「港町の屈強な男たちに似合う、キツい酒なんだろうね?」

そんな推測は理解はできるんですが、実はこのお酒、真逆なんです。そもそもが「食中酒」としてデザインされているんです。港町の海の幸と、海にせり出した山からの食材が並んだ食卓に映える酒として、この「陸奥八仙 いさり火特別純米」の味は設計されています。これは意外と言えば意外ですが、僕はこう考えています。

  1. 港町八戸の風情を伝えるためには、まずはたくさんの人たちに手に取って、お酒自体を味わってもらう必要がある。
  2. となると、日本酒に馴染みのない人にも飲みやすいお酒でなくてはならない。
  3. また、どんな場面・どんな肴にも合うお酒でなくてはならない。
  4. だからこそ、港町八戸の情景・風情をラベルに込めたISARIBIブランドは、飲みやすくどんな肴にも合う「食中酒」でなくてはならない。

ISARIBIをきっかけにして、八仙ブランドの旨さと八戸の風情をより深く楽しんでほしい。そんな願いが、ラベルと「食中酒」というコンセプトから見えてきます。

「これなら飲める」! ISARIBIの味

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いよいよ「味」。どうやって飲んだかと言いますと・・・「食中酒」というコンセプトに合わせて、普通の晩御飯の最中です。実はこれってけっこう難しい課題だと思います、何せ日本酒を飲むための準備をまったくしていないのと同じですから。具体的には、以下と一緒に飲みました。

  • いかの塩辛
  • 焼鮭
  • ベーコンと野菜の炒め物
  • 昆布の煮付け
  • 煮しめ
  • きんぴらごぼう
  • ごはん(!)

結果、どうだったのか。ISARIBIは、この難関をサラリとクリアしてくれたんです! 旨いです、ハイ。どっちらけな話ですが、旨いモンは旨いんだから仕方がないのです。あっという間に720mlビンが空きました。味はしっかりとしていながらも、様々な料理の味を邪魔しない。最近「飲みやすい」という言葉を「味が薄い」ことの言い訳にしている日本酒が多い中、ISARIBIは違います。特徴的な味としては、さわやかな甘みもあるんだけど・・・何かしらのサッパリする要素があるんですね。僕にはそれが何なのか正確には分かっていないのですが、もしかすると「酸味」ではないか? と予想していたりします。・・・とにもかくにも、結果として甘みが全面に出過ぎず(実は青森のお酒には甘みが強すぎてクドくベタッとしたものが多い)、お酒自体の味をストレートに主張しながらも、食事が進むようになっている。これはけっこうスゴイ事だと思うんですね。コンセプト通りの味なんですもの。

・・・しかしながら、味を伝えるというのはマッコト難しいのです。上の話だって、読者の皆さんに信用してもらえるかというと、そんな文才は僕には無いし・・・ということで、僕が表現する味その代わりとして以下の2つの事例をご紹介しましょう。

  1. 普段は飲まない従兄弟のおじさんが「あ、コレは飲めるな」と自分でチビチビやりだした
  2. 普段は飲まない従兄弟のおばさんが「あら、飲みやすい」のスイスイ行った挙句、「だからあたし、日本酒大好き!」と突然の宣言

とにもかくにも、結論です。八戸酒造さんの「八仙」ブランド、キますよ。マジで要注目。

八戸酒造さんのホームページ

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'10 01月05日 (火) 00時02分 : 三春屋「南部・はちのへ職人の技展」がスゴイ(3)

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昨日・おとといに続き、三春屋さんで開催されている「南部・はちのへ職人の技展」さんのご紹介です。本日で記事も最後ですが、展示会も本日17時までとなっていますので、是非一度ご覧くださいね。

上の写真は、「南部さきおり」を織るための織り機です。素朴で美しい織物も、もとをたどっていくと細い糸なんですよね。当然なんですけど、当たり前だけど、こうやって見せてもらえると改めてその技の深さが分かります。

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こちらは「南部菱刺し」をご紹介していただいた方が見せてくれたサンプルで、全体が3段になっているうち上の2段は青森方面の織り方(折り目が奇数で増えていくので、模様の広がり方が遅く鋭角的)ですが、下の3分の1は南部菱刺しの織り方で、折り目は偶数で増えていくので模様が幅広く広がっていきます。青森方面と八戸方面=津軽と南部という隣り合った2つの地方でさえ、このような違いが出てくるのが民芸の面白さであり、奥深さであるように思います。

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こちらは凧の絵なんですが・・・八戸地方では「紙鳶」といいます。「かみ」の「とんび」という漢字の組み合わせで意味はわかりやすいのですが、読み方は・・・なんと「しろうし」。よ、読めない!

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八戸藩の家老さんが幕末に書き残したものにより、八戸地域独特の凧の絵柄が文化として息づいていたことがわかっています。恥ずかしながら、凧の絵にまで八戸には個性があったなんて、考えたこともありませんでした。

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こちらは三日町のあのお店? と思いきや、なんとミニチュアなんです。八戸でミニチュア工房を開かれているクリエイターさんの作品です。

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お店に並ぶ品々や、お店の後ろのカンバンまでを忠実に再現。地域密着型のミニチュア工房さんという立ち位置も面白いですよねー。作品ごとに背景となる物語や場面をイメージされているということで、ただのミニチュアではない温度感というか、湿度感というか、肌感があるんです。ホームページもお持ちです、こちらからどうぞ

まとめ

ここ3日間の記事で、三春屋さんで開催されている「南部・はちのへ職人の技展」さんの特集は終わりです。開催時期は本日・1月5日の17時までとなっていますので、今ならギリギリ滑り込めます!

職人の皆さんのお話を直接聞くことができるというのは今時の展覧会でもとっても良心的で、かつ職人の皆さんのお人柄が良いのが印象に残っています。しかも、皆さんが口々に八戸を盛りあげようと考えられている一方で、作品自体に対しては至って謙虚。これだけ心に響く作品を作っておられるのに、あくまで伝統や文化に敬意を払われている様子を見させていただいて、八戸地域の芸術・民芸文化はこれからも発展していくだろうと信じることが出来ました。

年に1度〜2度ほどしか行われない規模で八戸の伝統が一堂に会した展覧会、是非御覧下さいね。僕は「小さい頃ウチにあった玉って、『南部姫毬』っていうのか!」といった新鮮な気づきをもらったり、作品から流れ出てくる八戸の風土の気配に心を打たれたり、とにかく楽しめましたよ!

追記

八戸紙鳶についてご紹介させていただいた部分で、誤りがありました。

  • 誤:鳶を「しろうし」と読む
  • 正:鳶を「しろうし」と読む

お詫びして訂正いたします。

'10 01月03日 (日) 23時59分 : 三春屋「南部・はちのへ職人の技展」がスゴイ(2)

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昨日に引き続き、三春屋さんの5階催事場で行われている「南部・はちのへ職人の技展」のご紹介です。上の写真は船舶模型を作られている方の作品です。この作品、かなり意外なんですけど、木製なんですよね・・・どんだけ手間がかかってんだよ! とツっコみたくなりました。

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さらにこちらは、電飾付きと来ています。イカ釣りの船をこれでもかと再現。

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続いてこちらは、北の春を呼ぶ祭・えんぶりの優美さや迫力を人形で表現されている職人さんの作品です。実際に会場で作業場を再現されていて、繊細な作業を目の前でみることができます。

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特に個人的に心惹かれたのは、単純にえんぶりの造形を作るのみならず、実際にえんぶりを踊られる人々の内面が感じられるような表情の豊かさ。

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愛嬌がある人形さんも、冬の厳しさという裏打ちの上では、むしろ切なくなるような気すらします。

本日ご紹介したお2方の職人さんは、もちろん明日もいらっしゃいます。明日1月5日の17時まで展示されていますので(無料!)、是非おいで下さいね。また、えんぶり人形を制作されている職人さんはホームページもお持ちですので、こちらもご覧くださいませね。

'10 01月03日 (日) 12時00分 : 三春屋「南部・はちのへ職人の技展」がスゴイ(1)

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あけましておめでとうございます! 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

ところで・・・八戸に帰省してから数日、これまでになく様々な方にお会いできて心の底からうれしいのですが、持ち前の計画性の無さがわざわいしてか「取材はしても記事を作る時間が無い」という状況に陥っておりまして・・・でも、急いで伝えたいことがあるんです。

三春屋さんの5階催事場で開催中の「南部・はちのへ職人の技展」がスゴイです!

1月5日の17時までの展示です、是非足を運ばれてみてください。実際に職人さんからお話を聞きながら作品を堪能することができます(お話を聞かせていただいた皆様、本当にありがとうございました!)。

というわけで、本日から3日間、こちらの展示会特集ということで写真をアップしていこうと思います。

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八幡馬の制作風景を生でみられます。なんとナタ1本で仕上げるという凄まじさ。

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こちらはミニ八幡馬。女性の職人さんの繊細さが光ります。

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南部姫毬(ひめまり)。お姫様を球・房・結びなどで表現する。

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デザインの精緻さ・調和した色彩は、幸せを願い邪気を払う力を持ちます。

今回は八幡馬と南部姫毬の特集でした。後日改めて、聞かせていただいたお話などをまとめたいと思います。次回もお楽しみに、取材に行ってきます!

→「南部・はちのへ職人の技展」へ

'09 12月31日 (木) 14時23分 : 寒い、3枚では寒い

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寒いよ・・・寒いよ八戸・・・

(朝あったかかったので油断してTシャツ+セーター+薄手の外套の3枚で出たら昼から風が出て吹雪いてもう大変です)

ところで、八戸に来て2日、既にいろんな成果が出てきております。いろいろな人に会い、お力を貸し手いただけました。本当に感謝。追ってしっかりとした記事にしますので、是非ご期待くださいね。八戸、すごいよ。

最後になりますが、このエントリーが本年最後の更新になります。今年中はお世話になりました、本当にありがとうございました!

'09 12月15日 (火) 07時24分 : 八戸タクシー事件簿

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以前とてもお世話になったことがある八戸タクシーさんのサイトが先々月にリニューアルされていました。八戸の観光案内など充実したサイトになられてるんですが、ブログが面白いんですよ。タクシーの運転手さんならではのリアルで人間味があるエピソードが多数掲載されていて、じんわりと面白い。

1つだけ引用させていただきましょう。

◆7号車
深夜、繁華街から中年の男女が乗り込みました。行先を聞くと男は、「〇〇モーテル」。女は家に帰るから「〇〇方面」。うーん、困るよねー、こういうお客様。当然、こんな場合は女性の言う方へ走りますが、振られた男が八つ当たりしてくるし...。案の定、女性が降りたら、「何で俺の言うことを聞かないんだ」と、文句を言われ、またそれがしつこい。あまりのしつこさに車を停め、「あの申し訳有りませんでした、お客様...。」 と振り返ったらお互いに、「アッ!」「アレッ!!」 なんと、私の妹の旦那でした。 うーん。

いやー、オトナな話だなぁ・・・(遠い目)。サイトのリニューアル前から載っていた話なので、実際は相当古いものだと思うんですけども(じゃなきゃ書けないですしね)、そんな昔から、ずーっとタクシーの運転手さんは世相を見つめてきたんだろうなぁ。少し憧れるし、少しコワイ。

他にも「死体を運んでいたら・・・」「タイヤを交換しようとしたら・・・」等々、読み物としても楽しい八戸タクシーさんのサイト、一度御覧くださいませね。

「八戸タクシー株式会社」ホームページへ

'09 11月18日 (水) 00時14分 : 八戸名物?「海の幸が美味いキャバクラ」

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※このエントリーは非常にくだらない内容を含みます。書いてる僕自身が情けなくなりながらの執筆でございました。どうか脱力覚悟でご覧下さい。

八戸は飲み屋さんが盛んなことで有名です。海から陸に上がった漁師さんの景気の良い遊びとして、昔から港町に栄えた飲み屋さん街。横浜とかもそうですよね、港と飲み屋さんは切っても切れない仲なんですね。それから、当然ではありますが、八戸は海産物が美味い。八戸を訪れる観光客も当然のように海産物を食べたいという思いを強く持っているし、八戸市民も海産物には誇りを持っている事でしょう。

ならば、この2つをくっつけたらどうか。つまり、「海の幸が美味いキャバクラ」だ。略して「海キャバ」。

・・・

 カランコローン。
 キャバクラ嬢「おんでやんせー! サチです、よろしくお願いしまーす」
 客「お、かわいいねえ。年いくつ?」
 嬢「22です」
 客「今日のおすすめは?」
 嬢「アタシ」
 客「そうじゃなくてさ! 今日のおすすめのアテは何?」
 嬢「今日はやっぱりサバかなぁ、ねえマスター?」
 マスター「船長と呼べ! お客さん、今日は間違いなくサバだね、適当に出すかい?」
 客「お願いします、楽しみッス!」
 嬢「じゃあ乾杯しよっか?」
 客・嬢「かんぱーい」
 マスター「はいよ、まずはサバの沖漬けからね」
 客「おっ、いただきまーす・・・こ、こりゃ美味い!」
 嬢「でしょー! でもサバばっかりじゃなくて、アタシと話もしてね」
 客「まいったなーこりゃ。ハッハッハ」

・・・

何というか、キャバクラというところに行ったことがないので想像がメチャクチャですね、お許しください。ああ、恥ずかしい。そもそもキャバクラはドアを開けたら「カランコローン」って鳴らないような気がする、きっと(僕のイメージの中では、キャバクラの扉は喫茶店のそれと似ているイメージ)。

それにしても、こうやって色々と「海キャバ」について考えてみても、何かしらピンと来ないというか、根っこのところでボタンの掛け違いがあるような気がしてしまうんです。何故かというと、「かわいい女の子」と「お酒」も合うし、「お酒」と「海の幸」も合うんだけど、「かわいい女の子」と「海の幸」は合わないと思うんです。

八代亜紀の「舟歌」の世界のように、ある程度の齢を重ねてしっとりと色っぽい女性+お酒+海の幸なら、画になるように感じられるんですが・・・若い女の子が楽しく話してくれるキャバクラと海の幸は、いかんせん相性が悪いような気がしてしまうんです。

昔、「恋する女の子のことを真剣に思い浮かべながらカップラーメンを食える奴は、頭がおかしい」という話を聞いたことがあります。2つの欲求を同時に処理できないのか、「女性」と「食欲」を同時に満たそうとすると、脳が混乱をきたしてどちらの欲求も楽しめなくなってしまう・・・というのが、男の脳の構造のようです。確かにそんな様子を想像してみると、「女の子、かわいい! ラーメン、うまい!」と同時に感じているヤツは、確かにバカっぽい。

そんなこんなで、せっかく思いついてはみたものの、「キャバクラ」+「海の幸」は成り立たないんじゃないかなあ、と思う次第です。でも、実は既に八戸に存在していたりして・・・「海キャバ」。漫画や雑誌のおかげでキャバクラの地位向上が甚だしい昨今、これぐらいの異色のキャバクラが八戸にあってほしいとも思うんですけど、どうでしょうね? ここでの僕の推論によれば「海キャバはダメではないか?」となってしまいましたが、実は僕の想像を遥かに超える魅力があって、既に八戸では大盛り上がりしていたりして・・・ポワワン。僕のあさはかな予想を鮮やかに裏切って見せてくれているようなお店が、八戸にあってほしいなぁ。

そして最後に、いい加減に一度ぐらいキャバクラなるところに行ってみたいものだ、とも思います(今まで150回ぐらい思ったけど行けてない)。いいオトナなのに恥ずかしい限りではあるけれど。

'09 10月27日 (火) 00時31分 : 小林氏が再選された八戸市長選を振り返る

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おことわり

本エントリでは、先日終了した八戸市長選についての個人の私見を掲載しています。読者の皆様におかれましては、個々に政治信条をお持ちでありましょうが、下記の内容はあくまで「私個人の考え方」であり、皆様方に強制したり、説得したりしようとするものではありませんので、ご了承いただけますようお願いいたします。

八戸市長選の結果

八戸市長選が終わり、現職の小林さん(自民推薦)が再選を果たしました。得票結果は以下の通りです。

  • 59,237 小林 眞(59)無所属・現職(自民、公明推薦) 当選
  • 36,021 三浦 博司(31)無所属・新人(民主推薦)
  • 4,219 千葉 和男(61)無所属・新人

当サイトは、八戸ローカルの情報を扱う性格上から八戸市長選については言及していませんでした。というのも、八戸で活躍されている方々の情報や写真を掲載している以上、当サイト管理人である私の言動がそういった八戸の方々の意見だと誤解される可能性があると判断したというのが理由です。

では、実際私の支持はどうだったか? と言いますと、一択で小林さん支持です。個々の政策は後述するとして、大枠での小林さん支持の理由は以下の通り。

  1. 青森県での衆院選・小選挙区で4人中3人が自民を占めた以上、自民の支持を取り付けている小林さんを首長としたほうが国との関係を円滑に進められる。
  2. 八戸中心街を活性化するための施設「はっち」の立ち上げという重要な時期で首長が変わるのはふさわしくない。
  3. 対立候補の三浦氏は民主党同様に「無駄を省く」事に重点を置いているが、小林氏は「成長させる」事に重点を置いており、管理人個人は「成長させる」方を選択したいと考えていた。

また、小林さんと三浦さん個々のマニフェストで良いと思ったもの・悪いと思ったものを以下にまとめます。ただし、あくまで管理人個人の意見であることをご了承下さい。(参考にしたのはこちら

  • 小林さん : ○ : 「はちのへ水産振興会議」設置で水産業グランドデザイン策定
  • 小林さん : ○ : 農業交流研修センターを改組し、機能強化
  • 小林さん : ○ : 種差や蕪島に誘客施設・休憩施設を整備
  • 小林さん : ○ : 地域密着型教育の実施校を全小・中学校に拡大
  • 小林さん : × : 市の各種施設の命名権活用による収入増
  • 三浦さん : ○ : 地産地消を推進するため「総合戦略プロジェクトチーム」設置
  • 三浦さん : × : 「八戸グリーン・ニューディール・25%プロジェクト」を推進
  • 三浦さん : × : 「仕事・こども・くらし」の予算配分のための「市政戦略室」を設置
  • 三浦さん : × : 無駄な支出を防ぐ「市政刷新室」を設置
  • 三浦さん : × : 市長・副市長の報酬を3分の1カットし、退職金を返上

以下、所感をまとめてみます。

三浦さんの政策で、支持できなかった点

全体的に見て小林さんも三浦さんもマニフェストに大きな路線上の違いはありませんでしたが、個人的にまったくもって問題外だったのは三浦さんの「八戸グリーン・ニューディール・25%プロジェクト」。衆院選特集の際にもまとめましたが、二酸化炭素25%カットという政策がどれほどにお金がかかり、かつ市民生活や産業を圧迫するものかについて現状でも民主党+官僚で再検討を行われているというのに、地方の一自治体である八戸市がその路線にまるまる乗っかるなんてリスクが大きすぎるというのが個人的な受け止め方です。自動車社会が出来上がっており、第一次・第二次産業主体である八戸市は、二酸化炭素25%削減という現状の国政によって間違いなく痛みを感じることでしょう。今後国政がどのように動くかを見定めてから市政を検討するべきで、現状で実行を約束するのは時期尚早ではないかと考えます。

それから、「市政戦略室」「市政刷新室」「報酬3分の1カット」辺りの三浦さんの行財政改革路線は、残念ながら個人的には支持できません。最適な予算配分をするために市政はあるのですし、無駄だって市役所の皆さんや市議会で議論すれば済むことです。組織を作ったから解決するような問題だったら、これほど取りざたされないでしょう。無駄を省きたいという意気込みは理解できますが、新しい組織を作るリソースがあるのなら、もっと議論を活発にしたり各種政策を実行して欲しいと個人的には考えます。

もっと言えば、報酬をカットするぐらいなら市長に立候補しないで欲しいとすら思ったりもするんです。市民は別に「市長は高給もらって羨ましいねぇ、フン」なんてせせこましい事は思ってはいないわけで、むしろしっかりとお給料をもらった上で、その給料に適った仕事をしてほしいと思っているんじゃないでしょうか。「政治家なんてみんなダメ」なんて軽口を叩く人は多いけれど、様々な経験の上に「政治家ほど大変な仕事は無かろうよ、尊敬するぜ」なんて考えている人だって、世の中にはいるように思うんです。だからこそ、給料を減らすよりも、仕事をして結果で示して欲しいなと思うんです。

三浦さんの政策で、支持する点

小林さん・三浦さん双方が水産業復活を謳っているのは、非常に心強いと感じます。ただし、小林さんは農業についても力を入れることを具体的に名言している点で、生産業を守り育てたいと願う私個人としては小林さん支持になった・・・訳ですが。

そんな小林さんのマニフェストに入っていないのが非常に不満なのが、三浦さんが掲げる「地産地消」。こちらは現在の市政ではなおざりになっている重要なテーマだと考えます。地産地消は地域の皆さんの健康や家計に直接響きますし、かつ「観光客を呼び込む」事にも繋がるテーマです。つまり、地産地消は内にも外にも響くテーマであり、国政レベルで地産地消が叫ばれている今が市政にとっても千載一遇のチャンスであると思うんですね。だからこそ、今回の選挙では敗戦してしまった三浦さんではありますが、今後も積極的に地産地消に取り組んでいただきたいと思っている次第です。逆に小林さんには、三浦さんの知恵を活かしてほしいと願います。

小林さんの政策で、支持できなかった点

上述したマニフェスト群○×リストで、小林さんの政策で唯一×をつけたのが「市の各種施設の命名権活用による収入増」。企画を仕事としている私個人の意見ではありますが・・・施設の名前というのは、その施設で何をしたいか? というコンセプトを反映しなくてはダメだ! ・・・と、強く思います。他人に命名権を売れるぐらいに思い入れもコンセプトもない施設なら、そもそも作るなと言いたい(過激な発言ですね、ごめんなさい)。

小林さんが作ろうとしている水産業グランドデザインは、八戸の水産関係者全員が信じられるコンセプトがまず先にあり、その下に個々の施策の枝葉が伸びていなければなりません。同様に、「八戸をどうしたいのか?」というコンセプトの下に各種施設があるのなら、その名前は間違いなくコンセプトを反映していなければいけません。

八戸は本当に「人が出て行くだけで、年寄りばかりの町」か?

次に「小林さんの政策で支持する点」を紹介するべきではありますが、その前にちょっと、別の話題を。こんな事を言う八戸の人がいます。皆さんも聞いたことがあるんじゃないでしょうか?

「八戸は人が出て行くばかりで、年寄りばかりで、もうダメだ」

これって、本当ですかね? 統計データから、この言葉の真偽を確かめてみましょう。

八戸市民の皆さんでも案外気付いていない場合が多い事のひとつに「八戸は周囲から労働力が流入している町だ」ということがあります。若い人は知っている人が多いんですが、中年以上の方々は知らない人が多いように、個人的には感じられます。

八戸からは若年層が就職・進学で市外へ出て行ってしまう傾向が顕著であり、毎年人口は減少しています。一方で、三沢・十和田・久慈などの周辺市町村から若い労働力が流入してきていることも事実なんですね。例えば2009年3月、1年で最も流出人口が増えるこの時期の社会増加(引っ越しで入ったり出たりする人の統計)は、以下のようになります。(八戸市の統計情報より)

  • 転入 : 1407人
  • 転出 : 2233人

つまり、八戸は「人が出て行く一方ではない」んです。一ヶ月に1400人もの人たちが八戸に入ってきているなんて、知らなかった人が多いんじゃないでしょうか? これは全国の他都市と比べても非常に恵まれているんですが、この辺りはどうにも市民の方はご存じないように思われます・・・いかがでしょうか? ちなみに2008年度の八戸市の社会増加は人口比でー0.0048%、青森県全体ではー0.0057%(総務省の統計及び八戸市の統計情報より)。社会増加による人口減少が全国でダントツの青森県にあって、八戸は善戦しているとすら言えるんですね。具体的には、社会増加による人口減少第2位の長崎県・第3位の秋田県を飛び越して、第4位の岩手県に肉薄する数字となっています。青森県全体での社会増加の割合に合わせれば、本来1345人が八戸を出て行く計算になりますが、現状では1181人しか減っていません。1345−181=164人をつなぎ止める力を、今の八戸は持っているということになります。

つまり、「八戸は人が出て行くばかり」は、全国的にはそう言えるかもしれないけれど、青森県としては非常に恵まれているほうだと言えそうです。

次に「年寄りばかりで」という部分。

八戸における2009年3月現在の「65歳以上の高齢者の割合」は、21.9%。全国平均は2009年5月で22.5%ですから、全国平均より下回っています。一般的には、地方のほうが都市部よりも高齢者の割合が高いのに、八戸は全国平均を下回っている・・・これは、前述した社会増加よりももっと善戦していると言えるでしょう。

まとめます。八戸に住む人で「八戸は人が出て行くばかりで、年寄りばかりでダメだよ、もう」なんてもっともらしく言う人がいますけど、実は日本全国の地方都市の中では「良いほう」なんですね。若い世代から八戸を温めていく事も、あながち無理ではないかもしれない・・・そう、統計は語っているように僕には思えます。正直なところ、「八戸はダメよね」なんて裏付けの数字も無しに言う人のことを、僕はうとましくすら思っていたりするんです。そんな事言われたって、何にも楽しくないもの。

小林さんの政策で、支持する点

そんなこんなで、実はまだ八戸には周辺市町村から人を呼ぶ力や人を引き留めておく力が残っており、かつ若年層も日本全国と比べれば多いことが分かったわけですが、そんな中でも現状で市民が減少している理由はやはり「八戸生まれの若年層の転出」です。これを防ぐための施策こそが、八戸市に活気を呼び込むための最優先課題となります。「いかに人を増やすか?」が小林さん・三浦さん双方のマニフェストに出てこないのは大問題だと思ってはいるのですが、間接的に人口増に寄与する政策として、小林さんの「地域密着型教育の実施校を全小・中学校に拡大」を挙げたいと思います。

八戸を離れている僕が語るのはおかしいと思う方も多いかもしれませんが、八戸の方々とお話ししながら感じるのは「八戸を良い町と思っていない」ということです。こんな事が何故起こるのか? と言うと、当然「一般常識を身につける子供時代に、親や周囲の人間から『八戸は良い町ではない』と教えられ、それが正しいと思っているから」でしょう。

これって、どうにもおかしいです。だって、八戸のように不況に苦しみ、地場産業もイマイチ伸びないなんて町、全国に掃いて捨てるほどあるんです。八戸に限った問題ではないんですね。「八戸はダメだ」という言葉は、すなわち「日本はダメだ」と言っているのと同じなんですね。こんな事言ったって、何の役にも立たないのは自明というものでしょう。

・・・ポイントは、八戸にある良い点を理解する事だと思うんです。物知り顔で悪く言うのはカンタンなことですが、褒めることは難しい。経済規模やら人口やらという「数字」で比べるなら、東京が日本で一番良い町になるんでしょうけど、それでは救いが無いですよね。八戸は東京に成り代わることは出来ないし、そもそも八戸には東京には無い美点がたくさんあります。

小林さんの「地域密着型教育の実施校を全小・中学校に拡大」という施策によって、まずは八戸市民が八戸の良さを理解するところから、八戸の成長ははじまるのではないかと思うんですね。そもそも市民ですら良いと思っていない町が成長するわけがないし、ひいては観光なんてもってのほかです。「はっち」の成功も、「種差や蕪島に誘客施設・休憩施設を整備」という小林さんの施策も、成功するかしないかはまず「市民が八戸を好きか?」という一点に集約されると考えます。地域の良さを、まず子供たちに分かってもらう。それが叶わないのに、若者に八戸を担ってもらうことは不可能だと思うんです。

朝市・横町・歩行者天国・地域SNS「はちみーつ」など、八戸を前向きに楽しむ空気が少しずつ八戸に満ち始めている今こそ、「八戸は良い町だ」という基本認識をコンセプトに据えた施策で市民を盛り上げて欲しいと思います。

当面の課題は、やはり「はっち」。箱は出来た、じゃあその中で何をやる? という部分について、現状ではイマイチよく分かっていない市民が多数ではないかというのが僕の理解です(そして僕もそんな風に「はっち」の良さを計りかねている一人です)。でも、だからといって、応援するつもりが無い訳ではない・・・というか、むしろ応援する気マンマンだったりします。ここが気合いの入れどころ、面白い企画で市民を喜ばせて欲しいと、小林さんに期待のエールを送ります。また、今回の市長選で惜しくも当選に至らなかったお二人についても、今後の八戸への貢献を期待したいと思います。

八戸は、良い町かどうか。小林さんには、「良い町だ」という証明を期待して、今回の選挙の総括としたいと思います。長文になりました、お読みいただきありがとうございました!

'09 10月11日 (日) 16時47分 : 菊を食べるなんて、もってのほか!

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八戸の人でも、案外知らない人は多いんじゃないでしょうか? 八戸では食用菊の栽培が盛んでご当地グルメとしても有名ですが、おいしく食べられる菊の品種「カキノモト」の別名は「もってのほか」。この「もってのほか」という名前を前面に出してプロモーションすることで知名度を得ているのはどうやら山形らしいのですが、この面白い名前を山形だけに留めておくのは「もってのほか」ですよね。

ところで、「もってのほか」というこの名前の語源は何か? と言いますと・・・(参考サイト1)(参考サイト2

天皇の御紋である菊の花を食べるなんて、もってのほか!

・・・ということらしいんですね。他にも「どうかと思って食べてみたけれど、もってのほか美味しい!」とか「こんな美味しいものを嫁に食べさせるなんて、もってのほか!」とか、諸説があるそうです。小さい頃から特に何の感慨もなく食べてきた菊に、こんな面白いエピソードがあるなんて、知らなかったです。

ちなみに、菊を食用として食べる文化を持つ地域は、主に東北地方と北陸地方。それ以外の地域では、あんまりピンと来ないようで。西日本に生まれた友人曰く「菊って、お葬式の時の花でしょ? 食べようとは思わないよ」とのこと。

・・・

・・・も、もも、もってのほかッ!!

今日の写真

これはもう説明不要でしょう、今日の写真は八戸で食べた菊のおひたしです。となりにほうれん草のおひたしも添えてありますが、驚くことに「ほうれん草よりもアッサリした、やさしい味」なんですね、食用菊って。小さい頃はもう少し菊独特の香りが強かったかと思うんですが(実はちょっと苦手でした)、年を取ったからなのか、その味わいを十二分に楽しむことができるようになりました。喉の奥に消えていくような儚い香りのあまりの上品さに、思わず口に留めて香りを楽しんでしまいました。

花という「見て美しいもの」を「口でも味わう」という行為は、耽美ですらありますナ。

'09 10月02日 (金) 00時58分 : 夢の大橋が変な生き物に占領されていた話

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上の写真をご覧下さい。八戸大橋・通称「夢の大橋」が、変な生き物で占領されていました。ネコかイヌかウサギか・・・その辺の生き物だと思います。一列にならんでおります。妙なタンクを抱えております。一言も発しませんが、威圧感十分でございます。夢の大橋を通られる皆々様におかれましては、十分にご注意のほど、宜しくお願い申し上げます。

・・・あ、ただ単に道路工事してただけみたいです。進入禁止領域を示す仕切りが面白かっただけです。すいません。

「おおぉぉぉ、いーいよぉ! いいぞぉコレは!」と叫びながら激写していた僕を、友人はバカにしておりました。確かに僕がバカでした。工事現場の皆様、安全第一で頑張ってくださいね!(今さら感はありますが)

'09 09月28日 (月) 06時31分 : 「虎鯖棒すし」は本当に、本当に旨かった

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漁港として有名な八戸でも近年その良さが再認識されつつあるのがサバです。ブランド化や市内への専門店の出店・新商品の開発などが盛り上がっている中、メディアでも採り上げられているサバの棒寿司があります。八戸ニューシティホテルさんの谷口板長さんが作った「虎鯖棒すし」です。四の五の言わずに、結論を先に書きますね。

間違いなく一流。文句なしに旨い。

「虎鯖棒すし」、その驚くべき味

味を人に説明することほど難しいことはないと思うのですが、僕なりにどう旨いのかをまとめてみました。

  1. まず第一に、サバが刺身よりもやわらかいって、どういうことだ?
  2. 加えて、普通の〆鯖や棒寿司のサバはパサパサしていたり繊維ばっていたりするけれど、このサバは口の中でゼリーのようにほどけていく。なんだコレは?
  3. たっぷりと脂がのっているのに、青魚独特のクセが消えてしまっている。結果的に口の中はサバの旨味のスープになったかのよう。
  4. というか、そもそも酸っぱさが奥ゆかしく隠れている! サバの旨味のスープが口いっぱいに広がる裏に、こっそりと酸味があるという上品さ。

〆たサバって、普通のイメージだと「ギュッと〆られて、堅くなっている」っていう感じじゃないですか? それに、白っぽくなって筋肉の線維が見えているような、噛むとギュッと肉がズレていくような、そんな食感を思い浮かべませんか? そして、味は何より酸っぱい・・・それが一般的な〆鯖だと思うんです。

ところが、この「虎鯖棒すし」はその真逆、サバの肉がまるで生のようで、適度な〆具合のおかげなのか刺身を超えるやわらかさで、口の中でホロホロと溶け、旨味のスープになってしまいます。これはね・・・ちょっとしたカルチャーショックです。特に「棒寿司といえば、焼いたもの」と考えている関西の人がこの棒寿司を食べたら、過去に食べた棒寿司を振り返って気が抜けてしまうんじゃないかと思うぐらいです。刺身でもなく、〆鯖でもなく、それらを超えたやわらかさ・・・「棒寿司を口で切って食べようとしたら、サバが切れずに結局一口で食べてしまった」なんて事がよくありますが、「虎鯖棒すし」ではそんな情けない事には絶対になりません。そもそも歯でサバを切る感触すら憶えていないんですから。

それからもうひとつ付け加えるとするならば・・・この「虎鯖棒すし」は醤油をつけて食べるんですけど、その醤油がそもそもスゴイ。森田味噌・麹店特製の「極上たまり醤油」は、決して塩味を補完するものではなく、芳醇な香り付けとして機能している。そもそも醤油を付けなくても美味しいのに、付けると雰囲気がガラリと変わるんです。なんというのかな・・・

  • 醤油を付けずに食べた時の印象を「白々としてさわやかな昼間の日の光」と例えるのなら、
  • 醤油を付けて食べた時は「夕暮れ時のオレンジ色の叙情的な夕日の光」と例えられる。

・・・感じで、口の中の雰囲気がガラリと変わります。おいしくないものを食べる時には往々にして醤油を「強制的に味を調え、塩分を足して誤魔化すもの」として使ってしまうんですけれど、「虎鯖棒すし」と「極上たまり醤油」はまったく違います。旨味と香りを加える醤油と、新たな一面を見せる棒寿司。例えば部屋の照明を蛍光灯から裸電球に変えるように、世界の見え方を一変してしまう・・・そんな醤油です。

そんな「極上たまり醤油」という最高の伴侶を得た「虎鯖棒すし」。その味は「八戸ではサバが獲れるから、イキオイで作ってみました」なんていうものではなく、折り紙付きの高級店の料理のような気品に満ちていました。逸品だ、と僕は思いました。ちょっとコレは・・・群を抜いてます。全国クラスの味であることは確定だと、言い切りたい。

谷口板長さんについて

そもそもが、谷口板長ご自身が舟に乗られる人とのこと。さぞかしサバの旨さを理解されているんだろう・・・そう思っていたのですが、ご本人のお話を聞くと・・・

  • そもそも棒寿司というアプローチについて、○○さんにヒントをもらった。
  • 旨いサバ料理を作りたいと思ったきっかけは、漁師の父を持つ友人の家で出された〆鯖だった。

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・・・と、至って謙虚。一方で、サバや漁業や八戸についてのお話を聞くと、圧倒的なほどの情熱も持たれています。サバに対する情熱と、この謙虚さ。2つが混じり合った谷口板長の笑顔は、仕事で溜めた疲れをこっそり隠していた僕の心をやわらかくほぐしてくれました。右の写真は谷口板長の背中に輝く「虎鯖」の2文字。このTシャツ、いいなぁ(笑)

実はというと、元々この「虎鯖棒すし」を知ったのは、谷口さんから当サイトへ寄せられたコメントでした。当サイトのフォトジャーナルについてお褒めの言葉をいただいたことをキッカケに、先日の帰省で八戸ニューシティホテルさんにお邪魔しようと思い、カメラを携えていそいそと向かいました。頭の中で心配していた事はひとつ。「おいしくなかったら、どうしよう?」。こんな事を書くのは谷口板長に大変失礼だということは重々理解しているとはいえ、そもそもが谷口さんからのご好意をきっかけに結んだ縁ですから、もし「虎鯖棒すし」が期待を下回る出来だったとしても、悪くは書きにくい・・・そう思っていたのです。

この点については、先日お会いした際に直接謝らせていただきました。その失礼をお詫びすると同時に、それが杞憂であった事も伝えました。「本当においしくて、僕はウソなく記事を書ける。本当に良かった!」と旨いお酒のイキオイに任せるように・・・自分で言うのもアレですが、破顔して谷口さんに告白できたのでした。

八戸の人ならいつでも食べられます! 全国の人は・・・

そんな谷口板長に会えて、美味しい「虎鯖棒すし」がいただけるのは、八戸ニューシティホテルさんの7階。ホテル入り口から左手のエレベーターですぐ、宿泊者じゃなくても利用できます。ホテルという建物はフラッと入るにはちょっと敷居が高いかもしれませんが、何の問題もなく利用できますので、八戸にお住まいの方は是非一度味わってみていただきたいと心から思います。

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一方で、八戸から遠くにお住まいの方は、通信販売で「虎鯖棒すし」を手に入れることができます。八戸ニューシティホテルさんのホームページ紹介ページからの申し込みも出来ますし、八戸の特産品を扱うショッピングセンター「八食センター」さんのネット通販ホームページ特設ページからもご購入いただけます。パッケージはこちらの写真の通り、実際のサバの虎の模様があしらわれていて、谷口板長が書かれたロゴがビシッ! と入った気合いの一品となってますよーっ!

ただ・・・お店にお邪魔した僕の実感として敢えてひとつ言わせてほしい事があります。この「虎鯖棒すし」、やはり通販ではなくお店で召し上がっていただきたい、と。どれだけ綿密に製造されているとは言え(製造という言葉が似合わないほど、実際にはひとつひとつ手作りされていますが)、やはり輸送の時間によって味が落ちてしまう可能性が否めないという点について、谷口板長も心配されていました。こんな事を正直に言う人っていうだけで好感が持てますが、やはり谷口板長が作り上げる味をそのまま体験するには、お店で食べるのがベストだと、僕は断言したいと思います。

通販で取り寄せて食べることを「CDを買って聞く」事に例えるのなら、お店で谷口板長さんの手から受け取って食べるのは「ライブを楽しむ」事に例えられるでしょう。八戸という舞台で谷口板長さんが作り上げる一皿、もしよろしければ、八戸を訪れてライブで楽しんでみませんか?

谷口さんの想い

八戸を盛り上げたいという想いから当サイトを立ち上げた僕としては、やはり「この美味しい料理を使った八戸振興策」について考えを巡らせてしまいます。当然のようにそんな質問をした僕に対して、谷口板長さんはこう言いました。

「子供に安心して美味しく食べてもらえるサバが造れれば、それでいい」。

この一言には、ハッとさせられました。どんな技巧が施された棒寿司であろうと、谷口板長さんのスタート地点は「無添加・無着色・無保存料」。これだけは絶対に外さないと、開発当初から心に決めていたそうです。そうでなければ、造る意味がない。八戸という町の素晴らしさも、サバの美味しさも、どんな想いを実現しようとしたとしても、何もかもはまず「子供が安心して美味しく食べられるか」にかかっている。そう、谷口板長さんは言いました。

八戸は漁港として栄えている以上に山海いずれもが豊かであり、美味しいものを安く食べられる土地。その土地の良さを守り、育て、アピールするためのスタート地点は「子供でも食べられるものか」の一点である。そのロジックは、ともすれば経済やら政治やらという小難しい話のループに陥ってしまう僕の頭には、鮮烈に、実直に響きました。

鮮烈で、実直。そんな谷口板長の想いが形になったような「虎鯖棒すし」。是非、ご賞味下さい。

'09 09月20日 (日) 16時00分 : アイス売りのおばあちゃんが何十年前からちっとも変わってない件

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今日は八戸中心街で歩行者天国が開催されていましたが、そこでも出ていた「アイスの屋台」。ほかの町の祭りではあまり見ないのですが、東北だけとか東日本だけの商売なのかな? と不思議に思っていたりします。

今日の写真の通り、一畳も無い小さな屋台をおばあちゃんが引いてアイスを売り歩くんですね。カラフルなアイスのコーンの色合いを見るにつけ、小さい頃に買ってもらったアイスのうれしさを思い出します。

それにしても不思議なんですけど・・・僕が小さい頃から今に至るまで、八戸にはずーっとアイス売りのおばあちゃんがいるんですよね。少なくとも30年は続いているように思います。これだけ世の中が変わっても、屋台も商売方法も一切変わらない。さらに言えば、おばあちゃんも変わってないように思える。もちろんおばあちゃん個人個人は別人になっているんだろうけれど、おばあちゃんの顔や服装や物腰は、ちっとも変わっていないように思えてしまうのが、不思議です。もしかして、おばあちゃんはあのアイスの屋台に乗って時代を超えているのではないか? などと考えてしまうのは僕の空想癖のタワモノではありますが、「アイス売りの文化が世代を超えて継続していること」は、さりげなくスゴイ事ではないかと思われるのでした。

今日の歩行者天国でも、子供たちや女子高生の集団、家族連れにお年寄り、みんながアイス売りのおばあちゃんに声をかけて、ニコニコしながらアイスを味わっていました。八戸のアイス売りの皆さんは、僕たちが子供の頃を懐かしがれるぐらいに昔ながらの商売を続けていてくれるし、その文化はしっかりと今の子供たちにも親しまれているのだと思うと、ジンワリと心が温かくなるような感覚を覚えます。

ありがとうね、アイス売りのおばあちゃん!

'09 09月13日 (日) 15時57分 : 蕪島で運をつける究極の方法

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昨日の日記で触れましたが、八戸どころか日本でも唯一ウミネコの繁殖地に足を踏み入れることができる観光地でお馴染みの蕪島では、とある事をすると、とあるモノがもらえます。それは一体何か? それが今日の写真でございます。

「運」証明書がもらえるんですね。

勘の良い方ならもうお気づきですよね? 蕪島では・・・

  1. ウミネコにフンをかけられると、
  2. 会「運」証明書がもらえます!

古くウミネコは「弁天様の遣い」とされ、そのフンを身体に受けることは運が開けることを意味する・・・らしいんですが、とりあえず「ウンがつく」というダジャレもある通りですね。ウンがついたら、運がつくという訳です。

蕪島を歩いている間にウンがついてしまった場合は、こんな感じで会運証明書をもらえます。

  1. うわっ!やられたー・・・
  2. そんな時は、お社の売店などで神社の方に声をかけましょう
  3. あなた「いやー、やられちゃいましたー・・・」
  4. 神社の方「それは大変でしたね、でも、おめでとうございます! 運を授かったようですので、こちらを差し上げます」
  5. あなた「もらえるんですか?」
  6. 神社の方「はい、無料でお出ししていますよ。お名前をいただければ、今年何人目に運を授かった方かなどを記載させていただきますよ!」
  7. あなた「では、おねがいしまーす」
  8. 神社の方「それでは、こちらをお持ち帰り下さい」
  9. あなた「ありがとうございましたー(ウンをもらったけど、なんだか得しちゃった!)」

昨日の日記の写真にある通り、すごく立派なお札ですよ! 僕なんかは、もらった後に何だか申し訳ないような、もったいないような気分になってしまいました。ちなみに、ウンが付いているのは「一年間有効」だそうですから、僕は今でもツイてます(笑)

もっと言えば、繁殖期の蕪島で群れが飛び立つ様子を真下から撮影していた僕は、全身に20箇所ぐらいウンをいただいてドロドロになってしまったので・・・死ぬほどツイてる、と言えるでしょう(笑)・・・もちろん皆さんは1回ウンがついただけで会運証明書はもらえますので、もしやられちゃった人も気を落とさずに、蕪島を楽しんでくださいねー!

'09 09月12日 (土) 19時34分 : 9/13(日)日本テレビ系「遠くへ行きたい」で八戸特集!

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八戸市産業振興部観光課さんが運営する「はちのへの観光」というサイトで知ったんですが、しぶいテーマソングでお馴染みの長寿旅番組「遠くへ行きたい」で、八戸が特集されます!

旅人は、昔は美少年・今は人が良さそうなオジサンという風情の原田大二郎さん。1973回(!)を数える今回の旅は、日本一の山車祭・三社大祭と八戸のグルメ・文化を探るもの。三社大祭・うみねこ・片町朝市といった有名どころと共に、町の草履屋さん・煮卵屋さん・一刀彫りの八幡馬など、八戸の文化の深いところも採り上げてくれるそうです。番組ホームページに概略がアップされていますので、是非ご覧下さい!

最後に、「はちのへの観光」さんのお知らせを引用しておきますね。すっごく楽しみです!

番組名:「遠くへ行きたい」
放送日時:平成21年9月13日(日)7:30〜
放送局:日本テレビ系 
※放送局によって放送日が異なりますので、各放送局にお問い合わせください。 なお、青森放送(RAB)では10月以降に放送される予定です。
放送内容:「これぞ日本一!八戸の山車祭り」
俳優の原田大二郎さんが八戸を訪れ、八戸三社大祭の山車運行に参加された様子や、片町朝市、蕪島、大久保直次郎さんの鉈一刀彫の八幡馬などが放送されます。

今日の写真

今日の写真・・・八戸にお住まいの方なら、「どこで手に入れたか?」はすぐ分かっていただけると思うんですが、これには深い意味があるというところまで分かる方は何人いらっしゃるでしょうか・・・? すべて分かっている人は、この写真を見た瞬間「あ、このサイトの管理人、○○○○の○○をアレしちゃったんだな、ふふふ」と面白がってくれると思うんですが・・・

こちらの写真の謎は、明日の記事で!

'09 08月17日 (月) 20時31分 : 八戸は良い町だよ、きっと。(サイト開設1年に寄せて)

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今日の写真は夏の終わりの花火の写真です。東京なら8月中は盛夏というところでしょうけれど、八戸ではお盆に入ったぐらいで夏は終わってしまったような感覚になるのが一般的なようです。例えば、お盆が過ぎたらキャンプは寒いとか、お盆が過ぎたらクラゲが出るとか・・・なんか寂しい感じもしますが、短い夏だからこその風情もあって、それが北の港町八戸独特の風情として町を覆っているような感じがしたりもするのです。

もっと言えば、八戸の人が「八戸の夏は短い」と口に出す時、どこかしらうれしそうに話す事が多いようにも感じます。夏が過ごしやすいことの自慢だったり、北の土地に住んでいることの誇りだったり、残念だけど仕方がないという諦めや許しだったり、そんな感情が垣間見えるように感じます。

八戸を歩き写真を撮っている間、ずっと風が吹いていました。気温は最高でも28度ほど、日差しの強さもさわやかな風に洗われて、心地よく汗が乾いていきます。世間は不況だと言うし、八戸の人も口をそろえて「八戸は良くない」と言うけれど、正直なところ僕から見ると、そこまで悪くは思えないんです。でも、何故か地元の人にとっての八戸という町は、どうにも面白くないものらしい。

地元の人の「八戸は良くない」という発言の例

例えば、八戸繁華街の中心でグルメを気軽に楽しめる「みろく横町」にしたって、地元の人から見るとどうにも良くないらしい。僕は時々観光客を装って人の話を聞いてみるというちょっと姑息な情報収集をすることがあるんですけども、ある人は「みろく横町」についてこんな事を言いました。

出来た頃は行ってみたりもするんだけど、カネが続かなくて2度・3度とは行かないものだ。

この話をした人は、観光客に接することもある接客業の人。その人がこんな事を言うというのは、ちょっと残念だなあというのが正直なところ。仮にも僕が観光客だったら、こんな話を聞かされてもわざわざ「みろく横町」に行こうとは思えないでしょうし・・・

一方で、僕自身の「みろく横町」に対する評価はというと、観光客に対してもビジネス客に対しても十分なクオリティがあるという考えです。もう少し田舎臭くても良いかなと思うほど場の雰囲気も味もよく出来てますし、出てくる商品は都市部における非チェーン店の「ちょっと良い居酒屋」に比べてもリーズナブルです。全体的に2・3割は都市部よりも安いと主観的には感じます。さらには地元の人と観光客が初対面なのに親しく打ち解けて話している場面に何度も出くわした事もあります。これはなかなか、他の観光地では出来ていないスゴイ事です。

だからこそ、僕は僕自身の経験や記憶に照らし合わせた上で、こう思うんです。「この人の発言は完全に正しい訳ではない。むしろ、何かしらの理由で地元を悪く言ってしまっているようだ。」ただ単に八戸の人は謙虚で正直なだけかもしれません。でも、その謙虚さや正しさが悪いほうに傾くと、上記のような観光客の気持ちを暗くしてしまうような事にすらなりかねないし、実際にそんな事が起こっていることが予想できてしまいます。しまいには、地元の人の気持ちすら落ち込んで、「住んでいる町が、良い町とは思えない」という悲しい状況に陥ってすらいるように、僕には感じられてしまいました。

八戸の飲み屋さんを盛り上げたい!

そんな寂しい発言とは反対の、景気の良い発言も聞けました。

八戸は飲み屋さんがとても多くて、東北では仙台に次ぐ数があって、盛り上がっているよ!

繁華街から少し南に下がった長横町近辺には、飲み屋さんだけがひしめくビルが何本も建っていて、不況の中で潰れる店も多いけれど、旺盛な起業者により常に新鮮な活気が保たれています。ネガティブな言い方をすると「飲み屋は数はたくさんあるが、潰れてばっかり」となりますが、本当にダメなら新しくお店を始める人がいなくなるものです。そうして全国各地で飲み屋街が潰れていっている中、規模を維持しているだけでも八戸は優等生なんですね。

それから、漁業最盛期の頃の素晴らしい話も聞きましたよ!

船着き場に漁師が降りると、タクシーを呼ぶ。舟の上と同じ姿で、長靴で乗り込んでくる。いきなり一万円札を渡して「町まで行け、釣りはいらない」と漁師は言う。漁師は魚も携えていて、タクシーの運転手さんにお裾分けをよくしたので、漁師が帰ってくる頃のタクシーの運転手さんは、家のご飯のおかずを買う必要が無かったほどだ。

上記の話、飲み屋さんが仙台に次ぐ規模だとか、タクシーの運転手さんは魚を買う必要が無いほどだったとか、なかなか裏付けの取りにくい話です。飲み屋さんについては調べてみようと思うのですが、タクシーのお話は裏付けというよりは語り継いでいくほか無い話です。

しかしながら、こんな話を聞くと、元気が出ることは確かです。前述の「みろく横町」についての話は聞いてもちっとも元気が出ないですよね、それとは対照的なお話です。こういう話を聞かされた観光客は、「あら、ちょっとお魚食べてみようかしら」「漁師町の風情が良いねぇ」と思うかもしれません。ビジネス客なら「ほう、ちょっと飲みに行ってみるか」と思うかもしれません。

どれだけメディアが発達しようと、結局のところ人の心を動かすのは、やはり人です。

だからこそ、非常に説教臭い言葉ではありますが、八戸を悪くいう地元の人に向けて、敢えてこんな事を言いたい気持ちなんです。あなたが言う「八戸の悪さ」とは、本当に客観的に正しいものですか? 誰かの受け売りではないですか? そして、そんな話が人々の間で交わされる事によって、本来八戸に備わっている良さすら忘れられてしまうかもしれないというリスクに気づいていますか?

八戸の観光について活発に議論され、市街地に市庁肝入りの観光施設が作られようとしている今というタイミングで、地元の人が八戸の事を簡単に悪く言ってしまう状況は、僕にとってとても寂しいものです。

夏の八戸に吹く風について、地元の人は口々に「風があるからさわやかだ」「いい風だ」と言いました。同じように、今の八戸の町並みや観光資源や産業についても、やさしく前向きに捉えてほしいと、僕は思います。僕も微力ながら、このサイトで色々と八戸の良さを採り上げようと考えているので、どうか。八戸の雰囲気をプラスに変えられるかどうかは、地元の皆さんの八戸に対する態度にかかっていると思うのです。

サイト開設から1年、これからも八戸を楽しみながら、良さを発見していきたいと思います。

生意気な事言って、ごめんなさい。

'09 06月15日 (月) 00時06分 : 6月の八戸は寒かった。

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えー、突然ですが、八戸から帰ってきました。というか、所用があって取り急ぎ週末だけ八戸へ帰省したわけですが、いやはや、寒かった! 八戸に住む友人曰く「ここ数日はあったけーよ」との事でしたが、ワタクシ寒くて寒くて大変でございました。町ゆく人には半袖も目立っていたし、確かに「八戸の人にはあったかいんだろうな」とは思ったんですが・・・うーむ。すごい。

ところで、所用の他にも帰ったならば撮影を敢行するのがワタクシのサガでして、たっぷり撮影できましたよ! 今年中を予定しているフォトジャーナル「特集・うみねこ」の素材が一通り揃った・・・というか、現時点の僕の力量の精一杯は集まったと思うので、あとはフォトジャーナルを組み上げていくのみといったところです。いかんせんフォトジャーナルは体力も時間もたっぷり使うので公開はいつになるか分かりませんが、その分楽んで作業できそうな予感がします。

今日の写真はそんなロケのヒトコマ。ヒッチコックも真っ青の大迫力で迫るうみねこの群れです。この6月という時期は、うみねこ達のベビーラッシュ。狩りもケンカも子育ても生命力に溢れ、そんなうみねこ達の生活に人が踏み込める日本でただひとつの場所・蕪島に、是非一度足を運んでもらいたいなあと思います。スゴかった、正直。ま、全身うみねこのウンコだらけの撮影だったので、かなりしんどかったですけども(涙)

'09 03月19日 (木) 07時52分 : 八戸はリンゴがあまりとれない(観光という商売)

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これは僕の勝手な思いこみかもしれないですが・・・よくこんな事を言う人がいますよね。

「アタシって、褒められるタイプの人だから」

その発言自体はまったく否定しません。でも、個人的には「ん?」と違和感を感じるところがあるんです。この発言って、人の性格には下記の背反する2つのパターンがあることを前提としています。

  1. 叩かれて伸びるタイプの性格
  2. 褒められて伸びるタイプの性格

でも、僕はこう思うんです。叩かれて伸びるタイプの性格の人なんて、いないんじゃないか。結局人が伸びる時って、褒められたり、自分が上手くやった事に充足感を得たりした時しか無いんじゃないかなぁ、って思うんです。お前はバカだ、バカだ! って言われ続けながら努力をし続けられる人なんて、いないんじゃないか。

仕事をしていてもつくづく思うんですが、僕が動く時って、やっぱり人から褒められた時です。やっぱり、人は周囲からポジティブな想いを持たれていると感じた時に、種々の心配や自分の殻を脱ぎ捨てて、伸びることができるように思います。

逆に言えば、「人から期待されていて、褒めてくれそうなこと」をするように心がければ、褒められてうれしくてまた頑張る・・・というポジティブなスパイラルが生まれるような気がします。

・・・前置きが長くなりましたが、八戸。上の話のように「人から期待されていて、褒めてくれそうなこと」に八戸が上手く答えられていない例として、リンゴが挙げられるように思います。

八戸とリンゴの微妙な関係

例えば京都を訪れる観光客は、どんな事前知識を持っているでしょうか。「京都ってどんなイメージですか?」と訊ねたら、きっと「舞妓さん、寺・・・えーと、あと京野菜・・・うー、あと何あったっけ?」ぐらいしか答えられないんじゃないでしょうか。もちろん予習をキッチリして京都をガッチリ楽しもうとしてくる観光客もいますが、観光客の大多数の心を掴もうとするのなら「舞妓さん・寺・京野菜程度の知識の観光客」に合わせた対応をしなくてはいけません。

八戸も一緒です。京都と比べるまでもなく知名度が低い八戸は、観光客はこの程度の知識しか持っていないでしょう。仕事の仲間などに聞いてみた結果をまとめると・・・

  • ほぼ100%の人が思いついたもの:リンゴ。
  • 30%ぐらいの人が思いついたもの:確か港だったような。

これがリアルなんですよね。三社大祭も、えんぶりも、イカもサバも、南部せんべいも、菊も、蕪島も・・・出てこないんです。認知されていないんだから、楽しんでもらえる訳がない。「八戸は青森県にある→青森県はリンゴ→だから八戸はリンゴ」と理解してもらえているだけでも御の字で、それ以上は望むべくもない・・・現実はかくも厳しい。

で、改めて思うんですけど、八戸の観光客がリンゴに触れる機会を増やした方が良いように思うんです。「リンゴ、リンゴ・・・」と思いながら八戸に降り立つ観光客の期待に応えてあげないと、あっという間に観光客のテンションは下がって、「リンゴすら無いのか! 八戸は何も無いじゃないか!」と思われてしまうんじゃないかと思うんですね。

一方、翻って八戸市民の声を聞いてみると、当然のように「八戸はリンゴが名産というわけではないんだから、観光客に出したって仕方ないじゃないか」と皆が口をそろえて言います。その気持ちはよーく分かります。その通り、八戸はリンゴがあまりとれません。名産ですら無いんだから、観光客に出すべきではない。これは善意に根ざした判断であって、悪気は無く、むしろ正直で素直な考え方だと思います。

しかし・・・。先ほど例にあげた京都をもう一度採り上げますと、京都ってこんなところです。

  • 舞妓さんなんて、なかなかいない。
  • 京野菜なんて、京都市内ではほぼ取れず、県外からの輸入も多い。

だけど、観光客として京都に降り立って歩いてみると、町中に舞妓さんのイラストや京野菜の漬物屋さんが散在していて、いかにも「ああ、俺は京都を今歩いているのだ」と感じさせてくれるんです。これこそが、観光客を相手にした商売・・・というか、「客の欲しいものを売る」という商売の根本的な原理だと思うんです。

観光客に対して笑顔を見せ、丁寧に応対し、誠意を尽くして楽しんでもらうという一面と、名産でもない商品・地物ではない食べ物に付加価値をつけて高く売ること。誠意と打算、この背反する2つの行為のバランスを取っているのが、観光という産業です。それに比べ元来八戸は朝市という文化を持ち、付加価値を付けて高く売ることから遠く離れた「地物を最低の価格で売る」ことに対する興味関心を今も色濃く残しています。この文化を僕はキライじゃないけれど、「リンゴ無いのかー」とガッカリする観光客のことを考えれば、リンゴという「八戸名産ではないけれど、期待されていること」に対しても胸に手を当てて取り組まなければならないように思うんですね。そんな取り組みが、ひいては八戸とリンゴの微妙な関係(八戸の人たちの、リンゴに対するある種そっけない気持ち)もポジティブなものに転換されていくような気が、するんです。

今日の写真

八戸のシンボルとして八戸市民には馴染み深いうみねこは、よーく見ていると、風向きに合わせて立っています。世界の風向きに対して、期待されている事に対して素直に生きる生き方です。野生に生きることと商売はどこか似ていて、世界のあり方に対して最も効率よく動かないと、食べていけないんだろうな・・・と思います。

今日の写真は、ウミネコの夫婦。写真を撮ろうとして近づいたら、一歩も動かずに夫婦から睨まれました。これぐらいの気概があるほうが、生きていく強さが感じられて、とても良い。八戸もこうありたいと願うものです。

追記

文章を一部改訂しました。「八戸はリンゴがとれない」という表現を「あまりとれない」「名産ではない」と変えました。元の表現では「八戸ではリンゴが一切とれない」という意味合いになってしまうためで、これは意図したものではありませんでした。お詫びして訂正いたします。

'09 02月26日 (木) 22時35分 : 儲けを出さなきゃ生きられぬ 〜八戸再開発のビジネスモデル

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関西の和菓子屋さんの話を聞きました。

  1. とある店。職人自らが毎日毎日味見をしたおかげで、30歳にしてすべての歯が抜け落ちてしまった。職人曰く「歯がなくならなきゃ、一人前とは言えない」。
  2. 別のとある店。職人は「オレが作ったモノは美味しいに決まってるんだ」と、一度も味見したことはない。

上の2つの店、結局どちらが成功したと思いますか? ・・・素直な子供に話すお話なら、上の選択肢のほうが成功してほしいところ。ある程度世間を知っている大人に話すお話なら、下の選択肢のほうが成功してほしいところ。で、結局どうなったかといいますと・・・両方成功して、今もお店を構えています。

それから、関西の料亭のお話を聞きました。

  1. とある料亭。板前の格好をしている人間はいるが、料理はしない。料理はすべて仕出し屋に運ばせているのだ。

恐ろしい話ですが・・・このお店、どうなったと思いますか? 子供に話すなら「つぶれました」と話したいところですし、大人に話すなら「成功した」と話したいところですが・・・正解は、大成功で、今も繁盛しています。

商売って、こういうもんなんだろうなあと思います。結局はモラルじゃなくて、「儲けようとしているかどうか」なんだろうなあ、と。上の2つの話で、わざわざ「子供に話すなら・・・」「大人に話すなら・・・」と、モラルの切り口を話題に上げたのは、そういう意味です。

八戸市の中心街再開発は、不景気のあおりを受ける形で、規模を縮小した計画に修正されました。今日の写真である陸奥湊地区の再開発計画は、今年に入ってから動きはありませんが、ホームページがリニューアルされ、少しずつ検討が進んでいるようです。大阪府の橋本知事が1年にして赤字を解消して見せた今だからこそ、お金持ち出しの赤字運営は許されるものではありません。これらの再開発計画のビジネスモデルについて、現状の考えを是非開示してほしいものです。役場の皆さんがこれらの施設でどうやって儲けようとしているのか? 知りたいなぁ。残念ながら、現時点で開示されている情報の中には、施設のビジネスモデルが含まれていないんです。

再開発は正しいと市民が信じられるような情報のひとつがビジネスモデル=「いかに儲かるか」です。ポイントは2つ。

  1. 再開発をすることにより、どんな産業が盛り上がり、八戸市にお金が落ちるのか。
  2. 再開発をすることにより、八戸市民はどんな豊かさが享受できるのか。

これらの情報が無ければ、市民は応援することができません。いよいよ計画が実現に移される今、これまで「再開発って何なんだ?」と不安げに訝っていた市民に対して、説明が必要なタイミングでしょう。歯が抜けようが、仕出し屋に任せようが、結局は儲けが出れば良いのです。八戸市民が潤えば、それで良いのです。大事なのは、儲けが出る構造が考えられているかどうか。企画を実行に移すのなら、コンセプトではなくビジネスモデルが必要です。これからの八戸市の情報開示に期待たいと思います。

今日の写真

今日の写真は、再開発計画が検討されている陸奥湊の駅前、八戸最古の朝市の原風景です。再開発計画において、この写真の風景は一変します。すべての建物は建て替えられ、新しく大きな1つの建物になる予定です。この風情が消える代わりに、利便性が提供されるわけです。その再開発によって失うものと得るものを、すべてつまびらかにしたいと僕は願います。だからこそ、市民のみんながこの再開発計画に興味を持ち、その態度が役場に伝わり、さらなる情報開示が行われ、議論が進む・・・というポジティブなスパイラルが必要です。

このパノラマ写真に写っている町並みを、どうしたいのか。そして、どうやってみんなが儲かる町を作るのか。今が思案のしどころです。

ちなみに、今日の写真は7枚の写真をつなげてパノラマ風に仕上げてみました。使用ソフトはPhotoshop Elementsで、とても簡単にパノラマ写真が作れました。オススメです! ついでに作った横幅1920pxの大きな写真はこちらです!

'09 02月02日 (月) 06時05分 : 湊か港か(みなと八戸の本懐)

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陸奥湊(むつみなと)の朝市は八戸の観光資源として注目されていますが、この地名に含まれている「湊(みなと)」という字、一見すると古いなって思いませんか? 最近は「港(みなと)」しか使いませんよね。この二つの字には、単純に古い・新しいという違いではない、意味による違いがあります。

湊も港も、昔は無かったそうです。あった文字は「津(つ)」。ピンと来ませんか? では、これではどうでしょう?

  • 中標津(北海道)
  • 津(三重県)
  • 唐津(佐賀県)
  • 直江津(新潟県)
  • 魚津(富山県)
  • 木更津(千葉県)
  • 焼津(静岡県)

たくさんありますねー。港のことを「津(つ)」と呼んだのは主に江戸時代以前だそうで、その頃からあった海沿いの港町に地名としてのみ残っている呼び方です。

ちなみに、「津(つ)」には「あふれる、みたされる」という意味もあります。例えば「興味津々(きょうみしんしん)」なんて言いますよね。みなと町という意味で使われる「津(つ)」が意味する「あふれる、みたされるもの」は当然「水」です。水があふれ、みたされている場所という原義を持つわけですね。だからこそ、「湊(みなと)」や「港(みなと)」に比べ、より「水辺の地形」という意味が強い表現ではないかと思われます。

続いて出てきたのが「湊(みなと)」。江戸時代にはほぼこの呼び方となります。当時は河口ではないただの海辺に舟付き場を作るような土木技術が未発達でしたから、港町は主に河口に栄えました。河口には海と川・舟と人が集まり、町を形成します。結果として、「湊(みなと)」はこういった様子を表した言葉として用いられるようになります。すなわち、水上および海と川周辺に栄えた港町の全体を指す意味を「湊(みなと)」は持ちます。舟・人といった地形以外を含む点や、海・川・陸地すべてを包括している点が非常に興味深いと思います。

そして近代、「港(みなと)」という言葉が産まれました。もともとの意味は「船着き場」。「湊(みなと」に比べると、「海辺に集まる人々」「河口」という意味が失われた代わりに、「大きな船が接岸できる設備」という意味が加わっています。だからこそ、港は川がない場所にもありますし、工業港のように一見すると建物ばかりで人がまばらな場所であっても、港と呼ぶことができるわけですね。

陸奥湊の本質

海辺の町の呼び方についてまとめてみましょう。

  • 「津(つ)」:海辺のまち、特に水が溢れている様子
  • 「湊(みなと)」:海辺のまち、特に河口に舟や人が集まっている様子
  • 「港(みなと)」:海辺のまち、特に大きな船が接岸できる設備が整っている様子

これらを見ると、陸奥湊の本質は明らかに「湊(みなと)」であることが分かります。新井田川の河口に繋がった無数の漁船と第二魚市場。水揚げされた直後に品物が並ぶ海辺の市場に集まる人々。まさに「湊(みなと)」のイメージにピッタリで、むしろここまで「湊(みなと)」の本質を再現している場所は日本全国を見ても珍しいのではないかとすら思えます。

この価値を、大切にしたいと思います。

「湊(みなと)」の概念の中で最も面白いと思うのは、「川」「海」「陸」「舟」「人々」がすべて含まれた概念であるところです。単純に海辺にある町では、「湊(みなと)」を標榜できません。そこに舟や人が集い、海や川といった水辺の恵みを受けている様子が無ければ、「湊(みなと)」とは言えません。そこには人の温かさがあるはずですし、魚介類の美食があるはずですし、モノとお金が飛び交う活気があるはずです。以前のフォトジャーナルで挙げた八戸を理解するために必要な「陸の港町・八戸」というテーマに取り組むためのヒントとしても、この「湊(みなと)」という概念が使えそうに思います。

そして何より、「湊(みなと)」という漢字を眺めると、「奏」という字が入っていることに気づきます。「奏でる(かなでる)」。川と海がぶつかる波音、人々やモノやお金が交わされる声。

陸奥湊も、そんな賑わいを奏でる場所であるべきだと、僕は思います。

'09 01月17日 (土) 22時41分 : 八戸前沖サバのブランド化について

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八戸で獲れるサバをブランド化しようという試みが、一定の成果を出しています。ブランド名は八戸前沖サバ8saba.comが公式サイトとして立ち上がっています。

個人的には週に6日は魚を食べないとテンションが下がるぐらいの魚好き、しかもサバは大好物と来ています。八戸の鯖を食べて育ったこの頭をフル回転させて、何としてでも八戸のサバのブランド化を成功させたいと思ってます。

でも一方で、僕のサバに対する知識が少ないことやサバのブランド化についての経緯を知らないことが災いして、どうにも疑問点がたくさん出てきてしまっています。そこで、公式サイトを見て疑問に思った事を箇条書きにしてみます。八戸前沖サバブランド推進協議会の皆様にとっては違和感を持つであろう質問も含まれていますが、何卒ご理解いただきたいと思います。

<1>ブランドの名称について

<疑問1−1>「八戸前沖サバ」という名称はどのようにして決まったのか? 固有名詞としては若干長く、憶えにくいように思われる。簡潔に「八戸サバ」としても、「八戸近海の沖で獲ったサバ」であることは伝わると思われるので、「前沖」の二文字は余計ではないか。さらに、現在サバにおいてブランド化がもっとも成功している「関サバ」の事例に鑑み、「八サバ」という名称も考えられたと思うが、どのような経緯でこのブランド名は決まったのか。

<疑問1−2>「八戸前沖サバ」と認定されたサバの中でも重量550グラムを超えるものを「八戸沖前銀鯖」とするとあるが、知名度を上げるべき名称が2つになってしまうのは、効率が悪くはないか。現時点では「八戸前沖サバ」という名称すらブランド化の道半ばであるから、まずはこの軸となる1つの言葉の知名度向上を目指すべきであり、キーワードを増やすべきではないと思われるが、どうか。

<疑問1−3>「八戸前沖サバ」と「八戸沖前銀鯖」では、サバの表現が「サバ(カタカナ)」と「鯖(漢字)」と不統一であり、ブランド名として運用するには不都合が生じるように思われるが、どうか。

<疑問2>ブランドロゴについて

<疑問2−1>ブランドロゴとなる青い丸型のデザインにおいて、八戸の部分が白く塗りつぶされているが、隣の「さば」の文字と同じ色であり、これでは八戸の場所が伝わりにくい上に、肝心の八戸の地図が塗りつぶされて消えてしまっている。これは問題があると思われるが、どうか。

<疑問2−2>ブランドロゴの上部に「北の海の厳しさが育んだ旨さ」というキャッチフレーズがあるが、このキャッチフレーズは北陸・東北以北の魚介類に多数見られるため、差別化要因として効果が上がらないものであると思われるが、どうか。

<疑問3>ホームページについて

<疑問3−1>ホームページのトップページで最も大きい文字は「8saba.com」というサイトの名称だが、本来であれば「八戸前沖サバ」というブランドを最も強くアピールすべきと思われるが、どうか。

<疑問3−2>現在のところ、サイトの中に「お問い合わせ」のようなコミュニケーション手段が無い。業者が「八戸前沖サバ」を取り扱うための申請書はあることから、現時点では「業者向けサイト」としてしか成り立っていないように思われるが、本来であれば一般消費者の中にブランド価値を理解・浸透させるのがブランド化の最大のゴールであるはずであるから、そのようにサイトのデザイン・情報を改めるべきであると思われるが、どうか。

<疑問3−3>ホームページの構造上の問題なのか、URLに時折閲覧者からは意味が推測できない文字列が混じる。凡ミスであると思われるが、ブランド価値にプラスになることは絶対に無いと思われるため、修正すべきであると思われるが、どうか。

<疑問3−4>当サイトのように八戸前沖サバを盛り上げたいと考えているサイトが利用できる画像素材や、引用・リンクの可否について言及したサイト運営ポリシーがサイト上に無いのは問題だと思われるが、どうか。

<疑問3−5>8saba.com内の「八戸前沖サバ」についての表記が不統一である。「八戸前沖サバ」「前沖サバ」「前沖」など。また、「八戸前沖銀鯖」についても「八戸前沖」が省略されている場合がある。これはブランド名の知名度を上げる当該サイトの目標に叶っていないと思われるので、修正すべきであると思われるが、どうか。もしくは、ブランドの正しい名称と略称が別途運用されているのであれば、その旨をホームページ上で告知してほしい。

<疑問4>八戸前沖サバの特徴について

<疑問4−1>日本北限のサバというのは魅力的なキーワードであると思われる。「北」というキーワードだけでは特段の差別化にはならないが「北限」は差別化要因たり得る。さらには、八戸はその北限の漁場に最も近いというのがポイントであるから、「北限の漁場に最も近い」ことをもっとアピールできないだろうか。

<疑問4−2>脂肪分が豊富である点に触れているが、特に「一般的な指標では100グラムあたり12グラム程度の脂肪をサバは含むが、八戸前沖サバは30グラムを超えるものもある」のは驚きである。しかし、このままの情報では一般消費者にはわかりにくいので、例えば「一般のサバの2.5倍以上油がのっている」といったような平易な言葉で置き換えられないか。加えて、油が多いことを視覚的にプレゼンテーションするための素材はないだろうか。(例えば、水に浮く・浮かないとか、燃える・燃えないとか、ひと目で油の多さを証明する事例)

<疑問4−3>不飽和脂肪酸の多さが長所として挙げられているが、提示されている表をよく見ると、不飽和脂肪酸の一種であるEPAはノルウェー産に比べて多くなっているが、DHAはむしろ少なくなっている。平均値で見ても大差は無い。ノルウェー産と同様の不飽和脂肪酸が含まれることだけで十分に「不飽和脂肪酸が豊富」と言い切る証左になるのかもしれないが、提示されているデータからは読み取りにくい。もう少し扱いやすい数値・指標は無いか。

<疑問5>関サバとの関係について

<疑問5−1>目下もっとも成功しているサバのブランドのひとつとして、関サバが挙げられる。関サバは、味の良さに加え「刺身として生食できる鮮度のまま、流通できた」ことにより、それまでサバの刺身を食べたことがなかった人々に驚きをもって評価された。「八戸沖前サバ」は、この関サバの事例に近い「味以外の面白さ」はあるか。

<疑問5−2>もし八戸沖前サバのブランド化が一定の効果を上げた際、関サバとの比較は避けられない。関サバは、一本釣りの漁法と活けじめの一手間が加わることにより、高価なブランド魚としての立場を守っているが、八戸の漁法はまき網方式でありこの点で関サバに劣る。この問題を解消する手だてについて、何か想定しているものはあるか。(関サバが高価であることがひとつのキーになるように思われる)

まとめ+今日の写真

上記、色々と書きましたが、僕がもっとも欲しいものは「八戸のサバこそ一番旨いとみんなに胸を張って説明できる自信」です。主観的に「だって旨いから」と説明するのは簡単ですが、客観的に「ほら、こうこうこうだから八戸のサバはおいしいんですよ」と説明するのは案外難しいものです。

その困難に立ち向かうためにも、基本となる情報をしっかり固めつつ、多くの一般消費者の皆さんにわかりやすく伝える準備を整えたいと思います。かなり小言っぽくなってしまった部分や角に心配している部分があることも分かっているつもりではあるのですが、どうしても言いたくなってしまったので・・・関係者の皆様、申し訳ありませんでした。成功を願っていますし、これからも応援していきます!

「敵を欺くにはまず味方から」って言葉がありますよね。ブランド戦略も一緒だと僕は思います。日本中の人にブランドを知ってもらいたいのなら、まず八戸に縁のある人が「八戸のサバはスゴイ」とブランド意識を持つことから始めなければならないと思います。身内が理解していないのに、他人に説明できる訳がないのです。だからこそ、八戸前沖サバをもっともっと深く理解したいと思っています。

さて、今日の写真は、サバの季節とはズレてしまうのですが、夏の第二魚市場・朝のセリの様子です。夢の大橋は朝霞の中、卸の人の威勢の良いかけ声が響く魚市場は港町の活気に満ちて、これぞ八戸って雰囲気でした。こういうものこそ観光客の人に見てもらいたいんだけど、どうかなあ。最近の八戸の面白い取り組みである「あさぐる」の中に、魚市場見学なんて入れられないものかなあ。「あさぐる」は別途特集しますので、お楽しみに!

'09 01月12日 (月) 15時56分 : 対泉院は密かな夕日スポットだ

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八戸は青森県の東側、太平洋に面した町ですから、言ってみれば「朝日の美しい町」です。裏を返すと、日本海側の町に比べれば、夕日が美しいスポットは少ないということになります。

でも、色々と八戸を巡っている中で、陸奥湊の「グレットタワーみなと」島守盆地などの夕日スポットを見つけることが出来ました。そして今回、またひとつ。

その場所は新井田のお寺、対泉院さん。以前、江戸時代に全国をおそった大飢饉の時に八戸で(正確には当時の新井田村)で起こったことを記録した「餓死萬霊等供養塔」についてご紹介しましたが、この石碑が置かれているのが対泉院さんです。石碑に刻まれた衝撃的な内容、忌まわしい過去を記してまで後世の僕たちに伝えようとした中身については以前の記事を読んでいただければと思います。

さて、この対泉院には立派な古木が並ぶ参道があって、ちょうど冬のこの時期になると、「お寺さんを背にして立ったとき、ちょうど2列に並んだ古木の真ん中に夕日が落ちる」んです。それが今日の写真です。夕日についてまったく前提知識無しで撮影に行った僕は、対泉院さんの持つ神妙な雰囲気と、古木の凛々しさ、参道の薄暗さと夕日のまぶしさ・・・そういった要素が混ざり合って生まれた宗教的な気持ちを感じました。一言で言えば、「ありがたいなあ」みたいな気持ちなんですけど、上手く言葉にできませんね、こういうのって。

というわけで、八戸の冬の夕日スポットとして、対泉院さんを推したい。ご近所に住まわれている方はご存じだったかもしれませんが、案外八戸に住む人でも知らないスポットだと思いますし、一度見てもらいたいなあと思います。太陽の位置がズレてしまうので、きっと冬の間の今しか見られないであろう、あまりに荘厳で慈しみに満ちた夕日です。

'09 01月07日 (水) 19時32分 : 惜しい港町・八戸

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のっけから挑戦的なタイトルですいません(汗) 腹立たしく思う人もいるかもしれませんが、とりあえずは「ほぼ日刊イトイ新聞」さんの新春特別連載「タモリ先生の午後2009」の「第4回・『惜しい』の美学」から読んでもらえればと思います。

下らない話のようで含蓄深いタモリと糸井重里の対談の中で、タモリがこんな事を言っています。

タモリ 『われわれは「惜しい」って女性にいちばん「色気」を感じるんですよ。』

そうそう、これこれ! と思います。この言葉って、他には「スキがある」とか「完璧じゃない人間らしさ」とか、色々と言い換えられると思うんですけど、殊に女性の色気という情感的なものに対しては「惜しい」という言葉のチョイスがベストだと思います。男は「惜しい」女性に「色気」を感じるように思います。

色気って何だろう?

「色気」というのは、「男がまっとうな手段で女性と付き合う」というものではなく、「女性が匂わせる魅力によって、不可抗力的についつい口説きたくなる」ような感じでしょうか。そんな風に表現される色気のフィールドでは、完璧な美しさや聡明さってむしろ邪魔なんです。パーフェクトな美しさや聡明さが「直接的に男を呼び寄せる力」とすれば、色気は「間接的に男が口説きたくなるニオイ」と言えるでしょう。美点も欠点もそのままに、何も隠さずありのままに振る舞っている女性に垣間見える「惜しい」ところがないと、色気って出てこないです、やはり。

八戸の色気

で、何が言いたいかというと、八戸って色気があるように思うんです。都会を余所目に第一次産業が色濃く残っていて、不況の影響をモロに受けて、それでも地元の人は元気に横町やら朝市やら祭りやらを盛り立てているけれど、突き抜けるような活気が出てきているようにはイマイチ感じられない。

このプラスとマイナスのマーブル模様こそ「色気」ですよ。当サイトのフォトジャーナル「古くて寂しい。それが僕らの町 〜本八戸駅・鮫駅」でも触れましたが、古かったり寂れていたりすることを、隠しちゃダメだと思います。むしろそういった上手くいかないところも含めて「港町文化」としてパッケージして正直に発信しないと、「無理に整形して生兵法で勉強したウソまみれの女性」みたいに色気が出てこないんじゃないかな? って思います。

役場の人には申し訳ない書き方をしてしまうんですが、新しく計画されている「八戸市中心市街地地域観光交流施設」も陸奥湊の再開発計画も、変に八戸の実情を隠し立てるようなものでは成功しないように僕には思われるんです。そんな活性化案は、日本中何百と失敗していますしね。役場の皆さんには、日本中で失敗している通りいっぺんの活性化ではなく、斬新で「色気」のある活性化をしてほしいなぁ・・・と、ごくごく個人的に思ってます。エラそうなこと言ってスイマセン。

というわけで、ものすごく示唆的なタモリと糸井重里の話がタダで読める連載、是非読んでみてくださいね。「タモリ先生の午後2009」。

今日の写真は色気がテーマ

今日の写真は正月の夕暮れ、太陽が落ちるギリギリの瞬間に一筋の夕日が指した葦毛崎展望台です。光と影があって、建築美と荒れ野があって、実に色気があるように思うんですけど、どうでしょう?

'09 01月04日 (日) 23時55分 : 漁師小屋というデカダン(山本直樹『堀田』と八戸)

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とある友人から、漁師小屋が出てくるマンガを教わりました。ちょっと(というか、かなり)エッチなマンガで、山本直樹という人の『堀田』という作品なんですけど、内容はここで言うのは憚られるものの・・・漁師小屋がある風景が妙にリアルで、グッと来ます。さらには、方言もなにやら八戸弁と近い。

「うちに帰らねば」
「アトピーだった頃によく使ってたさ」

・・・なーんて台詞を読んでいると、ここは本気で八戸か、もしくは八戸に近い場所なんじゃないか? という気がして、早速調べてみると・・・作者の山本直樹さんは北海道は函館半島の最南端、福島町の出身とのこと。なるほど、八戸出身の僕がイメージする漁師小屋の風景とカブる部分が多いわけです。今回たまたま訪れた浜辺の漁師小屋を眺めながら、僕の青春時代には漁師小屋で女の子と会ったりなんてしたことは無かったけれど、そういう事をしてた同級生とかもいたのかなあ、今もそういう学生がいたりするのかなあ・・・なんて具合に、懐かしくも妙に複雑な気持ちになってしまいました。

今日の写真は昨日に引き続き、小さな漁港を囲むように点在する漁師小屋のひとつ・・・というか、漁師小屋跡といった感じですね。渋い色彩、デカダンな感じもするし、懐かしい感じもします。厳しい漁師の生活、冬を耐える景色、この風情、都会の人にも味わってもらいたいなあ。漁師小屋という日本で生まれたデカダンを、是非とも八戸で感じて欲しいと思います。

  • デカダン:dcadent(フランス):19世紀末に文学的な潮流として現れたデカダンスに属する動き。転じて、世紀末的な耽美的かつ虚無的な態度や、退廃的であることを意味する語として用いられる。デカダント。

'09 01月02日 (金) 12時44分 : 八戸の断水

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あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします。

さて、新春の八戸は元旦から大事件に見舞われました。断水です。水道管の破損により市内や主編市町村で断水、今も断水は続いているようです。2009年のスタートのこのタイミングで断水というのは、いやはや、厳しいですね。周辺地域でご苦労されている方も多いかと思います、速やかな復旧を期待します。

ところで・・・旅先、八戸に滞在している自分はどうなのか、と言いますと。ぜひとも、ご心配なく。うちの実家は井戸ですから! 地震がくると赤い水が出るけど、こういう時は安心だったりするのです。

'08 12月30日 (火) 12時07分 : 寝坊+トラブル発生中

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寝坊した上に、手持ちの機械の調子が悪いというトラブルに見舞われたため、写真のみの更新で勘弁してください・・・まいったなぁ・・・

写真は市内のとある家の軒先です。時代を感じさせる家と看板のデザインがすばらしいですね。それから、この場所は土地柄「ダンプが多く通る」場所なので、壁や看板にうっすらと道路の埃がかぶってます。埃っぽさがあるかどうかは、八戸市内での地域性が出ますよね。山に住んでいる方・住んでいた方なら、埃っぽく煤けた道ばたの雪なんかに懐かしさを感じるんじゃないかしら。

'08 12月28日 (日) 22時12分 : 八戸の怖い話:逆さ柱

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八戸に来てからいろいろな人にいろいろなお話を聞いているのですが、怖い話が手に入りましたので・・・ご紹介したいと思います。実際に聞いた話には企業団体名が含まれていましたが、ここでは伏せさせていただきます。本当かどうかは、誰も知りません。

逆さ柱

八戸市で今も操業するとある工場は、かつて別の会社名で営まれていました。さらにその工場が出来る前、その場所では漁師の網元が漁と商いを行っていたそうです。網元とは、漁網・漁船などを所有して、網子(あみこ)と呼ばれる漁師を雇って漁業を営む者を指します。ここでお話をする網元も類に漏れず、多くの漁師と女中を抱え、たいそう立派な商売をしていたということです。

ある時、網元は過ちを犯します。妻を持つ者であるにもかかわらず、女中の一人に手を出して、果てには孕ませてしまったのです。網元は思案しましたが、結局その事実を妻に伝えました。妻はこう答えたそうです。網元を非難するでもなく、女中を首にするのでもなく、ただ・・・こう言ったそうです。

「子供を産ませなさい」

かくして女中は網元とその妻の下にいるまま、網元の子を産みました。しかし、するとどうでしょう。網元の妻はぐるりと態度を変え、網元にあることを命令しました。それはとてつもなく恐ろしい命令でしたが、網元は逆らうことは出来ませんでした。網元は、屋敷を建て替えました。女中とその子供を生きたまま逆さまに埋め、その上に柱を立て、埋め込めてしまったのです。

それから幾年が過ぎ、理由は分かりませんが、網元は商売をたたんだか、ねぐらを変えたかで、この場所から去りました。この土地は網元とは縁もゆかりもない事業主によって工場が建てられる事になり、工事がスタートしました。しかし工事は上手くは進みませんでした。何故か事故が立て続けに起きるのです。ひどい時には、1日で8人もの作業員が亡くなりました。あまりに異常な事態に、工場の事業主は周辺に住む人々に聞き込みをすると、網元と女中の一件・・・逆さ柱の件を重々しく地元の住民は語りました。

それを聞いた事業主は、女中と子供の霊を慰めるための社を建立し、祈りを捧げたところ、ただちに事故は止み、無事に工場を建てることができました。その後、工場は名前を変え、今も八戸のとある場所で操業を続けています。もちろん、女中と子供を祀る社も今に残されています。

ところで。雨の降る夜になると、今でも足音が聞こえるそうです。ぺたっ、ぺたっ。足音を聞いたり、足音が出たことを噂で知った人々は、「逆さ柱にされまいと子供を抱いて裸足で逃げる足音だ」と口々に言いながら、不幸な最期を遂げた女中と子供のあの世での平穏な日々を祈るのだそうです。

その足音は決まって雨の降る夜、ぺたっ、ぺたっ、と近づいてきます。時には、足音を聞くだけでなく、その姿が見えることもあるのだといいます。足音のするほうに目を凝らしてみると、闇の中からまず女中の膝から下、着物の裾がたくし上げられたスネが見えるのだそうです。その足は、ぺたっ、ぺたっ、と近づいてくるのですが、何故か膝から上はいつまで経っても見えないのだそうです。

逆さに埋め込まれてしまったがために、膝から上は逆立ちしているように逆さまになっており、土の中に潜り込んでしまって、女中の青白い膝だけが近づいてくるのだそうです。

工場と社の近くに住む人の間では、今も語りぐさになっている、お話です。

ぺたっ、ぺたっ。

今日の写真、今日の八戸

今日の写真は、雪がチラチラと舞う寒風厳しい夕刻、薄闇すら暮れていく瞬間です。モチーフは市営バスですが、今日お話した話と市営バスとは一切関係がありませんです、ハイ。ちょっと不気味な風に写った写真を使っただけ、ということで。

それにしても、今日の八戸は風が強かったですねー。息が出来なくなるぐらいの強風が正面から浴びせられると、骨の髄まで冷えますね。だからこそ、実家があったかい、八戸の冬です。季節外れの怖い話、どうでしたか? もしあなたがコタツとストーブと甘酒でのぼせているとしたら、ちょうど良い目覚ましになったのではないでしょうか。正直、この話を聞いたときは、ブルりましたね。なんせ、工場名も実名で聞いてしまったので・・・

'08 12月23日 (火) 16時41分 : 葦毛崎の「謎の塔」の正体判明!

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photoのコーナーに掲載していたフォトジャーナル「港町と自然の狭間で 〜葦毛崎展望台と周辺・盛夏」で採り上げている「葦毛崎展望台北に立っている謎の塔」の正体が判明しました! きっかけは当サイトをご覧頂いた方からのコメントです、サワタクさん、本当にありがとうございましたっ!!

謎の塔の正体は、マイルポストなるもの

さて、この塔の正体ですが、その名も「マイルポスト」。船乗りがこの塔を観測しながら海上を進む時間を見ることによって、船の移動速度を割り出せるという代物です。詳細は、八戸市民ならお馴染みの地方紙「デーリー東北」さんのこちらの記事をご覧頂きたいのですが・・・なんと、かつては5本も立っていたそうで、かつそのうち2本が現存しているとのこと。いやはや、デーリー東北さん、素晴らしい調査です。

マイルポストの正体が分からなかった頃に書いた当サイトのフォトジャーナルでは、「近くに鮫角灯台があるので、その灯台守が方向確認などの目的で利用したのではないか?」と予想していました。

また、八戸出身ではない友人から「これは『昼標・立標』と呼ばれるものではないか?」という予想ももらっていました。機能としては灯台などと同様に船乗りの皆さんのための道しるべとして存在しているが、灯火を発しないもののことをこのように呼ぶそうです。「灯のない灯台なんて、詩的でイイね、歌でも作れそうだね」なんて言い合っていたんですが・・・こちらもハズレました(笑) 予想を送ってくれた友人にも感謝したいと思います。ありがとう! ちなみにこの彼、とある業界で働いているのですが、地方を活性化するという点で一日の長がある人です。地方活性化の方策について、色々と相談に乗ってもらっています。昔はバンド仲間だったんですけど、もう足を向けて寝れません(笑)

人の助けがあってこそ

さて。今回の「謎の塔騒動」、いろいろな人の協力があって、はじめて正体が判明しました。

  1. 僕:訳が分からないけれど、とりあえずネットに上げてみた
  2. 友人:当サイトを見て、予想をしてくれた
  3. デーリー東北さん:マスコミの本領として、正しい情報を提供してくれていた
  4. サワタクさん:デーリー東北さんの記事を紹介してくれた

これぞネットの面目躍如ですねー。醍醐味とも言えます。こんな風にひとつひとつ興味あることを拾い上げていけば、八戸を活性化することも可能なんじゃないかという気がしてきます。これからも八戸の色々な物事を採り上げていきたいと思うので、何卒よろしくお願いいたします!

'08 12月18日 (木) 08時01分 : 帰省確定

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帰省が確定しましたー。よーかったー。

ちょっと聞いた話なんですが、数字を2飛ばしで「2・4・6・8・10」と話す時、八戸出身の僕は「にーしーろーやーと」と数えますが、西日本では「にーしーろーはーと」って言うらしいですね。さらにバリエーションが日本各地にあるらしいです。

昔から「やー」派だった僕からすると「はーって気が抜ける感じ!」とか違和感を憶えるんですが、きっと「はー」派の人だったら「やーってダチョウ倶楽部かよ!」みたいな違和感を憶えるんでしょうね。

というわけで、今日は寝坊してしまったのでココまで。また、夜にでも。今回の写真は、八戸で意味もなく撮った黄色い土と薄く積もった雪です。この土を見て何かしら感じるものがあるかどうかも、どこで生まれたかに依るんですよね、きっと。僕はこんな土の山を切り開いた道が通学路だったので、たまらないものがあるんですけどねー。八戸の一部の人なら、分かってもらえるかなぁ?

'08 12月15日 (月) 07時51分 : 美人市議藤川さん騒動もいよいよ最終局面?

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かねてより藤川さん騒動を取り上げている「はちのへ今昔」さんの筆が止まりません。地元八戸でタウン誌を書かれているこのサイトさんが独自に集めた情報から、美人市議として一躍時の人になった藤川さんと元後援会長の佐々木さんの間のアレコレがどんどんインターネットという誰でも無料で読めるメディアに示されます。

特に最近の「藤川優里市議のよわった困った」シリーズが、目を疑うばかりの内容で、正直スゴイ。もちろん内容が正しいかどうかは不明ですが、情報収集能力の高さと肝が据わった筆致には舌を巻いてしまいます。全国紙に藤川さんだけでなく元後援会長側までが掲載されたこのタイミングもあるので、いよいよ過激です。

ここで改めて考えてみると、藤川さん側が叩かれた理由は、「市議にも関わらず写真集とDVDを出した」「遊泳禁止のところで水着になった」の2点です。後から「個人献金を正しく記載していない」という問題が元後援会長側から出されましたが、この3点目の問題は調べてみれば分かること。最初に叩かれた2点については、「個人的感情では納得できない人もいるかもしれないけど、厳密なところで規則に違反しているわけではない」問題ですから、既に藤川さん側は叩かれるべき点がありません(厳密に言えば、元後援会長側の人々と藤川さんのお父さんの関係があるかもしれませんが、これは藤川さん自身の問題ではありません)。

さらには、「はちのへ今昔」さんの伝えるところに依ると、藤川さんを擁護する発言が八戸市議会で出た際に、その発言を「議事録に記載する必要のない些細なこと」と藤川さん自身が削除させたとのこと。藤川さんの脇がしまってきた感があります。元々市民の支持を得てまっとうに当選した市議なのですから、脇が甘くなければ問題なく職務を進められるはずですね。

藤川さん側を「叩ける問題」が尽きてしまった今というタイミングで攻守交代してしまうと、うーむ、いやはや・・・(汗)。とにもかくにも、当サイトはもうしばらく追いかけてみたいと思います。今日の写真は・・・他意は無いということで、まあ、その、何というか、ひとつ(笑)。

'08 12月12日 (金) 07時15分 : 八戸市議藤川さん騒動に若干動きアリ

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以前このブログでも取り上げ、なんかウンザリな気持ちになった表題の件ですが、少し動きがあった様子。特にこの件を継続的に追っているのが読売と産経ですが、こんなニュースが出てきました。要約すると、こんな感じです。

  • 藤川市議を個人献金で告発した件で、元後援会長を残して告発元から市民オンブズマンが脱退
  • 藤川市議を別の市議会議員である坂本市議が擁護

さて、どっちに転ぶか。

このブログは特にここで対立する2者のどちらかに与する立場は採りません。しかしながら、願わくば「八戸の知名度が増し、かつ八戸の政治が前向きに認識される結果となること」を期待します。

今日の写真は、藤川市議も参加していた八戸市の出初め式の様子です。吹きすさぶ寒風の中、襟足正しく行進する様子はとても凛々しくて、絵になるんですよコレが(笑)。で、なぜ取り上げたかというと、この出初め式に藤川市議が出席されていたからなんですね。

藤川市議が偶然入っていた写真もあって、本来ならそれを掲載したいところなのですが、何があるか分からないので掲載は自粛しておきますね。実は、撮影したときは「えらいキレイな人が歩いてるな」という感じでスルーしてしまったんですけども。

'08 10月29日 (水) 23時28分 : 八戸が選ばれた「定住自立圏構想」って何だ?

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やり方が下品な某政党の事は放っておいて、今日発表された八戸についての明るい話題です。読売新聞さんの、こんなニュースです。(以下、前述のソースより引用)

総務省は28日、人口流出防止を目指す定住自立圏構想で周辺市町村との連携の要となる「中心市」の先行実施団体20市を発表した。2009年度末までに周辺市町村と協定を結んで「圏域」を形成し、医療、雇用などの面で連携する。今回、中心市に認定されたのは、青森県八戸市など20市。鳥取県米子市と松江市、高知県四万十市と宿毛市は同じ圏域の中心市となるため、圏域数は18となる。岡山県備前市、宮崎県都城市などは県境を超える形での圏域が想定されている。

簡単に言うと、「八戸は定住自立圏に選ばれましたよ」ということなんですが・・・さて、「定住自立圏に選ばれる」とは、一体どんな意味を持つのでしょうか?

過疎化する八戸

八戸市のホームページでは、八戸市の人口動態についてデータが掲載されています。直近の詳細なものもありますが、今はここ数十年に渡る人口変化に注目します。

平成19年度の人口は246,629人。人口が24万人を越えたのは昭和56年ですから、26年以上の間、人口は24万人のまま保たれています。しかし、それは出生・死亡・転入・転出すべてを合算した値です。転入・転出別移動人口に絞って見てみると、平成18年は1201人のマイナス、平成19年は1640人のマイナス。それも、毎年3月に1000人以上が八戸を去っています。就職・進学に伴って八戸を離れているであろう人が、毎年1000人以上。これは、ちょっとセンセーショナルな数字です。

シンプルに言えば、過疎化が起きている。これが八戸の現状です。

「定住自立圏」とは、過疎化を止めるだけを目的にしていない

八戸に起こっている過疎化の現状を見ると、止めたくなるのが人情です。今回のニュースの「定住自立圏」にも「定住」という言葉が入っているぐらいですから、一見すると「八戸の過疎化を止めるって話?」と誤解される方もいるかもしれません(ちなみに僕は誤解しました)。

定住自立圏構想とは何か? について、総務省のページを見てみましょう。・・・でも、一通り見てみたんですけど、肝心の総務省のまとめがイマイチ分かりにくいので、僕なりにまとめます。

定住自立圏構想とは・・・

  1. ある地域の中心となる市とその周辺市町村を合わせて「定住自立圏」とし、
  2. その枠組みで地方分権を推進したり国からの補助を与えたりする事により、
  3. 新しいライフスタイルとしての地方定住の価値を生み出し、
  4. 社会インフラを整備して安心して定住できる地域とした上で、
  5. 東京への人口流出を止め、かつ地方への人の流れを作るという構想。

ということになります。今日のニュースでは、この「定住自立圏」が18エリア選定され、その中の1つのエリアの中心となる町として、八戸市が選ばれたということが報じられています。

八戸市=定住自立圏ではないという点が重要です。八戸市はこれから周辺市町村と協議を重ね、「上記の方針を満足するには、どの町と定住自立圏を組むべきか?」という重要な意思決定を行うことになります。

八戸は誰と組み、どんなコンセプトを掲げるのか

周辺市区町村としては、パッとイメージすると、三沢市・六戸町・おいらせ町・五戸町・南部町・階上町辺りがイメージできます。もう少し範囲を広げて、三戸町・田子町・新郷村・十和田市ぐらいまでを考えても良いかもしれません。さらに、定住自立圏は県をまたぐ事も可能らしいので、岩手県洋野町も候補に入ってくるかもしれません(洋野町は八戸都市圏に数えられる程ですから、八戸との結びつきは強いと思います)。

さて、ここでポイントになるのは、八戸が定住自立圏にどんなコンセプトを打ち立てるか? という点です。

定住自立圏は、医療・通信・交通などの社会インフラを圏内の市区町村で提供しあうという「生活の安心」を実現するための側面と、地域ブランドの形成という側面があります。八戸を中心としたブランドに、どんなコンセプトを据えるのか。ただ適当に市町村を集めても、仕方がありません。

八戸の歴史・文化・風土・産業・風俗を貫くコンセプトを明確にした上で、そのコンセプトを一緒に掲げてくれる町と一緒になって盛り上げる。そんな新しい「圏」でなくてはならないと僕は思います。八戸を見つめ直し、八戸の本質を正しく掴み取らなければなりません。八戸の本質を正しく理解できれば、定住自立圏という「国の政策」が、人のぬくもりと凛々しさを纏った「僕らの指針」へと変化していくはずです。

さあ! 国と八戸が力を合わせ、新しい価値を作る試みが、今、始まりました。

今日の写真は、三日町から吹上方向に向かう道です。この道はやがて浜街道や久慈街道という道へと続いて行きます。定住自立圏を共に組み上げる町へは、どんな道が続いているのでしょう? そして、どんなコンセプト、どんな想いを共有するのでしょう。うーん、ワクワクします。

'08 10月17日 (金) 08時02分 : 地産地消という考え方(と、八戸の悲劇)

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1782年〜1788年(天明2年〜8年)、日本全国を天明の大飢饉が襲いました。特にひどかったのが天候不良と冷害が襲った東北地方で、八戸も例外ではありませんでした。八戸市新井田の対泉院には、当時の凄惨な状況を後世に残すべく建立された「餓死萬霊等供養塔」が今も残されています。

以下、その供養塔に書かれた文章です。ショッキングな内容ですが、ご覧下さい。なお、文章は八戸市博物館のサイトから引用させていただいた上、読みやすさのため一部表現を修正しました。

安永7年(1778)の頃から、ここ数年の間耕作はよくなかった。天明3年(1783)の大凶作の様子は、4月11日の朝に雷が強く鳴り、やませ(冷たい風)が吹き、大雨が降りだした。

それ以来、8月の末まで雨が降り続き、9月1日にようやく晴れた。夏の間ずっと綿入れを重ねて着なければならないほど寒かった。田や畑の作物は実らず、青立ちのままだった。人びとは階上岳へ登りわらびの根を掘り、海草や山草はもちろん、わらも粉にして食べた。そればかりか(人も食べた:この部分は削りとられています)。
翌年になると、領内すべてで収穫がなくなり、病気が流行し、多くの人が餓死して、死体が山のようであった。町や村では毎晩のように火事があり、押し込み強盗などが多くなった。しかし、新井田村では出火はなかった。
領内の人口65000人あまりのうち、30000人あまりが死んだ。新井田・十日市・田向・塩入・岩淵の人口男女あわせて1418人、そのうち696人が死んだ。家は272軒のうち、136軒がつぶれた。これまでにないことである。これからは、米や穀物をたくわえておくべきだ。

八戸に住む人・八戸に縁のある人には、驚くべき内容だと思います。しかしまず、この内容を先祖から未来に住まう僕たちに宛てられた重大なメッセージであると理解すると共に、この情報を公開している八戸市博物館に敬意を表したいと僕は思います。

人間の尊厳を脅かす禁忌として社会的に認知されている行為を犯さなければ生きられなかったのが八戸という町の歴史・因縁なのだと知ると、自分の生きている現在の豊かさが先人の努力に依るものなのだと改めてハッキリ理解できます。食べられるという事がありがたく、稀少な価値であることが分かります。

そして、このような禁忌である出来事を恐れずに記し、後世に願いを託した先人の決意を想うと、胸が締め付けられる想いです。

食と農業の問題のひとつの突破口「地産地消」

一方、視点を現代に引き戻してみると、「飽食の時代」と言われながら「食の安全」が叫ばれている不思議な状況です。食料自給率の向上が謳われながら、減反政策の総括も出来ていないのも変な話です。

そんな中で、ひとつ農業のビジョンとして掲げられている考え方が「地産地消」という概念です。地元で作ったものを地元で食べるというこの方針は、非常に多くのメリットを持っています。

  • 消費者と生産者の距離が近いので、旬のものを新鮮なまま食べられる
  • 地域経済が活性化し、地域への愛着にもつながる
  • 地域の伝統的食文化の維持と継承がなされる
  • 農水産物の輸送にかかるエネルギー(フードマイレージ)が削減される
  • 輸送が短くて済むので、口に入る農薬が減る(農薬量と食料自給率は反比例)

そこで、僕の考えなんですが。

食べ物をいかにおいしく食べ、保存し、売買し、文化として継承していくか。この点において、辛い飢饉を経験した歴史を持つ八戸は何かしらのビジョンを示せる可能性があるのではないかと思うんです。

青森県はもともと食料自給率は高く、農林水産省のまとめによると青森県はカロリーで計算した食料自給率は4位、生産額で計算すると3位となっています。さらに細かく八戸市という単位で見てみると、デーリー東北さんの記事によれば(ソースがバラバラですいません)、漁業都市・八戸の魚介類の食料自給率は、約25万を数える人口の多さにも関わらず、1390%というとんでもない数字を叩き出しています。

こういった高い食料自給率を背景に、日本という国の地産地消のモデルケースを作るという事が、食に関する悲劇と朝市という文化を守り続けて来た八戸には可能かもしれない・・・と思うんです。ところが、八戸市のホームページで「地産地消」を検索すると・・・0件です。え? と思ったんですが、何度やっても結果はいっしょ。

地産地消というキーワードが八戸市のホームページの中に一度も出てこない。

これは、一体・・・? 青森県のホームページにはチラホラと地産地消の文字は見えているので、八戸市が取り組んでいないはずはないのではないかと思うのですが・・・ひとまず、もう少し八戸市の生産団体さん・議員さん・市役所の皆さんについて情報を集めてみたいと思いますが、もし現状で一切取り組みが無いとすれば機を逃しかねません。

というのも2007年、かねてからの地産地消の取り組みが認められ、富山県の氷見市において「きときと氷見地消地産推進協議会」が初めての国の提案型地産地消モデルタウン事業としてスタートを切っているからです。地産地消という考え方が、食の安全を強く意識する世相を背景に、国を動かし始めている・・・それが今というタイミングです。

飢饉を乗り越え、朝市を今に伝え、さらには横町文化が花開きつつある八戸です。この個性を分析し、発揮する企画=政治を、是非お願いしたいと思います。地元の食の品質を上げる事は、市民の健康を増進させると共に、観光産業の活性化にまでつながります。やらない手はありません。

このサイトでは「地産地消」を八戸にとって重要なテーマのひとつと位置づけた上、継続して考えたいと思っています。次回は現在とりまとめている「市議会議員の皆さんの取り組み」についてご紹介したいと思います。

'08 10月14日 (火) 08時00分 : 南部せんべい通信Vol.1 美味しんぼと南部せんべいの歴史

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先日からスタートした八戸コーヒー通信に続き、南部せんべいを徹底的に取り上げる「南部せんべい通信」を勝手にスタート! 初回となる今回は、劇的な邂逅・和解で幕を閉じ話題となった「美味しんぼ」と南部せんべいの歴史についてです。

美味しんぼと言えば「究極VS至高」の戦いが有名ですが、後半の71巻から完結102巻までは新たに「日本全県味巡り」と銘打ち、ひとつの都道府県の中で山岡・雄山が味比べをする企画が行われています。その対決において青森県は100巻目(すごいタイミング!)で取り上げられているのですが、その対決のキーのひとつになっているのが、南部せんべいです。

さらには、山岡・雄山が率いる究極・至高のメニューの最終対決(102巻収録)においても、南部せんべいが登場しています。美味しんぼ劇中、究極・至高のメニューのひとつとして登場する南部せんべいを振り返りながら、南部せんべいの歴史まで語ってしまうという不思議な記事になってます。「なんで写真が神社なの?」という方も、是非読み進めていただければと思います。

以下、美味しんぼのネタバレを含みますのでご注意ください。

「日本全県味巡り」における南部せんべい

八戸を訪れた究極のメニュー一行を迎えるのは、南部せんべいの老舗「ザイケ真幸堂」の店主・在家清吾ご夫妻と、せんべい汁の知名度アップに貢献されている八戸せんべい汁研究所の木村聡さん。

紹介されたのは、もちろん素の南部せんべいに加え、せんべい汁と「てんぽ」。てんぽとは、柔らかく半焼けのところで仕上げた南部せんべいのことですね。さらには、様々な南部せんべいの食べ方として・・・

  • 食材を乗せて皿代わりにしながら一緒に食べる
  • 赤飯を挟んで食べる
  • 天ぷらにして食べる

などの様々な食べ方を紹介した上で(先日取り上げた「コーヒーに南部せんべい」はありませんでした)、山岡に『南部せんべいは食生活の一部に、完全になりきっているんですね』と言わしめています。

また、山岡・雄山の対決その場でも南部せんべいは登場し、種差海岸の名店として知らせる洋望荘の佐藤一弘さんがこだわって突き詰められている自然食と南部せんべいが融合した「雑穀でつくったてんぽ」と「てんぽのせんべい汁」が山岡側の締めとして登場します。

うーん、うまそう。食イタイ。

ただし、八戸贔屓の意地悪な目線で美味しんぼを見ると、ちょっと不満な点もあったりします。

山岡側は青森の数々の食文化に触れた結果、日本における文化の西から東への伝搬の果てに存在する「原日本人の食文化を残し守る場所としての青森県」という結論を得ますが、南部せんべいと「原日本人」とのつながりが示されていないんですね。ザックリと「単純な地方色の違いではない、根深いところでの青森県の特異性」に気付く、というシナリオで南部せんべいを取り上げているんですが、「じゃあ南部せんべいのどこが『原日本人』なのよ?」という論拠が薄いように感じられてしまうんです。

美味しんぼはあくまで料理が主役で、料理を矢継ぎ早に取り上げなければならないですから、南部せんべいの由来について情報が足りないのは致し方ないかな、とも思うので、このサイトで補足しまみようと思います。

南部せんべいの発祥

最も詳しく南部せんべいの歴史がまとめられていると思われるのが、先にご紹介した「八戸せんべい汁研究所」内の「上級講座・せんべい汁のウンチク」コーナーです。(Wikipedia「南部煎餅」のページにも情報がまとめられています)

史書の整理と民族学的な調査により、多面的に南部せんべいの歴史を解き明かそうとされていて、非常に興味深い内容になってます。いくつかの説と共に、最も有力な南部せんべい発祥の仮説が紹介されているんですが、これがまた、驚きです。

  1. お腹をすかせた天皇へ差し上げるため、天皇の家臣が、
  2. 農家から分けてもらったそば粉を材料に、
  3. 鉄兜の上で焼いて作った料理である。

これだけ読むと、なんか「とりあえず作ってみました」みたいな感じですね。でも、そのせんべいを気に入った天皇は、煎餅に赤松氏の家紋「三階松」と南朝の忠臣・楠木正成の家紋「菊水」の印を焼きいれることを許した・・・とまで話を聞くと、ほほぉーと唸ってしまいますね。南部せんべいに入っている模様に、そんな意味があったとは。こんなに由緒正しい食べ物だったとは、知りませんでした。

南北朝から現代まで届いた南部せんべい

さて、上記で南部せんべいの元になった食べ物を気に入った「天皇」とは、南北朝時代・南朝側に生きた第98代天皇である長慶天皇を指しています。

ここで意外な八戸との接点が出てくるのですが・・・八戸でも最も大きな神社のひとつである櫛引八幡宮が所蔵している国宝「赤糸威鎧(あかいとおどしよろい)」は長慶天皇の御料だと伝えられています。また、櫛引八幡宮に伝えられているもうひとつの国宝(ちなみに甲冑の国宝は日本に18点しか存在しません)である「白糸威褄取鎧(しろいとおどしつまどりよろい)」は、長慶天皇の先代である後村上天皇から根城南部家7代・南部信光が拝領したものであるとのこと。

南部せんべいの歴史を辿って行くと櫛引八幡宮につながり、ひいては八戸の統治の歴史と天皇の関わりが立体的に見えてきました。面白いなぁ。

・・・さて、話題を美味しんぼに戻します。美味しんぼの最終対決では、山岡側メニューの主菜のひとつとして「馬肉のタルタルステーキ乗せ南部せんべい」が登場し、伝統的に馬肉を食べてきた青森県の食文化と南部せんべいが融合した形を提示します。数々の食通が唸ります。南部せんべいが美味の極致のひとつとして受け入れられる様子は、もちろんうれしく思います。

でも、南北朝の混乱の中でお腹を空かせた天皇のために作られた食べ物が、南北朝から戦国時代・江戸時代・近代・現代を − 数々の飢饉や戦争をも − 乗り越えて、この八戸という地に根付き、現代にまで届き、さらにはグルメにまでなっていると考えると、おいしい・うれしい以上に、感慨深いものがありますね。幾多の人がこのせんべいを食べ、守り、伝えてくれたからこそ、今僕の手のひらに南部せんべいがあるのだな、と思うと、白いせんべいの向こうに続く長い長い歴史が透けて見えてくるようです。

今日のまとめ : 南部せんべいは、櫛引八幡宮にも繋がる深い歴史があった!

南部せんべいのおいしい食べ方紹介

ついでに一件だけブログ記事を紹介させて下さい。後日改めて紹介・リンクしたいと思っているスゴイ八戸サイト「たねブロ」さんの「たねブロ流 サバ缶せんべい皿」です。ぎゃーっ! うまそう! 八戸に住んでいた頃は「マーガリン」「水あめ」「ケチャップ」「とろけるチーズ」なんて具合に色々塗ったり乗せたりして食べてましたが、サバ缶は無いなあ。八戸らしいし、おいしそうだし、良いですねー。 こういう記事を読むにつけ、はやく八戸に帰りたいなあ・・・と想いを募らせる私でした。パリポリ。

'08 10月10日 (金) 00時28分 : 八戸コーヒー通信Vol.1 南部せんべいとコーヒー

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先日の記事で「もしかして、八戸の人はコーヒーを深く愛しているような気がする」という仮説を立てましたが、この仮説を検証していくべく、「八戸コーヒー通信」なる連載を始めたいと思います。本日のテーマは、八戸が誇る「南部せんべい」とコーヒーとの関わりについて。

八戸市民のみなさんにお尋ねしますが、居間のこたつの上には何が置いてありますか?

  • ふきん
  • お菓子が入ったお盆

これぐらいは置いてありませんか? で、茶菓子の中に南部せんべい、混じってませんか?

何が言いたいかというと・・・僕が子供の頃は、よくコーヒーと南部せんべいという組み合わせのおやつをもらって、南部せんべいをコーヒーに浸けてフニャフニャ・ヒタヒタにしてから食べてました。浸してから食べると、南部せんべいが柔らかく甘くなって、子供もおいしく食べられる「甘いお菓子」になるんですね。それもけっこう複雑なおいしさで・・・

  1. 口に入れた瞬間、コーヒーに入れた砂糖の甘みと、コーヒーの香り。
  2. 軽く噛むとジュワッとコーヒーがにじみ、その後ほんのり塩味。
  3. 楽しい歯ごたえと共に、せんべい自体の豊かなうまみが広がって・・・。
  4. ゴックン。うまい!

・・・となるわけですが、皆さんはそういう食べ方したことあります?

最近だとCMでオレオを牛乳に浸して食べてたりしますし、食パンを飲み物に浸してから食べるのもおいしいですよね。でも、「せんべいをコーヒーに浸ける」って、日本中探しても八戸しか存在しない食べ方ではなかろうか? と思うんです。

だって、せんべいって普通は醤油味なんかが付いているしょっぱいもので、醤油とコーヒーなんてなかなか合わないですよね。塩味もアッサリとした南部せんべいが持つシンプルで奥深い味があるからこそ、コーヒーにすら合ってしまうんじゃないかなぁ。

プラス、ここ数年「せんべい汁」がヒットしてます。味が良くて、しかも「汁物にせんべい」という意外性が面白い。でも、考えてみれば、「しょっぱい汁物にせんべい」なんて、「コーヒーにせんべい」に比べたら意外性は低いですよね。無論僕はせんべい汁を貶めようとしているのではなく、「コーヒーにせんべい」は意外性がハンパない! と言いたい点について、ご理解ください。「コーヒーに南部せんべい」は、それだけインパクトがあるように僕は思います。

さらには、食べる人がその場で自分の好きな堅さにせんべいを変えながら食べるという楽しさと便利さ(固すぎておせんべいを食べられない人にもOK)もありますし、ここ数年徐々にメジャーになってきている「ぬれせんべい(醤油なんかを含んでフニャフニャとしたせんべい)」の存在も大きいですね。

「コーヒーに南部せんべい」という食べ方は、そもそも八戸でメジャーなのか? という一抹の不安はありますが(僕の身の回りでは普通だったのですが・・・)、これ、もしご存知無い方はお試しあれ。食パンをコーヒーに浸ける感覚で、ひとつ。

もしかすると、せんべい汁に続くヒット商品になるかも?

'08 10月08日 (水) 22時33分 : 陸奥湊の再開発工事、2009年開始予定

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photo「枯れ続け、生き続けた 〜雨の陸奥湊・朝市 」の中で、「陸奥湊に箱ものはいらないと思う、今の古さ・寂びれ具合は抜群に個性的で、観光客の心を打つのではないか」という私見を書かせてもらったんですが・・・こちら、修正します。

既に陸奥湊は再開発計画が進んでいます。

八戸市のホームページ、特に再開発については目を通していたと思い込んでいたんですが、「陸奥湊駅前地区再開発事業推進計画」というページを見落としておりました・・・申し訳ありません。このページの資料を見ていただくと、上に示してあるイメージスケッチまでもが既に描かれている具体的な計画であることが分かります。上の図の見方は、図の右側手前に陸奥湊駅があり、右側の建物が現在の魚菜市場となっています。

キレイになるんですね。陸奥湊。現在の予定では、2008年には再開発のための本組合を組織し、2009年内に工事をスタート、2011年内にオープンの予定だそうです。そうかー。ただし、この計画はあくまで検討中のもので、地元の方達と準備組合とで個々の課題を検討・調整中だそうです。

今の陸奥湊の街並には愛着があるので、変わってしまうのは少し寂しい気もします。しかし、もしこの計画が決定された場合には、その計画をベースに「どうすればここに人を呼べるか?」を考えるように頭を切り替えるつもりです。

細かな話はひとまず後にして(資料を精読してから感想を書きたいと思います)、ご報告まで。読んだ直後の個人的な第一感だけ、下記にまとめますね。

  • ○:建物内のデザイン方針は、今の陸奥湊の雰囲気の継承だとか。大賛成!
  • ○:「その場で食べる」も含めた飲食店の拡張の方針。こちらも大賛成!
  • ×:イメージスケッチを眺めていると、なんか陸奥湊っぽさが感じられないなぁ・・・
  • ×:館鼻・漁港ストアと第二魚市場への徒歩ルート整備に消極的な感じ・・・

とにもかくにも、八戸市からの公式アナウンスを待ちたいと思います。検討されている方々、がんばって下さいね! 応援してます。

何度か観光案内所に寄らせてもらったことがあるんですが、とてもとても丁寧で、陸奥湊の皆さんの町づくり・観光意識の高さに驚いたことがあります。皆さんなら、きっと素晴らしい町を作り上げられるだろうと信じています。

'08 10月08日 (水) 08時24分 : 港を造るという産業

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突然ですが、ちょっと以下のリストを見てみてください。

  • 市川船溜まりに積んである、直径50cmぐらいの大量のパイプ
  • 市内あちこちにある採石場
  • 八戸キャニオンと、地下を巡るベルトコンベア
  • 住金鉱業さんのサイロ
  • 新井田の工場萌え・八戸セメントさん

これらは、ひとつの大きな意味を持っています。もう分かる人には分かっちゃってると思うんですけど・・・

  • 海底の砂を引き上げる
  • 石を手に入れる
  • 石灰石を手に入れ、運搬する
  • 石灰石を貯蓄する
  • セメントを造る

というわけで、これらは大胆にまとめてしまうと「海底を整備し、セメントを造る」ための設備なわけです。もっと言えば「港を造る」ための機能なんですね。たくさんの人たちが役割分担することによって、八戸はひとつの大きな力を持っています。

「港を造る」という力。

八戸は新産業都市としての指定を受け、工業が発達しました。でもそれは決して漁業を捨てた訳ではなくて、漁業と共に歩むための「港を造る」という工業だったんですね。八戸を作り上げた先人たちは、確固としたコンセプトを持っていたわけです。八戸全体がそのコンセプトに向かって1つの機械のように塊になって、各々の出来る仕事を成す事によって、八戸の港は整備されていったのだ・・・と思うと、ちょっと胸が熱くなる想いがします。

これって、産業観光にできないだろうか。

「産業観光」とは、Wikipediaさんによると「歴史的・文化的に価値ある工場や機械などの産業文化財や産業製品を通じて、ものづくりの心にふれることを目的とした観光」となっています。景勝地・行楽地・食・温泉といった娯楽型の観光ではなく、各地の地場産業や工業を楽しむ観光、ということでしょうか。

海と共に工業を拓いた八戸が持つ強みを知ってもらう機会として、八戸に産業観光を芽吹かせたいと思います。それに八戸は「港を造る」以外にも、鉄鋼業や製紙業も強い。素材は十分です。「工場萌え」なんて言ってくれる人もいますし、工業を見せる観光は価値があるように思うんです。どうでしょ?

今日の写真は、新井田の八戸セメントさんの工場です。すごい立派。カッコイイ。工場萌え、あると思います。冒頭に記した工業関係の名所も、どんどんフォトジャーナルにしていく予定ですので、お楽しみに!

'08 10月06日 (月) 21時30分 : 八戸コーヒー通信Vol.0 八戸の人はコーヒーを大事にしている気がする

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スターバックスに、「ほげほげフラペチーノ」ってありますよね。あれ、「フラッペ」と「カプチーノ」を組み合わせたスターバックス独自の造語なんだそうです。へえー。てっきり外国には昔から「フラペチーノ」という飲み物があるもんだと思ってました。ちと恥ずかしい。

で、この話を聞いてふと思ってたんですけど・・・八戸の人って、コーヒーをすごく大事にしているのではなかろうか?

朝市に行くと、ゆっくり座ってコーヒーを飲ませてくれるお店が出てますし、イサバノカッチャがコーヒー片手に商売してるのもよく見ます。陸奥湊の観光案内所でもコーヒーを出してくれます(ちゃんと夏場はアイスコーヒーも用意してくれている)。

僕の交遊範囲の中だけかもしれませんが、大抵の家ではコーヒーを出してくれます。特に核家族ではなく、おじいちゃんおばあちゃんと同居している家のほうが、コーヒーを出してくれるような気がする。

調査不足ではありますが、ここに仮説をひとつ提示したいと思います。

仮説:もしかして、八戸ってコーヒー王国ではなかろうか?

寒さの厳しい土地だから、すぐ体を暖められる飲み物を出せるようにしておく文化が根強く息づいているのではないかと思うのですが、特に八戸は老若男女・誰も彼もがコーヒーを飲んでいるような気がするんだよなあ・・・

どう思いますか? ご意見求ム、です。もしこれが本当なら、「北のコーヒーどころ」としてアピールできる気がします。噂のケンミンSHOW辺りに取り上げられるぐらいのテーマにはなるのではないか? 「八戸に行ったら、うまいコーヒーが飲める」なんて、ちょっと良いな。

ちなみに今日の写真は、帰省する度に必ずお蕎麦とおでんを食べに行く「漁港ストア」さんで飲む一杯のコーヒー。漁港を眺めながらの、あったかい一杯。うまかったなぁ。(ちなみに一杯150円ですが、ご飯を食べると100円にサービスしてもらえます。是非!)

'08 10月03日 (金) 21時00分 : 港町の飲み屋は、ワケが違うぜ?

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八戸の若い人の間で利用率が高いと噂の「八番」さん、アクセス数を見てもその賑わいが分かります。様々なジャンルで今日も興味深い話題がありますね、八戸を離れてしまっている僕としては、とてもとても参考になります。管理人さんに感謝!

特に僕が個人的にチェックしているのは、八戸の飲み屋さん事情。といっても、「あの店が流行ってる」とか「あの店の女の子はカワイイ」とかそういう事じゃなくて、八戸の文化の中で飲み屋さんはどう位置づけられているのかな? という疑問を考えるための材料としてです。数字が無いので説得力はありませんが、他の都市と比較して、八戸は相当「飲み屋さんが強い町」に思えます。ココ、どうにか盛り上げられないかな? と思ってたりするんです。理由は3点。

  • 何と言っても、港町と飲み屋さんという構図は、絵になる!
  • みろく横町が良い感じ。今、八戸は飲食店発展のチャンスを迎えていると思う。
  • 市の中心街再開発事業と共に、同じ中心街にある飲み屋さんも発展できるはず。

八戸市産業振興部さんのイイ仕事

八戸市が配布しているパンフレットの1つに、「はちのへ横町探訪」というものがあります。このパンフレット、「はちのへ横町探訪 〜港町・八戸の人情ブルース」と「はちのへ朝市散歩 〜港町・八戸の食文化を満喫」という記事が表裏に印刷されていて、横町と朝市という港町独特の文化がキレイにまとめられています。最高です。八戸市グッジョブ。これ、市民に配ってもいいんじゃないか? と思うぐらい。

ダウンロードは、八戸市産業振興部観光課の方々が作成されている「八戸市観光情報」というホームページのダウンロードコーナーからどうぞ。

八戸以外の歓楽街には無いもの

さて、八戸の飲み屋さんに人を呼ぶ方法・・・このサイトをご覧の方ならお察しの通り、僕は「港町」という文化の中のひとつとして、「港町文化を楽しむのに必須な場所」として、飲み屋さんの位置づけを再構成したいと考えています。

ここで、歓楽街として有名なススキノ・福岡の中州・歌舞伎町みたいな場所に目を移してみます。こういうところって、ちょっとエッチだったりしますよね。お酒とかエッチとかが渾然一体になって、歓楽街の上気した雰囲気を作り出しています。でも、八戸はエッチでは売れないようです(店舗型風俗はそもそも出せないみたいですし)。八戸は、ススキノ・中州・歌舞伎町が出来ないでいる「エッチ無しで歓楽街を盛り上げること」を実現しなければなりません。これは大きな課題です。そんな事できるんでしょうか?

考えてみると、ススキノにも中州にも歌舞伎町にも、港町文化はありません。元々が歓楽街として発達してるんですね。でも八戸の場合、もちろん飲み屋さんは歓楽街として機能しているけれど、その裏には港町の文化、漁師の遊びという裏付けがあります。漁師が街全体を潤してきた歴史を持つ八戸は、歓楽街の存在意義を「ただただ歓楽する」という意味のみならず、「漁師をもてなし、慰労する」という意味合いで解釈することができるんですね。港町の文脈の中で飲み屋さんを肯定できる・・・これは強い!

港町というシステムの一部として、飲み屋さんは存在している。

港町文化を楽しむというモチベーションを観光客の方々に持ってもらえれば、自然と足は飲み屋さんに向かうでしょう。港町と飲み屋さんの関連性がイメージしてもらえれば、ビジネスで訪れたお父さんも「せっかく八戸に来たんだし」と飲みに出てもらえるんじゃないかな? って思います。

「横町」というキーワードが、八戸市の政治家や役場の皆さんも認知する形で表に出てきているタイミングである今、風は吹いていると思います。他の町に先にやられる前に、港町文化と横町を楽しめる町としての八戸市のブランドを、作ってしまいたいなぁ。

パンフレット紹介、もうひとつ

上記で紹介した「八戸市観光情報」のサイトですが、他にも「はちのへ女性まちづくり塾生の会」の方々た作られた「八戸観光イラストマップ」等、八戸市民でも楽しめるコンテンツがいっぱいです(僕も参考にしています)。是非、一度ご覧くださいね。こちらの観光イラストマップについても、後で特集したいなあ。すごく出来が良いと思う。

ちなみに、ここでご紹介した「はちのへ女性まちづくり塾生の会」はホームページが無いようですが、「八戸市市民活動サポートセンター わいぐ」のサイトの中の紹介ページや、国土交通省が作成している東北の港湾についての記事「青波 Bleu vague」のVol.14の1コーナー「東北を創る人々」に活動の紹介があります。

こういった、国・民間を問わない皆さんの活動を見ていくと「八戸が発展できない訳がない!」という気持ちになります。楽観的すぎますかね? でも、みんな、スゴイんだもの。やれると思う。

さて。今回の写真は、長横町れんさ街の路地です。日の光溢れる昼間の眩しさが消え、ちょうちんに明かりが灯る頃には、おいしいお酒と肴を前にみんなワイワイやってるんだろうなあ・・・ ああ、飲みに行きたい! 

'08 10月02日 (木) 17時37分 : 藤川優里市議の後援会解散・辞任要求・告訴だそうで。

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美人すぎる市議会議員でおなじみの藤川優里さんの後援会が解散を発表。さらには藤川優里市議の辞任要求と名誉毀損での告訴を予定しているとのこと。・・・。

これはもう後援会側(具体的には、市民オンブズマンの副会長になった元後援会会長)側と、藤川家の間の確執は修復不可能なところまで来ているでしょうから、藤川家側はさっさと新しい後援会を立ち上げるべきでしょうね。ただし「元後援会の人とトラブってる最中」というややこしさがあるので、藤川さんと手を結ぼうとするのはけっこう大変だろうなあ。元後援会側が持っている力よりも大きい力を持っていないと、藤川さんの後ろには回りにくいですね。

あーめんどくさい。

上手くやれば八戸のアピールにもなったものを、結局は田舎らしいゴタゴタのおかげで、チャンスは消えてしまいましたね(ニッコリ)。藤川さんがいくらキレイでも、動きが鈍ければ日本全国からの注目は集められないでしょうし、この状況では藤川さんが活躍することは難しいでしょうね。外から見ているだけなので、誰が良いとか悪いとか分からないけれど(良い悪いですらなく、宿命や運命のようなものだったのかもしれない)、結果的に八戸にはプラスにならないまま終わっていくのかなぁ。

個人的な意見ですが、残念です。結果的に損をしたのは誰でしょうね? この記事冒頭の写真は、僕の気持ちみたいなものです、面白くない写真でスイマセン。だって、面白くないんだもの。

追記

以前取り上げた「はちのへ今昔」と「はちのへ今昔被害者の会」の話、このサイトでは怖いので中身は取り上げませんが、探偵ファイルさん入りしたのでリンクだけどうぞ。こちら(タイトルがチト下品だったので一部文言を削除しました)。"美人"藤川議員に黒い噂/ニュースウォッチ

'08 09月28日 (日) 23時26分 : 八戸は「子育て&離婚天国」だった!

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先日の記事では八戸の人口について考えてみましたが、今回は生活ガイド.comというサイトを使って、様々な生活指標を見てみました。生活ガイド.comにおける八戸市の概要の中から、全国の市区と比べた生活指標ランキングで八戸が100位以内に入っている指標を抜き出してみました。

八戸の優れた生活指標

まずはこちら。

  • 可住地面積 : 305.17km2 : 93位

住める土地が広い。ギュウギュウ詰めの町で暮らしている人たちが都会に数多くいることを考えれば、広くおおらかに住めるのは魅力的です。プラスのポイント。

  • 農業産出額 : 154億9千万円 : 88位
  • 小売業商品販売額 : 8334億9千万円 : 90位

農業が盛んですから、当然食べ物はおいしい。さらに小売業の販売額が多いということは、八戸が商圏として立派に成立していて、かつ消費活動は決して低くないことを示しています。これもプラス。

  • 一般病院総数 : 17ヶ所 : 83位
  • 公園総面積 : 220万200平方メートル : 81位

こちらも良いポイント。病院が多い、公園が広い。ここまで見てくると「案外八戸も良いとこあるな」と思ってもらえるかと思うんですが、さらに上を行く圧倒的な指標が、コレです。

  • 私立保育所数 : 65ヶ所 : 20位
  • 私立保育所定員数 : 4,679人 : 30位
  • 私立保育所在籍児童数 : 4,994人 : 23位
  • 私立幼稚園数 : 26園 : 65位
  • 小学校数 : 48校 : 64位
  • 小学校児童数 : 15,221人 : 90位
  • 中学校数 : 24校 : 66位
  • 中学校生徒数 : 8,058人 : 85位
  • 高等学校数 : 17校 : 40位
  • 高等学校生徒数 : 9,395人 : 77位

幼稚園・小中高校。教育に関する指標が軒並み100位以上です。八戸は、教育が強い。さらには病院数・公園面積が広い。可住地面積が広い。子供達が住む家は広々と確保でき、遊ぶ場所は無尽蔵、怪我しても治してもらう病院はたくさん。ついでに指標に無いものも付け加えれば、農業に加えて豊かな海の幸に恵まれており、食生活も豊か。肉に偏りがちな食生活も未然に防げるというものですね。すごい。

なんだ、八戸は子育て天国じゃないか。

・・・って、思えますよね。実際僕もそう思いました。でも、この話はこのままじゃ終わりません。この後が面白いところなんです。

ひとつのマイナス生活指標

ここまではプラスの指標ばかりでした。生活ガイド.comさんの指標はそもそもプラスの指標が多いのですが、ひとつだけ、面白いマイナスの指標が見つかりました。コレです。

  • 離婚件数 : 580件 : 91位

出ました。八戸に行く度に、いろいろな人に「八戸どう?」と話を聞いているんですが、離婚は本当によく話に出ます。「早く結婚して、早く子供作って、早く別れる奴が異常に多い」と。確かに、統計データとしてしっかりと出ています。

データの読み方は色々あると思うのですが、離婚が多い理由のひとつは、上記のように「子育てがしやすい町であること」に起因すると思います。離婚した二人をフォローするご両親の愛情も強いのでしょう、離婚してもしっかり子供を育てている方は多いと聞きます。

でも、上記の検討は、あくまで「離婚しても生活していけるか?」という側面のみしか語っていません。「そもそも、なんで離婚が多いのよ?」という点が放ったらかしです。この謎、当サイトはある目星の元に、目下追跡調査中です。ご期待ください。

八戸文化に残る謎

他にも、八戸にはいろいろと謎があります。他の町に住む人間からすると、なんでだろ? と首を傾げざるを得ない行動が、八戸市民には何個か存在します。例えばこんな謎です。

  • 八戸の家は、なんで車にやたら金をかけるのか?
  • 八戸の人は、なんでパチンコばっかやってるのか?

これら「離婚」「車」「パチンコ」の謎解きは、今後何回かに渡ってこのサイトで掘り下げていく予定ですが、実は既にシナリオはほぼ出来ています。それは八戸を包む「港町文化」の負の側面として体系化できると思っています。ただし、客観的データが不足しているので、現状では説得力に欠けてしまうので、もう少々お待ちいただければと思っています・・・ひとまず今は、乞うご期待!

今日のまとめ:八戸は子育て&離婚天国だ。いやはや。

・・・さて。今日の写真は、八戸が誇る生活指標である教育施設から、金浜中学校の校庭の脇にある石像です。二人の健康な児童が互いの両手をしっかり掴み、互いを引っ張っている様子です。こんな話題の記事に使っちゃってごめんなさい。

でもこの石像、よく見ると「ドラゴンクエストに出てくるスライム」に見えて面白いな、と思って撮りました。金浜中学校の関係者の方々、二重の意味で、ごめんなさい。

'08 09月26日 (金) 00時42分 : 「おんでやぁんせ八戸」は嘘のキャッチフレーズだ

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次のフォトジャーナルは、冬の雨に打たれながらも静かな活気が感じられる陸奥湊の朝市です。ほぼ写真選定と調整も終わり、あとはストーリーを付けながらの微調整のみとなっています。

いやー、陸奥湊、良いですね(笑)

例えば、Googleで「朝市」と検索すると出てくる有名な朝市として、こんなものが挙げられます。

これらの有名な朝市と見比べた上で、陸奥湊の朝市の魅力をまとめると・・・

  • 施設が決定的に古く、情緒がハンパ無い
  • 駅の階段を降りると目の前がもう市場

・・・この2点に集約されると思います。この2点、陸奥湊の朝市は絶対に守らなければなりません。古く寂びれた港町情緒では日本一! を八戸が標榜するとすれば、陸奥湊の朝市は間違いなく最重要拠点のひとつとなります。新幹線から八戸線に乗り換えて、陸奥湊駅を出るとそこは朝市・・・というシナリオは最高に魅力的です。

「おんでやぁんせ」を言わない八戸の人

一方で、どうにも理解できない点があります。この記事のタイトルにもありますが、目下八戸ではどこに行っても看板に書いてある文句「おんでやぁんせ八戸」。

これ、陸奥湊はおろか、八戸駅でも八食センターでも観光案内所でも、みろく横町ですら、どこでも聞こえてこないんです。「おんでやぁんせー」と声を上げている人が、いない。となると、「おんでやぁんせ八戸」というキャッチフレーズは嘘である、ということになります。

これは滑稽です。滑稽ですが、事情も理解します。僕が八戸に住んでいた頃ですら、おんでやぁんせーなんて聞いたことが無い。「いらっしゃいませー」「見でけで(見ていって)」「買てけねが(買ってちょうだい)」なんてのは聞いたことがあるんですが、「おんでやぁんせ」は記憶にありません。僕は取材の時は大抵何もしゃべらず、黙々とカメラを首から下げて歩き回っているんですが、陸奥湊は何度も何度も歩いているにも関わらず、僕が八戸に住んでいた頃と同様「おんでやぁんせ」の声は聞かれませんでした。

例えば関西では、店を出る客に対して「おおきに!」と声をかけます。普段は「おおきに」なんて使わないんですよ、関西の人って、あんまり。でも、お店では「おおきに!」と声をかける。観光客の僕は、そこで関西の情緒というものに触れることが出来る訳ですね。

ところが、八戸はさんざん「おんでやぁんせ八戸」と謳っておきながら、誰もちっとも「おんでやぁんせ」なんて言わない。「観光をナメてんな、こいつら」と思われても、今の八戸には返す言葉がありません。嘘のキャッチフレーズで、観光は出来ないですからね。

観光は、幻想を壊さないこと

どんな土地でも、観光は「地元のリアルな生活と、観光という虚構の幻想」の戦いになります。観光地に対して夢を抱いてやってきた観光客のテンションを落とさないように細心の注意を払わなければ、感動を持ち帰ってもらう事は出来ません。

想像してみて下さい。有名温泉宿の仲居が、足袋ではなく変な色の靴下を履いていたら。どんな立派な歴史ある旅館であっても、いっぺんに観光客のテンションは下がります。幻想は消え失せ、観光客の心は動かなくなってしまいます。

もし八戸が「おんでやぁんせ」というキーワードを使って観光を展開するのであれば、観光客とふれあう接客業の人たちに「おんでやぁんせ」と声を上げてもらうように市役所なり商工会なりが指導しなければなりませんし、それが無理なら「おんでやぁんせ」というキーワードを捨てるべきです。

嘘のキャッチフレーズが観光客の幻想を壊してしまう前に。

おもてなしの難しさ、そして港町文化

観光客に対する「おもてなし」をするのは、とても難しいものです。外面が良く不器用と言われている八戸の気性を持つ人にとっては、普段使わない言葉である「おんでやぁんせ」を大きな声で言うなんて、恋人に愛してると言うぐらい尻込みすることになるのではないかな・・・と予想します。でも、ここをクリアしなければ、「観光客が望む虚構を演じ、もてなす態度」を持てなければ、八戸の観光はスタート地点にすら立てません。是非に、八戸の観光業界の方には一皮ムケて欲しいな、と切に願います。

一方で、「無理じゃね?」と考えている人もいるだろうな・・・とも思います。市役所も商工会もそんな指導できねーよ、と思う人も多いでしょう。でも、もしそんな人と話ができたら、僕は希望を持ってこう言いたいと思います。

八戸は港町。全国・世界の漁師たちを受け入れ、休ませ、ねぎらって来た歴史と実績があるんだよ。海の上での辛い仕事をやり遂げて帰って来た漁師を受け止める文化を、もともと八戸は持っていたんだよ。観光客を漁師だと思って、「普段の生活、おつかれさまでしたね」とねぎらえば良いんだよ、それが出来たら、観光なんて出来たも同然だもの。ね? やればできるはずだよ? 役場なんて気にせず、まずは声を出すところから始めてみない?

残念ながら、現状では「おんでやぁんせ八戸」というキャッチフレーズは役立たず・・・というか、むしろ観光客をガッカリさせる可能性すら持っている、やっかいな代物だと僕は考えます。でももし、このキャッチフレーズを実現できたら、そこが八戸の観光産業が一気に花開くかもしれません。

観光が花開くか否か。それは、八戸市民が「もてなしの港町文化」を意識して「おんでやぁんせ」と声を出せるかどうかで決まります。政治でも、お金でも、景気でもないのです。

声を上げられるか。この一点で決まる、と僕は考えます。

'08 09月25日 (木) 08時00分 : あなた、ちくわ、好きか?

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あなた、ちくわ、好きですか。好き? どう? 「ちくわ大好き!」って人、あんまり聞きません。でも、八戸では、ちくわをよく作ってるんですね。ちくわ好きの人が少ないからこそ、その「名産はちくわ」というのがアピールにならない。これが不満です。

どうすれば「ちくわ」を盛り上げられるか。それが八戸再興を願う僕の課題のひとつです(とことん物好きだと思いますが)。で、考えてみました。ちくわの良いところ。

  • 穴が空いていて楽しい形をしている。
  • 元々が魚だから、ヘルシー(になれる可能性がある)。「ここんとこ肉ばっかりだから・・・ちくわで魚成分を補給」なんて風に考えてもらえたら最高。
  • ちくわは作った段階で薄いクリーム色。色は変えられる可能性有り。
  • 魚偏に◎で「ちくわ」と読む。日本で作った漢字。インパクトアリ。
  • 棒付きのちくわがある。ちょっと高級感がある。
  • 焼きたてのちくわは旨い。天ぷらも旨い。
  • 「私はちくわ女」(©相原コージ)

悪いところ。

  • 味が魚に比べて劣ると思っている人が多いというのは大問題。加工品が元の素材に負けていたら、勝てる訳が無い。
  • 食感に感動が無い。かまぼこのようなプリプリも無いし、はんぺんのようなふんわり感も無い。
  • 味が大味・・・というか、よく練ってあるのが仇になって、どこを食っても同じ味。一口で飽きちゃう。
  • ↑だからこそ、一本が大きい。なんかもう、一本食べきれない。
  • よく練ってあるからなのか、「魚っぽさ」が薄い。「ちくわっぽいもの」は人気はないが、「魚っぽいもの」はヘルシー路線と結びつきやすいのになあ・・・
  • 練り物なんだから、形はいくらでも変えられるのに、形はひとつ。パスタのようにいろんな形を作ってみたら、食べ方に幅が出るかも?

えー、いろいろと書き連ねましたが、これらを勘案して「新しいちくわの商品開発」を考えてみたいと思ってます。もちろん僕の手で実現できる訳では無いんですが、考えるだけでも楽しいので。何かアイデアあったら教えて下さい。継続審議中です。

あわよくば、焼き魚と同じぐらいの感覚で、「ヘルシー」「おいしい」「日本食」を実現できればなぁ・・・と思ってます、ちくわで。無理かなー。

'08 09月20日 (土) 08時25分 : 100人に聞いた藤川優里の水着DVDの反応+あれこれ

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八戸の美人市議会議員・藤川優里さんが、八戸をPRするために一肌脱いで写真集とDVDを出すというニュース、まあ賛否両論だろうなあ・・・と思って、この件に関する日記をmixiから100件ランダムで集計してみた。ちなみに、9月20日の午前7時現在で、このニュースについての日記は458件。

  • ポジティブ:58

「きれい、美しい」「何もしない議員よりはマシ」「なんだかんだで八戸の知名度が上がる」という意見の他、批判意見を批判した上で「いいじゃないか」と理由無しに述べるものも多かった。

  • ネガティブ:36

「勘違い女」「目立ちたがり」「仕事しろ」「八戸が悪いイメージで伝わる」「結果的に八戸のアピールにはならない」「出版社の口車に乗せられた」等が多い。

  • 賛否不明(このニュースから派生した話題のみの日記):6

という結果。賛否両論が出るニュースのリアクションは、最初はネガティブが大きく出て、徐々にポジティブが増えるという法則がありますが(本で読んだんですが・・・なんの本だったか失念しました・・・すいません)、その点では案外良いリアクションだった、と言えるでしょう。個人的にも、もっとネガティブに振れるかな? と思っていたので、ちょっと意外。

なお、このサイト、私の意見は「ポジティブ」。話題性が高い藤川さんに対して「何なんだアノ人?」と言うのは簡単。「目立ちたがり」と言ったって、当人が目立ちたいんなら仕方が無い。「仕事してんのか?」と文句付けたところで、もし本当に当人が仕事していなかったら仕方が無い。

ポイントは、藤川さんには良くも悪くも美貌があり、芸能界への興味があるということ。だって、昔芸能人やってたんだから。雪のスキー場で水着で相撲を取るバラエティ番組に出てたりしたんだもの。でも、それを「バカだね、情けないね」と切り捨てるか、「ほほう、がむしゃらだねえ」と捉えるかで、藤川さん自体の価値が変わってきます。藤川さんを取り巻く人たちや八戸市民が、どうすれば藤川さんが能力を発揮できるように育てていくか? という意識を持つべきだと思います。藤川さんには、東国原知事のような「八戸市の広告塔」としての活躍を期待したいなあ。大体メディアにこれだけの数「八戸」という言葉を言わせるだけで何億かかるのか。これは八戸にとってチャンスだと言うべきだと思います。

日本国中に「何なんだアノ人?」と思わせ、目立つように周りからもり立て、八戸のアピールという仕事をさせる。強みを活かすとは、こういうことではないでしょうか。もしくは、「市民が政治家を使う」とは、こういう事ではないでしょうか。

ただし、このニュースで最も面白いのは、後援会長の談話。本来であれば、藤川優里の意を汲んで理解ある発言をするところであろうこのタイミングで・・・

「八戸市会議員藤川優里に投票していただいた有権者の方々や全国と海外からも応募してくれた後援会の皆様のご期待を大きく裏切ってしまいました。私としても大変残念に思っておりますが、もう、どうしようもありません」

というコメントを残すのは・・・もちろん、単純に水着写真集・DVDを出すのはいかがなものか? と苦言を呈すのは意見として「あってもよい」レベルの話なんですが、ねー。2chでの反応をまとめた痛いニュースさんのまとめも、合わせてご覧ください。結果的に、後援会長の発言が「そもそも議員が水着ってどうよ?」という問題をかき消しているのが皮肉ですね。

さて、この後援会の件について・・・八戸市民および全国の皆さん、ウォッチしていてください。興味のある人は、この辺りを読んでみると良いと思います。

読んでもらえば分かると思うのですが、どうにもこの件、怖いです。どちらが正しいのかも今のところ分からないし・・・というわけで、このサイト、藤川優里さん個人については今後も動向をチェックしていこうと思ってるんですが、上記の件ではコメントしません。藤川さんが水着になった事なんて関係なくなるぐらい、怖い。怖いけど、八戸のためには話を広げた方が良いだろうし、当人たちも、自分が正しいと思っているなら話が広がっても問題ないだろう(じゃなきゃブログなんて作らないだろうし)と思ったので、載せちゃいました。どうなることやら、くわばらくわばら。

'08 09月13日 (土) 08時24分 : データが読めれば、八戸は希望ある町だとすぐ分かる

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地元八戸の人と話していると、八戸についてこんな事を言う人がいます。

何をするにも、人(労働力・才能)が足りない。八戸はダメだ。

嘘です、コレ。ただの思い込み。例えば、こんなデータを見てみましょう。

  • 八戸市の人口は、2008年7月1日時点で241693人
  • 人口ランキング・全国1810市区町村のうち、107位
  • 人口ランキング・全国784市のうち、93位

全国784市のうち、上位8分の1に入っていますね。40人のクラスでの成績に例えれば、4位から5位の成績。こんな生徒を「頭が悪い」という人は、いませんよね。人口という側面で言えば、八戸は優秀なのです。

さらに幸いなことに、八戸は、豊かな自然を有し、港町として漁業・工業が発展し、独特の港町文化を育んでいるという意味で、個性的かつ発展のポテンシャルを持つ市です。

逆に、アピールできる点が薄い市として、いわゆる「ベッドタウン」のような市が挙げられますが、八戸よりも人口が多い市の中には、ベッドタウンがとても多いのです。都市部の周辺に位置し、観光面・産業面に特段の魅力がない・・・ベッドタウンを定量的に定義することはできませんが、そんな市を除けば、さっき例に挙げたクラスでの順位はさらに上がるでしょう。もしかしたら、クラスのトップ3に食い込めるかもしれません。もはや秀才レベルです。

ベッドタウンは、職場がある都市の発展によって受動的に発展することはできますが、自発的な発展は難しい。一方で、八戸は「積極的に発展を目論めるだけの材料」があります。そして、人口は秀才クラス。

つまり、八戸は発展の可能性が十二分にあります。日本全国の他の都市に比べ、そのチャンスは相対的にとても大きい。そして、それを実現する鍵・・・というか条件のひとつとして、地元の積極性が挙げられるでしょう。「何するにも人が足りないんだよなー」なんていう人は、八戸を客観的に分析できておらず、かつ積極性が無い事を自ら宣言しているようなものだ・・・と、僕には感じられます。

今日の写真は、八戸線の車窓です。元気な学生やキレイな女性、品格高きご老人やあどけない子供達。公共交通機関が整備されているとは言いがたい八戸であっても、列車を使って毎日勉強したり働いたりしている人たちは、たくさんいるんですね。

八戸はダメだと判断するのに妥当な根拠・・・八戸はダメだとあきらめても良い根拠など、もはや何一つ無いと考えるべきでしょう。

'08 09月03日 (水) 00時36分 : 中国か、八戸か

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福田首相が辞任しましたね。左寄りメディアに叩かれて、ねじれ国会の餌食になる形で退任となった・・・と僕は理解しています。かわいそうな人だと思う一方で、別に好きだった訳でもないのです。

というのは、相変わらず親・中国路線が強かったからです。国内が窮々としているのに、なんで中国に莫大なODAを払わなきゃいけないのか。その額は2005年までに3兆3000億円、現在は4兆円前後となっているようです。これだけのお金が、税金から消えているんです。

さて、では対・中国政策を引き締めることの出来る政治家は、どこの政党にいるのでしょうか?

自民党:一部いる
民主党:全滅
公明党:全滅
共産党:全滅
その他小さな党:けっこういる

というわけで、対中国でまともな外交ができるのは、もはや自民党のみであり、その自民党ですら弱腰の政治家が多い、という状況です。民主党の小沢さんなんかはしょっちゅう党員何十人をつれて中国に挨拶回りに行っているぐらいですから、「対中国政策で問題がある場合、民主党に投票してはいけない」と簡単にまとめられると思います。ちなみに、同じ傾向は韓国に対しても言えます。

さて、ここで問題にしている中国へのODAは、北京オリンピックがあった今年までで終了することと現状では決まっています。しかしながら、中国からはODA中止反対の意思が既に伝わって来ており、また何兆円というお金が日本から消えるのかどうかの瀬戸際にある状況です。

この状況で、誰を選ぶべきか。どの党を選ぶべきか。国内にお金を使う政党はどこなのか。総選挙が近い今だからこそ、考えておくべきではないでしょうか。

'08 08月31日 (日) 23時41分 : 八戸市中心市街地地域観光交流施設

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タイトルを見るだけでウンザリするかもしれませんが、2008年10月、つまり来月には着工される市制キモ入りの施設が、「八戸市中心市街地地域観光交流施設・八戸ポータルミュージアム(仮称)」です。

名前を読んでも、何が何やら分かりませんね。この時点でこの施設の失敗が目に見えてしまいます。仮称とのことなので、続報を待ちましょう。よほどの事が無い限り、訳の分からない名前が付いているものは使われない。ユーザインターフェイスの基本です。

それから、この建物の中身を見てみます。具体的には、上記の八戸市の公式サイトにあるpdfファイルを眺めてみます。基本理念は、こんな風にまとめられています。

「中心市街地を再生させ、まちに賑わいを取り戻す」契機となるよう(仮称)八戸市中心市街地地域観光交流施設を整備します。

市民が、文化・芸術等の市民活動・コミュニティ活動に気軽に利用できる施設とします。また、観光情報を発信するとともに、多様な観光客を受入れ当市の祭りなどを体感できる施設とします。

それと同時に、教育・健康相談やまちなか起業家支援など、市民生活を支援する機能も持たせます。

さらに、来訪者が休憩したり、イベントも開催できる広場を整備することにより、中心市街地の回遊拠点となるシンボル的な施設を目指します。

これを読んで、あなたはこの施設が「誰のためのものか」が理解できましたか? 建物の名前には一応「観光」という言葉が入っていますが、説明の最初に「市民」という言葉が出て来ます。住んでいる市を観光する市民なんていません。この段階で意味が分からないということに、役場は気づいていないようです。

もう一点、致命的な点を。展示計画の基本方針として、下記3点が挙げられています。

  1. 八戸の資源を再発見する
  2. 八戸の歴史・文化を学ぶ
  3. 八戸の新しい魅力をつくりだす

これらの方針には何も問題は無いのです。ここで問題になるのは、ここで「再発見し、学び、新しく作り出す魅力の核は何なのか?」なのです。それは一言で表現できていなければ、地元民にも観光客にも伝わらないのです。湯布院であれば「温泉」、沖縄であれば「美しい海」、香川であれば「うどん」。一言による説明で、その土地のことを何も知らない人は心の中に「その土地を理解するための核・柱・幹」が生まれます。その幹は、強く、シンプルでなければなりません。でなければ、容易に長期間心にとどめておいてもらえないからです。幹がしっかりしていれば、枝葉として様々な観光要素が心に育ってくれます。

市の計画では、この柱となるべきキーワードが提起されていません。いわば「やりましょう!でも具体的にどうやればいいか分かりません」が基本方針となっている、ということです。

申し添えれば、一応資料の中にも「風土の核」という言葉で8つのキーワードが出されています。しかしそれらは、正直意味が分かりませんし、8つもキーワードを出されても誰も憶えられないですから、実質的に無意味です。

8つの風土の核(すべて仮称):「風」「山の幸」「横町」「海の幸」「海の樹」「人」「祈り」「技」

ね、憶えられないしピンとこないでしょう? これは魅力を訴えようとしているのではなく、八戸の要素を整理しているだけなのです。だから、伝わらない。

現時点のままの計画で行けば、間違いなくこの施設は失敗するでしょう。しかし、僕はそれを望みません。このサイトでは、この施設を成功に導くため、引き続き考察を続けて行きます。絶対に、成功させたい。だからこそ、ちょっと厳しいことも、聞いてもらわないとね。

'08 08月22日 (金) 17時39分 : 八戸を後にして

八戸を後にしてしばらく経ち、今は少しずつ記事をまとめる作業に入っています。photoのページを見ていただければ、今後どんなテーマを取り上げて行くかが分かっていただけるかと思います。

特に<近日公開>とした9つのテーマは、書くべきことも載せるべき写真もハッキリしているので、あとは書くだけ。正直楽しくて仕方ない。

さて、「港町に生きる」というサブタイトルを付けたこのサイトでは、八戸を理解するための軸として「港町文化」という考え方を大事にしています。八戸に住んでいる頃には気がつかなかったけれど、八戸は宿命的に「港町文化」に包まれていて、その文化によって人が突き動かされているところが多分にある・・・と、今になって外から眺めると思えてくるのです。そしてその「港町文化」こそが、八戸再興のキーワードとして最もふさわしいとすら考えています。

このサイトを通じて、八戸がいかに強靭で希有な「港町文化」に支えられていて、いかにその強みを生かして町の発展を促していくか? を皆さんと一緒に考えたいと思っています。

かつて、1969年から5期20年もの間八戸市長をつとめた秋山皐二郎は、自らが計画立案した夢の大橋に、こんな言葉を残しています。

「八戸は海と共にある」

海と共にある町=港町の文化を、伝えられた良いな、と思っています。

DSC_0132.jpg

'08 08月09日 (土) 00時35分 : 夏の静か

八戸に帰るため、aboutとphotoのページの更新が出来ません。出先の環境ではページ作成ができないので・・・このページ、diaryは更新を続けます。

さて、この写真は去年の夏のものです。

2007_hachinohe_08_summer_94.jpg

多賀台団地という場所なのですが、夏のじりじりする昼下がり、しんと静まりかえっていて、そこはかとない恐怖感のようなものすら漂っていました。夏といえば普通は「花火!」「すいか!」「海!」みたいに賑やかなものを連想されがちですが、静寂さに包まれた昼間にも夏の情感があって、あきらめや不安や気怠さが曲がり道の向こうに隠れているような気がします。

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