書評 Archive
'10 09月11日 (土) 13時52分 : 書評『TOC/CCPM 標準ハンドブック』

Twitterの中で時々議論にもなるんですが、様々な企業や自治体の取り組みが「成功したかどうか?」を、どうやって判定するんだろう?というビジネスのテーマがあります。
僕が勉強したことのあるプロジェクトマネジメントの手法では「成功要件(Success Criteria)」という言葉で表現する概念です。メンバーで一緒に汗かいて、がんばって何かをやろう! という行動を「プロジェクト」と呼ぶ時、そのプロジェクトには必ず成功要件が必要になります。何をやればゴールなのか? っていう大事なことを共有できてないのに、プロジェクトメンバーが同じ方向に走りだすことなんて、無理ですもんね。
さらに言えば、「ホームページをつくろう!」というプロジェクトなら、「ホームページの完成」がゴール=成功要件になりますが、こんなプロジェクトはどうでしょう。「八戸市を楽しい町にしよう!プロジェクト」。
はてさて、これでは成功要件をどうやって測れば良いのかも分かりません。成功を判断できないのに、誰からプロジェクトに必要なお金をもらうことが出来るのでしょう? そんな無責任な話は無いですもんね。そもそもの話として、プロジェクトメンバーは一体何をすれば良いのでしょう?
というわけで、新しい概念を持ち出しましょう。「目標(Objectives)」と「成果物(Deliverables)」です。例えばさっきのプロジェクトなら、こんな感じでプロジェクトの3つの概念をまとめられます。
- 「八戸を楽しい町にしよう!プロジェクト」概要
- 目的(Objectives):八戸を楽しい町にする!
- 成果物(Deliverables):中心街で年間100個のイベントをやって、みんなで騒ごう!
- 成功要件(Succeess Criteria):イベント総動員数・のべ2.4万人(八戸市の人口の1/10)を達成。
...なんて具合に。ここまで来れたら、やっとプロジェクトが形になってきます。次にやらなきゃいけないことは、成果物を実際に行うまでの手順をハッキリさせることです。プロジェクト期間は1年間、その間に100個のイベントの準備と実施を並行して行うわけです。誰が何を担当するのか、必要な機材は何か、当日の天気で対応はどう変わるか? なんて事を、すべて計画して、小さなタスクに落としこんでいきます。Aが終わったらB、Bが終わったらC、CとDが終わったらE...という具合に、個々のタスクは矢印で結ばれた一連の流れになるはずです。
そうすると、こんな心配が出てきます。
このタスクが遅れたら、イベントの実現が危ぶまれるねぇ...大丈夫かなぁ?
これです! これこそ、ビジネス本をたくさん読んでいる人には有名な「クリティカル・パス」です。一番大事な矢印が切れてしまうからこそ、プロジェクト全体が遅れてしまう。そこを切れないようにするには、どうしたらいいんだろ? ってことをマネージメントするのが、プロジェクトマネージメントなんですね。このような考え方は、例えば「大事な仕事が、一人に集中しすぎ!」なんていう問題の発見につながるでしょう(ありがちなことですよね(涙))。
上記のようなプロジェクトを成功に導くためのマネジメント手法を、「制約条件の理論(TOC)」といいます。ちょっと前にブームになった「ザ・ゴール」なんていう本を読んでいる人には、お馴染みかもしれませんね。
実際にプロジェクトの中で働いていると、「どうしてこのプロジェクトはこんなにグダグダなんだ!」とか、「もっと上手くやりくりできる方法があるだろう!」とか、文句の1つも言いたくなります。でも、実際に自分がマネジメントしようと思うと...とんでもなく難しいですよね。思い通りに行かない事の連続に、くじけそうになってしまうこともしばしばです。そんな時は、制約条件の理論(TOC)のように、一通り理論化されたプロジェクトマネジメントの概念を使って、俯瞰でプロジェクトを眺めてみるのも良いかもしれません。
なお現在では、制約条件の理論(TOC)をベースに、さらに検討を重ねた手法に「クリティカルチェーン・プロジェクトマネジメント(CCPM)」があります。これらを一挙にまとめた最新の書籍が「TOC/CCPM 標準ハンドブック」です。プロジェクトマネジメントの手法のスタンダードとして、ディレクションやプログレスマネジメントをする方なら読んで損はない内容だと思います。是非、お試し下さい。
プロジェクトを成功させるために、そして、プロジェクトの意義を噛みしめて仲間と充実した日々を過ごすために、もしかしたら役立つかもしれません。
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'10 06月21日 (月) 20時55分 : 書評『「悪」と戦う』

デビュー作『さようなら、ギャングたち』以来大ファンなんです、高橋源一郎さんの新刊『「悪」と戦う』
を是非とも紹介したいんです。本当に良い本でした。でも、この美しく切ない物語を何の思い込みもなく素直に読んで欲しいと思うので、物語の中身については一切触れず、僕の感想を以下に列挙したいと思います。
- 子供を作った同僚に、是非とも読ませたい、プレゼントとかしちゃいたい!
- なんてイジラシイんだろう、抱きしめたい。
- もう止めて欲しい、お願いだから、止めてくれ!
- 僕も子供の頃、戦ったんだろうか?
- (号泣)
これぐらいしか、言えないです...スイマセン。もう1つだけ付け加えるなら、この物語は可能性の物語であって、絶対に否定できないという事です。すべての子供と、子供であったあなたの、可能性について語った本だと言い切りたいと思います。
★★★★★。高橋源一郎が送る、文学のよろこびです。
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'10 05月26日 (水) 19時21分 : 書評「パラダイムの魔力」

1日で読めて、きっと何かが変わりそうな気分になれる一冊を紹介させてください、「パラダイムの魔力―成功を約束する創造的未来の発見法」。1992年の本ですが、今読んでも面白いです(むしろもっと面白くなってるかも?)。元のタイトルは「Paradigms」、パラディグム?ではなく「パラダイム」と読みます。1つの商品がすべてを変えてしまったり、1つのブームが社会現象になって人の在り方を変えてしまったりするこの世界を読み解くキーワード・・・それが「パラダイム」です。
パラダイムという罠
ここに、面白い言葉があります。本書から以下に引用します(強調は引用者)。
「蓄音機に、商業的価値はまったくない」
トーマス・エジソン、1880年、自分の発明品について、助手のサム・インス ルに
俳優の声を聞きたいと思う人など、いるわけがない
ハリー・ワーナー(ワーナー・ブラザーズ社長)、1927年
世界で、コンピュータの需要は5台ぐらいだと思う
トーマス・J・ワトソン(IBM会長)、1943年
・・・おかしいですよね! 蓄音機(の原理)・音がついた映画・コンピュータは、現代では当たり前のように普及した技術であり、その商業的価値は圧倒的なものなのに、技術を開発を引っ張った当人たちがまったくその価値を分からずにいた訳ですから。
一方、著者は「こういったことは人類の歴史上何度も起こっている」と言います。どうにも、人はよくこういった罠に陥るように出来ているらしく、そこを紐解くのが「パラダイム」という考え方らしいんです。
著者はパラダイムをこう定義しています。
パラダイムとは、ルールと規範であり(成文化されている必要はない)、
(1)境界を明確にし、
(2)成功するために、境界内でどう行動すればよいかを教えてくれるものである。
・・・なんだか分からないですね(汗) この定義よりも、前述した3つの発言例を見てもらったほうがずーっと分かりやすいと思うんですが...明らかなのは、みんな「妙な思い込みをしてる」って事です。すごい価値のある技術なのに、それを理解できずにいる。それは何故かというと、今知っていて目の前に広がっている世界の常識に囚われてしまって、無意識的に限界を作ってしまっているからです。エジソンが「蓄音機なんて意味ないわい!」と言った1880年には、音楽をコンテンツとして売るなんて商売が成り立たなかったわけです。だから、意味がないとしか思えなかった。
つまり、それほどに堅く人々に信じられている「世界の常識やものの考え方」のことをパラダイムと呼ぶのだ、と理解するのが良いでしょう。
パラダイムを知らなきゃ損をする?
今世界を支配している(ように見える)パラダイムに安住して世界の変化の兆候を見逃してしまうことで、数々の企業や産業が衰退したりチャンスを逃してきた様子を、著者は具体例で示します。例えば・・・
- スイスの機械時計産業が、クォーツ時計の核となる技術の開発まで実現していたにも関わらず、結局日本の時計メーカーに駆逐された事例
- コンピュータ界の巨人・IBMが、学生2人がはじめたAppleに市場を奪われた挙句、販売戦略まで変えざるを得なくなった事例
- アメリカの自動車メーカービッグ3が20年かけても実現できなかったエアバッグ技術を、手榴弾メーカーが開発したにも関わらず、話すら聞かずに追い返してしまい、日本メーカーに技術で先行されてしまった事例
スイスの時計産業・IBM・ビッグ3は、パラダイムに囚われていたばかりに辛酸をなめました。このように、パラダイムを理解しなかったために機を逸してしまうことを本書では「パラダイム効果」と呼びます。一方、日本の時計メーカー・Apple・日本の自動車メーカーはパラダイムの変化を敏感に感じ取り、リスクを取ってパラダイム自体を変化させることに成功したと言えます。こういった現象を「パラダイムシフト」と呼びます。パラダイムは、それを乗りこなす者にはビッグチャンスにもなるし、乗りこなせない者は淘汰してしまう諸刃の概念なのですね。
唐突に、かつ僕らの常識を超えて移り変わっていくパラダイムの変遷をいかに予測し、活かすか? という問題意識が、本著の最大のメッセージです。
生き方としての「パラダイム」
本書は、以上のような具体的かつ鮮烈な事例を数多く挙げながら、パラダイムという概念とその有用性を強調します。また、以下のようなビジネス寄りのテーマも幅広く網羅しています。
- パラダイムシフトを起こすのは、会社の中の誰か?
- 日米の歴史に見る「総合品質管理(TQC)」のパラダイムシフト
- 管理者(マネージャー)と指導者(リーダー)の違い
- 近いうちに見込まれるパラダイムシフト
しかしながら、最後の最後で筆者はこういうのです。パラダイムという概念は決して企業や産業に限った話ではなく、個人個人がうちに秘めているものである、と。
パラダイムは、一種のルールや規範です。例えば「僕は家族を大事にする」といったような人生の指針もパラダイムのひとつだと言えます。家族を大事にすることは良いことだとは思いますが、例えば「○○な人って、どうも好かんなぁ」とか、「○○には興味がないし、下らないとすら思う」といったルールや規範を持ってしまうと、自ら殻を作ってしまって人生の楽しさの一部を味わえずにいるかもしれない事は想像に難くないでしょう。特に問題なのは、こういったルールや規範(≒思い込み)を、無意識的にしてしまう場合が多いということ。理性的で悪気が無い健全な心理状態であるにも関わらず、です。
本書は「パラダイム」という考え方についてまとめ、歴史上実際に起きた興味深いパラダイムシフトの事例を取り上げているビジネス書ですが、一方でその根底には「僕ら一人ひとりが深く考えるべきテーマとしてのパラダイム」というメッセージが流れています。僕らニンゲンなるものが、如何に愚かな存在であるか、また如何に自らの殻を打ち破って可能性の地名を切り開くことも出来る存在であるか。「パラダイム」という考え方は、ビジネスに留まることなく、僕やあなたのリアルな人生そのものを左右する考え方でもあるのです。
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'10 05月26日 (水) 05時50分 : 書評「ビジネス・インテリジェンス」

ペロッと読めて応用が利きそうな本を1冊ご紹介。2009年に出された「ビジネス・インテリジェンス―未来を予想するシナリオ分析の技法」という本です。分類はビジネス書ですが、応用はビジネスにとどまりません。
書評「ビジネス・インテリジェンス」
いきなりですが・・・あなたの家に空き巣が入るとしたら、どこから入るでしょう?
- 空き巣はあなたの家のどこに金目のものがあると推測するのか?
- 空き巣はあなたの家にどんな金目のものがあると想像しているのか?
- 空き巣が破壊しやすいのは何か?
- 侵入時に近隣住民から見つかりにくい時間や場所は?
- 侵入時にあなたと鉢合わせせずに済む時間帯は?
- あなたに見つかった時に逃走経路を確保しやすい侵入口はどこか?
・・・考えるとキリがありませんね。一軒の家の問題でさえこんなに複雑ですから、テロや戦争の危機と戦わなければならない国家となると話はさらにさらに難しくなるのは想像に難くありません。
そんな安全保障や外交の分野で生まれたのが、CI(Conpetitive Intelligence:競合インテリジェンス)という考え方です。といっても、何も戦争やテロの本というわけではなく、題名も「ビジネス・インテリジェンス」というぐらいですから、CIという考え方・方法論をビジネスに活かすための入門書として平易にCIを紹介してくれています。
要は「大変な世の中だけど、いかにうまくやるか?」の方法論なんですね。
インテリジェンス VS インフォメーション
CIのCは「Conpetitive」の頭文字で「競争の、競合する、競争の激しい」という意味です。空き巣とあなたの競争や国家とテロ組織の競争のように、ビジネスの世界も様々な会社や環境が渾然一体となって「競争が起きる世界」が出来上がっています。そんな競争に満ちた世界で「うまいことやろう!」というのが、CIの考え方の発端です。
一方、CIのIは「Intelligence」の頭文字で「知能、知性、知力、情報」という意味です。日本語ではインテリジェンスとインフォメーションが両方「情報」という言葉でゴチャゴチャに表現されていて、インフォメーションはただの一次的な情報でしかないが、インテリジェンスは判断や行動を可能にするものを意味するのだ!と本書は述べています。
先の空き巣の例をもう一度出しますと、例えばインフォメーションは以下のようなものを指します。
- あなたの家の壁の厚さは20センチ。
- あなたの家の窓ガラスの厚さは1センチ。
- トイレの窓ガラスの大きさは、30センチ四方。
- あなたの家の表玄関の鍵は2つ。
- あなたの家の裏口の鍵は1つ。
もっと言えば、建築業者さんにお願いすれば家の設計図そのものを見ることもできるでしょう。しかし、こんな風に杓子定規で細かすぎる情報を見ていても、「空き巣はどこから入るのか?」という大局感は得にくいものです。そう、個々の詳細な数字ではなく、それらを総合的に判断して得られる大局感こそが「インテリジェンス」で、上に挙げた細かな情報群を「インフォメーション」だと思ってもらえれば良いんです。
ビジネスで言えば、企業の経営者が未知の危機や業績不振の恐れに対応するための判断・行動を可能にするためのものをCIと呼びます。あなたが空き巣に対抗する時と同じように、国家がテロに対抗するための検討を洗練した方法論が、ビジネスの世界で今注目され、応用されているんですね。
「またー?孫子の兵法なんて聞き飽きたよ?」
「大変な世の中だけど、いかにうまくやるか?」を方法論的に解き明かそうとするCIにおいて最も重要な考え方の1つとして、「己を知る」ということが重要視されています。そう、有名なアレもバッチリ引用されています。
孫子「彼を知りて己を知れば百戦あやうからず」
ビジネス書を読み漁っている人なら、もうウンザリといったところでしょう。分かってるって!と思われるかもしれませんが・・・では、どうやって「己を知る」事が出来るのか?という具体的な手法についてはどうでしょう?
さっき「あなたの家に空き巣が入るとしたら、どこから入る?」と聞かれて、理路整然と「ウチは○○で××で△△だから、ココから入るに違いない、なのだ!」と説明できる人って、そんなにいないんじゃないかと思うんです。本書のポイントはまさにココ、自分を知る方法について具体的な手法をまとめている点にあります。
手を変え品を変え「己を知る手法」を具体例とともに紹介することに、本書はかなりの分量を割いてくれています。1つ興味深い例を挙げるならば「ブラインドスポット分析」。「ブラインドスポット」とは即ち「盲点」。自分が意識できていない盲点を発見する方法がある、というのです。なんともフシギな話ではありますが、CIではそのような事もやってのけるための手法が日々研究されているんですねー。
そして世界へ、そして未来へ
己を知っただけで本書は終わりません。己を知った後は、世界=業界全体を知り、ひいては世界の未来を予想する方法へと突き進んでいきます。CIにおいて「シナリオ分析」と言われる方法で世界はいかに変わっていくかの予想を作り上げていきます。
この辺りは是非、一番オイシイところだと思いますので、本書をご覧下さい。
最後に、本書のキーワードを以下に示します。
- CI(Conpetitive Intelligence:競合インテリジェンス)
- KITプロセス
- ファイブフォース分析
- グループ・マッピング
- 戦略キャンバス
- フォーコーナー分析
- ブラインドスポット分析
- シナリオ分析
- ウォー・ゲーム
- 競合仮説分析
- トリップ・ワイア
これだけ読むと、一気にビジネス書っぽいですよね(笑) ちなみに、いくつかの用語は経済学者であるマイケル・ポーターが考え、作り出したものです。この人の本は背景として読んでおいても良いかもしれません。「競争の戦略」「競争優位の戦略」
「国の競争優位〈上〉〈下〉
」
の3冊で「ファイブフォース分析」「バリューチェーン」「競争優位・産業クラスタ」辺りの用語を押さえておくと、この本に限らず経済寄りのビジネス書を読みやすくなりますよ!
→Amazon「ビジネス・インテリジェンス」へ
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'10 03月11日 (木) 21時43分 : カネイリさんのイベント記念! 書評「FREE」

八戸の本屋さんではお馴染みのカネイリさんで、明日からイベントがスタートです。その名も『俺と20代のうちに読みたい10冊のビジネス本フェア』、このタイトルを見てピンと来た方もいらっしゃるかもしれませんが、超有名書評サイト「俺と100冊の成功本」の聖幸さんが厳選した10冊を大プッシュするフェアなんですね。聖幸さんは八戸のお近くに在住ということで、このようなイベントが八戸で開催出来てしまうんです。こりゃゼイタクですぜ、是非足を運ばれてみてください!
・・・しかも、3月12日から開始のフェアに合わせて、聖幸さんのトークショーも人数限定・先着順で参加できます! 詳しくは以下のサイトをご参照くださいね。
- カネイリさんのブログ「kaneiri blog」の該当記事「カリスマブロガー聖幸さんがつぶやいた!『俺と20代のうちに読みたい10冊のビジネス本フェア』」
- 書評サイト「俺と100冊の成功本」の該当記事「青森県八戸市カネイリでフレッシュマン向けのビジネス書フェアとトークショー」
さて、本日のエントリーですが、このフェアに便乗する形で1冊の本をご紹介しようと思います。フレッシュマンに向けたビジネス本として・・・今話題の「FREE」を取り上げたいと思います。
「FREE」
「ビジネスモデル」っていう言葉って、最近聞いたことありませんか? 意味は「どうやってお金をもうけるか? という仕組み」のことです。例えば、八百屋さんのビジネスモデルはこんな感じです。
- 八百屋さんが卸に行って、野菜を仕入れる。
- 野菜をお店に並べて、卸値よりもちょっと高い値段をつけて、小売する。
当たり前だろ! っていうツッコミ、ありがとうございます(笑) ただ、こんな当たり前のことも、ビジネスモデルの1つなんです。煎じ詰めると、「商品を仕入れて、一般顧客に売る」というビジネスモデルです。とてもシンプルですね。これでお金がもうかります。
でも、世の中にはそうなっていないサービスがあります。例えば、検索サイトの王手・Google。僕ら一般顧客は、Googleを使うのにお金を一切払いません。なのにGoogleはたくさんのサーバを買って、じゃんじゃん電気を使って、社員をたくさん雇って検索サービスを運営しています。どこからそのお金が出てくるのか? と言いますと・・・
- Googleさんが、検索結果の間に広告を挟む技術を作る。
- Googleさんは広告主からお金をもらう。
- そのお金を使って、Googleは検索サイトを無料で提供する。
・・・という流れになってるんですね。このような仕組は一般的に「広告モデル」と言われます。八百屋さんと比べて最も違うのは、一般顧客からは一切お金をもらわないということで・・・鋭い方なら既にお分かりでしょう、このあたりから本題の「FREE」に繋がってくるんですね。「FREE」という本の最大のポイントは、インターネットの世界で広まっている無料(=FREE)のサービスについての構造を理解することです。本書は大量のページを割いて、インターネット上での無料サービスの構造について一挙に解説してくれています。その中でも特に重要とされるのが、「フリーミアム」というビジネスモデルで、それは以下のようにお金もうけをする仕組みのことを意味します。
- 一般顧客の大部分(8〜9割程度)は、サービスを無料で使える。
- 一方、高付加価値版(プレミアム版)のサービスが無料サービスと併存していて、それは有料。
- 全体のうち一握りのユーザが有料版のサービスを使い、その収益が無料を含めたサービス全体の収益を確保している。
こんな風に無料と有料が共存しているサービスのことを、本書では「フリーミアム」と定義しています。そして本書は、インターネット上のすべてのサービス利用料は遅かれ早かれ限りなくゼロに近づいていくと予言します。それは、通信費・サーバ代といったサービスを提供するために必要な経費がどんどん安くなっていくからであり、したがってインターネット上のサービスは宿命的に価格が下がり続けるからです。大量の顧客に無料のサービスを提供しようが、そもそもサービスを提供するために必要な経費がどんどん下がって無視できるほど小さくなるが故に、このようなビジネスモデルが可能になっている、と本書はその構造を看破します。
インターネットという技術は、その発達と隆盛の末に、サービス自体を無料にしてしまおうとしています。それはこれまでに無かった「フリーミアム」というビジネスモデルによって実現されています。すなわち、この世界に新しいお金のもうけかたが誕生したんです。
本書冒頭では、使い捨てカミソリで有名なジレットがどうやってお金をもうけたかが語られます。デザートのゼリーを売ろうとした人がどうやって一般顧客の理解を得たかが語られます。ビジネスモデルの歴史をたどりつつ、僕たちの心はいかに「無料」という言葉に影響を受けるかという心理学的側面や、インディアンの習わしの中の「贈与」という概念や、中国で横行する海賊版の意味や・・・様々な形でFREEが人々の心を捉え続けている現状を多面的に捉えようとしているんですね。
フレッシュマンの皆さんは、これから社会に出ることで「自分でお金をもうける」ことがほぼ必須の責任として課されます。それはすなわち働くことだったりします。でも、なんで働いたらお金がもらえるんでしょう? そのお給料はどこから来て、どうやってあなたの財布の中に収まったのでしょう? 本書は主にインターネット上で起こっているフリーミアムという現象について詳しく解説していますが、そもそも「お金もうけって、どんな風にするんだろう?」という素朴かつフレッシュマンの皆さんにとって本質的な疑問を考える手がかりも、得られるかもしれません。
無料(=FREE)でもお金をもうける方法だってあるし、そもそもお金をもうける方法なんて、フレッシュマンの皆さんと同じぐらい自由(=FREE)なんです。
「FREE」の書評・追伸
本書は本編320ページの大ボリュームです。そりゃそうです、この本はインターネットにこだわらず「無料」と「ビジネスモデル」の歴史を立体的に解き明かそうとしているのですから、そのテーマの割にはコンパクトにまとまっているとすら言えます。
でも、ご心配なく! この本は320ページを読み終わった後、その内容をたった15ページで要約してくれているんです。もし時間が無かったり、読むのが辛かったりしたら「巻末付録1」〜「巻末付録3」だけでも読んでみてください。フリーミアムとは何か? というエッセンスはしっかり吸収できると思います。
しかしながら・・・個人的には、やっぱり頭から読んでいって欲しいなぁとも思うんです。お金もうけについての無数の挑戦と、成功・失敗の事例の山を追いながら、「僕たちは、いかにしてお金をもうけようと努力してきたか?」という人類の歴史をすっぽり覆ってしまうような壮大なテーマを感じて欲しいなって思うからです。そのテーマが僕らには本当に大事だからこそ、きっと「FREE(=無料)」という本が売れているんだ、と、思うんです。
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'10 03月08日 (月) 06時40分 : 書評「クラウド時代と<クール革命>」

ビジネス書籍において、発売前に本の内容を時限的に公開するというマーケティング手法が最近流行っていますが、この本もその手法を取り入れて、3月10日午前11時まで無料で全文が公開されています。タイトルは「クラウド時代と<クール革命>」、筆者は角川グループホールディングス代表取締役会長の角川歴彦さん。角川といえば、人気アニメの動画をユーザが独自に編集した「MAD」と言われる動画に対してオフィシャルに許可を出す(本来であれば、著作権などの問題で削除を迫るのが著作権者の常)といったアグレッシブな戦略で有名ですね。そんな角川グループの会長さんが執筆したこの本では、2つのテーマが語られます。
「クラウド」と、「<クール革命>」なるものです。
<クール革命>
クール革命という言葉は角川さんの造語であり、知らなくて当然の言葉です。この言葉の意味を象徴する事例として、東京お台場でお披露目された実物大ガンダムを引き合いに出した上で、角川さんはこんな事を言うんですね。
- ガンダムをはじめ、アニメ・マンガ・ゲームなどの日本のサブカルチャーやコンテンツ産業は世界的に評価され「クール・ジャパン」と呼ばれ尊敬を集めている。
- 日本はガラパゴス化しているなどと言われるが、むしろそういった差異・個性化を生み出した土壌となったという意味で、ガラパゴス化を肯定すべきである。
- 文化のナンバーワンではなくオンリーワンを目指すことが日本の進むべき道である。
ふむ。これは特段反論するまでもない事かな、と思います。実際に日本の生み出すコンテンツは世界で受け入れられていますし、そんな個性を大事にしようぜ! というのなら、そりゃそうだと答えるのが普通でしょう。つまり、<クール革命>は、日本のコンテンツ産業はこのままやっていこう! という前向きなメッセージなんですね。
一方で、日本の危機とも呼べるIT業界(お役所言葉で、ICT:Information and Communication Technologyとも言いますね)の動向としてネガティブな状況を表すキーワードとして、もう一つの大事な言葉「クラウド」が登場します。
クラウド
クラウド・・・英語では「cloud」。雲、という意味ですね。クラウドコンピューティングなんていう言葉で表現されたりもしますが、これはどういう意味かと言いますと・・・一言で言えば「パソコンの処理も、ソフトも、サービスも、全部世界のどこかにあるデカイパソコンに肩代わりさせちゃいましょう」という仕組みのことを言います。
普通、家にパソコンを買ったりソフトを買ったりしますよね。でも、クラウドが広まった世界では、パソコンだって高性能なものを買う必要がないし、ソフトを買う必要もありません。なぜなら、計算処理もソフトによる処理も、全部インターネットの向こう側のどこかにあるらしい「デカイパソコン」がやるから、です。そのデカイパソコンは、世界のどこかの曖昧な場所にあって、どこにあるかは分からないけれど、とにかく全部やってくれます。インターネットの向こう側が雲に包まれていて、雲の中に「この計算をして!」「このアプリを立ち上げて!」「こんなサービスを提供して!」とボールを放り投げると、不思議と投げ返されてくる・・・そんな状況を例えて「クラウド(雲)」という表現をするわけです。
ここまでの話だけを読むと、「いいじゃん、それ。パソコンもソフトも買わなくて良いんでしょ?」となるかもしれませんが、よくよく考えると「世界中の何億台というパソコンを、世界の超デカイ何社かのクラウドが肩代わりする」→「パソコンの売上も、関連する産業も、ぜーんぶ超デカイ何社かが占領してしまう!」という未来を想像すると、ちょっと恐ろしくなりませんか? 時間も空間も簡単に飛び越えるインターネットという技術によって、IT業界の儲けが数社に集中してしまって他は全滅! なんていう事も、クラウドが一般化した未来にはあるかもしれないんです。だからこそ、筆者の方は「クラウド!クラウド!」と叫んでいるわけです。
本書では、こんなIT業界の潮流であるクラウドについて、日本がまったく追いついていないし、海外の巨大企業によって寡占化されることでさらにコンピュータやインターネットに関する財を日本は失ってしまうぞ、と強く警告されています。サーバ代、IT関連の研究開発とイノベーション、知的財産権、優秀な人材と組織・・・全部が海外に取られちゃうよ! というヤバゲな話です。
アップル・グーグル・アマゾンなどの企業を例に挙げながら、アグレッシブな戦略により壮絶な生き残り競争をしつつも来るべきクラウド時代への布石を着々と打ち続けている海外勢の様子が語られる部分は圧巻で、「あれ、これって、そんなにすぐ来る未来かい?」と疑問に思ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。それぐらい、クラウドという考え方はパソコンやインターネットについての考え方を大きく替えてしまうものなんですね(ビジネス書などでは、こういう風に「世の中の仕組みや考え方がガラッと変わってしまうことを「パラダイムシフト」なんて言ったりします)。
総評
日本は独自の「ジャパン・クール」と呼ばれるコンテンツを保持する一方で、クラウドの流れには乗り遅れている。そんな現状を平易な言葉で教えてくる本という意味で、この本には価値があると思います(200ページちょっとで、ペロッと読めますしね)。
ただ、なんというか、ところどころでドリーミーな話になってしまうのと、肝心の「クラウド」と「<クール革命>」がどう日本で結びついていくのかについての糊付け部分がポッカリ抜けているような感じがしたので、そこは消化不良感があるかもしれません。もしかしたら続刊が出るのかもしれません。とはいえ、とりあえず「日本と世界で起こっている、インターネット界隈の出来事をサックリ教えてもらえる入門書」としては十分楽しく読めると思いますので、ちょっと手に取られてみてはいかがでしょうか。
繰り返しになりますが、3月10日の午前11時までは、タダですからね。肝心のURLと、Amazonへのリンクを以下に示します。
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'10 03月03日 (水) 05時00分 : 小説・木村友祐『海猫ツリーハウス』

第33回すばる文学賞を受賞した八戸市出身・木村友祐さんの小説「海猫ツリーハウス」について。以下物語に対する重大なネタバレを含みますので、イヤな人は下の「ここからはネタバレを含みません」という強調箇所まで読み飛ばしてください。
また、八戸出身の人・住んでいる人にはちょっと過激な表現を以下でしちゃってますので、その点もご容赦ください。
書評
突然田舎に帰ってきた兄「乱坊」は、演劇やら政治的な思想やら人生に対する考えかたやら、小賢しく頭でっかちな事をハンパな関西弁で声高に叫び、弟である主人公を苛立たせます。一方、主人公にバイト代を払い仕事を教え、乱暴ながらもあたたかな人格で包むは、ツリーハウス(木の上に作られた小屋)を作り続ける八戸弁丸出しの「親方」。
主人公は田舎で祖父の農作業を手伝いながら、服飾デザイナーを夢見ている男。前に踏み出せずにいる事を悩みながら、一方ではデザインもせず女遊びに精を出し、結局はヤキモキした気持ちを抱えながらハッキリしない日々を送る主人公は、「乱坊」と「親方」の間で翻弄されながら、どんな生き方を見つけるのか・・・そんな風に、控えめな紹介文をまとめるのなら、本作は青春小説、特に若者の悩みと自己実現の話だと言うことができます。
ここまで読まれた方は「あー、なんとなくだけど、兄「乱坊」とケンカしたりしながら、最後は親方みたいに自分のやりたいことをやるんだと決意するようになるんかな?」と思うかもしれません。しかし、本作はこういった前向きな話とはかけ離れた方向に進んでいきます。
乱暴と親方は、同類だったんですね。
きっかけは省くとして(おそらく推測は容易でしょう)、主人公が乱坊と親方に罵られるシーンがあります。二人は「認識が甘い」「今更無駄だ」「情が薄い」と罵ります。方言丸出しですから、それはもうリアルで残酷な言い方で、主人公は叩かれます。そこでポイントになるのが、乱坊の言葉。主人公を罵る言葉は、関西弁と八戸弁が混ざったものなんです。関西弁は兄が大学時代に身につけたもので、関西で生まれ育った人からすれば一笑に付されるほどの浅はかなものであり、東日本の人を苛立たせるには十二分な威力です。しかし、それにもまして八戸弁が、恐ろしいほどに醜悪なんですね。ここで筆者の木村さんは、ハンパな大阪弁も八戸弁も、本質的には何も違わない、と言っているのではないかと感じられます。主人公にすれば何で八戸出身の者が大阪弁を使うのかと腹立たしかった大阪弁と八戸弁が、同じぐらい、いやむしろ八戸弁のほうが腹立たしく響いたことでしょう。
主人公を見守ってくれていた親方も、作中のヒロイン的な存在である女性「原口さん」も、どんな美しい作品を作っていようとも一皮むいたら一緒。「乱坊←主人公→親方」という対立軸を脇から見守る原口さんという構図も、最後には「乱坊・親方・原口さん 対 主人公」となり、ひいては主人公すら彼らと同類であることが分かる。八戸という片田舎に住むニンゲン全員が、みな同類の醜悪で空虚な存在へと集約していくんですね。
このような、ややもすれば「田舎=ダメ」という構図を抜け出すために、この物語には脱出口がいくつかセットされています。充実して生きること・自己実現することの象徴としての服飾デザインと、主人公が見る自らが首から吊るされたヘリコプターの幻です。「生きること・服飾デザイン」が上方向に、「死」が下方向にセットされていて、横軸は物語開始時点では乱暴と親方が対立軸として存在していました。しかし、物語の最後には水平方向の軸は完全に圧縮され、上と下、生と死しか無い純粋だけどガランとした世界へと変貌していくことになります。生まれ故郷とか、家族関係とか、そんなことを越えて、ただ生きるか死ぬかの世界では、僕たちは不器用な海猫のひなと見分けがつかないぐらいに不安定で、何も知らず、でもだからこそ可能性がある。目の前には海と空と自分の手のひらしか無い、そんな場所にたどり着くことになるんですね。
そういった意味で、本作は実は特に八戸である必要も田舎である必要も無いように感じられます。ただし、それはあくまで一般的に・・・言い換えれば「八戸出身者以外の日本人全員」に対する言い方です。この物語が暗に示しているのは、どこに住んでいようがどんなコミュニティに属していようが、関係なく人はみな同様に空虚だという事であり、そんな主張が八戸弁で語られていることはすなわち「八戸に住んでいようがいまいが、空虚さは微塵も変わらない」事を示します。
自らで食べ物を作りながら田舎に住むことの大切さは、奇しくも乱坊が声高に叫んでいた理念のひとつでもあります。しかし、そんな理念にどれほどの意味があるのか、と作者は言っているように思われます。方言をテキスト化することで成功した、グロテスクで下らないニンゲンの群れの中で生きることは、どこに住んでいようが避けられないし、そもそも自分自身が空虚であることからは絶対に逃れられない。それが世界の有り様だとするなら・・・?
したがってこの作品は、外見の穏やかさ(田舎と都会という対立軸や、若者の青春譚といった側面)を入り口にしながらも、出口は生と死しかない場所へと連れて行く構造となっていて、中途半端な情緒的感情や退廃的なものをも排除していくプロセスが物語の骨を成しています。そして、物語の途中で断罪され振り落とされていくものの中には、間違いなく(田舎を好きな気持ちを持っている)僕たちも含まれています。
乱坊が偉そうに語る下らない理念と、田舎について語られる様々な理念は、物語が通り過ぎた後には、ついに同類として首から吊るされてしまいます。そんな世界で、僕(=あなた)はどう生きるのか? という問いを残したまま、物語は終わります。
おわりに
※ここからはネタバレを含みません
上記では色々と書いてしまいましたが、本作で最も話題になるであろう「方言をそのままテキストに落とし込んでいる文体」「方言に標準語のルビ」といった要素の詳細については一切触れませんでしたし、八戸をご存知の方なら知っている場所が度々登場する面白さもあります。このあたりを純粋に楽しむのも読み方のひとつです。この点は、太鼓判でしょう。上の書評を読んでいただいた方ならより真意が伝わると思うのですが、八戸に縁を持つ方であれば、この物語は面白いのみならず、大きく響くものがあることでしょう。
最後に、1コだけ小さなネタバレとも呼べない程度のネタバレをしてしまうんですが、作中に「したたて」という方言が出てきます。これには「だけど」というルビが振られているんですが、これって八戸の人はどれぐらい言いますかね? 僕は同じ意味で「したって」という表現はよく使っていた一方で、あまり「したたて」とは言わなかったような気がするので。八戸の中でも地域差があるのかな?
というわけで、八戸から出た作家・木村友祐さんのデビュー作「海猫ツリーハウス」についての書評でした。これから木村さんがどんな方向に向かっていくのか、楽しみに見守りたいと思います。
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'10 03月01日 (月) 06時00分 : マンガ「水木しげるの遠野物語」

民俗学好き+水木しげるの絵が好きな私としては、見逃す訳にはいかないのが「水木しげるの遠野物語」。日本における民俗学の創始者とも言われる柳田國男の「遠野物語」を、魑魅魍魎を唯一無二の筆致で描く水木しげるがついにマンガ化してくれました。南方熊楠の魅力あふれる人間像をマンガ化した「猫楠―南方熊楠の生涯」
も良かったので、問答無用で購入とあいなりました。
そもそも、遠野物語における遠野とは、このあたりにあります。
岩手県の中南部、海からなら釜石から西へ、陸からなら花巻から東へ入ることになります。山は深く、しかも盆地になっているという陸の孤島のような土地で語られる豊かな伝承を本にまとめたものが遠野物語です。そんなお話を水木しげるが絵にして、面白くないはずがありません。個人的には「ちょっとページ数が足りないのではないか?」と思えるほど駆け足な場面が見られたりもしましたが、大満足でございます。★★★★☆。
最後に、遠野物語の中からいくつかのお話をちょっとだけご紹介。こんな不思議なお話が東北に今も語り継がれているんです。
- 松崎村の寒戸というところで、梨の木の下に草履だけを残し、ある娘が行方知れずになってしまった。三十年後、その娘の家で親戚一同の集まりがあった風の強い夜、戸を叩く者がいる。戸を開くと、年老いた女が立っていて、わしは三十年前に去ったこの家の娘じゃ、と言う。その場にいた者はおののきつつも中へ招き入れるが・・・。
- あるところに農夫とその娘が一頭の馬を飼いながら住んでいた。娘は美しかった。娘は馬を愛し、夜は厩で寝るようになり、ついには馬と夫婦になってしまった。激昂した農夫は馬を桑の木に縛り上げ、首を落として殺してしまった。娘はその首に抱きついて涙したが、すると・・・。
- 土淵村の助役の弟・副二は、海辺の「田の浜」という土地へ婿へ行ったが、大津波に遭い妻と子を失った。生き残った子と小屋を立てて暮らしていたが、ある夜用を足そうと波打ち際を歩いている時に二人の人影を見つける。それは死んだ女房と、同じく津波で死んだ里の男だった。副二は婿に入る前に女房が別の男と心と通わせていたことを思い出し尋ねると、「今はこの人と夫婦だ」と女房は言う。そんなバカな、子供が可愛くないのか!? と副二が問い詰めると・・・。
まあ、一度読んでみてくださいな。ドントハレ(1238円+税)。
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'10 02月28日 (日) 06時54分 : マンガ「テルマエ・ロマエ」が面白い

ちょっと前にネット界隈で話題になったマンガをやっと読むことができたんですが、見事に予想を超えた面白さで楽しませてくれました。爆笑しちゃったもんなー。
あらすじは、上の写真の本の帯に欠かれていることそのままです。古代ローマのオトコが、現代日本の風呂へタイムスリップするんですね。主人公は「古代ローマ時代の技師の男」で、それが「現代日本の風呂へ」「タイムスリップ」するんですね。どこまで行っても訳の分からないあらすじであることには否めないんですが、こうとしか言いようがないのです。
古代ローマには「テルマエ」と言われる公衆浴場があり、建築技師であり失業中の主人公がふてくされながらテルマエで体を休めていると、ふとした弾みでタイムスリップして現代日本の銭湯に移動してしまうんですが、そこで見た銭湯の素晴らしさに感動し、また弾みで元の古代ローマに戻った主人公が「現代日本風のテルマエ」を作ることになるんです。
・・・うーむ。
どれだけ説明してもきっと伝わらないだろうし、そもそも僕も書いても書いても拳が空を切るような感覚に陥ってしまいましたので、説明は切り上げます! ごめんなさい! とはいえ、このマンガは極めて特異でやもすれば一発芸に陥ってしまうような世界設定ではあるものの、やっていることは肩の力を抜いて笑えるギャグマンガで、ついでに少しローマの文化も学べるという不思議とハイクオリティな作品に仕上がっておりますので、ちょっと読んでみていただいてもよろしいかと。生真面目で彫像のような顔の古代ローマ人が銭湯に驚愕する様子は、きっとあなたも笑わせると思いますので。コミックス版、640円でございます。★★★★☆。
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