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コラム Archive

'10 03月10日 (水) 07時08分 : ああ寝坊

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2日連続で寝坊してしまいましたので、こんな動画でもどうぞ。トランペットを「歌う」女性です。すげーですよ。

では、いってきます!

(あ、ふと思い出したんですけど、昔バンドの練習に寝坊したことがあります。そのバンドはイベント向けの急ごしらえのバンドだったんですが、普段から演奏のクオリティ等でイライラしていた気の短い2年上の女性ボーカルの人にキレられました。ああ、思い出したら余計ヘコんでしまった、なんで思い出したんだろう)

'10 03月07日 (日) 08時20分 : 吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」マッシュアップ・俺的ベスト7選+1

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2008年の春頃、突如としてニコニコ動画に巻き起こった吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」ブーム「テレビもねぇ ラジオもねぇ」と言えば皆さんご存知、吉幾三の出世作となったコミックソングが、様々な楽曲と掛け合わされ(ネット上ではマッシュアップと呼ばれます)、一大センセーションが形作られてから早2年が立とうかというところですが、良い作品は未だ色褪せない魅力があり、再生数もコツコツと伸び続けています。さらには、「コメントによって動画がより面白くなる」というニコニコ動画の特徴がゆえに、発表当初・ブームの渦中よりもさらに面白くなっている動画すらあるんです。そこで、僕の独断と偏見での吉幾三マッシュアップ動画ベスト7をここでまとめたいと思います。

第7位

第7位は、B'zのギタリスト・松本孝弘が作曲したミュージックステーションのオープニングテーマ「#1090 Thousand Dreams」とのマッシュアップです。

ニコニコ動画での吉幾三ブームに乗じた楽曲の中では比較的早めの発表ながら、選曲が見事。中盤のギターソロで脅威のシンクロを達成していて、爆笑しつつも唸らされてしまうこと請け合いです。

ちなみに、ニコニコ動画内の吉幾三マッシュアップ楽曲には「スンクロ率441.93%」というタグがよく付けられます。スンクロとは当然シンクロの訛りであり、シンクロ率という表現はエヴァンゲリオンの引用と思われます。言葉ひとつとっても、少しでも楽しくしようという行為に満ちているのがインターネット上における特徴的な行動ですね。

第6位

第6位は、アニメ「COWBOY BEBOP」のオープニングテーマ「Tank!」とのマッシュアップ。ノリの良いジャズ構成のインスト曲、冒頭の「ガッ!」の掛け声から一気に乗せられちゃいます。さらには、吉幾三の声の音程を替えて楽曲に合わせて歌わせるという芸当まで実現していて、元曲の良さと相まって一気に最後まで走り抜けてくれます。

そうそう、冒頭を含め何度も使われる「ガッ!」という吉幾三の叫びには、「GOD!」という字幕が入れられていて、これがまたバカバカしいやら何やら。動画のクオリティに応じて、そこからさらに価値を生み出すコメントが集まってくるのが、ニコニコ動画の真骨頂です。

第5位

第5位は、なんと3曲のマッシュアップ。アニメ「らき☆すた」オープニングテーマ「もってけ!セーラー服」と、インド人歌手ダレル・メヘンディの「Tunak Tunak Tun」、それに吉幾三がプラスされます。

・・・なんでインドの歌? と思われるかもしれませんが、この曲は2007年からニコニコ動画では有名な曲で、陽気なインド人のおじさんがエエ声で踊りまくりながら歌う曲の楽しさと、ニコニコ動画では定番ネタの外国語の空耳でブームになったことがあるんです。それに、アニメのブームと楽曲のインパクトによって「もってけ!セーラー服」がマッシュアップされ、さらにプラスして吉幾三が乗っけられたわけです。

3曲の音が入り交じっているので、当然混沌としてはいるんですが・・・なんだろうか、このエネルギーは! 「Tunak Tunak Tun」の民族めいた力強い声と、吉幾三の方言丸出しの声が混ざり合って得た力強さを、「もってけ!セーラー服」の狂気めいたグルーブが加速して、これぞ渾然一体。

一方、動画のほうが「Tunak Tunak Tun」のプロモーションビデオを採用しているんですが、そこではインド人歌手のダレル・メヘンディが馬車にのって町を駆け抜けるというもの。凄まじいほどの楽曲に応えるコメントは、この動画部分を再解釈して、青森から東京までの道中であるかのように東北各地の地名で応酬します。激しく踊るインド人を載せた馬車の疾走に合わせて、「青森県庁前出発」「馬淵川」「目時」「ただいま小牛田駅通過」なんて具合に東北の地方都市を通過中であるかのような演出のテロップが入れられて、もうたまりません。

第4位

第4位はなんと、ソウルの神様・ジェームス・ブラウンの登場です。「Turn Me Loose, I'm Dr. Feel Good」で、ジェームス・ブラウンと吉幾三が対バンです。このあたりから、動画のクオリティもハンパないです。甲乙付けがたいし、作品としてお金取れるレベルに入りつつあります。

楽曲だけでなく動画もスゴイこの作品、見ていただければスゴさは分かってもらえると思うんですが、一言で魅力を伝えるなら・・・実際に投稿されたコメントから、以下の一言を引用しましょう。

吉幾三がジェームス・ブラウンを食ってるwww

振り返ってみると、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」は、何にも無い田舎を嘆いて東京を夢見る若者の歌。ソウルからブルースへの系譜と通じるところがあって、そんな生活の辛さを陽気さで跳ね返す音楽として黒人音楽はそのルーツをアイデンティティとしています。さらに言えば、ラップもそんな黒人音楽の流れに乗っていますから、吉幾三はそんな音楽の歴史と青森を見事に結びつけていると言えるのかも(?)しれません。かつて北島三郎は「演歌は日本のソウルだ」と言いましたが、コミックソング・歌謡曲として生まれた「俺ら東京さ行ぐだ」もその系譜として異色ながらも確かなアイデンティティを持っているように思われます。

第3位

ジェームス・ブラウンの次は・・・マイケル・ジャクソン! ジャクソン5「I want you back」とのコラボでも、吉幾三は相変わらずのハッスルっぷり。とびっきりの楽曲と最高の動画に応えるかのように、「寂村5(ジャクソン5)」「牛村(モータウン)」というハジケっぷりのタグが付けられています。

心から楽しいジャクソン5の原曲に、吉幾三の「ハッ!」「ガッ!」「あーソーレッ!」「あーヨイショッ!」の愛の手が凶悪なまでに相性が良くて、聞く度にテンションが上がるんですね。まるで毎日の生活の苦しさを忘れさせてくれるような・・・まさに、第4位でも挙げた黒人音楽的な開放感が楽しめます。だからこそ、こんなコメントが寄せられることになるんです。

悩みがひとつずつ消えていく・・・

俺なんでこんな動画で泣いてんだwww

便秘が治りました。

足袋にニッカポッカ・ねじり鉢巻に消防団の半纏に茶色いサングラス、そんな吉幾三が足を放り出して飛び跳ね、田舎らしい人懐こい笑顔でシャウトする。その姿は何故かすべてを受け入れるような穏やかな優しさに満ちていて、黒人音楽的な開放感と相まってヒーリング効果すら持ち始めている・・・なんていうのは言い過ぎですが、少なからずユーザに響いている様子を見るとまんざらでもないと思ったりもするのです。かつてニコニコ動画では「YATTA!」のブームがありましたが、この曲も同じような全肯定による開放感・癒しがコアにあって、長引く不況の閉塞感に満ちた時代が裏付けになったブームの一種かもしれないと分析するのは、さすがに考えすぎかもしれませんね。

第2位

いよいよ第2位。民族音楽・ソウルと続いてきましたが、次はまさかのTMネットワーク。アニメ・シティーハンターでも使われた大ヒット曲「Get Wild」とのコラボレーションです。まさしく「まさか!」の取り合わせながら、スンクロ率はハンパじゃありません。TMネットワークのライブ動画を編集して、絶対にあり得ないライブを作り出してしまいました。

そもそも、「オラの村には電気が無い!」という歌なのに、電子音楽の申し子・小室哲哉率いるTMネットワークとコラボってだけで面白い。ボーカル宇都宮隆のダンスも「2010年最新の種まきスタイル」と揶揄され、ギター木根尚登のギターソロも「俺ら東京さ行ぐだ」のイントロのギターに差し替えられてしまっています。

そんな動画の中で特に刮目すべきは、派手なTMネットワークのライブパフォーマンスに挟み込まれる、白黒の吉幾三。テレビの音楽番組で片手をマイクに、片手をズボンのポケットに入れて歌う吉幾三をゆっくりズームしていくカメラ。80年代から90年代初頭・ポップス全盛期の雰囲気が乗り移った「Get Wild」をBGMにして歌う吉幾三が、妙にシブくてカッコイイんですね。

第5位〜第3位の吉幾三は肯定感・開放感といった要素を醸し出していましたが、この楽曲に至ってはダンディズムのような雰囲気すら滲ませる吉幾三を、是非ご堪能ください。

第1位

そして1位は・・・かなり究極と言ってもよいかもしれません、4曲のマッシュアップです。

  1. Daft Punk「Technologic」:フランスのテクノ/エレクトロユニット。楽曲は2005年。
  2. Beastie Boys「Ch-Check it out」:アメリカのハウス/ヒップホップユニット。楽曲は2004年。
  3. Capsule「STARRYSKY」:日本のテクノ/レレクトロユニット。楽曲は2006年。メンバーの中田ヤスタカはPerfumeのプロデューサとしても有名。
  4. 吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」:青森出身の演歌歌手。楽曲は1984年。

・・・なんともスゴイ取り合わせですよね。ま、とにかく、聞いてみてください。

この奇跡のようなマッシュアップには、一朝一夕にできたものではありません。まず、吉幾三以外の3曲のマッシュアップがまず(吉幾三とは関係なく)作られました。このマッシュアップは海外でも評価されるほどのクオリティの高さで、一時ネットでも話題になりました。そんな最中の、吉幾三ブーム。さらに1曲マッシュアップされ、4曲マッシュアップが完成したというわけです。

結果として吉幾三対フランス・アメリカ・日本のアーティストという形になるこの楽曲ですが、優れたアレンジ・動画・コメントによって、見事に吉幾三的要素が花開いています。楽曲冒頭の「Buy it Use it Break it Fix it...」というフレーズは、Daft Punkの「Technologic」からの引用ですが、吉幾三の「テレビもねぇ ラジオもねぇ」と見事に呼応しています。Beastie Boys の3人のMCによる都会的な白人の若者らしいラップと、青森の田舎者の方言によるラップの対比も素晴らしいし、Capsuleの女性ボーカルの透き通った歌声と吉幾三の合いの手の不思議な調和といったら!

そして何よりスゴイのが、Beastie Boys のラップとCapsuleの女性ボーカル部分の英語の歌詞に乗せられた和訳の歌詞です。元の歌詞とはまったく違う適当な歌詞であり、4曲のマッシュアップを成し遂げた作者とは別人が創作した文章なんですが、そのフェイクの歌詞を一部ここに引用してみます。

まずは、Beastie Boysのラップ部分。生意気な素振りの白人の若者が、こんなことを言うんです。

田舎がイヤだからって 若者が都会に出て行くって?
職は中国人にとられて 商店街はシャッター通りだ
農業じゃ食っていけねぇから 若者はみんな出稼ぎに出るんだ
いつか暮らしが良くなって 帰郷できると信じて、わかるか?

1つだけよく考えてみろよ 今後の農業のあり方について
都市と農村の格差は何だ!? なぜ若者は村を去る?

この歌詞が、ニコニコ動画を見ている若い世代によって書かれたものであることに注目してください。若者が生まれ育ったふるさとを去らなければならない不条理や、都市と農村の格差に対する苛立ちが、はっきりと表明されているんですね。

さらにスゴイのが、Capsuleの女性ボーカルによって歌われる部分。少々長いですが、ちょっと読んでみてください。

貴方と歌ったじょんがら節 貴方と眺めた八甲田山
二人でかじったサンふじの甘さも 私はずっと忘れない
一人で歌うじょんがら節 一人で稲を刈る事も
何故か私は耐えられるって あの時だけは思えてた

星空の下で見送った「はくつる」 だんだんと小さくなる貴方を見たベゴが
ポツリと小さく鳴いた 今まで聴いたこともない声で

「もっとお洒落になりたい」「もっとビックになりたい」
こんな村はイヤだと言って 飛び出した都会に何も無くても
夜の星空が 私たちを繋いでくれてるよ
だから泣かないで 都会のネオンに埋もれても

貴方と夢見た新幹線 貴方が乗った寝台列車
状況が二人を引き裂いても 私はずっと忘れない
今年も雪が綺麗だよ 今年も私は元気だよ
いつか戻ってくれるよねって あの時だけは信じてた

田舎を去った若者を、田舎に残って慕い続ける女性の想いが歌われています。青森らしさ・吉幾三らしさを出すためのふざけた歌詞も一部ありますが、内容はとてもシリアスで切ないものです。今は廃止になっている寝台急行「はくつる」で彼氏を見送った女性が、それでもなお「今年も雪が綺麗だよ」と空に語りかける様を想像すると、なんと泣けて来さえすらするんですね。

Daft Punk・Beastie Boys・Capsuleとのマッシュアップによって、吉幾三のコミックソング「俺ら東京さ行ぐだ」は、社会問題を訴える歌になり、はたまた状況で引き裂かれた男女の想いを立体的に描く歌にすらなっているのです。これはもはや、田舎という現象を構造的に描いたエピック(叙事詩)と言ってしまって良いものだと思います。

そんな3組が紡ぐ楽曲の中で、吉幾三は叫び続けます。そしてそんな叫びには、こんな一節が、名もなきニコニコ動画ユーザによって付されているのです。

オラの村には元気がねぇ!!

バカな事をしているなぁと最初は笑っていたユーザも、楽曲の後半には感動し涙を流す人もいるのも頷ける話です。その証拠に、この楽曲はもう少しで100万件の再生を達成します。この再生数は、ニコニコ動画にある数百万にものぼる動画の中で10000分の1の動画にしか与えられない圧倒的な支持の証拠なのです。

2008年のその一瞬、吉幾三は時間を飛び越えて、鍬をマイクに持ち変えた手で、確かに若者の心を掴んだのです。

あとがき

爆笑もあれば、感動もある一連の吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」マッシュアップブームはここのところ一段落していましたが、去年の年末に「吉幾三生誕記念2009 大吟醸 '09」と銘打たれた総勢38人による吉幾三マッシュアップメドレーが公開され、大ヒットしたりもして、まだ完全に終わった訳ではないようです。この新作動画では「俺は田舎のプレスリー!」「Dream(新日本ハウスCMソング)」など新しい曲のマッシュアップが試みられ、より一層力の入った映像と共に構築されることにより、正直「プロが作ったんじゃないか?」と疑いたくなるほどの出来を達成しています。

1984年の楽曲が、インターネットでコミュニケーションをするのが当たり前の世代に再評価されました。さらには、様々なマッシュアップやコメントによって価値が増殖され、楽しまれました。約25年という、親と子ほどの世代の差が一瞬で埋まったどころか、より大きな価値へと転換したんですね。

それは別に、都市と田舎の格差の問題のような社会的な態度から起こったブームではありません。ただ面白かったから、エネルギーがあったから、流行ったまでのことです。しかしながら、吉幾三が曲にしたためた中で心によぎったかもしれない田舎に対する様々な思いは、時間も空間も意味を成さないインターネットの世界で、たくさんの若者の心に響いたことは間違いないでしょう。

これからもこのブームが続いていくのか? とか、都市と田舎の問題はどうなるのか? とか、そんな事は一切予想がつきません。しかし、これだけは確実に言えることでしょう。若者たちが時代を超えて良いものを楽しみ、意味を見出し、育てていくセンスは、絶対に確かなものだと。

'10 03月06日 (土) 21時26分 : 「占いは信じてないんだ。」

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ちょっとした懺悔というか、一部の人には謝る他無いんですが・・・僕、占いというものを一切信じてないのでございます。だから、例えば学生時代にお世話になったあの方とそのご家族と盛り上がった血液型占いトークも、心の底では「占いは信じてないんです、ごめんなさい」と思いながら聞いていたりしたんです。会社の同期と盛り上がった子供の命名における字画の問題も、「なんでそんなんで人の運命が変わるんだ、そもそも現代日本の漢字だって、数十年のレベルで形や字画が変わってるじゃないか」と思ってたりしました。

性格悪いよなぁ。

・・・とは言いつつも、まったく占いというものに対して聞き耳を持たない訳でもなくて、それこそ荒唐無稽に思える占いであっても、そのとおりに行動することはあります。例えば・・・

  • 今日は交通事故に気を付けなさい。
  • 食べ過ぎ注意。
  • ラッキーアイテムは、ホッチキス。

なんていうのを聞くと、けっこう守ることにしています。というのは、占いはまったく荒唐無稽であるからこそ、以下のような側面があると思うからです。

  • 占いとは、ランダムな教訓発生装置である。
  • 占いとは、ランダムな行動発生装置である。

普段の生活に油断しているとうっかり忘れてしまう教訓の類とか、平板な毎日で行動がパターン化してしまっていることを思い出させる装置としては、占いというのもは案外優秀なんじゃないかな、と思うわけです。「ラッキーアイテムは、ホッチキス!」なんてバカバカしいぐらいの占いだけど、言われた日は「ホッチキスを使うと効率的になる仕事は無いかな?」とか、「ホッチキスの針ってまだ十分あったっけ?」なんて無理やりホッチキスについて考えるようにしています。それがまた、存外に面白いことがあったりするから不思議なんです。

というわけで、僕は占いを一切信じていないけれど、案外聞いてますので、占い好きの皆様におかれましては・・・ご容赦ください(汗)

今日の写真

今日の写真は、陸奥湊近くの洋服屋さんの「靴の中敷き大セール」です。売り場を埋め尽くす、靴の中敷き。「今日のラッキーアイテムは、靴の中敷きです!」と言われた日にも安心の品揃えでございます。

'10 02月27日 (土) 07時22分 : どこか気になる3題

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最近、ちょっと気になってることってありませんか? 僕にとってちょっと気になる話題を3つほど。あくまで「ちょっと気になる」程度なので、そのあたりはよろしくです。

ひとつめの、気になる。

中堅どころの2ちゃんねるまとめサイト「ムズ痒いブログ」さんから、こちらの記事をご紹介。短い名言なので、そのまま引用します。

   r ‐、 
   | ○ |         r‐‐、
  _,;ト - イ、      ∧l☆│∧  良い子の諸君!
(⌒`    ⌒ヽ   /,、,,ト.-イ/,、 l  若者の○○離れとよく耳にするが、
 |ヽ  ~~⌒γ⌒) r'⌒ `!´ `⌒)  当時群がってたのは今のジジババ共だ!
│ ヽー--'^ー-' ( ⌒γ⌒~~ /|  今の若者は、離れるも何も
│  〉    |│  |`ー^ー-- r' |  最初から近づいてすらいないな!
│ /───| |  |/ |  l  ト、 |  
|  irー-、 ー ,} |    /     i      
| /   `X´ ヽ    /   入  |

なんだか頭が悪い「若者の◯◯離れ」現象が多数報告されていますが(当然それらは根拠が薄いことが多い)、そんな言われも無い批判をアッサリとうっちゃる頭の良い一言。気持ちイイ。僕も一般的なマスコミによると「◯◯離れ」を引き起こしている元気のない世代のひとりらしく、アホらしいとは思いつつも少々気になっていたのです。

ただし、上の引用の中で「ジジババ共」というところだけは、修正したいかなあ。上の世代の人たちだって、昨今の若者叩きのバカバカしさについて理解している人のほうが多いだろうから。

気になる、ふたつめ。

一気にアルファブロガーに上り詰めた「俺の邪悪なメモ」さんの記事「外国人参政権反対派の「たったひとつの冴えたやり方」」をご紹介。政治ネタですので、お嫌いな方はスルーしてください、すいません。

外国人参政権について民主党・社民党が積極的に進めている今、反対派のロジックが「冴えない」とこのブログの筆者さんは指摘します。この点、言われてみて僕もそのとおりだと思ったんですが、確かに「危険!」「憲法違反!」なんて連呼していても心に響かないというか、どうしても政治的な話題が持つ独特の閉塞感のようなものから逃げ切れていないように感じていました。そんな現状を根本から解決する「たったひとつの冴えたやり方」を、こちらのエントリで言い切っています。

僕や皆さんの外国人参政権に対する考え方はひとまず置いておいて、以下の一節だけを引用したいと思います。

だから、外国人参政権反対派の人は、外国人差別に反対し徹底的に戦うべきなのです!
これが俺の考える「たったひとつの冴えたやり方」です。

素晴らしい。それだ。是非、リンク先の原文もお読みいただければと思います。

最後の、気になる。

バンクーバーオリンピックでも最注目の女子フィギュアの結果が出ましたね。日本が金メダルを取れなかったのは残念ではあるものの、個人的には勝負のアヤというものもあるだろうと思っているので納得はしているつもりです。あくまで、得点の比較としての勝負については。浅田真央との比較は置いといて・・・キムヨナの得点は、高すぎじゃないだろうか? 採点基準が男女共通のフィギュアにおいて、男子よりも上って、どういう事? それに、歴代最高得点かぁ・・・過去のどの滑りよりも良いものとは、思えなかったんだよなぁ、正直・・・。 

で、ちょっと調べてみると、どうにも色々お考えをお持ちの方がおられるようで。

上記のエントリでのポイントは「浅田真央のほうが演技構成の難易度が高いこと」「加点システムの有効性」の2つにまとめられるかと思うのですが、そういった具体的なことがよく分からない僕としては、「なんか実感に合わない点数だな」とだけつぶやいておきたいと思います。男子フィギュアでも先日プルシェンコのジャンプに対するジャッジで議論になる場面がありましたが、キムヨナの男子をも凌駕する女子歴代最高得点についても議論になるのか、少し気になります。

繰り返しになりますが、キムヨナ自身を非難するつもりもなければ、浅田真央が真の金メダルだ! なんて言うつもりもないんです。非常に語弊のある発言ですが、どうせなら接戦のポイントでキムヨナに勝ってもらえてたら、こんな気分にはならなかったんだろうけどなぁ。

'10 02月24日 (水) 22時55分 : 八戸の昔話「鯨石」

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八戸に古くから伝わる昔話「鯨石」をどうぞ。

アニメの中では「鮫浦太郎」という名前がくじらに与えられていますが、現在では「八戸太郎」と呼ぶことが多いようですので、伝承を調べられる場合は、「八戸太郎」でご検索くださいね。

また、アニメの中で鮫浦太郎が瀕死の傷を負った場所は「熊野」であるとされていますが、熊野とは現在の和歌山県・三重県辺りを指し(現存する熊野市は三重県にあります)、このあたりが日本における鯨漁の発祥の地なんですね。当時は「くじら」とは呼ばずに「いさな(勇魚)」と呼んでいて、豊臣秀吉の政策によって日本近海での戦争が禁止されてから、海賊や沿岸警備のための武力を持っていた人たちと漁師たちが力を合わせ、強大な力を持つ鯨に対してはじめて対抗し得る力を得たのだと言われています。中沢新一「純粋な自然の贈与 (講談社学術文庫)」で日本の捕鯨についてわかりやすくまとめられている部分がありますので、ご興味のある方はどうぞ。

・・・さて。八戸市の西宮神社に今も祀られている「鯨石」を紐解くと、日本における鯨漁の発祥にまでたどり着きます。日本国内に存在する様々な鯨に対する態度が、海や鯨を媒介にして互いに影響しあっていたからこそ「鯨石」という物語ができたのだと考えると、さらに深くこの物語の面白さを味わえるように思います。

'10 02月23日 (火) 23時13分 : 「ぐずぐずなところあるよね、俺たちって」3題

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僕を含めて、案外ニンゲンってぐずぐずなところもあるよねぇ・・・って気持ちにさせてくれる痛し痒しな話題、3つでございます。なお、本日の3つのテーマのうち、1つ目と2つ目は「lovefool」さんがネットから探されたネタです。もう本当、このサイトさんの情報収集能力はバケモノか! といつも思います。

ひとーつ。

2ちゃんねるオカルト板まとめ」さんの記事「有名人・芸能人が言い放ったインパクトのある一言」とから(強調は引用者)。

深キョンはヤッターマンのインタビューで「こんなこと言うと反感を買うのを承知して言いますが、自分は年を重ねてからこそにじみ出る'女性の内面の美しさ'なんて全然信用してない。シワとか自分に絶対に出来てほしくない、年とるのがとてもこわい」と語っていた。

あれほどキレイな深田恭子でさえも、今でいっぱいいっぱい。年をとったからといって、ご褒美のように美しさがにじみ出てくるなんて、これっぽっちも信じていないと言う。

僕はというと、お酒を飲んだりクダを巻いたりしながらも「年をとったら俺も大きくなるかもよ?」なんて悠長に構えてる。ぐずぐずなのって、俺だったのだな、と。こういう厳しい事は普段からグチグチと言われると堪えるけれど、深田恭子のような人の口からこれだけピシャリと聞かされたら・・・キキました。

ふたーつ。

医療の現場から、リアルで深い思索を読ませてくれる有名ブログ「レジデント初期研修用資料」さんのこちらの記事から(強調は引用者)。

「人を動かす方法」は、アンケートでは調査できない

同じ品質、同じ量のアイスクリームを、「四角」と「丸」、別の容器に入れて、価格を揃えて販売すると、「丸」い容器のほうが圧倒的に売れる。それがマーガリンなら、白いものよりも、黄色く着色したほうが売れる

ユーザーに「どんなアイスクリームが食べたいですか ?」なんてアンケートを行ったところで、「丸い容器がいい」なんて回答は得られない。誰もが自分は「自分は頭がいい」と思っているから、アンケートには「品質がいいもの」だとか、「環境に優しいもの」だとか、考えているようでいて、自分の購買を促した何かとは全く異なった答えを返す

丸いアイスクリームを購入した人に種明かしをして、「どちらも同じだったんですよ」なんて指摘したあとでさえ、たいていの人は気取ろうとする。素直な人なら、「こっちのほうがおいしそうに見えたから」なんて感想を述べるだろうけれど、「頭がよく見られたい」ほとんどの人は、「丸い容器のほうが丈夫」だとか、「丸い容器のほうが環境により優しい」だとか、種明かしをされるほんの一瞬前まで、想像もしていなかったような「事実」を、その場で創作してみせる

企画屋として、上のような「人は何を理解して行動しているのか」は本質中の本質で、恐ろしい事に僕も同様の認識を持っています。人は、自分の行動原理を言葉にすることが著しく苦手で、適当なロジックで自分の正当性を埋め合わせているという一般消費者モデルを、僕は常に用いています。つまり、アンケートしても本質は聞こえてこないし、もっと言えば「その人と膝を突き合わせて語り合ったところで、ぐずぐずになってしまう事は往々にしてある」と考えています。

だからこそ、自分もそんなぐずぐずなニンゲンだと理解しておかないと、僕みたいな弱いニンゲンはうっかり誰かを「わかってないなぁ」と蔑んで見てしまいかねない訳で、これはなかなかタフな課題だったりします。

みーっつ。

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民主党・石井一選対委員長の長崎県知事選での発言(強調は引用者)。

時代と逆行するような選択をされるのなら、民主党政権は長崎に対してそれなりの姿勢を示すだろうと私は思います

こちらのサイトに動画もあります。こんな発言が一日でシュンと収まってしまうマスコミをおかしいと思わない人は、もう選挙に行かないほうが世のためだと思いますよ。民主党支持だろうが自民党支持だろうが、どの政党を支持している人でも関係ないです。これはおかしい。ぐずぐずにしたまま放っておいちゃイカンと思う。いつ八戸に同じ事が起こるか分からないもの。利益誘導に恐喝紛いの言動ときましたからね、地域主権のカケラもありゃしない。

3つのテーマの中で、これが一番わかりやすい「ぐずぐず」でしたね。いやはや。

'10 02月22日 (月) 22時24分 : 子供が語った人生の理解の仕方

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世界のニュースを紹介してくれる有名ニュースサイト「らばQ」さんから、「犬が生きてきた目的...心に響く、ある獣医の手記」という記事をご紹介したいと思います。

シェイン君が理解する「生きること、死ぬこと」

6歳の男の子・シェイン君とその両親の家で飼われていたベルカー君という犬が、治療不可能のガンにかかり、家族みんなで見守る中で安楽死させることとなりました。シェイン君の目の前で処置は行われ、ベルカー君は静かに息を引き取りました。動かないベルカー君を前にして、処置を行った獣医と家族が語り合う中で、大人たちですら受け入れられ難い「動物の命は、人間よりも短いのだ」というシンプルな事実について、シェイン君が驚くべき発言をするのです。

以下、ベルカー君との別れの場面から抜粋します(強調は引用者)。

数分のうちにベルカーは安らかに、眠るように息を引き取った。
シェインはベルカーの変化を特に混乱することもなく、難なく受け入れたようだった。私たちはベルカーの死後、しばらくそこに座り、動物の命が人間のものより短いと言う、悲しい現実について話し合った。静かに会話を聞いていたシェインが突然、「どういうことか、わかるよ」と言った。
私たちは驚き、全員が彼の方を向いた。彼がそのときに放った言葉は私を驚かせた。それまで、これほど心地よい説明を聞いたことがなかったからだ。
彼はこう言ったのだ。
「人は、いい人生の過ごし方を学ぶために生まれてくるよね?いつもみんなを愛することとか、人に優しくすることとか。だよね?」
そしてその6歳の少年は続けた。
「ほら、犬はもうそれをすでに知ってるんだから、そんなに長いこと、この世にいなくていいんだ」

人間と犬という異なる種の間では、生きられる時間も違えばコミュニケーションの手段も違います。しかし、たった6歳のシェイン君は、そんな断絶された2つの生き物を「いい人生を学ぶために生まれてくるもの」と包括した上で、「犬は既にそれを知っている」と言い切りました。最愛のペットを失った悲しみや、目の前で唐突に起こった死という現象の理解し難さといったものを、シェイン君は大人には出きない方法で飛び越えたんだと、僕は思います。

人が大人になるまでの間に失っていく(のかもしれない)非常にプリミティブで純粋な「世界の成り立ちを理解し、受け入れる力」をシェイン君はきっと持っていて、そんなみずみずしい心の有り様が成し遂げた生と死の不条理に対する理解を、大人にでも理解できるシンプルな言葉にしてくれたような気がして、僕はしばらくこの文章の前で立ち尽くしてしまったのでした。

6歳の子が、「人は、いい人生の過ごし方を学ぶために生まれてくるよね?」と、あなたに確認めいた質問をしています。あなたは、どんな風に返事をしますか? もし僕が応えるなら、精一杯の笑顔で「そうだね」と肯定したいと思います。

'10 02月20日 (土) 17時48分 : 陸奥湊の道端の迫力がスゴすぎる

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港町八戸には昔ながらの・・・というか、原始的と言っても良いぐらいの朝市が立つことが文化になっていて、陸奥湊という場所でも「売り物を置いておく、誰かが買う」という感じの素朴で'(良い意味で)粗野な市場の形態が見られるんですが・・・上の写真は、そんな町のヒトコマです。

ただの道端に小さな敷物をしいて、そこに普通のおばあちゃんが座ってモノを売るんですね。現場を見ていただければきっと伝わると思うのですが、スゴイ迫力です。

  • 普通のおばあちゃんが真冬の早朝からしばらくの間「外に座っている」のがスゴイ。
  • しかも、座っているすぐ横には雪が積もっている。強烈に寒そうなのに、おばあちゃんは意にも介さない。
  • 郵便局の入り口に近いところに店を開いているのがスゴイ。郵便局の皆さんが地域の文化を理解されているからできる。全国でユニバーサルなサービスを展開する郵便局が、港町八戸の朝市文化を受け入れているのだから。
  • お店のすぐ前を車が走ります。それも、卸の業者のトラックです。ここでは、卸と小売の両方がいっしょくたに混在しています。というか、そもそもそういう区別が無いのです。
  • 値段だっておばあさんの言い値です。交渉はできますが、価格.comのような「客観的に値段の適正さを判断する手段」が無いので、最後は自分の裁量で値段を評価しなければなりません。
  • こんな風なおばあちゃんが、道端に何十人と座っているのです。そして口々に「見でけでー!」「買ってげー!」(見てちょうだい、買ってちょうだい)と叫んでるんです。

・・・スゴイです。これだけ差別化されたものがあるんだから、八戸市民の皆さんは誇っても良いと思うし、よその人は見に行っても良いと思うんですよね。そして最後に付け加えるならば、まだまだ僕が気付いていない価値が、きっと陸奥湊の道端で今日も眠っていることでしょうから、それを見つけに行きたいと思っていたりもします。

陸奥湊の道端の迫力がスゴすぎる、というお話でした。

'10 02月19日 (金) 00時09分 : 分からない魅力、帰る場所

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出張中につきお写真のみで更新シリーズもいよいよラスト。今日の写真は蕪島付近から見上げる高台のくさむらです。撮影している間は「なんで俺、こんな場所を撮ってるんだろ?」なんて思いながらだったけれど、八戸を離れてから妙な力がある写真が時々あって、これもそんな一枚です。僕が一体どんなところで八戸に魅力や郷愁を感じているのか言葉にするのはとても難しいことだから、時々こんな風に写真だけでコミュニケーションをするのもアリかも、と思ったりします。

とはいえ、いい加減出張三昧もしんどくなってきましたし、さすがに写真ばかりのコミュニケーションも不安だったりしますので、今週末からは家でゆっくり更新作業をしようと思います。今週までガマンして見てくださった皆様、本当にありがとうございました。

明日、家に帰ります。八戸に帰れたら、いいのにね。

'10 02月17日 (水) 21時52分 : 文化としての建物

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出張中につきお写真だけで更新シリーズ、今日は八戸の中心街から少し南・内陸部に向かった鍛冶町にあるシブイ建物です。この辺りは道沿いに商店が並んでいて、八戸の最盛期には吹上・長者近辺の食卓と生活を支えました。現在は時代の変遷でシャッターがしまっている建物もちらほら見えますが、建物自体の上品な造りや坂道をそのままに残す街道的な趣は、今もこの辺りに一種の気品として満ちています。漁師町・工業都市として粗野ながらも粋で温かい人情を育んだ土着の文化と、高度経済成長期に中央から憧れを以て受け入れられた都会の文化。それらは混じり合い、今もなおその香りは失せません。

日本全体が上向いていたその頃、新しいものを「文化○○」と呼ぶ風潮がありました。文化包丁、文化住宅、文化放送なんていうのもその流れで名付けられたものです。かつて、文化とは「新しいもの」を指したのです。

しかし、2010年に至り、八戸から離れて暮らす僕が旅人として八戸に降り立って思うのは、八戸の過去から照射される眩しいほどの「文化」なんですね。かつて未来からやってくると思われた「文化」も、今となっては現存する八戸の町を作り上げた先輩方の思い出として未来とは逆の過去から匂い立ってきているように、感じられるんです。・・・時代の流れとは、言葉の意味を真逆にすら変えてしまう。今八戸に住む人も、これから八戸に行く人も、先人が残し今もその風情を残す鍛冶町界隈の港町文化が顕われた町並みを、味わってほしいと思います。

'10 02月16日 (火) 22時14分 : 蕪島と太陽

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お写真のみで更新シリーズも最終盤、八戸市の誇るウミネコの島・蕪島から眺める八戸港と太陽です。町中で見上げた時には一枚ベールをかぶっていたように見える太陽も、海辺に近づくにつれて間近に見え、港に立って見上げると強烈なほどに輝いていたりします。なぜかは分からないんですが、太陽は陸と海の海岸線で最も強く輝くような気がします。

海と空は惜しげなく青く、太陽は目がくらむほど白く、僕らの影はどこまでも深い。このコントラストは、八戸に住んだことのある人にしか分からないんじゃないかと思うほど圧倒的なものです。八戸を知らない人にも、いつか遭遇してほしい体験です。

'10 02月16日 (火) 00時01分 : 祈ること、祈らないこと

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出張中につきお写真だけで更新シリーズも終盤戦、今週いっぱいとなりました。今日の写真は数年前のお正月、長者山新羅神社に参拝に訪れた親子の写真です。

この親子、実は参拝の様子を観察していたんですが(観察されたほうがたまったもんじゃないですよね、申し訳ないと思います)、お子さんは神様に対して軽くお祈りしただけだった一方、お母さんはお子さんに早く去ることを促されていても気にせずに神様に深くお祈りを捧げておられました。

子供が「祈らないこと」も、お母さんが「祈ること」も、両方きっと正しいのだろうな、と思いました。子供は祈らないことでお母さんと一緒により楽しい何かを見つけよう、動き出そうとしたし、お母さんは祈ることで子供に少しでも多くのシアワセを呼び寄せようと本気で神様に語りかけていたんです。要は、祈るか祈らないかの問題じゃなくて、何を願いとして心の中に秘めながら参拝しようとするかという態度の問題なのですよね、きっと。言ってしまえば、神様がいるいないの問題でもなく、とりもなおさず俺の問題なのだ、と思ったのです。

'10 02月14日 (日) 21時04分 : 波を見る船

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多忙中により、お写真だけでの更新が続いております。今日の写真は、八戸の漁港の中でも圧倒的な情緒があると個人的に大プッシュしたい小舟渡の浜でじっと出港を待っている漁師船です。崖と山に囲まれて昼間でも薄暗い小舟渡で、遠く明るいながらも荒れている水平線を物言わず眺めている小さな船は、自然に対してあまりに小さい人間の力を象徴した存在のように、肩を縮めているように見えました。

しかし、そんな小さな船もいざ出港となれば大きく頼もしく勇ましく見えるもの。漁師と船は一心同体、一緒に海に出る時にはじめて真価が出るものなのでしょう。漁師町・八戸は、そんな風に海と戦い続ける漁師と船の絆が見える場所があちこちにあって、実に切なくて、魅力なのです。

'10 02月13日 (土) 15時25分 : 45号線

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多忙中につきお写真だけで更新シリーズ、本日は八戸を貫く45号線の光景です。八戸の人なら、必ず一度は通ったことがあるんじゃないかという「新井田大橋」ですね。なだからかな丘陵を新井田川がつっきっていて、新井田川から類家側に下りながら橋を渡ると、諏訪・類家・青葉から小中野・柏崎のほうまで広がる八戸の平野部が見渡せる、お手軽な絶景ポイントでもあります。

ところで、僕が愛用している写真現像ソフト「Aperture」がアップデートしまして、今インストール中(正確には、新しいソフト用に写真データを改変する処理中)なのですが、2時間半で30%ほどしか終了しません。今日中には終わらないっぽいですね・・・

来週も出張なので、更新用の写真を準備しようと思ってたんですが、それも明日になりそうです。ここのところずっと写真ばかりの更新で申し訳ないですが、それもおそらく再来週前半までのご辛抱。もうちょっとだけお待ちいただければと思います。

'10 02月11日 (木) 19時39分 : ふりそそぐ光の束

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まあ、見てみてくださいな。イギリスの結婚式の風景です。

若者という世代は、働かなきゃいけないし結婚しなきゃいけないし子育てしなきゃいけないし、色んな欲求を抑えなきゃいけないし社会性を持たなきゃいけないし世代の層の真ん中を取り持たなきゃいけないし。それでも、こんな風に結婚というイベントを体いっぱいで楽しんだり楽しませたりしようとしているんですよねぇ。

こういうところをつぶさに褒めてお互い笑えるような世の中にしたいから、僕はそうしようと思います。

'10 02月11日 (木) 16時53分 : 闇に浮かぶ

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お写真だけで更新シリーズでございます、今日の写真は港町八戸の風情には欠かせない横丁から、暗闇にポッと浮かぶ提灯です。この提灯というものって、日本全国どこに行ってもありますよね。暗闇の中で、内側から色鮮やかに光っては酒飲みたちを誘惑し続けているもの。

今は照明器具としての実益的な役割は無いですから、提灯をぶら下げるのは伝統的・歴史的な背景からであって、別にあっても無くても良いという考え方もあるかもしれないのですが、個人的には照明器具としての提灯のデザインの中に酒飲みの心をくすぐる・・・ひいては人の不安感やストレスや欲求やらをくすぐる何かコンセプト的なものが隠されているんじゃないかなぁって思ったりするんです。

この写真の光景も、どこか呪術っぽさのようなものがあったんだよなあ。あれ、なんだろうなあ。

'10 02月09日 (火) 18時02分 : 向こうに海が見える小径

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出張中につきお写真のみで更新でございます。毎度毎度ごめんなさい、来週までのご辛抱。

今日の写真は、蕪島から小船戸に向かう途中の細い脇道で、木々のトンネルの向こうに水平線がのぞいているささやかな光景です。昼下がりの光と木々の肌の向こうに、真っ青な海が見える。なんというか、その道に歩を進めるのを躊躇してしまうような、不思議な神々しさのようなものを感じた一枚です。

'10 02月08日 (月) 22時00分 : 思い出せ、寒くない冬

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先週に引き続き、出張中につきお写真で更新シリーズでございます・・・ちなみに来週も出張でございます。3週連続で家にほとんどいないという状況でございまして、僕の代わりに皆さんには家にいてほしい、のんびり過ごしてほしいと願ってやみません。本当に。

とはいえ、出張先でも楽しくやってるんですけどね。今日の写真の撮影場所はきっと誰にも分からないと思うんですが・・・港町八戸が擁する水産科学館「マリエント」さんの近くの薮でございます。分かりっこないですよね、薮ですもんね、ごめんなさい。・・・さて、マリエントさんは海沿いの大きな段差を覆うように建っていて、建物の脇を急勾配の階段が取り囲んでいます。そんな階段から冬の太陽を見上げると、まるで子供の頃に空き地を駆け回っていた頃のように薮の向こうに太陽がまぶしく光ってるんです。

子供の頃って、本当に冬だって寒くなかったっけな。

そんなことを思い出しながら、普段住んでいる町よりも数段寒い町並の中をいそいそと仕事に向かった今日でした。

'10 02月08日 (月) 00時12分 : 京都駅のかわいい女性駅員さんの話

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先日、出張で訪れた京都駅の改札で見た女性駅員さんが、かわいかった。

その改札は特に混んでいなくて、僕が荷物を抱えて改札を通ろうとした時も、客は僕しかいなかった。女性駅員は改札横の詰所みたいなところでパソコンを前に座っていて、白髪の男性駅員と肩ごしに何かを話していた。僕がキップを改札に入れた時、男性駅員から何かを言われた女性駅員は振り返って、男性駅員に向かって「あっかんべー」をした。

かわいかった。どこかしら「なるほど」と思わせるかわいさがあった。見た目が清潔感のある真面目な感じだし、男性駅員と話しながらもパソコンに向かってパタパタと何かを打ち込んでいる様子は職務態度として問題なかった。そんな女性が、クルリと振り向いてあっかんべーをするというのは、なんだろうな、とてもグッと来たのだった。なんでここまでグッと来たのだろう? と考えてみたら、清潔感のお茶目さのギャップなんてのもあるけれど、個人的には「白髪の男性職員と若い女性職員が、仕事をしっかりしつつも適度に打ち解けて仲良く過ごしていること」が響いていた事に気づいた。僕はその女性職員を恋愛対象として見たのではなくて、仕事場の女性と良い関係を構築できている男性職員に感情移入した上で、そんな風にあっかんべーしてくれる間柄の同僚を持てたことをうれしく思っていたのだ僕は、と感じた。

僕は二人の駅員の談笑を聞きながら重い荷物を背負い直し、少し背筋を伸ばして地下鉄のホームへ向かったのでした。疲れなんて一瞬で吹き飛んだ。

今日の写真

今日の写真は、先日掲載した凧揚げされているお母さんの横で楽しそうにはしゃいでいた女の子です。とっても可愛らしい笑顔でした。そんな笑顔のおかげで、びゅうと冷たい風が吹き付ける海辺なのに、寒さなんてどこかに行ってしまった事を思い出します。

「外見は中身の一番外側」という名言があるけれど、かわいかったりキレイだったりするだけで沸くエネルギーもあるから、僕も気をつけないとなあ。カッコよくは無いけれど、その他のところで気をつけようっと。いつか若い女性写真と(上の記事のような意味で)仲良くできるおじさんになりたいし。

'10 02月07日 (日) 11時23分 : 俺のニオイ、略して「俺臭(おれしゅう)」

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自分の書いたものとか、撮った写真とか、選んだ服とか、話すことにつきまとう、俺のニオイ。俺臭(おれしゅう)と言ってよい。この俺臭が、どうにもダメだったんだよなあ、若い頃って。それがダメだと何を作っても自信を持てないし、他人に対する評価が上がるのは良いけど自分に対する評価がダダ下がりしてしまう。でもこれって、今から考えると単純に客観的な視点を持てなかっただけなんだよなぁ。自分以外の人がみんな人間的に素晴らしいなんて事は100%あり得ないし(だってそうだったら、誰かから見た僕は素晴らしいことになるんだし、そもそも「完璧にスゴイ人」なんていないような気がするし)、みんな多かれ少なかれ「俺ってなんかヤだな、ダメだな」みたいなコンプレックスを抱えていることは明白だろうと思う。おしなべて言えば、人はみんな長所と短所がイビツな形でくっついていると思っている。

実は今でもこのサイトの文章や写真に対してけっこうな「俺臭」を感じているものの、まあそういうニオイが気にならない人だっているだろうし、と高をくくる形で運営しているのが本当のところ。だからこそ、褒められると本気でうれしいし、けなされても「この人には合わなかったんだな」と受け入れられるように、すこしずつ、なってきた。

似たようなニオイに「八戸臭(八戸の事を不公平に悪く感じてしまっている状態)」などもあるので、精一杯注意したいところである。

今日の写真

ちょっとニオイがキツい今日の日記に対応して、さわやかな光景をひとつ。河口から八戸セメントさんを横目に上流に遡った新井田地区から眺める新井田川の穏やかな川べりです。寒い日が続きますが、こんな景色を時々見て「ああ、世界も案外良いところもあるよな」と感じたりしながら公平さを頭の中でバランスしていかないと、時々うっかり腹を立てたり変な失敗をしてしまったりする僕です。

仕事が忙しくて何かやらかしそうな雰囲気を感じたので、先回って反省する日記でした。

'10 02月06日 (土) 13時34分 : ボーリングの夜

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出張中につきお写真だけで更新シリーズです。実は既に出張から戻っているんですが、やることビッチリなのでとりいそぎ新しい記事を出しておこうということで・・・すいません。

冬の薄闇にまぎれて、ボーリングのピンがじっくりと冬を睨んでいるのは、中心街から少し南のゆりの木通り。繁華街の華やかさと北国の冬の厳しさが混じりあって、どことなく寂しくて切ない雰囲気を作っているのが、八戸の趣深さではないかなぁ。

さらにいえば、八戸のみならず、20〜30万人ぐらいの地方都市って、こんな風に「都会」と「田舎」のバランスが調度良い町が多いように、個人的な経験では思います。おいしいものもあるし、泊まったり休んだりも簡単だし、移動手段も何とかなるし、田舎らしさは色濃く残っているし。何事もバランスって大事だよなぁ・・・

'10 02月05日 (金) 08時21分 : くらい波

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出張中につきお写真のみで更新シリーズ第5弾は、寄せる波です。波です。これだけです、すいません(マジで忙しくなってきたッス、うへぇー)

'10 02月05日 (金) 00時00分 : 黒いススキ

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出張中につき写真で更新シリーズ第4弾は、八戸の馬淵川沿いにしか生息していない希少品種「黒ススキ」を採り上げてみます。当然のようにコレはウソで、川沿いの写真を白黒加工しただけなんですけども、予想以上にとリアルでザラリとした手触りになったので個人的には好きな写真です。

ところで、八戸の怖い話を個人的に聞いて回っているんですが、地名や人物名や団体名がリアルすぎて部分的にしか公表できないのがつらいところなんです。例えば「八戸の怖い話:逆さ柱」なんかは、会社名・登場人物名も把握できてますし、その話が本当であることを証明する建物なんかも既に写真に納めているんですが、公開すると団体さんや地域の人に迷惑をかけるかもしれないという点が心配なので、やっぱり出せないんですよねぇ・・・。

とはいえ、こんな写真に似合うとびっきりの怖い話、ご存知の方は教えていただければうれしいです。話に似合う写真を付けて記事にさせていただければ、と思いますので。

怖い話というと一般的には夏のイメージですけど、北国は冬だって案外怖いですよね。

'10 02月04日 (木) 19時28分 : 雪の次の日の散歩

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出張中につきお写真更新シリーズ第3弾は、雪が降ったあとの散歩です。

撮影ポイントは新井田川、八戸セメントさんよりも少し上流の新井田地区です。八戸セメントさんまで辺りは「海のそばの川」という感じですが、この辺りから少しずつ「平野を流れる川」という雰囲気が出てきて、田向から是川にかけて一気に「山の川」にかわっていきます。海と山がせめぎあう八戸にピッタリの風情を持つ川と言えますね。

そんな川沿いを、めいめいに散歩する人たち。雪を踏んでシャキシャキと歩を進める人々をみていると、案外寒さなんて忘れてしまうものだから、不思議なものです。

'10 02月03日 (水) 21時32分 : 夜を進む

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出張中につき写真で更新シリーズ第2弾・夜の繁華街を抜けていく八戸市営バスさんです。

・・・かっこいい、シブイ(ゴクリ)

しかも、全国的な動きもあって最近のバスの運転手さんはマイク付きで、田舎の言葉で案内してくれるんですよね。これが、イイんだなあ。分かるかなぁ、分かんねえんだろうなあ・・・いや、分かってください、お願いします!

'10 02月03日 (水) 00時15分 : たこあげ

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出張中はそれこそ仕事にほぼすべてのエネルギーを使うので、お写真で楽しんでいただこうかと。更新頻度も上げますので、何卒ご容赦くださいませ。

今回の写真は、蕪島の横の砂浜で凧揚げに興じる若いお母さんです。一年じゅう海風が吹く八戸ほど、凧揚げにうってつけの町は無いです。写真の場面のあと、お母さんは4つぐらいの小さな娘さんに凧を手渡したんですが、その娘さん、マリエント(近くにある水産科学館)まで飛んでいってしまいました。うそです。すいません。

'10 02月02日 (火) 00時39分 : 毎日寿命を1日伸ばせば不老不死。

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びっくりしたら「1年寿命が縮んだわー」なんて言う。驚いただけで寿命が縮むのなら、風邪をひいたり転んだりしたら、きっともっと縮むだろうなぁ。例えば風邪で1週間寿命が縮むとして、毎年風邪をひくと・・・1年間は72週間ちょっとだから、72年ほど生きると寿命が1年縮むことになる。「毎年風邪をひくと、おしなべて1年寿命が縮む」と言葉にすると、予想以上にリアルに聞こえてくるから面白い。

一方で、驚くぐらいで寿命が縮むのなら、気持ち良いことをしたら寿命が伸びてもおかしくない。例えば週末に一泊二日のんびりと温泉宿で過ごしたら、1週間ぐらい寿命が伸びても良い気がする。計算すると・・・「毎月1回温泉に泊まりに行く生活を5年間続けた場合、約1年寿命が延びる」ことになる。例えば75年間毎月温泉生活を続ければ、寿命に15年のボーナスが加えられ、90歳まで生きられる。適当に置いた数字だけれど、これも案外リアルな数字になったように感じる。

上の計算では「生活習慣を人生何十年というスパンで見てみると、寿命に大きな変化が出そうだ」という見地で考えてみたけれど、別の考え方をすると、「今日1日過ごす間に行った様々な事や出来事すべてについて寿命のプラス・マイナスを積算して、結果が『寿命プラスマイナス0』の場合は、天寿を全うできる」と言うこともできる。さらには、積算結果が『寿命プラス1日以上』なら、その人は死なないはずである。

例えば、僕の今日の1日はこんな感じだ。

  • 朝:起床。つつがなく出社。寿命マイナス10分。
  • 午前:つつがなく仕事。コーヒーを飲む。寿命マイナス5分。
  • 昼休み:友人と下らない話をして大いに笑う。寿命プラス1時間。
  • 午後:つつがなく仕事。ミーティング1件。寿命マイナス5分。
  • 夕方:定時で会社から出る。寒いけど気分は良い。寿命プラス10分。
  • 夜:大好物の生ハムと、読みたかった本を2冊ほど買い上機嫌。寿命プラス20分。
  • 深夜:趣味に時間をたっぷり使えて気分が良い。寿命プラス20分。
  • これから:健やかに寝る予定。寿命プラス30分。

合計すると、今日ぐらい上出来な日だと、平日で仕事があったにも関わらず寿命はプラス2時間になる。しかし、今日という1日=24時間を消費してその分寿命は減っているから、24−2=22時間だけ、僕は死に近づいた訳だ。・・・なんて具合に色々下らないこと考えて仮想的な寿命を伸ばしたり縮めたりしてみたところで、僕自身のカラダは確実に死に近づいているという事実だけは揺るがない。僕が日々感じる腹痛や頭痛やチクリとした胸の痛みのいずれかが、致命傷になる日が来る。不思議なものだ。

なんで急にこんな話を書いたかというと、(僕の寿命が1時間伸びた)昼休みに、「死ぬならどんな場所が良い? 老後に死に場所として選ぶなら、どこ?」という話になったからである。

僕は少しだけ考えてから、「海のそばがいい」と答えた。

'10 02月01日 (月) 05時10分 : iPadという鏡

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iPadが発表されました。同じメーカーに勤める者として、この革新的な新製品の発表を心から祝福したいと思います。

しかし、iPadに対する様々な評価の中で、Flash非対応・SDカードスロット無し・マルチタスク無し・Mac OS XではなくiPhoneOS・・・といった理由による批判的な意見が大きいように思います。そしてそれらは、結局はフルスペックのPCの置き換えにならないことを問題視しているとまとめる事ができるように思います。

  1. 既存のPCでできることをフォローしたタブレットPCの決定版を期待していた。
  2. しかし、出てきたのは「大きなiPod Touch」だった。
  3. これは僕の求めていたものではない。

そんな風なロジックが、まず第一印象として批判側に回った人たちの後ろにあるように感じます。さらに言えば、こんな感情があるのかもしれないとすら思うんです。

「俺たちからフル機能のPCを奪うなよ」

主流でフルスペックのOSがあり、キーボード・マウスといったUIがあり、様々な端子を使って機能を拡張できる。そんな機械じゃなきゃ、自分の生産性や望むべきレスポンスを期待できない・・・と考えているからこそ、iPadを受け入れられないという意見を表明するに至っていると言ってよいでしょう。これは言わば恐怖感に似た感情とも解釈できます。俺からPCを奪うんじゃねえよ、と。

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しかし、iPadの実際・・・というか、Appleが目論んでいる事は、PCの置き換えではないことは明白ではないかと思います。iPhoneとPCの間の「第三の製品」として生まれたiPadは、スティーブ・ジョブスがプレゼンしたように、以下の機能が本当のウリなのです。

  1. インターネット・メール・写真・ゲームといったPCにおける基本的でメジャーな機能を、
  2. ソファーに座ったり寝そべったまま、
  3. タッチするだけで誰もが前提知識なく楽しめる。

つまり、既存のPCに比べると機能的には限定されているけれど、利用シーンと利用ユーザは広がっているという構造になっているわけですね。言い換えれば、PCの知識を活かしつつ、キーボードやマウスによるキリキリにまで研ぎ澄まされた入力デバイスによって高い生産性を得ていた既存のPCユーザの既得権益が失われ、その分の利益がPCの前に座りたがらない人やPCを知らない人に再配分されているわけです。ビューワと言っても良いほどに、生産性に直結するレガシーな(昔からの)デバイスは削ぎ落とされた代わりに、そもそも生産しようという考えすらないユーザには非常に親しみやすくなっていますね。

iPadなら、リビングでテレビを見ながら簡単にネットを見たり、検索結果を家族に見せたりできるでしょう。UIは指のみだし、何しろ見た目は薄いモニターなのだから、家族の誰も怖がらないでしょう。こうやって考えてみると、iPadという製品が提案する、既存のPCユーザには恐ろしいほどの考え方に突き当たります。PCが年齢・性別を越えて広く普及しない原因は、効率性や生産性に偏りすぎていたからであり、その偏りを解消するには既存のPCユーザの求める効率性や生産性を切り落とさなければならない、と。

Appleが考え続けたタブレットPCの意義は、それがとうとうPCではなくなる場所でのみ価値があるものだったからこそ、iPadはPCではないのです。

  • PC:Mac OS X + キーボード + マウス + 拡張性 = 高い効率性・生産性を少数のユーザが楽しむ
  • iPad:iPhoneOS + タッチスクリーン + ポータビリティ = 限定された効率性・生産性のビューワを多数のユーザが楽しむ

タッチパッドのキーボードの入力スピードは物理的なキーボードには適わないし、指でIllustratorやPhotoshopを精密に操作するのは難しいでしょう。しかし、iPadを膝に載せたお母さんがCMを見て検索キーワードを入力するには十分でしょうし、子どもたちは大きなキャンパスに指でのびのびと絵を描くでしょう。

iPadという鏡は、iPadそのものを望む者には果実を映し、iPadではないものを望む者には悪魔を映すようです。それほどの強いコンセプトが、PCを万能の利器ではない場所に相対化してしまう力が、iPadには宿っているように思えます。

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じゃあ、僕は買うのか?

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僕はヘビーなPCユーザだし、家にソファも無いし、ノートPCもあるので・・・これだけiPadのコンセプトを説明しておきながら、買いません。キッパリ。きっと1年以内に「カメラ搭載」「黒い縁が狭くなる」「電池寿命が伸びる」といった分かりやすいハードウェアのアップデートが起こるだろうし、eBooksの日本展開や新しいアプリの登場といったソフト・サービス面のアップデートもあるでしょう。だから、買いません。待って損はない、はず。

・・・いやいやいや、買いませんってば(笑)。現物を見てガマンできるかが勝負、Apple製品はコレがマジで鬼門。・・・でもなぁ、これって人に写真を見せるには素晴らしいデバイスだよなぁ。それに、ネットを使ってない実家の親にプレゼントするにもピッタリ・・・ハッ!(危ないところだった)

ちなみに、Appleが発表会で見せたiPadの背景は、遠くに陸地を望む朝焼けの海でした。新しい大陸には、いったい何が待っているのか。iPadは、まっさらな可能性の海に船出したばかりです。

'10 01月31日 (日) 12時00分 : 高橋真梨子「ごめんね」の腹が立つポイントを解説

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先日「高橋真梨子の『ごめんね...」という歌の歌詞が腹立たしい」ということを日記に書いたら、どういうこと? というリアクションを受けたので、あらためて説明しようと思います。

まず1番のAメロを見ていきましょう。

好きだったの それなのに 貴方を傷つけた
ごめんねの言葉 涙で 云えないけど 少しここに居て

悪ふざけで 他の人 身を任せた夜に
一晩中 待ち続けた 貴方のすがた 目に浮かぶ

要はこの主人公の女性は浮気したわけで、それを後悔しています・・・という感情を歌詞に結晶させてるんですけど、上の話の順序を並び替えると見えてくるものがあります。

  • 貴方を好きだったのに、傷つけた。
  • 浮気して体の関係を持った。悪ふざけだった。
  • 一晩中待っている貴方に申し訳が無い。
  • 「ごめんね」の言葉が、涙で出てこないけれど少しここに居てほしい。

強調箇所が、腹立たしいところである。悪ふざけとは何事か! 本当に傷つけたことを深く反省しているのか。しかも、泣いてることを言い訳にして謝罪の言葉も口にせず、挙句の果てには「少しここに居て」と要求までするのか。反省もなく、言葉にも出さず、あまつさえ男に依存さえする女の態度には、論理的に考えれば一片の同情の余地も無いはずだ。それが、サビになるとさらに強烈になる。

消えない過ちの 言い訳する前に
貴方に もっと 尽くせたはずね
連れて行って 別離(わかれ)のない国へ

言い訳の前にできることがあったはずだ、と考える態度は同情の余地があるが、その後がいただけない。「別れのない国へ連れていけ」とは何事か! だいたいそんな国は無いし、やっぱり最後の最後に要求してくるのか! お前は本当に反省しているのか、それとも頭がおかしくなったのかと訝ってしまうのも仕方がないと言うものである。

その後の歌詞も、結局この主人公の女性は以下のような要求をする。

  • 『せめて今夜 眠るまで 私を抱きしめて
  • 『いつも我がままを 許してくれた場所まで 戻りたい』

浮気しといて抱きしめてだの、まだ我がままをさせてだの、この女性はどうかしている。いくら男がいい加減でも、浮気をされた女性を葛藤無しに抱きしめられるほど能天気ではないし、女性が自らを卑下した言い方かもしれないという部分を勘案しても「我がままを許して欲しい」と、今言うか、と。そして究極は、以下の一文であろう。

何処にあるの 悲しまない国

浮気するような良い年になっても「悲しみのない国はどこ?」と言う未成熟さが、彼女をして浮気に走らせるのである。もはやこの女性の考えは荒唐無稽であると断じられても相応だ。

結論としては、この歌の主人公の女性は身勝手に浮気をしておきながら、反省も謝罪もせずにさらなる要求を繰り返すという反社会性の塊であると言わざるを得ない。「もう浮気はしません」と言わずに「別れのない国へ連れていって欲しい」と現実逃避と責任転嫁を繰り返す女性は、もはや別れた方が正解である。この女性を断じて許してはならないのだ。

しかし、この曲がヒットしていることを、男性は忘れてはならない。女性は結束し、一切の譲歩せず、こういった反社会的恋愛価値観を男性に突きつける。そしてあまつさえ、「女心が分からないのね」などという無碍も無い一言で、男性を言いくるめようとするし、こういった非論理的で身勝手な主張に屈してしまう男性を「良いオ・ト・コ」なんて表現したりするのである。で、僕なんかはそんな女性に騙されてウッカリしちゃったりするのである。

そろそろ賢い読者の方ならお気づきであろうが、この記事は全体的に冗談であるので、本気で受け止めないでいただきたいことを最後に付け加えておく。

今日の写真

ちょっと時期はずれなんですが、夫婦で飛んでいるウミネコの写真です。撮影は6月、ウミネコは子育ての時期で、日本で唯一人が足を踏み入れられるウミネコ繁殖地である蕪島は圧倒的なほどの命と生の感覚に埋め尽くされます。ウミネコは夫婦で子育てするんですが、浮気なんてするんですかねぇ? なんて思ったので採用しました。ただ、上の写真で2匹ならんで飛んでるウミネコは両方何かを叫んでいて、まるで口汚く互いを罵っているようにも見えますね。人間もウミネコも一緒だなあ、と思うと滑稽です。今日の日記もまさしく「歌の歌詞に本気になっている俺の滑稽さ」みたいな部分を感じていただければと思います、重ね重ね、本気ではないのでご注意を(笑)

ただし、企画でご飯を食べている僕にすると、この歌詞は女性の考え方を探る上で非常に重要です。少なくとも男性である僕は、浮気を謝り反省しながら「別れのない国に、行きてぇなぁ・・・」なんて事、思い浮かびませんもの。

だからといって、僕は主人公の女性のような考え方を一面的に叩こうとは思わないんです。僕だって非論理的な考え方が心の底から突き上げてくることは日常生活の中でも数多くあります。そもそも僕らは論理的になんて動いていないことは、最近の行動経済学や文化人類学の成果が指し示しています。僕らって、この歌と同じぐらい非論理的なのだ、というところにスタートラインを引いた方が建設的であるとすら言えると考えているんです。

さらに言えば、歌詞のような場面で生じるどうしようもない気持ちって、僕にも上手く言葉に出来ないだろうし、きっと女性にも上手く表現できないんじゃないかと思うんです。歌詞の通り、涙ばかりが出て言葉になんて出来ない状況に陥るのが普通じゃないかな、と。そしてそんなグチャグチャになった感情をそのまま言葉に置き換えられたことが、この曲のヒットの一因であり、高橋真梨子の面目躍如ではないかと思ったりもするのです。

そのあたりをすべてひっくるめて理解しているからこそ、歌詞中で謝らなかったにも関わらず、曲のタイトルが「ごめんね...」なのではないかな、と。歌詞と曲名の矛盾こそが、僕らの心がもつ非論理性を如実に表しているように思うのです。

謝られると、男は弱いですしね。

'10 01月30日 (土) 11時35分 : 「定食」を「伝説」に置き換える

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「定食」を「伝説」に置き換えると面白いかも? って、気づきまして。

  • レバニラ伝説
  • 野菜炒め伝説
  • おさしみ伝説
  • かつとじ伝説
  • 日替わり伝説

伝説なのにショボイ感じが肩透かしでクスッと来る。で、世の中にはどんな定食メニューがあるんだろう? と思ってGoogle先生に聞いてみたら、ちょっと予想外の定食に出くわした。

  • マカロニ定食

なんだろうか。マカロニがおかずなのだろうか、これで定食が成り立つのだろうか・・・? これぞ本物のマカロニ伝説である。

今日の写真

今日の写真は八戸市の中心街から南に少しいった「ゆりの木通り」に面する三ツ星食堂さんと、おとなりのオトナなお店の看板です。八戸は田舎の古い港町だけあって、懐かしさを残す食堂さんがたくさんあって、中でもこの三ツ星食堂さんの看板は個人的にかなりグッと来るんです。上の話では定食を茶化しちゃってますが、安価であったかいご飯と味噌汁とおかずを一般市民に提供する食堂という仕事にはどこかしら誇り高さのようなものがあるように思えて、だからこそ昔から変わらず威風堂々と看板を構える食堂を見るたびに、僕も背筋が伸びるように感じるのです。

'10 01月28日 (木) 00時01分 : 「さらかもねどげ」

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子供の頃、例えば兄弟といつまでもチャンネル争いをしていたりするのに業を煮やした祖父は、容赦ない教育的指導を僕に施したあと、「さらかもねどげ」と必ず言った。激昂した祖父の前で祖母は僕たちをかばおうとするけれど、祖父に押しのけられる。僕はボコボコと殴られ、靴をはく暇もなく真冬の外に追い出される。祖父をなだめる祖母の声を背中に、泣き叫ぶ僕も構わず祖父は容赦なく扉を閉める。閉めた直後、祖父は「さらかもねどげ」と叫ぶのだった。

・・・何のことだか分からなかった。「さらかもねどげ」の意味が、分からなかったのだ。でもそのうち、徐々に推測がついてきた。それは、こんな感じだ。

  1. まず、その言葉は僕をかばう祖母に対して言われていることが推測された。僕を外に締め出した後に叫ぶから。
  2. ある日、「『さら』とは『まっさら』のさらで、『まったく、ちっとも』という意味合いでは? と思いついた。
  3. となると、残りは『かもねどげ』。これなら何とか推測がつく。『かもねどげ』→『かまわねどげ』→『構わないでおけ』
  4. つまり「さらかもねどけ=まったく構うな」という意味ではないか。

直接確認する前に祖父は死んでしまったけど、どうやらこれで合っているらしい。

ここでポイントは、同じ国・同じ地域に住んで、生まれた頃から八戸の訛りを習得しているにも関わらず、分からない言葉があるということ。改めて思い返すと、日常生活の中で「おじいさんは何を言っているんだろう?」という疑問にさらされることがたくさんあった。例えば、こんな言葉。

  • 「きっち」 → 浴槽のこと。「きっちいてこ(「きっち」に行ってこい)」=「お風呂に入りなさい」という意味だが、小さい頃の僕は「キッチンに行け」という意味かと勘違いして、洗い場の前で祖父の次の一言を待った。
  • 「じゃんぼ」 →髪の毛のこと。「じゃんぼかてこ(「じゃんぼ」を刈ってこい)」=「髪の毛を切ってきなさい」という意味だが、小さい頃の僕は祖母に困った視線を向けて、通訳をお願いした。ちなみに、八戸で「じゃんぼ」という人はあまり多くないようで、津軽弁でよく用いられる。

そんな風に祖父と僕は時々まったく訳の分からない会話をしながら暮らしていたわけで、今になって考えるとこんなに面白い生活環境は無いよなぁ、と思う。普段の生活自体が異文化との交流になっているのだから、スゴイものだ。でも、孫と上手く話せない祖父のことを考えると、切ない。僕に言葉が通じていない様子を見ながらも、そんな僕を許し続けた祖父を想像すると、祖父に叩かれ外に出された思い出すらあったかくなる。

今日の写真

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実は今日の写真は八戸ではありません。八戸までの帰省の足・新幹線「はやて」の車窓から見下ろす盛岡駅です。寒風吹きすさぶ盛岡駅を温かい車内から見下ろしていると、八戸に近づけば近づくほどに時間まで巻き戻ったかのように、八戸に住んでいた小さな頃の場面がリアルに立ち浮かんでくるんですね。外に出されたあの日も、この写真のような吹雪でした。八戸で生まれ育った僕からすれば、子供の頃の思い出はすべて、八戸の思い出でもあるのです。

ちなみに、普段このdiaryで使っている写真は95%以上八戸の写真ですし、当サイトのメインコンテンツ・photoのページは純度100%・生粋の八戸写真ですので、そちらもどうぞお楽しみくださいませー!(右のボタンから行けます)

'10 01月26日 (火) 07時47分 : コインランドリー百物語

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コインランドリーで回る洗濯物を眺めたり眺めなかったり。普段は暑くて避けてしまう陽だまりが存外に気持ちよくて、世界中が穏やかな午後をゆっくりと過ごしているような錯覚に身をまかせる。最近はすっかりコインランドリーには行ってないけれど、ドラムの中で追いかけあっている洗濯物を小難しい顔をして眺めている学生の頃の僕のような奴が、世界の何処かにいるのかなあ。

・・・そんな手持ち無沙汰だけど心地よくもあるゆったりとした時間に考えそうなことをいくつかまとめてみました。要は僕が最近ボンヤリしている間に考えていたことの棚卸しでございます、とりあえず10個ほど。

  1. 90年代は英語で「ナインティーズ」。では2000年代=ゼロ年代は英語で何ていうのだろう? ということを、ついこの間調べたと思ったんだけどなぁ。もうゼロ年代、終わっちゃったなぁ。(ちなみにゼロ年代は「ノーティーズ」)
  2. バイトでやってた家庭教師先の中学生男子に「クラブには、ブラックライトっていう不思議な青い光があるよ」と不用意に話したばっかりに、次の週に行ったらお小遣いをはたいてブラックライトを買っていて、何とも切ない気持ちになったなぁ。
  3. 「スーパーはぼき」って、まだ売ってるのかな?
  4. 「女なんてホニャララだよな」という言い方をする人が馬鹿っぽく思えてしまうのは、世界で30億人もいる男の性格なんて一言で言い表せないだろう? という疑問に根っこがあるのではないか。陽気な国も陰気な国もあるだろうしさ。
  5. お年寄りにも優しいツイッター「老いったー」ってどうかな。きっと、同じことを日本だけでも数十人は思いついているだろうな。
  6. 「ミルキーはママの味」という言葉を「ミルキーがママの味」と言い換えると、切ない。母親と生き別れる前の唯一の思い出が、母親からもらったミルキーだったという哀れな子供の心情のようで。
  7. 高橋真梨子の「ごめんね・・・」という歌の歌詞の女性は、何とワガママな事だろう! 勝手に浮気しといて「少しここにいて」だの「抱きしめて」だの、挙句には「連れていって 別離(わかれ)のない国へ」等と意味不明なことを・・・だんだん腹が立ってきた!!
  8. 生まれてから今までの間に、何人の先生から何時間の指導を受けたんだろう。とてもとても長い時間をたくさんの人からもらうことで、勉強やら何やらもできたんだなぁ。
  9. 昔ラジオで聞いた替え歌の投稿で「マトリョーシカを開けたら2個目で終わり」という歌詞があったんだけど、未だに思い出し笑いしちゃうんだよなぁ。2個目で終わりってなぁ・・・ちなみに元歌は「今日の日はさようなら」。
  10. 干した布団のあの太陽のような匂いは、実はダニの死骸の匂いだそうだ。なるほど、ダニは太陽の匂いがするのか。

こんな事ばっかり考えながら生きてる奴も、いるのです。文字にするとショボさが強調されて、我ながら良い。友達になれそうだ。

'10 01月21日 (木) 07時49分 : お正月、終わりーっ!

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いや、まあ既にお正月気分は終わってたっていう方も多いでしょうけれど、個人的にやっとお正月が終わりました。気分が抜けた、と言いますか。これまでは何となく、もう少しだけのんびりできないかなぁ・・・なんて甘えたことを考えてたんですが、以下の3つの記事に立て続けに出会ったあとに、こりゃ気を引き締めて仕事やらブログやらをやらにゃいかんぜよ! と思ったのであります。それぐらい、以下3つの記事は読みとくべきことが多かった。

  1. 結局は自分の好きなことを貫き通したやつが負け」(「ハックルベリーに会いに行く」さん)
  2. [日記]密室にとじこめられてます 17:46」(「Everything You've Ever Dreamed」さん)
  3. レビュー:ドラゴンクエストIX 星空の守り人」(「Info/趣味のWebデザイン」さん)

改めて、ブログは人の心を動かせることがわかった。今までもそう思っていたけれど、ボンヤリしてて少し忘れ気味だったっぽいなぁ。

というわけで・・・お正月、終わり!

'10 01月20日 (水) 00時08分 : 若者叩き3題

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マスコミなどで声高に若者世代を叩く論調が最近強くなっていてイヤだなぁ・・・と僕は感じていて、このサイトでも何度かそういったテーマのエントリをアップしたりしましたが、いよいよネット上でもそのマスコミの論調を認識して分析したり抗ったりする動きが顕著になってきました。

というわけで、最近の「若者叩き」を示す例を3つほどご紹介。

マスコミのひどい若者叩きの一例

マスコミが若者世代にターゲットを置いて、叩く。そんな論調を如実に示すニュースとそのリアクションをまとめた「痛いニュース」さんのこちらのエントリから。まずエントリのタイトルが何とも若者の感情を逆撫でするのです。

「嫌消費」世代 経済を揺るがす「欲しがらない」若者たち...週刊ダイヤモンド

不況の原因を「若者がお金を使いたがらないこと」に集約してしまっている乱暴な論調に、ネットユーザの若者たちが一斉に反応しています。不況を押し付けられた形の若者ながら、じゃあなぜお金を使わないのか? という疑問に対しても議論が行われていて、ある書き込みではこのようにまとめられています。

925 : まな板(静岡県):2010/01/08(金) 22:44:57.71 ID:y7t5de0N
どんだけ金貯めても将来が不安でしょうがないんだよな
給料日前には財布も貯金もスッカラカンでもゲラゲラ笑ってられた世代が
何言っても説得力無いわ

951 : 鍋(福島県):2010/01/08(金) 22:47:48.23 ID:oyWV7jwg
欲しがらない訳じゃないんだがなぁ
物欲はもちろんあるが、明日がどうなるかわかんないんじゃ借金も出来ない

954 : じゃがいも(滋賀県):2010/01/08(金) 22:48:13.12 ID:YMvPC/9i
職も金もないという大前提に触れないのはなぜ?

980 : モンキーレンチ(dion軍):2010/01/08(金) 22:49:49.14 ID:otidIf3a
>>954
まぁこれ+将来不安 から来てるんだよな 完全に
それだけ

日本でも指折りで貧乏である青森県では、例えば介護福祉士の資格を取ってフルタイムで働いても手取り6桁に届かないとか、就職直後から賃金未払いが発生したりとか、サービス残業が当然のように行われていたりとか、目を覆いたくなるような事が発生しています(これらはすべて僕が実際に見聞きしたことです、僕がたまに帰って話を聞くだけで、こんな事例はゴマンと見つかります)。

お金が無いこと・仕事が無いこと・将来が不安なこと。これらの大前提を無視して「若者が金を使わないから不況になるのだ」と説くマスコミや、それに同調してしまっている高齢世代が一定数存在しているであろうことは、個人的な所感として言わせていただければ狂気の沙汰だと思います。

こんな事を言われて、若者にやる気が出るとでも思っているのだろうか?

若者の気分

では、このようにのべつ幕無しに上から叩かれている若者世代は、どんな気持ちなのか。2ちゃんねるの楽しいコピペをまとめられているサイト「コピペ新聞」さんから、こちらのエントリから引用しましょう。

394 名前: 水先案名無い人:2009/10/28(水) 11:00:41 ID:oyuLunau0
童貞率が高ければ、「消極的」
童貞率が低くければ、「乱れている」
自立すれば、「核家族化で家族力と地域社会の崩壊」
実家にいれば、「パラサイト」
金を稼げば、「守銭奴・強欲・傲慢」
稼げないと、「弱くて情けない若者達」
勉強が出来れば、「最近の子は頭でっかちで中身がない」
勉強が出来ないと、「学力低下。馬鹿だらけ」
結婚すれば、「友達夫婦。おままごと」
未婚だと、「理想が高すぎ。身の程を知れ」
大きな車を買えば、「金遣いが荒い。金銭感覚が狂っている」
軽自動車を買うと、「最近の若者は大きな車を買わない。若者らしくない」
遊んでいると、「享楽的で向上心がない」
遊ばずに大人しくしていると、「暗い。気持ち悪い。覇気が無い」
積極的に会話に参加すると、「馴れ馴れしい。言葉遣いが悪い」
聞き役に徹していると、「最近の若者はコミュニケーション能力が低い」

「テレビ見るな!ネット止めろ!ゲームは悪!新聞読め!新聞読め!新・・・」

新聞の論調を揶揄し、どう転んでも叩かれるだけである自らの立場をシニカルにまとめていますが、これが若者世代が世間から感じている時代の雰囲気なのだと思うと、胸が痛みます。僕は若者と年寄りの中間ぐらいの世代に位置していますが、若者にこんな風に感じさせたくなど決して無いし、こんなことを言う年寄りにもなりたくありません。何の足しにもならず、むしろただのストレスや悪意として若者たちの足を止め、気持ちをふさぎ込ませていると感じます。

では、若者たちを元気付け、実際に消費が上向いたり活気が出たりするには・・・前向きな社会を作っていくために具体的に必要なことって、何なのでしょう?

若者に必要なものは何か?

世の中の動きを言葉から読み解いていく事をメインコンテンツにされているブログ「スーパー小論文ハイスクール」さんは、上記で示した「嫌消費世代」のようなウンザリするような若者へのレッテル貼りに代表される若者叩きの動きを詳細にまとめておられますが、こちらのエントリから一言引用したいと思います(強調は引用者)。

いまどきの若者って、 叱咤ばかりされていて 激励を受けることがほとんどない
と、思いませんか?
 
曰く、バカになった。
曰く、覇気がない。
こんなことでどうする、世の中を甘く見るな。
今後ますます競争は激しくなるぞ。
○○くらいできなくてどうする。

いや、言ってる若者たちからすれば、
愛の忠告だと思ってるのかもしれません。
(単なるウサ晴らしの可能性も否定できませんが。)

でもねえ、若者のみなさん、
「こんなことじゃダメだダメだダメだ(あと20回繰り返し)・・・・・」と言われて
アナタ頑張ろうと思いますか?
頑張る前に潰れちまいませんか?
私ならもちません。

若者なら、なおさらでしょうに。

人は、ボコボコにされて頑張ろうとは思いません。
人は、励まされて、頑張ろうと思うんですよ。

僕は普段はサラリーマンとして、社内で企画を考えてご飯を食べています。商品を企画する際には、徹底的に対象の悪い点を洗い出しますが、でもそれだけでは何の企画にもならないんですね。物事には悪い面と同時に良い面もあるし、はたまた悪い面が切り口や視点を変えると良い面に見えてくるなんてこともザラです。だからこそ、対象が持っている特徴を価値として捉えられるかどうかが重要になってきます。ただ悪い点ばかり挙げていても、それは何の意味もない。

また、後輩と接する時もそうです。マネージメントが上手な上司は、基本的に部下を褒めます。当然それは安易な褒め方ではなく、「部下が気付いていない部下自身の長所を指摘し、伸ばす」ために褒めるんですね。人って怒られるとテンションが下がって、不安になって、どんどん内側にこもっていってしまいます。それは若者だろうがご年配の方々だろうが一緒です。人が動き、能力を発揮するためには、褒めること・励ますことが第一だと、個人的な少ない経験を元にした考察ではあるものの、僕は信じています。

人や物事の中に特徴を見つけ、それが長所として成り立ち得ることを示し、価値を見出す。そうしなければ、世の中が明るくなっていくはずがない。なのに、最近の若者叩きの論調は、一貫して特定の世代に不足があると言い、それは短所だと決め付け、悪意を振りまき、若者から価値を奪っていきます。

思えば僕は八戸についてのサイトをこうして続けていますが、このサイトも一緒です。八戸の悪い点を挙げろと言われれば、100個・200個はすぐ挙げられるでしょう。何せ企画の仕事で普段から物事の悪い面を上げ続けているのです、悪口を言えと言われたら、こんな容易な仕事はありません。しかし、それでは八戸は盛り上がらないと僕は信じます。物事を悪く言うのはカンタンだけど、褒めるのには知恵が必要です、何せ八戸と他の都市を比較するにも前提となる知識が膨大に必要だし、八戸自体の分析もしなければならないし、様々な視野に立って八戸の特徴が長所と解釈できる味方を探さなくてはいけないし、写真や文章で八戸の良さを伝えるための表現力や感性が絶対的に不可欠です(僕にそのような能力があるかどうかはさておき)。

僕は八戸を盛り上げたいからこそ、八戸を褒めたい、励ましたいと思います。同じように、若者を盛り上げたいからこそ、若者叩きという行為をすごく下品で知恵の無いものだと言い切りたいと思います。今も続く官僚叩きも同じですよね、その人の属性だけで全人格を否定するようなことを言われて、元気になる人がいるわけがないですよね。それはただのイジメでしかない行為だし、実際に「官僚ならば総じて悪」なんて乱暴が論が正しいことなんて100%無いと思うんです。

つい先日には成人式があり、センター試験がその日程を終了しました。若者たちは否応なしに自身のこれからを決める重大なイベントに日々晒されています。そんな彼らを褒めたり励ましたりしながら、様々な世代が手を取り合って、互いに互いの能力を発揮しながら、一緒に社会を作っていくべきではないか、そういう機運を作っていくことが上の世代としての本当の知恵ではないか? ・・・と、思うのです。

追伸

「美しすぎる市議会議員」でおなじみ、藤川優里さん出演のさんまのまんまムービーがあったので、ご紹介。こちらからどうぞ。この人は既に9桁以上のマーケティング・物販の効果を上げていると思うんですけど、色々なことを言う人がいますね(特に地元は厳しい)。個人的には、得意なことをやってもらえればそれで良いんじゃないかと思います、全国の何千人という市議会議員の皆さんにはない能力を持っているんですら。平成19年末の数字ですが、全国には22183人の市議会議員がいました。そんなにたくさんの議員さん達の中でも指折りに有名なんですから、その価値を有効活用できるかどうかは市政や市民の大きな課題でありチャンスでもあることは明白でしょう。

'10 01月19日 (火) 07時46分 : 寝坊した

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すっかり寝坊したので今日の更新は夕方までお待ちくださいませーっ! ごめんなさーい! いってきまーす!(ちなみに今日は高橋真梨子の「ごめんね」を怖い人達と一緒に合唱させられる悪夢を見ました。たまらないです、曲自体は好きなんですけど何でパンチパーマな人に歌唱指導されにゃならんのだ)

'10 01月18日 (月) 07時48分 : 祖母が食べない祖父の料理

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祖父が大量に魚を釣って帰ってくると、祖母は露骨にイヤな顔をする。魚のウロコを取ったり内臓を分けたりするのが面倒らしく、釣果が少ない日はニコニコして魚をさばくんだけど、あまりにも多い日は祖父の笑顔とは対照的に祖母はウンザリとしながら台所に向かう。とはいえ、祖父の釣ってきた魚はしっかりと家族の食卓で歓迎された。祖母だって食べていたし、バカにならないほどに家計の足しになった。祖父は仕事と釣りでお金と食べ物を家に持ち込み、祖母は主婦として料理をした。男女平等が声高に叫ばれる最近の世の中だと、こんな事を書く事自体が問題ありそうな雰囲気もあるけれど、とにもかくにもウチの祖父と祖母はきっとそれぞれの良心や能力や通念に従って、そんな家族を作り上げていた。

だからこそ、祖父は台所に立つことはほとんど無かった訳だけど、例外が1つだけある。「ニラの天ぷらの煮物」の時だけは、祖父は必ず台所に立った。以下がレシピ。

  1. 前の日の晩御飯に、ウチの畑でとれたニラの天ぷらが山盛りで出てくる。
  2. みんなで美味しくいただいて、残った天ぷらを次の日の朝料理する。すなわち、この料理は朝限定。
  3. 祖父が普段入らない台所に立ち、鍋に少しの水と醤油と砂糖を入れ、残り物のニラの天ぷらをトロトロになるように煮る。
  4. 味がしみたら出来上がり。

・・・という何とも貧乏臭い料理なんだけど、小さい頃の僕はこれが何よりの大好物で、祖父が台所に入るだけで気持ちがウキウキと湧き立った。ところがこの料理、1つだけ問題があった。「ニラの天ぷらの煮物」の材料であるニラの天ぷらを作った祖母がこの料理を何故か忌み嫌い、一口も食べないのだ。祖母は普段からできた人で、やさしく温かい人だった。だから、別に祖母をこんな小さな事ひとつで非難しようとはこれっぽっちも思わないけれど、その時の祖母だけはかたくなだった。

きっと祖父と祖母が若い時に何かあったのだろうな。

今となっては祖父は死んでしまったし、祖母も昔ほど動けなくなり声も小さくなった。「ニラの天ぷらの煮付け」の材料であるニラの天ぷら自体も食べられなくなってしまったし、「ニラの天ぷらの煮付け」など言わずもがな。そんな料理を懐かしく思いながら、この料理にまつわる祖父と祖母の不思議な行動が妙に脳裏にこびりついている。祖父と祖母は、どんな事を考えていたんだろうなぁ? 人の生活の匂いと湯気と朝の気配が入り交じった食卓で、僕が茶色く醤油が染み込んでグズグズになった天ぷらを笑顔で頬張っていた間に。

'10 01月16日 (土) 19時55分 : ごめんなさい、情けなくて。

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ちとスイマセン、所用がありますので、更新といただいた反応へのレスがもう少々遅くなります・・・申し訳ないのです。今日の朝も更新しようとしたんですが、「洋式便器の蓋は閉めるべきか、閉めないべきか?」を調べていたら数時間使った挙句に結論が出なかったもので・・・スイマセン。情けない。理由があまりにもショボイ。

というわけで、また明日です。いやー、情けない(涙)

ちなみに現状では、便座問題は以下のような様相になってます。

<閉める派>

  • 閉めるのが常識だ
  • 便座ヒーターの消費電力を抑えるために、閉めるべきだ
  • 匂いを抑えるために、閉めるべきだ

<閉めない派>

  • 中に何かがあったらイヤだから、自分は閉めない
  • 匂いがこもりそうだから、閉めずにおくべきだ
  • 元々はトイレと風呂が同じ部屋にある場合に、便器を椅子として使うために蓋はある。セパレートなら蓋を閉める理由は無い

・・・どっちが正しいんでしょうかね? たくさん調べたんですけど、決定的に「どちらが正しい」という結論はなかなか出ないのです。ちなみに僕は「閉めない派」です。家のトイレには便座ヒーターも無いし、4年に1度ほど会社で「開けたらコンニチワ」現象が発生するので、自分も気をつけようかと。皆さんのご意見募集中です。写真も記事とはまったく関係ないものです、スイマセン・・・

'10 01月15日 (金) 00時12分 : 笑ってはいけない強盗事件

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古参のテキスト/ニュースサイトの「Weekly Teinou 蜂 Woman」さんから、こちらの記事をご紹介。とある強盗事件なんですが、その様子があまりにトホホなのでございます。ダウンタウンの「笑ってはいけない」シリーズのように、笑ってはいけないと思いながら読んでみてください。

以下、毎日新聞2010年1月13日・地方版ニュースのWeb版より引用します。強調は「Weekly Teinou 蜂 Woman」さんから引用させていただきます。

東灘署は12日、神戸市須磨区妙法寺の会社員、阪上智裕容疑者(30)を強盗容疑で逮捕。容疑は11日午後10時半ごろ、同市東灘区の公園で近くの無職女性(25)にスプレーを吹きかけ手提げ袋を奪った、としている。容疑を認めている。
同署によると、阪上容疑者は、公園ベンチで携帯通話中の女性の後ろから近づき、振り向いたところ、スプレーを吹きかけ、女性のカバンの中から空の袋を奪った。逃げようとしたところ、足がもつれ転倒奪った袋と自分の財布を落としたまま、原付きバイクに乗って逃走した。
12日、阪上容疑者が携帯電話で「死ぬ」と110番メール。駆けつけた須磨署員が発信地で洗剤を吸引していた阪上容疑者を発見。財布のキャッシュカードと免許証の名前とが一致し、強盗容疑を認めたため、東灘署が逮捕した。「捕まるので死のうと思った」と話しているという。

すさまじい残念っぷりに、被害を受けられたご婦人には申し訳ないのですが、どうしても笑ってしまうのです・・・いやー、スゴイ。さらには、このニュースについての「Weekly Teinou 蜂 Woman」さんのコメントもツボです。

高2になる息子に何度も朗読をして読み聞かせ、赤字のたびに爆笑、うんざりされる始末です。

これは何度も読み聞かせたくもなっちゃうよなー・・・だって、面白いもの。

今日の写真

この写真は去年のもので、取材で新井田辺りをウロウロしていた時の「凍った歩道」です。八戸はだいたい1月中旬・成人式頃にドカッと雪が降って、日中溶けて踏み固められた歩道がツルツルの氷になってしまうんですが、この写真の状況はまだ良い方だったりします。なんせ、完全なツルツルではなく、多少崩れて砂状になった雪が滑り止めになってくれるので。日中一気に溶けた後で完璧に固まった道は、もはや凶器。

上の話の犯人さんも、こんな道でコケたんなら多少の言い訳は効くんだろうけどなぁ・・・南無。

'10 01月14日 (木) 07時34分 : からあげが好きなことを馬鹿にされた女の子の話

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2ちゃんねるのまとめサイト「てんこもり。」さんから、「思い出に残る食事」というエントリを紹介したいんです。かくも世の中では様々な人が食事に対して深い思いでを持っているのだなぁ・・・ と感心すると同時に、じんわりと泣けます。こんな良い話、テレビでもなかなかお目にかかれないと思うんですけど、それが無料で読めるってんだからスゴイものです。

1つだけ、引用します。

幼稚園の頃お絵描きの時間に先生が「大好きなものを描いてね」といういやに抽象的なテーマをだした。みんなは、「おかあさん」とか「愛犬」とか「お花」を描いていたが、私は、画用紙一杯に茶色の丸を何個も何個も描いた。
先生の「これ、なあに?」の問いに「とりのからあげ!」と元気に答えた私。教室内は大爆笑、「だって、好きなものって言ったやん」と、子供心が傷ついた。その絵を、返却され家に持って帰る事になり「お母さんも笑うかなあ、」と心配になったが、お迎えに来た母に「好きなもの、から揚げ描いたら先生も皆も笑ってん。」ここまで話すのが精一杯で大泣きしてしまった。
母は満面の笑みを湛え「そっかあ!」とその足ですぐスーパーに行き鶏肉をいっぱい買って来てその日の夜と、次の日のお弁当にから揚げを入れてくれた。年子の弟がいたので、「お姉ちゃん」というプレッシャーがあったのと、食が細かったので、「これが好き」とか「これ食べたい」とかあまり言わない子供だったので母はすごくうれしかったみたい。父も「この子は酒飲みになるぞお」とうれしそうにから揚げをたべていた。
期待を裏切らず酒飲みになり、あてはいつもから揚げ。身長も171センチと大きく元気に育った。 「から揚げの絵」は、いまも大切に実家に保管してある。
おかあさん、ありがとう。

あー泣ける(涙)。この女の子、お母さんに「からあげが好き」という素朴な気持ちを包み込んでもらえて、良かったなぁ、お父さんもやさしくて、良かったなぁ。そして何より、健康に育って、良かったなぁ(涙)

誰かの性格や思い出を詳細に言葉で表現することって難しいと思うんです。でも、その誰かが何かを食べたり飲んだりしていたという事実は、どんな言葉よりもその誰かを表している物語足り得るのかもしれません。きっと今日も、これを読んだ皆さんのみならず、日本中誰もが一度は何かを口にするはず。それが思い出になっていくのだから、世界はあたたかい思い出に満ちているはずなのです。

是非、ご一読ください。「思い出に残る食事

今日の写真

今日の写真は青森の皆さんならおなじみ、イギリストーストの耳なしバージョン(ランチパック形式)です。イギリストーストは、薄い食パンにマーガリンと砂糖がたっぷりサンドされている菓子パンで、青森県人のソウルフードの1つになってるんじゃないかと思います。全国からお立ち寄りの際には、是非一度お試しください。素朴で旨いんだなぁ、コレ、不思議と。八戸に帰ると必ず食べたくなるものの1つです。

'10 01月12日 (火) 00時11分 : 宇宙三題(ベテルギウスが爆発するかもよ!)

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2010年が宇宙科学の発展にどれほど大きな意味を持つものなのかについて、毎日新聞のこちらの記事が良い出来です。そこで、ちょっと面白い宇宙ネタを3つほどかいつまんでご紹介。

2010年6月、はやぶさ地球帰還

以前の記事(「探査機はやぶさがリアルでプロジェクトXな件」参照)でもご紹介しましたが、奇跡を起こしながら今も地球に向かっている探査機はやぶさが、このまま上手くいけば今年の6月に地球に帰ってきます。

小惑星イトカワを詳細に探査し、宇宙科学の発展に寄与するであろう成果を持ち帰ろうとしつつも、数々のトラブルに見舞われて絶望的な状況に陥った探査機はやぶさでしたが、科学者たちのフェイルセーフな設計、知恵、そして幸運によって新たに息を吹き返した事はネット上では大きな話題になりました。

詳細は前述の記事を読んでいただくとして(わかりやすいムービーもあります)、今も宇宙空間を地球目指して進むはやぶさを、きっと憶えていてくださいね。

地球に土星のような輪があったら、どう見えるか?

YouTubeから、面白いムービーをひとつ。土星は独特の輪を持つことで有名ですが、これって土星の地表から見たら(実はそもそも土星に地表といえるような場所は無くて、岩石の核の外側に液体金属水素の海、その外側に水素の層があるガス惑星ではありますが)、どう見えるんでしょうね?

そんな疑問を「もし地球に輪があったら?」と言い換えて、CGで再現してしまった映像があります。こちらです。

すごいッスね。美しいッスね。ロマンッスね。

ベテルギウスが爆発する?

オリオン座や冬の大三角を構成する有名な恒星、ベテルギウス。地球からの見た目の星の大きさは太陽に次いで2位というこの星は、人類の歴史でも重要な意味あいを持つ星として人々の視線を集めてきました・・・が、この星が今とんでもない事になってるんです。

爆発しそうなんです。

こちらの記事にまとめられていますが、「星の死」とも言われる超新星爆発の兆候を世界の科学者が捉えています。ベテルギウスは見た目は大きな星ですが実際はとても遠く、望遠鏡技術の発達によって近年やっと詳細が調査できるようになったのですが、その結果以下のような様子が観察されたんです。

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「最近、なんか小さくなってね?」
「表面がボコボコしてね?」

これ、まさに超新星爆発の兆候なんです。シンプルに説明すると、星は普通以下の2つの力が釣り合っています。

  • 星の中心から外側に向けた力=星の中心で起きている核融合のエネルギー
  • 星の外側から中心に向けた力=重力

そんな状態が途方も無く長い時間続くのですが、問題は星の中心で起きている核融合反応には「燃料が必要」ということ。星が形作られた時に取り込まれた燃料となる成分が尽きると、星は重力に抗うだけの力がなくなり、自分の重さで自分を押しつぶしてしまうんですね。それが超新星爆発と言われるもので、一説では年間3000万件も発生してはいるものの(すごい数字ですよね)、地球から観測できるものとなると数少なく、今日も世界の科学者が宇宙じゅうを観察しているという状況なんです。

それが、超有名な星「ベテルギウス」で、起きるかもしれない。爆発は、今日かもしれない。冬の夜の寒さは厳しいものですが、空気が冴えた日なんぞには、ちょっとオリオン座や冬の大三角を見てみてください。もしかしたら、爆発するかもしれませんよ(本当に)。

ちなみに、オリオン座は上から「2個・3個・2個」の星が3列に鼓(つづみ)のような形で並んでいますが、ベテルギウスはその一番左上の星です。また冬の大三角形は下向きの三角形(▽)になっていますが、ベテルギウスは右上です。

今日の写真

今日の写真は、鮫角灯台と葦毛崎展望台、大須賀海岸などを一望できる場所から撮影した八戸東部の海岸線です。この場所は知人から教わったんですが、その知人も別な知人から「配達の仕事で何カ所かに行かずに済むレアケースの時に、近道として稀に通る場所」として教えてもらったそうです。本当に素晴らしい景色です、教えていただいた方に大感謝です。

こうして八戸の海岸線を眺めていると、自然の雄大さや地球の巨大さが思われて、八戸の海岸線って妙に宇宙っぽいなぁ・・・なんて思ったりもするのです。

ちなみにこの写真の場所は八戸東部に岬のように突き出ているのですが、なんと地名が無いことが問題として取り沙汰されています。そこで「この場所に名前を付けようプロジェクト」を近々発足しようかと考えていたりしますので、そちらもお楽しみに!

'10 01月10日 (日) 22時59分 : 小さい頃の僕の奇行について

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小さい頃の僕の奇行を思い出したので、メモしておきます。理由など、何もなく。

  1. 家の柱にかみつく。
  2. 家の柱に頭をガンガン打ちつける。
  3. 家の柱にビッシリと爪の跡をつける。
  4. ランドセルの縁を爪でちぎってボロボロにする。

よく大人になるまで無事に育ったものだ。僕を育てた人たちの忍耐力を思うと、頭が下がる。

一方で、家庭の事情で「週に一回しか風呂に入れない時期」があった。風呂が毎日ではない家はけっこうあったけど、一週間に一度というのはウチだけだった。でもその間、僕は家族の誰にも不満を口にしなかったし、誰も責めなかった。自分が臭っていないか、学校でずっとハラハラしていたにも関わらず、だ。

よくグレずに大人になったものだ。昔の僕の忍耐力を思うと、本人ながら頭が下がる。

何が言いたいという訳ではないんですけども、なんとなく感心したので。

今日の写真

今日の写真は、八戸市内の鉄塔です。3分と立っていられない寒風がふきすさぶ中で、ただジーッと立っている。感心つながり。

'10 01月09日 (土) 18時44分 : 疲労感、マザーテレサ、カレー蕎麦、36分の1

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疲れているなぁ、と思う。

ノーベル賞授賞式を終えたマザー・テレサに、記者が駆け寄り「世界平和のために、私たちはどんなことをしたら良いのでしょうか?」と質問した。マザー・テレサはこう答えた。

「帰って家族を大切にしてあげてください」

なるほど。「あなたの幸せは、あなたが属している社会全員の幸せとつながっている」という言葉を聞いたことがあるが、それと同じことを言っているように思える。自分が幸せであることが周囲の人間の幸せにつながるし、それは逆も同じ。自分から家族へ、家族から社会へと人数は増えていくし、自分との関わりも希薄になっていくけれど、人間関係のずーっと奥の深いところでは自分と他人の「幸せ度」みたいなものはつながっている。目の前にツラそうな人がいるのに、自分が幸せを感じられる訳がない。

世界平和は、自分が幸せになるところから、はじまる。

ここまで考えると、やっと世界と自分が等価になる。世界とは自分であって、自分が変われば世界も変わるのだ。

・・・

疲れていると、こういう事がポンと頭の中に浮かんできたりする。もちろん、こんな妙に高尚なことばかりじゃなくて、「この前、会社のトイレで横並びの3つの個室で同時にウォシュレットをスイッチオンしちゃった時は言われもない恥ずかしさを感じたなぁ・・・」とか、「タバコの煙を吐く時に、わざわざ『フーッ!』と大きな音を立てて吐く人がキライだ、アレは自己顕示欲か何かか?」とか、下らない事や毒づいた事も考えたりする。そんな事を考えながら、ちょいとオナラもする。

そのうち小腹も空いてきて、乾麺の蕎麦を茹でてみたりする。そういえばこの前お歳暮で高級ホテルのシェフが作ったカレーの缶詰が届いてたっけな、カレーうどんがあるんだからカレーそばだってあるだろう。冷蔵庫のタマゴの消費期限はどうだったっけ・・・。結果として出来上がった「目玉焼き載せカレーそば」をその悲劇的な見た目とはウラハラに美味しく平らげた後なんぞには、あれほど感じていた疲れがどこかに消えていたりする。たまたま見たテレビでは珍しく面白そうな特集を組んでいる。

新しく始まった1年も、もう36分の1が過ぎている。

'10 01月08日 (金) 00時36分 : 俺はこの中だったら一番モテる(2010年の展望)

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お腹を空かせた僕は松屋に入る。松屋と言えば「早い・安い」が売りのファストフードというイメージが強くて、店員もテキトーだったりするんだけど、その日の店員は妙に松屋のカウンターが似合わない美人(松屋の皆さん、スイマセン)。

注文を済ませて一息つくと、店内には僕を含めて客が5人。もちろん僕も含め、全員オッサン。

この中だったら、俺が一番モテそうだ。左のオッサンはよく見ると若いけど、コートの襟が変色しているしメガネも斜めだ。目の前のオッサンは問題外だ、鼻毛も出てるし。右のオッサン2人はどう見てもくたびれてる、だいたい片方はエメラルドグリーンのネクタイがひん曲がって裏側になって変な色の裏地が見えちゃってるし、もう片方のスーツの肩は落ちて肩の骨がゴロリと見えそうだ。

間違いない、俺はこの5人の中なら、一番モテる。

「お待たせしました。ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい」

・・・うわっ! 俺、最低の事を考えてた!

店員が丼と味噌汁を置いていったあと、数十秒前の自分がとんでもなく貧困な発想をしていた事に気づいて恥ずかしいやら情けないやら、丼の味もわからずに店を出たのでした。

このように私ぐらい器の小さい男になると、松屋というオシャレとは関係のない空間(松屋の皆さん、スイマセン)であっても他人と自分を比べ、出来る限り優越感に浸ろうとするのであります。どれだけ気をつけていたって、気がつくと何かと自分を比べて「俺のほうが良いなぁ」なんて考えて悦に入っていたりするのです。こういう性格・モノの考え方は僕だけではないと信じたいのだけれど、でもどうやったって他人の心の中を読むことは出来ないので、静かに揺れている田舎の海の風景でも思い浮かべながら、「あー情けない、海のように堂々とありたいものだ」なんて間に合わせの言葉で話の方向をズラしたりして、情けなさに蓋をしていたりします。

2010年も、当サイトはこんな感じでゆるゆると続いていきます。昔から人と比べるクセが抜けない僕だけど、きっとほんの少しずつは理想の自分に近づいているはず。写真だって文章だってサイト作成の技術だって、気づかないぐらいにゆっくりなペースで、こうありたいというところに近づいているはず・・・と、思うことにしようじゃないか。

というわけで、今年もどうぞよろしくお願いします。ペコリ。

'10 01月06日 (水) 22時55分 : 燃え尽きたぜ・・・真っ白にな・・・

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(ふるさと八戸で燃え尽きてしまったようなので、今日は更新おやすみです。ごめんなさい!)

(写真はみなと橋を渡った西側に渡った辺りで降り出した雪です。やっぱりいいなあ、北国は)

(今年の八戸の正月はとにかく寒かったなぁ・・・体、鍛えないとなぁ)

'09 12月24日 (木) 22時09分 : 貧乏な家に生まれた僕がクリスマスに願うこと

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クリスマスイブなので、条件反射的に泣いてしまうクリスマスの名曲・槇原敬之の「チキンライス」をご紹介。元々はダウンタウン浜田雅功のために書き下ろされた曲で、作曲槇原敬之+作詞松本人志というスゴイ面子です。

さらにスゴイのが、この曲はクリスマスソングでありながら「貧乏」を歌っているということ。有数の貧乏県である青森県に生まれたら全国的に見たら貧乏寄りの人が多いとは思うんですけども、僕の家は特に貧乏だったので(奨学金がもらえる年収上限額が、うちの年収の倍以上でスンナリもらえたぐらい)、この歌は破壊力があるんです。

この歌は、子供の頃を思い出す主人公のつぶやきから始まります。

親孝行って何?って考える
でもそれを考えようとすることがもう
親孝行なのかもしれない

そもそも、親に感謝してないと「親孝行って何?」なんて考えませんよね。聞き手の心をつかむ最も大事な位置である歌い出しという場所にこの歌詞を持ってくるというのは、すなわち「この言葉はたくさんの人の心に響くだろう」という予想があってのことでしょう。いかにみなさんが親に感謝しているかが分かります。

子供の頃たまに家族で外食
いつも頼んでいたのはチキンライス
豪華なもの頼めば二度とつれてきては
もらえないような気がして
 
親に気を遣っていたあんな気持ち
今の子供に理解できるかな?

ここがねー、もうヤバイんですよ(涙)

「親に気を遣っていたあんな気持ち」、すごく良く分かります。ウチはそもそも外食なんてしたことなかったんですが、それでも親に気を遣ってましたもの。修学旅行のお金の積立が厳しい話を親がしているのを聞いて「なんか・・・旅行なんて行きたくないなぁ」なんて聞こえよがしに独り言を言ってみたり。ああー(涙)

あ、もう一個思い出した・・・お味噌汁が飲めない時期がありましてね、ちょっとした家の事情で。もうコレだけで泣けるでしょ、でも続きがあるんですよ。しばらくお味噌汁を飲んでいなかった頃、祖父母の家に遊びに行って晩御飯になった時、出てきたお味噌汁を見て少年の僕は「うわぁ、お味噌汁だ。豪華だねえ!」と言ったそうなんです。僕が遊びに来たから、祖母が気を遣ってくれていると当時の僕は思ったんですね。この言葉を聞いて、ばあちゃん泣いちゃったそうです。ああああー(涙)

昔話を語り出すと決まって
貧乏自慢ですかと言う顔するやつ
でもあれだけ貧乏だったんだ
せめて自慢ぐらいさせてくれ!
 
最後は笑いに変えるから
今の子供に嫌がられるかな?

これも強烈な歌詞ですよねえ・・・「最後は笑いに変えるから」という言葉は、もはや名言と言っていいんじゃないかと思います。なんせ貧乏ネタはウケるので僕もよくしていましたが(最近はしてないなぁ)、けっこうな確率でしらけた顔をする人がいるんですよ、本当に。その度に「別に貧乏自慢をしたい訳じゃないし、貧乏じゃないみんなを避難したりうらやんだりしようともしてない。ただ、笑わせたいだけなんだ」と何度思ったことでしょう。貧乏だから知った事もあるし、今でもちょっとした贅沢で満足できる便利な性格になった僕としては、むしろ貧乏に感謝してるぐらいなんですけど、周りの人から見ると「すごい不幸だな、この人」と思われてるのかもしれません。

でも、あえて僕は宣言したいんですけども、僕の貧乏の思い出はむしろシアワセグループに属してるし、貧乏無しに今の僕はあり得ないとすら思うのです。だから、別に不幸じゃないのです。美しいクリスマス・イルミネーションや街の喧騒の中を歩いてても、思い出されるのは小さくささやかながらも温かなクリスマスの思い出であって、決してネタミやソネミではありません。

むしろ小さい頃のウチのように貧乏な家が減ることを、輝くクリスマスツリーに願うくらいなんです。

今日はクリスマス
街はにぎやか お祭り騒ぎ
七面鳥はやっぱり照れる
俺はまだまだチキンライスでいいや

メリークリスマスのmerryは「陽気な、お祭り気分の、快活な、酔って浮かれる」という意味です。しかし「チキンライス」で松本人志が言うような切ない部分も案外大きくて、逆にそんな側面があるからこそイルミネーションや幸せなイメージが際立つんじゃないかなぁと思ったりするんです。寒さがクリスマスの温かさを強調するように、貧乏だってクリスマスのささやかな幸せを強調していたりするんじゃないかなぁ、と。だからこそ、僕はクリスマス一色の町を見ると「貧乏人が減れば良いなあ」と思う一方で、自分の貧乏だった過去をむしろいとおしくも思うんだろうなぁ。

やっぱり俺はチキンライスがいいや

それじゃあ皆さん、メリークリスマス。大切な人と温かく過ごしてくださいね。

(「浜田雅功と槇原敬之」名義のチキンライスのムービーは下からどうぞ。槇原敬之バージョンはこちら

'09 12月20日 (日) 09時34分 : 2009年ボツネタ総ざらえ

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ブログのネタは基本的に思いついたら「Evernote」というメモアプリに書き留めておくんですが、あくまでも思いつきでしかないので、結局ひとつの記事にまで膨らませきれない事がよくあります。というわけで、今日は今年のメモの中から記事に出来なかったものを供養すべく一挙公開でございます。

30過ぎたオッサンの心の叫びでございます。

歌の歌詞なんかに出てくる東京を農協に言い換えると面白い。ジュリアナー、農協〜!

ワンカップを開ける時の「かっぱっ」という音がたまらなく良い。かっぱっ。テンション高くて、ワンカップの切なさが滲んでて、良い。

理由をつけた瞬間、それは直した方が良い性格

VTR、回転。(一昔前のTVでVTRに行く時の台詞。所さん(とこさん)の番組)
所ジョージは色々面白い言葉がありそうだ。

「御為ごかし」
 :表面はいかにも相手のためであるかのように偽って、実際は自分の利益を計ること。
・・・俺でーす!

「なか卯」に、俺に似てるヤツがいる。大学生ぐらいの彼が、徐々にオシャレに垢抜けていく。何故か切ない。

「とても」「ものすごく」を表現する言葉に「鬼」がある。「鬼寒い」「鬼キメェ」とか。ここで、鬼の代わりに「ナイアガラ」を使ってみてはどうだろうか。「ナイアガラ馬鹿」「ナイアガラ貧乏」とか。なんか、どっちらけな感じが出て楽しい。

本を売るならぶっ殺す♪(ブックオフ)

将来ハゲたら、わざとバレるようなズラをつけて1ヶ月ほど同僚をビビらせたい。

いやー、くだらないですね(汗)。

思い返すと、今年は一年ずーっとブログの事を考えていたなぁ・・・人生を80年と仮定すると、僕の人生の80分の1の時間では、このブログがとても優先度の高い位置にあったわけです。そう考えると、なんとも不思議なきもちになります。こんなブログにお付き合いいただいて、うれしいなぁ。

最後に、もう一つだけ、メモを。

Time is life.

バカな事もマジメな事も、楽しいことも悲しいことも。今年も静かに暮れていきますね。

'09 12月17日 (木) 06時31分 : 事業仕分けの危機をチャンスに変える科学者がいる

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科学政策ニュースクリップさんというサイトで、若手の科学者の方々が事業仕分けによる研究者の危機に挑もうとしている様子が分かります。仕分けにんの高圧的で無知な態度により、本来「無駄をなくす」「予算の議論を公開する」という良いコンセプトをとっていた事業仕分けは科学者にとって非常に辛いものとなりました。

たとえば、仕分け人は基礎化学の分野の担当者に「この研究が国民の利益になっているとは思えない」と言いました。基礎化学の研究によって、何百何千という化学物質や、その物質が作られる基本的な処理や生産性の向上が実現できているというのに(それは僕らが食べているものや薬や様々な素材に応用されています)、そういったことを想像すらできない人たちが科学の経済的な面だけを見て断罪していく。メディアもそれに迎合した一面的な報道を行い、テレビや新聞しか読まない人たちは物知り顔で声を揃えて賛同し、「自らが科学者だったら?」と自分のこととして想像することもない。「国は研究者の生活保護などしない」などとまで言い放たれ、若手研究者はその存在意義や将来を悲観する。資源の無い国を支えるべき知恵が失われていくことが、現実的に予見できるレベルにまで来ている。

そんな現状の中で、腐らずに現状のために頑張ろうという人のサイトが、前述のサイトをまとめられています。

緊急メッセージ、未来の科学ために」というエントリを見れば、このサイトの管理人さん(や、仲間の研究者の方々)がいかに真摯に今回の事業仕分けに向かい合おうとしているかがわかると思います。是非、ご覧頂きたいと思います。

さらに本性を露にする民主党

事業仕分けによって日本の科学の未来が危ぶまれている現状は、元を正せば民主党の荒唐無稽な財源無き政策郡に端を発しています。まるで社会主義国家になろうとしているような「大きな政府」化と、財の再分配のみを行う様子を見ると、彼らは本当に景気について何もしようとしていないのだと分かります。「子ども手当」で内需拡大などという訳の分からないことを堂々と言ってのける様子は、一笑に付すのももったいないほどです。(例えばこちらのサイトを参考にしてください)

一方で、さんざん前政権を叩いていた年金についても「年金「4年で全件照合」断念、半分以下に後退」となりましたし(マスコミはスルーしてますね)、外国人参政権についても「(党内に)賛否があるのは承知しているが、自分たちの政府が提案したことには賛成するのが普通だ」と小沢さんが述べるなど、近々法案が提出されるであろうところまで来ました。

さらに極めつけは最近の「天皇の政治利用」について。小沢さんの発言をいくつかピックアップしてみましょう。(要旨はこちらから。動画はこちらから)

  • 「30日ルールって誰が作ったの? 法律で決まっているわけでも何でもないでしょ、んなもの」 →30日ルールを作ったのは、自社さ政権で、当時の「さきがけ」の党首は鳩山由紀夫。30日ルールは確かに法律ではないが、これまですべての外国に大して等しいルールで執り行われてきたものであり、特例を作ることは世界全体に向けて日本の無礼を知らしめることになる。
  • 「天皇陛下の国事行為は、国民の選んだ内閣の助言と承認で行われるんだよ。それが日本国憲法の理念であり本旨だ」 →誤り。そもそも中国の副主席は国賓ではないし、会うことは国事行為ですらない。さらに言えば、小沢さんは内閣の人間ではないのだから、助言も承認もできない。
  • 「どうしても反対なら、辞表を提出した後にいうべきだ」 →恫喝と取られても仕方がない暴論。
  • 「天皇陛下のお体、体調がすぐれないというならば、それよりも優位性の低い行事はお休みになればいいことじゃないですか」 →言わずもがな。

政権交代の本質が急速に明らかになってきています。

'09 12月16日 (水) 07時45分 : タイガー・ウッズの報道が変わっていく様子をまとめてみた

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産経スポーツのサイトであるZAKZAKさんの見出しから、タイガー・ウッズの扱いが変わっていく様子をまとめてみました。

  • <ゴルフ界の巨人・ウッズに気をつかう報道>
  • 11月28日:ウッズ交通事故で顔面流血 なぜこんな深夜に1人で?
  • 11月30日:ウッズ事故プライバシー理由に説明ナシ 不倫報道で夫婦喧嘩?
  • 12月1日:"好奇の目"回避へ ウッズ、年内のプレー参加を見送り
  • <ファンを心配しつつもウッズの不貞を煽り始める報道>
  • 12月2日:ウッズに"第2の女"2年半に渡って関係20回と主張
  • 12月3日:ウッズが家族に謝罪 危機管理専門家は「傲慢」と批判
  • 12月3日:ウッズ離婚ならば慰謝料は3億ドル? 史上最高額に
  • 12月3日:ウッズ愛人騒動は氷山の一角 結婚そのものが浮気の可能性も
  • 12月4日:ウッズ醜態! 女性に口止め料、××ビデオ流出危機も?
  • 12月5日:ウッズ、衝突事故の詳細発覚 近所の住人が証言
  • <ウッズを貶めても問題ないと判断し、ノリノリになる報道>
  • 12月7日:「ウッズは強くて10点満点の12点」凄絶19番ホールを暴露
  • 12月8日:エリン夫人"家出" ウッズ事故原因は「酒&薬」か
  • 12月8日:ウッズ愛人11人に「回転扉みたいにとっかえひっかえ」
  • 12月9日:ウッズ底なし!大量愛人、夫婦別居...飲酒運転で逮捕も
  • 12月10日:ウッズ今度は「全裸ヌード」 愛人から"禁断の写真"流出
  • 12月11日:「ワタシ?それともゴルフ?」夫人、タイガーに最後通告
  • 12月11日:ウッズ「僕の上で寝て」メール暴露 不倫騒動底なし
  • 12月12日:ウッズ、夫妻でスウェーデン逃避行?ひとまず離婚は棚上げ
  • 12月12日:ウッズ、無期限ツアー欠場へ 自身ブログで声明発表
  • 12月12日:ウッズ、売春婦とも関係 連日"隣の女の子"と3P
  • 12月14日:ウッズ醜聞で米経済損失6兆円 日本にも飛び火?!
  • 12月14日:ウッズ夫人Xマス離婚?父臨終も「4番目」とベッドの上
  • 12月15日:ウッズ"第6の女"米TV出演 高級コールガール説を否定

なんというか、タイガー・ウッズほどの成功者であっても、やりたいことは並の男と大して変わらないんですねー。そして、だからこそ報道が耳目を集めるんでしょう。「あのタイガー・ウッズが浮気ばっかしてたんだって、バカだねー! 親近感も持つけどさ」という具合に。一方で、女性側から見ても面白い。奥さんのいる男性に尻尾を振る女性だっているんだということがここまでマザマザと見せつけられてしまうと「だから女性が男より下に見られるのよ!」なんてカリカリしてしまう人もいるだろうし、「なんてバカな男!」と男性側に矛先を向けたり、「奥さんがかわいそう!」と慮ってみたりするんだろうなぁ。

結局、ウッズは欲望の赴くままに行動してたくさんの人に迷惑をかけたんだけど、ロジカルに「悪いこと」だってのもわかってるはず。ウッズと遊んだ女性だってそれは同じだろうし、ましては奥さんだってわかってる。分かっちゃいるけど・・・どうしようもない。反省して、やり直すしかない。ヒトって、こういうもんなんだなぁ。僕も気をつけないとなあ。あ、僕はモテもしなければお金も名誉もないので、心配ないと思うんですけどね(涙)。

ところで、タイガー・ウッズって日本語にすると「森虎之助さん」ってところでしょうか。森さん、浮気は良くないよ、反省したらゴルフで挽回したら良いと思うよ!

'09 12月14日 (月) 07時34分 : 歯が抜けたので、もとの場所に差しときました。

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超大手ニュースサイト「everything is gone」さんから、子育て中の方々に向けてご紹介したいニュース。「「嫁にしたくない女No.1」4世代同居に向けて発進中。」さんというブログの「油断がまねく、子供の事故。」という記事なんですが・・・これって、常識なのだろうか? 驚きつつも感心してしまった話です、以下に要旨をまとめますね。

  1. 子供が転んで、前歯の横の歯が抜けて大出血。
  2. 抜けた歯を探しつつも、インターネットで対処法を探すと・・・
  3. 「抜けたところに差しとけ!」という対処法を発見。
  4. 出血中の歯茎に恐る恐る歯を差して医者に向かうと・・・
  5. 「素晴らしい対処です!」とお医者様にホメられた。

・・・マジで!? 驚いたなぁ・・・お医者さん曰く「歯は抜けても30分は生きている」とのこと。したがって、抜けたあとの歯を水や牛乳にひたしてお医者さんに行くか、洗ってから歯茎にもう一度差してお医者さんに行くことで、抜けた歯が復活するのだそう。いやはや、人の体はよく出来ているというか、たくましいというか・・・

それにしても、子供の歯が折れて大出血! という動転してもおかしくない場面で冷静にネットから対処法を見つけ出したご夫婦も素晴らしい。かくありたいと思う次第です。子育てって色々トラブルもあるだろうけど、その都度こうやってサバイブしてるんだろうなぁ。子育て、エライ!

'09 12月12日 (土) 17時17分 : どうすんの、コレ? 3題

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民主党政権のイキオイが止まりませんね。いろんな意味で。

ひとつ。日米関係の崩壊

四面楚歌の鳩山首相...米は対話相手にせず(1)
米、同盟協議「延期」を鳩山政権に通告
日米合意、全面履行困難=普天間めぐり外相らと協議−鳩山首相

いよいよ日本の安全保障の根幹である日米同盟に本格的に亀裂が入り始めました。政権交代から4ヶ月、「一度やらせてみたら」の結果がコレです。戦後日本のベースとなった日米同盟を、民主党は軽視し、ともすれば変えようとしています。交渉も戦略的・互恵的なものでもなく、ただ単に「ダメだ、ダメだ」を繰り返しているよう(民主党さんなら、当然外交的な機密事項も情報公開すべきだと考えているはずでしょうのに、何も聞こえて来ませんものね?)。八戸は地政学的に中国・韓国・ロシアに近く、防衛手段は必須です。だから三沢基地もあるわけで。それを担うアメリカが居なくなったら、どうするんでしょうね?

ふたつ。中国重視と皇室軽視

天皇陛下と中国副主席14日会見...宮内庁懸念
天皇会見、首相が強く要請 宮内庁が異例の経緯説明
【主張】天皇と中国副主席 禍根残す強引な会見設定

日米関係は適当なのに、やたらと日中関係にはご執心なのが民主党。上のニュースのポイントは「民主党政権が中国のために異例の対処を天皇に強いたこと」。そもそも、日本という国がキライな人たちから支持をもらっている民主党は、傾向として皇室を軽視しますし、日本を仮想敵国としている中国とも仲が良くなるんですね。その2つの傾向が掛け合わされることで、こんな事が現実として起こってしまうというわけです。これは「異例」ではなく「必然」と表現すべきでしょう。さらには、国際関係的に「中国と日本の力関係は、中国のほうが上である」と印象づける事にすらなります。オバマ大統領の天皇に対するおじぎが話題になりましたが、今回はそれと真逆のお話なんですね。個人的に特段皇室を好きだという訳でもないんですが・・・これは・・・なんともなぁ・・・。ただでさえクラゲの大量発生に頭を悩ませている港町・八戸にとって、中国に強くモノを言えるかは死活問題なんですけどね・・・

みっつ。韓国重視と外国人参政権

参政権法案「来年現実に」=韓国で講演、植民地支配は謝罪−民主・小沢氏

そしていよいよ民主党の本丸の売国的政策が具体的になってきました。外国人賛成権法案です。これも選挙前には「民主党と言えど、政権を取ったら考えを直すだろう」と言われて軽視されてきたもの。そんな期待をアッサリ裏切るのが民主党のホンモノたる所以です。政治力を欲する外国人が戦略的に地方に移住してきつつ、メディア受けする人間を候補に立てたら、八戸クラスの町でも議員を送り込むことができるでしょう。どうすんだ、コレ・・・?

まとめ

上記、すべて選挙前から分かっていたことです。4ヶ月でコレなんです、これが4年たっぷり行われたら、どこまで日本が変わってしまうのか。投票された方はご承知の上だったんでしょうけども、僕個人は呆然としているというのが本音です。鳩山さん本人が「国というものがなんだかよくわからない」と発言した(ソース。マスコミの一次ソースが見つけられなかったので2chのまとめサイト)のは記憶に新しいんですが、実はそれもウソなんじゃないかなと思ったりもします。だって、方針が明確ですからね。上に示した例が如実に示しているように、行く末はハッキリと定まっていますもの。さらに言えば、こんな事が起こるであることはネット上では当然のように選挙前から叫ばれていたことですし、ただのサラリーマンである僕ですら予知できていたことなんです(当サイト過去ログ「選挙に行きましょう! チェックポイントを総復習」参照)。

すべて分かっていたことなんです。

最後に、2ちゃんねるでの発言を1つ引用して終わります。

21 : ノート(岡山県):2009/11/25(水) 19:55:21.05 ID:fAHzWYNF
一国の首相が
「国というものがなんだかよくわからない」
とか言っちゃってどうすんの・・・

鳩山さんが国を分かっていても問題だし、分かってなくても問題。いやはや。

'09 12月11日 (金) 07時30分 : 地球温暖化は本当に俺らのせい?「クライメートゲート事件」

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地球温暖化なんてウソっぱちだ! なんて事を言うつもりは無いんですが、こういう話もあるよ、ということでご紹介したいのが、「クライメートゲート(Climategate)事件」。一言でまとめると、地球が温暖化していることを示すデータが不正に改変されていた可能性がある、というお話です。

まとめます。(参考サイト1)()(

  1. 地球温暖化の研究で国連の判断にも大きな影響を与えていた「East Anglia大学・気象研究所(CRU)」に、ハッカーが侵入して、メールや研究データを持ち出した。
  2. メールを読むと、「トリックを使い、私は1961年以降の平均気温の温度低下を隠した」と書いてある!
  3. それを裏付けるように、気温データを処理するプログラムに謎の数字がプラスされていて、温度が上がっているような結論に導いていることが分かった。

スゴイ話ですよね。地球温暖化という考え方には昔から懐疑論があって、例えば「人間の活動ではなく、太陽の活動が気温に大きな影響を与えている」なんていう対案が議論されていたりもするんですが・・・今回の事件によって少なくとも「人間の活動によって地球が温暖化した」という部分が疑わしい可能性が出て来たことになります。

地球温暖化の理由についてここで議論するつもりは無いのですが、少なくとも案外知られていないであろう以下の推測についても付け加えておきたいと思います。

  1. 地球温暖化などの環境保護を叫ぶ活動は、ヨーロッパからはじまっているらしい。
  2. ヨーロッパ各地で資本主義を糾弾していた政治活動家たちは、それで飯が食えなくなると環境保護活動に鞍替えしたらしい。
  3. ヨーロッパは成長が頭打ちになっていた地域であり、「他地域の成長を止める」という形で自らの地位を守る戦略が検討されていたらしい。

これらはすべて推測の上に成り立っている話です。上記のような話がイギリスのテレビ番組で紹介された時、抗議が殺到したという話も聞いています。あくまで推測ではあるのですが、地球温暖化についての活動に政治的な何かしらの動きが底流している可能性について邪推してしまいそうになるのも人情というものです。

果たして、地球温暖化は人間が出した二酸化炭素に原因があるのかどうか。くしくも今年は「太陽の活動が低い」ことが注目されており、温暖化どころか寒冷化するのではないか? という議論も科学者の中で持ち上がっているタイミングだったりするので、今後の動きに注視したいところです。

なお、地球温暖化がどうであろうが、環境を破壊したり資源を無駄にするのは良くないことである点について、僕は一切疑いを持っておりません。それからもう一点だけ追記したいのですが、上記の「クライメートゲート(Climategate)事件」、海外では盛んに報道されていますが、日本ではちっとも報道されていませんよね。どうして日本のマスコミはこの「地球温暖化のそもそもが怪しくなってきた」という話を報道しないのか・・・少し考えれば、お分かりになることでしょう。

'09 12月09日 (水) 07時45分 : 夢、それはドリーム・・・

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今年度税収は36.9兆円=国債発行、過去最大53兆円台−「極めて深刻」と財務相

藤井裕久財務相は8日、国の2009年度税収が当初見積額に比べ約9.2兆円落ち込み、36.9兆円にとどまることを明らかにした。これに伴い、国債発行額は過去最大の53.5兆円に膨らむ見通し。税収の40兆円割れは1985年度(38.1兆円)以来、国債発行額が税収を上回るのは終戦直後の46年度以来63年ぶりという異常事態となる。
藤井財務相は会見で「わが国の財政は極めて深刻な状況にある」と危機感を表明した。

結局民主党の政策群が夢物語だったことが数字になったなぁ。僕は国債発行自体を反対しているのではないのですが、「国債を減らせると言ったのに、ふたを開けてみたら『国債発行額が税収を上回るのは終戦直後の46年度以来63年ぶりという異常事態』だった」なんて事になってる現状と、選挙前の威勢の良さはあまりにも対比的。こういうのは八戸では「えふりこき」と言うんじゃないかね。

  • えふりこき : 口だけが達者で良い人のフリをすること。「いいフリをこく」から。

いやはや。国の機能の根幹のひとつである予算編成に対して現政権がどれほど夢見がちだったかが明確になった、という事で。はぁー(ためいき)。

今日の写真

今日の写真は、ゆりの木通りにあるお店から、「ドリーム」さん。個人的には看板のたたずまいに味があってすごく好きなんですが・・・こんな記事の写真にしちゃってスイマセンとしか言いようが無いです。記事の内容があまりに情けないものだったので、お店の独特の風情で癒されていただければ、と。

'09 12月08日 (火) 08時00分 : 祝!「lovefool」復活!

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古参のニュースサイト「lovefool」さんが復活してました。うおー、燃える!

学生の頃からすごくすごくお世話になっていたサイトさんです。ニュースのチョイスの素晴らしさに何度唸らされたことか。皆さんも是非、ご覧になって下さい!

(寝坊したのでこの辺で。今日の写真は八戸市の市営バス・大杉平営業所に掲げられていた八戸市の旗でございます。旗の写真で探したら、lovefoolさんとは縁もゆかりも無い旗を上げちゃいました・・・スイマセン)

'09 12月07日 (月) 07時33分 : 無料です! 3題

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無料であることに驚くウェブ上の楽しみを3つほどご紹介〜。

ひとーつ。

ウェブで無料で読めるマンガ、「旭岡高校将棋部」。ハチワンダイバーという漫画のヒット、それに次ぐドラマ化などで将棋が微妙に盛り上がったりもしましたが、こちらは将棋を題材にしつつもノンシャランな今っぽい雰囲気漂う作品。こうやって将棋の裾野が広がっていくのは本当にうれしいし、純粋に「こんな面白いマンガがただで読めてよいのかね?」と思う。

ふたーつ。

ブログ「俺の邪悪なメモ」。鳩山夫人の不思議な性格、辛辣かつ笑える映画批評などで一気にアルファブロガー入り(最近アルファブロガーって言わなくなりましたね)を果たした。もう驚くほどに面白い。久しぶりに嫉妬した、やる気出た。こんな文章が無料で読めるなんて、どうかしてると思った。

みーっつ。

プレイヤーがプロデューサーとなって女の子をトップアイドルへと育成していくゲーム「アイドルマスター」の世界観を広げたオリジナルの映像作品「【アイドルマスター】3A07 ~Memories are here~(ニコニコ動画)」。こんなのが無料で公開されるという恐ろしさ。普通に業者に発注したらどれぐらいの値段になるだろうなあ・・・。ちなみに、この作品は20分強という長さ、その中で10秒ほどアイドルのプロモーションDVD映像が出てくるんですが、その10秒ほどのためにまるまる1曲のプロモーション動画を作った上で、そこから10秒だけを切り出して使っていたそうです。この情熱・・・いいなぁ。アイドルマスターというゲーム自体は一切プレイしたことは無いんだけど、感動しちゃったもんなぁ。こんなのが無料って、スゲェよなぁ。

このサイトも、当然無料です。同じ無料なのに、このクオリティの差はなんだろうなぁ。無料だからイイっちゃあイイんだけど、さ。

'09 12月06日 (日) 07時59分 : 中東の人が日本を紹介するテレビ番組がスゴイ

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在サウジアラビア日本国大使館が、少し風変わりなお知らせを公式サイトに公開したのは、先月のこと。そのタイトルは「日本事情紹介テレビ番組について」。早速、一部を引用します。

本年のラマダン期間中MBCテレビで毎日夕方放送され、サウジのみならずシリア、ヨルダン、エジプト、イラク等他のアラブ諸国でも視聴者の間で大反響を巻き起こした日本事情紹介番組「Thought(改善)」について御案内いたします。
本番組では日本人の時間、清掃等の規律の面、社会的なモラルに焦点を当てつつ日本人の社会生活での様々なマナーとサウジ人の習慣と対比させて効果的に紹介されました。
(中略)
以下、ウェブサイト(ユーチューブ:YouTube)で紹介されている同番組の関連URLを添付しますので御関心のある方は御覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=in2Xxm0CUOk&feature=related
(以下、YouTubeへのリンク。強調・略はサイト管理人)

サウジアラビアのTV曲・MBSが部分的にYouTubeに公開している番組へのリンクが、大使館のホームページから貼られています。この動画、日本語字幕も何も無いので、話している内容はちっとも分からないんですが、時折混じる日本人の語り口・レポーターや通訳さんが語る英語の部分からおおよその意味を類推することは可能です。是非とも見て欲しいと思うんです。

はるか西方の中東の人々が、日本に対してどんな風な想いを持っているのか。日本の社会は、中東の人々の目にはどのように映っているのか。それは皆さんご自身で確かめていただきたいのですが、それが顕著に分かる一文をご紹介しましょう。番組でレポーターを勤めたアフマド・アル=シュガイリー氏本人から当地の新聞に寄稿した内容をまとめたこちらのページからの引用です。

「私が望むこと」
日本で暮らしたいと我々が言うのではなく、日本のように発展したサウジで暮らしたいと言いたい。日本人が到達したレベルを見て落ち込んだと言うのではなく、それを良い例として、我々も到達できるのだという大きな希望を持っていると言いたい。日本人と我々を乱暴に比較してサウジが未だ発展途上にあると言うのではなく、サウジの将来のために我々の基準や目標、希望を高める時期が来たのだと言いたい。日本人が現世を謳歌していて我々は来世で楽しもうと言うのではなく、かつて我々の先祖が現世でも天国の最上界でも名誉と発展を結びつけてきたように、我々も現世来世共に謳歌しようと言いたい。

宗教や国という概念を取り払うでもなく、かといって日本を異質なものだと排斥するわけでもなく、日本のような発展を希求しているこの姿勢は、慣れ親しんだ日本の文化だけしか知らない僕の胸を打ちます。

番組中で、レポーターのアフマドさんは何度も「スゴイ!」を連呼します。日本の公園のキレイさを、犬のフンすら持ち帰るモラルの高さを、狭い国土を有効活用する技術を、時間を徹底的に守るまじめさを、教育施設の充実ぶりを、団体行動を学ぶシステムを、他人に迷惑をかけないという基本的なモラルの崇高さを、去る人が見えなくなるまで礼を尽くして見送るその礼儀正しさと、誇り高さを。

こういった日本文化の特徴は、その内側にいる日本人にとっては逆に欠点だったりコンプレックスだったりすることもあるでしょう。実際「そんな事だから外国にナメられるんだ」とか「愛国右翼が図に乗ってやがる」なんて言葉が聞こえて来そうにも思います。しかし、中東からやってきた皆さんには、それは日本の発展の礎のように見えているようです。中東の人たちは、いたって真面目に日本の中に美点を見いだし、取り入れようと考えているようなのですね。そんな人たちに「それは間違いだ」と言い切れるものだろうか?

僕らの文化を、「欠点として認識して、忌み嫌い遠ざける」事と、「美点を見いだし、より良いものへと育てていく」事の、どちらかの方が良いとは言い切れないのだろうと思います。しかし、ただ単にけなすだけではなく、「ほめられているという客観的事実」も見なければ、おそらくまともな判断にはならないだろうことは容易に予想できます。

けなすことと、ほめること。悪さを強調することと、良さを強調すること。その両方の思考法を持っていなくては、真の意味で互いを尊重し共生していくコミュニケーションは出来ないのではないかと思うんです。ことに日本のマスコミの論調や普段の人間関係において、ほめることが不足しているような気がします。悪いことを言うのは簡単なんですけど、良いことを言うのは難しいものです。嫌うのは楽だけど、好きになるには相手に美点を見つけ出さなくてはいけません。嫌うという行為は本能的に出来るけれど、好きになったり相手を認めたりするには知恵が必要ですから、いわば理性的な行為と言えるでしょう。

・・・僕は、いろんな人や物事を好きになりたいと思います。

そんなこんなで、日本人から見ると気恥ずかしくもあり、うれしくもあり、改めて多文化社会のコミュニケーションについて思いを馳せることも出来るサウジアラビアの日本事情紹介番組「Thought(改善)」、是非ご覧下さい。

'09 12月03日 (木) 07時08分 : バーで一人で飲んでたら22歳の女の子がいた話

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柄にもなくバーで一人で飲んでいた。その前の日に友人をつれてバーに入った時に妙に盛り上がったので、改めて一人で飲みにいった。人生ではじめての「一人で飲む」という状況に若干舞い上がりながらも、下手なことはするまいと基本黙りながら飲んでいた。

L字型のカウンターで、カウンターの中にはマスターとバイトの女の子の二人。僕はLの底の短い棒の真ん中あたりに座っていて、斜め向かい(Lの長い方の下あたり)に若い女の子が一人座って飲んでいた。スタイルがよく、髪が長かった。

・・・こんな時は、僕から話しかけるべきなのだろうか?

なんて訳のわからない質問を考えながら(一人でバーで飲むという行為がまだ根本的に理解できていない)、水槽の金魚が水底の砂利を口に含んだり吐き出したりしているのをみていると、マスターと女の子が話しだした。テーマは「彼氏ができない」。彼女曰く。

  • 22歳だけど、最近トンと彼氏ができない。
  • あこがれの先輩と飲みにいった時に、「そんなに酒が強いのは、かわいげがない」と言われてしまい、自信がなくなってしまった。
  • オペラをやっているが、周囲の男は基本的に酒に弱く、一緒に飲もうものなら端から潰れていってしまう。

女の子を案じたマスターが「それは残念。出会いがないのでは?」と「あなたに責任はない」というメッセージをベースにした返事を返すと、ここで女の子の態度が一変する。

  • 彼氏は、180cm以上なくてはいけない。背の低い人と付き合うと、私が大きく見えてしまうから。
  • それに、酒が強くなくてはいけない。
  • それから、裁縫ができなくてはいけない。オペラの舞台のために必要な衣装を縫わなければならないが、自分は裁縫が下手なので。
  • 料理も苦手なので、作ってくれる人じゃなきゃイヤ。
  • さらには、車で送っていってくれる人。
  • お金がある人。
  • かっこいい人。

女の子のキャラクターを理解したマスターが「そんなに男にたくさん求めるのなら、それに似合うあなたのとりえは何?」という「まだ、あなたに責任はないけれど」というギリギリの指摘。対して、女の子曰く。

  • 私のとりえは「明るい」「やさしい」「掃除」「洗濯」の4つ。

この発言がマスターに「そんなんアカンわ」と言わしめた。正直、僕もそう思っていたから、スッキリした。22歳でかわいくて、スタイルもよい。それなのに彼氏ができないのは、何ということはない、単純に彼女の責任だったのだ。もったいないけど、仕方も無いなぁ。そう思いながらウィスキーのホットカクテルを口に含むと、マスターから予想外のタイミングで質問が飛んできた。

「お客さん、身長は何センチですか?」

女の子も僕のほうを向く。僕はカクテルを味わうフリをして時間を稼いでから、こう答えた。

「176cmです、残念です」

・・・なんというか、気が利かない返事だったと反省している。

今日の民主党政権

  1. 高速無料化「北海道限定」が有力...予算大幅圧縮へ
  2. 日本政府「脱税は許さない!」...脱税罰則強化を検討。実現すれば約30年ぶりの見直し

・・・唖然。マニフェストって何だったんだろう? 首相が(本人はそのつもりはなかったと言っているものの)脱税しているというのに、罰則を厳しくするって? それぞれの施策に妥当性が無いとは言わないけど、なんだろうなぁ・・・よくもまあ。

'09 11月29日 (日) 17時32分 : 僕はエロイ

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従兄弟だったか誰だったか・・・とにかく今は顔も名前も思い浮かばない中年の人が、僕が中学生の頃に「エロライター」を見せてくれた。一見すると普通のライターなんだけど、あっためると半裸の女性の艶やかな姿が浮かび上がるという寸法。僕のリアクションに喜んだその中年の人は、黒く太い親指でゴシゴシとライターをこすって暖めていた。

それから、これも僕が中学生の頃、友人の家でゲームをやって盛り上がっていたら、帰って来た友人の父親がエロトランプを見せてくれた。財布の中に3枚ほどだけ入っていたそのトランプには、裸の女性がバッチリと写っていた(ノーカット)。「すげべ?(すごいだろ?)」と友人の父親は顔をしわいっぱいにして笑っていた。

そんなエログッズの数々は、当時でこそ魅力的なものだったけれど、今となっては妙に切なさを醸し出すものがある。エロに対する一生懸命さというか、「オッサンになっても、エロからは逃れられない」感じが、妙に胸を突く。顔や肌から若さが消えていっているのに、心の奥には年を取った事を自覚できないエロのエネルギーが相変わらずくすぶっていて、僕らはその衝動にあらがいようも無く、何十年も女性をエッチな視線で見てしまうのだから、案外男の人生というのは救われないものがあるようにすら思う。

ただ、だからといってエロを否定するのは変な話だ。エロは僕らにとっては稀少な「心の内側から無尽蔵に湧いてくるエネルギー」だから。宿題だって、仕事だって、家事だって、運動だって、心の内側からエネルギーが勝手に湧いて来て取り組めるものではないもの。僕らの活動性の一部はエロによって担保されていて、エロがあるおかげで仕事やらお金稼ぎやらのモチベーションを補っていたりする。純粋な無から何かが増殖していくなんて世の中にはそうそう無い(というか、原理的に無い)けれど、心はそんな増殖原理をいくつか内包している。

ただ、それは心の中にあるからこそ画になるようなもので、心の外に出して形にしてしまうと途端に僕らの情けなさや切なさを象徴しはじめる。だからこそ、エロライターやエロジッポを眺めると、まるで僕自身の性欲を外から眺めているような気持ちになって、決してそれを馬鹿になど出来ない、それは僕の一部だ、と思うのだ。

'09 11月23日 (月) 16時11分 : 作戦「くよくよするなよ」

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ほぼ日刊イトイ新聞」で糸井重里が書いている「ダーリンコラム」最新回が非常に面白い。

「思い切る」という言葉を起点に、「なぜか人は『思い』を持ち続けることが自分を維持することだと思い込んでいないか?」と提言します。別に『思い』を持っていない瞬間だって僕は僕だし、あなたはあなただと、糸井さんは言います。デカルトの「我思う、ゆえに我あり」以降、人は『思う』ことの恣意性に縛られていやしないか、と。

この話を読んで考えに浮かんだことがあるんですけども、かねてから「理性は非論理的だ」と思っていたんです。最近はヒューリスティックバイアスなんて言葉で表現されてますけど、人の考えはおよそ非論理的な思い込みが多いことが分かってきています。小難しいカタカナ言葉で言われると余計に「そんなことはない、俺はしっかりと考えてるぜ?」なんて否定したくなりますけども、まあ人の考えることなど思い込みばかりなんだから、気をつけろよ・・・なんて話が、行動経済学近辺から聞こえはじめ、去年から今年にかけて少しブームだったりもしたんです。

だからこそ、「理性は非論理的だ」と言えると思うんです。逆に、「本能は論理的だ」と言えるとすら僕は思ったりもします。死にたくない、食べたい、気持ちよくなりたい、眠たい、という目的のために無条件に体が動く瞬間を何十年も経験していると、どうにもカラダのほうが論理的で、僕の心なんていい加減で迷ってばかりで、ちっとも論理的じゃないと言えるんじゃないかなーって思うんです。

「理性は非論理的で、本能は論理的である」。僕らは理性の上で良いように考えたり言い訳したりして「自分は良いものだ」と思い込みながら暮らしているけれど、案外僕のカラダや本能の領域は「生きたい」という勝手な行動原理に忠実にロジカルに動いていて、そんなカラダや本能には良いも悪いも無い・・・さらに言えば、「生きてるだけでやらなきゃいけない事は、それ以外の事よりも大事だ」とすら思います。

『思い』は生きるのに必須じゃないので、時には『思い』を軽くあしらっても良いんじゃないかしら。

なんだか仏教みたいな話になってきましたけど、もう少し俗に言い換えると「くよくよするなよ、楽しくやろうぜ!(Don't worry, be happy!)」みたいな事です、ハイ。

'09 11月22日 (日) 08時33分 : 探査機はやぶさがリアルでプロジェクトXな件

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「探査機はやぶさ」というのは、小惑星探査のために日本が作り打ち上げた宇宙探査機なんですけど、そちらがスゴイ事になっているので是非お知らせしたく。以下のムービーをご覧されたし。

「こんなこともあろうかと」という呼称や失敗を脅威の粘りでかいくぐりながら、今も宇宙の漆黒を地球に向けて飛び続けている「はやぶさ」。上の動画で触れられている数々の困難と知恵については、以下のサイトさんをご参照ください。しっかりと調査されて、脚色なく冷静に「こんなこともあろうかと」の内幕をご紹介されています。

人生ご縁となりゆきで」さんのエントリ「探査機はやぶさにおける、日本技術者の変態力

日本は技術立国です。例えば今更金融大国になろうだとか、もの作りを止めようだとか、夢物語的な事を言う人もいますけど、現状で日本は技術で成り立っている国であることは確かであり、今日でも世界の先端に位置しています。アポロ13号のように「困難さに諦めず、持てる技術と知恵を出し尽くす科学者たち」という状況を地でいく探査機はやぶさ開発者たちは、間違いなく日本の技術力の高さを象徴するような方々だと言っていいでしょう。

宇宙開発は、様々な科学技術に応用されます。NASAの研究開発によってテンピュールというフワフワした枕が作られたように、その応用範囲は物性・理論物理・電子工学・情報工学、はたまたマネージメントや心理学に至るまで、途方も無い範囲に広がりを持つものです。

探査機はやぶさとそれを支える人たちの闘う姿を見ながら、応援したいと思うのは当然と言えるかもしれません。その姿は前向きで頼もしく、生み出される富も大きいのですから。当然僕は応援していますし、だからこそ、お知らせしたかったんですね。

民主党によって探査機はやぶさの予算はカットされる

ニュースでもおなじみになった与党・民主党が主導する行政刷新会議の「事業仕分け」によって、宇宙開発の分野においても予算カットがはなはだしい事も、是非知っていただきたい。探査機はやぶさの事業を「無駄」と言い切る事の妥当性を、想像してもらいたいと思います(こちらのサイトさんにまとまってます)。

民主党の掲げた「財源の無いマニフェスト」・・・すなわち「金が無いのにパチンコに行く人」ぐらいに無責任な約束によって、日本の科学技術を支える研究開発に対する国の投資が軒並みストップしています。これほど荒唐無稽なことがあるか。それを報道しないメディアは、いかに信用できないものなのか。例えば「テレビと新聞だけ」といった偏ったメディアからの偏った情報だけを根拠にして投票に行くことが、いかに危険なことなのか。

探査機はやぶさが載せている人々の期待や希望は、どこに行き着くのか。

「なんとなく政権交代」のツケを、一般市民に成り代わって科学者が償う。これが正しい技術立国の姿なのでしょうか?

追記

処分歴ある職員救済へ 年金機構発足時 厚労省の非常勤で 政府

政府は21日、来年1月に社会保険庁が廃止され日本年金機構が発足する際、機構に移行できない職員について、懲戒処分歴のある者を含め厚生労働省の非常勤職員として採用する方針を固めた。期限は2年で数百人規模を想定している。

連合・自治労といった団体をバックに持つ民主党さんは、科学にゃ厳しいが公務員には弱い事で有名でございます。「官僚依存政治を断ち切る」なんて、このニュースを前にもう一度言ってみろ、民主党。おっと、言葉が過ぎました。もう一度おっしゃってみやがりなさいませ、でございます。「一面的に悪者扱いする官僚批判の態度」+「大部分の良い公務員が割を食い、本当にダメなごく一部の公務員に与するとりはからい」のコンボは、国民と公務員の皆さんの士気をガッツリ落としますナ。

自民がやったら叩かれるのに、民主がやったら叩かれない。これを偏向報道と言わずして何と言うのかなあ。

'09 11月21日 (土) 04時22分 : 黒柳徹子に対する森繁久彌の口説き文句

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森繁久彌さんが亡くなられましたね。不謹慎だと怒られる事を覚悟して書くなら、僕は森繁さんを「死にそうで死なない人」というポジションに置いていました。僕が子供の頃から、芸能人のお葬式で「俺より先に行くなんて」とヨボヨボのおじいちゃんが話しているのを見ながら、「お前のほうが死にそうじゃねーか!」と心の中でツッコんでいたりしたものでした。

でも、一応自己弁護しますと、それって単純にバカしてる訳じゃなくて、なんとなく「楽しいじいちゃん」っていう雰囲気というか、親しみのようなものを感じていたからこそ、そんな不謹慎なことを考えていたことも分かって欲しいとは思うんですね。

僕「じいちゃん、死にそうで死なないな!」
森繁さん「うるさいわ、ガキ!」
僕・森繁さん「わっはっは」

という感じの親近感というか。少なくとも僕の中では「嫌いな人」「自分とは世代が違う人」なんて風にはちっとも思ってなかったんです。むしろテレビに出るたびに「おっ、なんだ?」といった具合にブラウン管を覗き込んでしまうような、気になる人さんでした。だからこそ、心からご冥福をお祈りしたいと思います。死んじゃうなんて、やだなぁ。

・・・さて。前段が長くなってしまったんですが、森繁さんがお亡くなりになって様々な著名人の方がコメントを出されていますが、中でも黒柳徹子さんのコメントが最高です。当然ながら、真面目に森繁さんを悼む以下のようなコメントもあります。

森繁さんからは、せりふとはこういうものだということを、どれだけ教えていただいたか分かりません。喜劇も悲しい劇も、とにかく何もかも教えていただきました。

しめやかな調子で黒柳さんの言葉は続くのですが、是非とも読んで欲しいのがこちら。

初めてあったときから、いつも『1回どう?』とおっしゃられていて、それは最後に会ったときまで続きました。森繁さんは、女性にもてていらっしゃったから、まだ若かった私は『気をつけなきゃ』と思っていましたけど、後から思えば、かわいがってくださっていたんだと思います。最近では『いつまでも言ってくださいね』なんて冗談を言っていました。

解説を付けるのも無粋な話ではありますが、これは平たく言えば「やらせろ」的な会話だったろうと想像されます。下品、破廉恥、セクハラ! と眉をひそめるのは簡単なんですが・・・なんだろうな、この感じ。生きている年老いた女性が、年老いて死んだ男性に口説かれたことを楽しげに語っている・・・この、穏やかさといったら、なんだろう?

真剣な芸事からエッチな冗談までがグラデーションを描いていて、男と女が地続きで、生と死がなだらかな曲線を描いていて、過去と現在が一本の道で行き来できるような世界。二元的な堅苦しさや世の中を覆う法則や決まり事から解き放たれたような、そんな気分になります。

若い頃の美人の黒柳徹子と、美男子の森繁久彌の、下らないけれど印象的な思い出。森繁さんは死んじゃったけど、思い出という残り香は、少なくとも僕が生きている間は僕の中に囲っておきたいと思う次第です。

'09 11月19日 (木) 21時00分 : おっさんの無害な日常3題

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おっさんの無害な日常のヒトコマ、3つでございます。下らないので、そういうのが嫌いな人はスルー推奨。

ひとーつ。

東京駅だったか、どこかの駅のトイレで大きい方の用を足し、一息ついて立ち上がったら自動的に水が流れたんです。紛いなりにも僕という人間が懸命に取り組んだ成果物が、センサーだかコンピュータだかの無機的な判断で、まさに水泡に帰してしまったわけです。

「うわ、勝手に流れたよ! 俺、落とし物とかしてなかっただろうな? それになぁ、俺はこの目で見届けたかったんだよ。それを何で勝手に流すんだ! 心配だし、失礼だし、驚かせるんじゃないよ!」

・・・と思ったら、思わず「あっ」と声が出てしまった。隣に人がいたら、どうしよう。

「トイレを流した瞬間『あっ』って、もしかして携帯電話でも落としちゃったんだろうか? まぬけな奴だなあ。ププ」

なんて思われたら、どうしよう。僕はすっかり恥ずかしくなって汗をかきながら、逃げるようにトイレを後にしました。いい年なのに、どうしてこんな事で赤面しなくちゃいけないんだろう。面白くない気分である。

ふたーつ。

死ぬ直前に見ると言われる「走馬灯」。何十年という人生を瞬く間に見ることができるという走馬灯というものは、どれぐらい細かく人生を思い返させてくれるのだろうか?

例えば、「八戸市に生まれる。大学で八戸を離れ、就職し、彼女と出会い結婚し、子供を作り、子供が結婚し、大病を煩い回復し、今に至る」なんて具合の要約であるならば、それは美しい走馬灯になると思うんですけどね。でも・・・

「2009年11月19日。起きてトイレに行って、歯を磨いて、会社に行こうとするがタバコを忘れて一度戻る。マナーの悪い自転車と軽く接触して腹を立てるが、我慢して電車にのって出社。ふと気になって唇を持ち上げて鼻に近づけてニオイをかいだら、妙に臭い。出社してトイレに行く。スッキリ」

・・・なんて具合に人生を見せてくれるのだとしたら、なんか死に際に切なくなっちゃいそうな気がする。どうしよう、死に際にこんな走馬灯を見せられると考えたら、なんか今からドキドキしてきた。しかもこの下らないドキドキも走馬灯で見せられてしまうというのだから、シャレにならん。面白くない気分である。

みーっつ。

「つんく♂」という名前の語源が気になった。「♂」マークがついているので、男に関係のあること・・・と考えると、どうしても「ち○こ」がチラついてしまって、それ以上考えが進まずにっちもさっちも行かなくなってしまったのでした。

答えは「小さい頃につけられた『つんくん』(髪の毛がつんつんしている様子から)というあだ名から」というものでした。事実は面白くも何ともない。やっぱり、面白くない気分である。

'09 11月16日 (月) 20時52分 : ゲンナリする話と、いい抜け具合の話

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今日も民主党さんの色々をピックアップ。今回もすごいよ。

  1. 『科学』傷だらけ iPS細胞生んだ事業や科学未来館
  2. スパコン、スプリング8「削減」 地元が反発
  3. 民主 宗教・業界団体と連携へ
  4. 外国人参政権を永住中国人にも 「相互主義」とらず 民主検討案判明
  5. 民主が議員立法で外国人参政権付与法案を提出へ 臨時国会で
  6. 普天間移設で首相、現行の「名護」こだわらず
  7. 日本の防衛費削減は「甘すぎる」、このままでは中国の属国に--米シンクタンク
  8. 鳴り物入り「事業仕分け」 仕切っているのは財務官僚?
  9. 高橋洋一の民主党ウォッチ 民主党は財務省に完全屈服した

行政刷新会議はIT・バイオ等の科学技術の予算を軒並みカット、しかも結局財務省官僚任せ、おまけに郵政改革は結局官僚に社長を頼み(だったら最初から「官僚も頑張ってる」と言えばよいのだ)、こっちから喧嘩を売ったアメリカ大統領と会談するも結局は折り合わず、宗教・業界団体からの集票に今から励み、マニフェストからわざわざ消した外国人参政権を躍起になって通そうとしている。民主党に投票した皆さんは、この動きに満足しているんだろうか? 控えめに言っても相当危ないことになってることは確かだと思いますけど、依然テレビは擁護の構え。こんなのおかしいと思ったら、テレビが騒いでなくてもこっちから騒がないと大変なことになるように思うんですけども、いかがでしょう?

ちなみに民主党は、外国人参政権のみならず、被選挙権や公務員に就くこともOKにしてしまう、さらには3年住んだらどんな外国人も日本人と同等の権利を持てるようになるという「外国人住民基本法」を副代表自らが請願しているような党ですから、こうなることは分かっていたはずなんですけどね。(請願の要旨)(参考サイト)理念としてキライじゃないんですけど、日本を敵視する国に西側を囲まれちゃってる日本がやる事じゃないでしょ、コレ。どんだけお花畑なんだろうな。

さて。相変わらずこんな話をするとゲンナリしてくるので、口直しをおひとつ。毎度おなじみ「ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd」さんから、こちらの記事を。

74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/14(水) 14:26:05.31 ID:dVSlK14P0
歴史の授業中に17条憲法の話になって先生がうとうと寝ていた生徒に
「おい 田中!この憲法を作ったのは誰だ!」
と聞いた時、彼は寝てるのは誰だと言ったものだと思い
「お、お、俺じゃねえよ!!」
と叫んだ

田中、言ってることは一応合ってるんだけどなあ。いい具合に抜けてて、いいなぁ。

'09 11月15日 (日) 12時10分 : 成長を止めるという判断−民主党の事業仕分け

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与党民主党の行政刷新会議の事業仕分けによって、地方交付税を抜本的見直しの対象とするという判断が確定しました。今行われている事業仕分けと同じ方法論でカットされていくことになります。当然地方にとっては死活問題ですから、例えば宮崎県の東国原知事は早速抗議をしています。発言を引用します。

「けしからん。交付税は事業仕分けの対象になるものではなく地方の固有の資産だ。1時間ぐらい(の議論)で判定できるものではない」

日本全体で得た税収の一部が、地方に回される。これは「都会だけではなく、地方も発展させることによって将来的には日本全体を繁栄させよう」という国の大枠の考え方・戦略が根底にあります。「いち早く発展してお金を稼ぐ都市と、税金を食いつぶす田舎」という構図で見ている人には気に入らないかもしれませんが、「今は都会が稼いでいるが、将来田舎も追いついて来て欲しいから投資するんだ」という考え方ならこの地方交付税の仕組みも素直に理解できると思います。

そんな政策が、戦後から今日に至るまで続けられてきたんですね。

ただ、そんな考え方もどうやら民主党政権下では古くて忌むべきものであるようです。「無駄使い」という安直な言葉の元、様々な事業が切り捨てられていきます。将来の発展のための投資はおおよそ無駄使いと判定され、日本は将来の強みを失っていきます。例えばIT分野ではカットの嵐が吹き荒れていて、世界一のスーパーコンピューターを作って業界の最先端をリードしようという事業もアウト判定が出ました。こういった判定の1つ1つが、将来の日本の強みをどれほど損ねることになるのか。財源を確保して、近々の数年間は良いでしょうが、その先の日本はどうやって飯を食っていくんでしょうね?

将来の発展に対する投資を止めて、地方に対する投資も止めて、ただひたすらに今の生活にお金をつぎ込むというやり方は、本当に国民の望むものだったのだろうか? と率直に思います。今の政府のやり方は、それこそ貯金を切り崩してパチンコに行くようなもんじゃないのか? 手元の金をかき集めて、勉強もせずに毎日飲みに行っているようなもんじゃないのか?

同僚が「そろそろ日本から出なきゃいかんかもな」と言っていたのが身にしみます。でも、あくまで日本の中の一地方である故郷・八戸を盛り上げたいと願う僕は・・・どうすりゃいいんだい? 僕は小学生の頃からずっと不況の世の中で生きてきたけど、このまま不況を僕の子供の代まで続けさせるなんてまっぴらだよ?

'09 11月14日 (土) 17時04分 : 大事だけど面白くはない話と、大事だし面白い話

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軽くみつくろってみますけども。

  1. 国会答弁メモやっぱり作って...官邸側、省庁に指示
  2. 「あっせん」なき再就職は「天下り」にあらず
  3. 野党時代の追及、自らにはね返る...首相答弁
  4. 【名言か迷言か】鳩山首相は「宇宙人」的発想で難問解決?
  5. 「キリスト教は独善的」と小沢氏、仏教は称賛
  6. 鳩山首相「恵まれた家庭に育ったので...」と報告漏れを反省 

官僚を叩きながら官僚に頼り、言った事には筋が通らず、国会答弁は意味不明で、センシティブなテーマである宗教についての政治家の発言とは思えないことを言い放つ人がいて、犯罪行為もお金持ちのボンボンのような発言で回避しようとする人が党首である民主党ですが、ここのところ雑誌・新聞は少しずつ叩きはじめてますね。一方でテレビは相変わらず擁護モード。これは別にマスコミ社内で思想の対立が起きているわけではなく、以下のような事が起きているだけです。

  • 雑誌・新聞 : 文字を読むような人は、民主党を100%受け入れずに叩いておいたほうが買ってくれるから、叩く。
  • テレビ : テレビを見るような人は、民主党バンザイのほうが受けが良いから、擁護する。

所詮マスコミだって営利企業、さらには今は不況と来ています。その発言が公平である確証なんて一切無いのです。以前の衆議院選挙特集の最終回でも採り上げた日本の国益に直接関わる法案群について、いよいよ「外国人参政権」を皮切りに議論の俎上に上がって来た昨今、ますます視聴者側のメディアリテラシが問われます。

・・・

・・・けっこう大事なことではあると思うんだけど、こんな事を考えていても楽しくも何ともないんだよなあ。なんというか、人のイヤなところばかり見えてきて、楽しさやら知恵やらが見えて来ない。というわけで、いつもお世話になっている楽しいサイト「ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd」さんから、力が抜けるお笑いをおひとつ、お口直しにでもどうぞ。

687?名前:?おさかなくわえた名無しさん?[sage]?投稿日:?2009/11/05(木)?00:00:20?ID:jflNHxZt
>>684?
国会中継を見たことがないのか知らんが、参議院は結構な空席があるということが
普通ということを知らない人がいることにも、びっくり?
そりゃ、定数を減らせば、空席になるだろ

688?名前:?おさかなくわえた名無しさん?[sage]?投稿日:?2009/11/05(木)?00:04:58?ID:k/n/IQUL
ことことうるせぇよシチューかお前は

いいなあ。こういう知恵が僕は欲しいなあ。

'09 11月11日 (水) 00時58分 : 酒井法子が飲んでいた薬はノーシンでは決してないのだが

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ちょっと古い話題で申し訳ないんですけども、覚せい剤をやってたという罪で酒井法子さんが逮捕されましたねー。で、CMをやっていた頭痛薬「ノーシン」の契約も当然解除。違約金まで支払われそうな雰囲気ですけども。

新幹線の車窓、名古屋駅から少し東に進んだところにある「ノーシン」の看板は、以下のようなものになっています。

  1. 巨大な看板の全体がピンクでふわふわ光っている。
  2. 「ノーシン」という丸い字体は、虹色にじんわりとアニメーションしている。
  3. キラキラする小さくまばゆい光がちりばめられている。

・・・なんだコレは。ノーシンは頭痛薬では無かったのか。ずいぶん気持ち良さそうではないか。

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ネットで動画や画像を探してみたんですが見つからず・・・追って「名古屋駅そばに今日も立っている、すごく気持ち良さそうな頭痛薬ノーシンの看板」についてご報告したいと思います。ちなみに、昼間に撮影された小さな画像だけあったので、ご紹介。これが夜になるとピンクと虹色でボンワーリと光るんですよ・・・みてるだけでトリップしそうです・・・特に出張疲れでシートに沈み込んでいる週末の僕にとっては。

'09 11月09日 (月) 21時23分 : かえるのうたで号泣する僕

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「かえるのうた」で泣いちゃいましたー。

アレンジの素晴らしさに泣く。

上の作品をエレクトーンでオーケストラアレンジする人、現る。感動。

さらにオーケストラアレンジにアニメを付ける人すら現る。大号泣。

いやはや・・・泣けるなぁ。僕がこの唄を憶えた時に教わった歌詞は、以下のようなものでした。

かえるのうたが
きこえてくるよ
クワクワクワクワ
ゲロゲロゲロゲロ(「ゲゲゲゲゲゲゲゲ」が一般的な地域もあるらしいです)
クワクワクワ

この唄、2番すら無いんですね。ただ、「かえるの唄が聞こえている」という状況だけを切り取って、唄にしている。なんだろうなあ、コレ。メッセージも何も無い。でも、なんとなく想いのようなものがあって、それはきっと「カエルの鳴き声が、唄のように聞こえてきて楽しい」っていう感情だったり「まるでカエルたちが仲良く合唱しているようだ」という想像だったり、「ねえねえ、カエルが鳴いているね」という語りかけだったりするんだと思うんです。誰かの心の中をそのままスプーンでひとすくいして形にしたような、そんな唄のように僕には見えます。

とてもシンプルで、心をありのままに形にした唄だからこそ、上述したような解釈や表現も生まれてくるのでしょう。素晴らしい。

'09 11月08日 (日) 20時02分 : 3秒で答えるクイズ→「太」は象形文字か?

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「大」という感じが象形文字であることは知ってたんです。人が両腕を横に伸ばして、足を開いて立っている姿。ですが、問題は「太」という字。僕はこう思ってたんです、「きっと『太』という字も、象形文字なのだろう。何かの姿を描いたものが字になっているのだろう」

そんな風に考えていた僕がイメージしていた「太」という字の元々の姿は、当然「太い」という意味から連想したもの。それは、以下のようなものです。

  1. 「大」と同じように、大人の人が両腕と両足を広げて立っている様子をイメージ。
  2. その人を、どんどん太らせていくと・・・
  3. お腹が膨らんで、ヘソがドーンと前に突き出される
  4. そんな「ヘソ」を示す点が「大」という字に加わり、「太」という字になっている。

というわけで、僕にとって「太」という字は「太った人のヘソが目立っている様子」を表している字だったわけです。僕もすっかり「大」より「太」に近づいて来た今日この頃、風呂上がりなぞには腹を突き出したり引っ込めたり、でございました。

ところが、今日衝撃の事実が発覚。

調べてみると、太いという字は象形文字ではなく「形声文字」。複数の漢字を組み合わせたものを指し、「太」の場合は「大」という字から「たい」という読み方を借りてきている字なのだとか。つまり、「太」という字は太った人を形で表したものでも何でもなく、「『たい』と読める字を作りたいんだけど、どうしよう・・・『大』って字を借りて来ようぜ!」という事で出来た字だった訳で、僕の考えていた事はまったくの見当違いだと分かったんですね。

ああ、思い込みとは恐ろしい。無知とは恥ずかしい。僕の頭の中で「ミスター『太』」を自認して堂々と仁王立ちしていた空想上の太った人は、今日から失職と相成りました。勝手にイメージされて、ある日突然クビだというのだから、ちょっと可哀想だったりもしますが。リストラされた当の太った人がさっきから頭の中でうろたえて右往左往しているので、頭が揺れて仕方が無い。

今日の写真

今日の写真は、飼い始めた頃からすっかり太ってしまったウチのバカイヌでございます。撫でたり遊んだりすると喜びを抑えきれなくて大暴れしてしまうぐらいのバカイヌです。でも、僕らからすると可愛くて仕方が無いので、バカでも仕方無いのです。ひいては、飼ってるウチのみんなも親バカなので、みんなバカで丁度いい。同じバカなら可愛がらなきゃ損々、って奴です、ハイ。

'09 11月07日 (土) 17時47分 : 男しかいない世界

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男しかいない世界がもしあるとしたら、どうなっているんだろう? とふと思ったので、想像してみたんです。

「男しかいない世界」

例えば、結婚。そもそも人間にはオスとメスがいて、それぞれの遺伝子を混ぜ合わせないと生殖できないからこそ、結婚する必要がある。より本質的に言えば、結婚という社会制度が必要なのではなく「男と女が他人同士の壁を乗り越えて一緒になる」必要がある。

ところが、もし男しかいない世界があるとしたら、そこではきっと生殖パターンが異なる。とりあえず考えられるのは、以下の2通りだ。

  1. カタツムリは、雌雄同体だけど交尾をする。交尾の際に、それぞれが男か女のいずれかの役割を担うように体が変化するのだ。
  2. 大腸菌のように、単純に自己が分裂して2つになって殖える。

うーむ、なんとなくカタツムリ型は「男だけの世界」という感じではないから却下しよう。今考えたいのは純粋に男性しかいない世界なのだから、女性的な側面は排除したい。つまり、大腸菌型の「分裂」を採用とする。となると、「男だけの世界」では、男は成長すると分裂して殖えることによって人間という種が維持されていることになる。

となると、またまた厄介な問題が起きる。さっきは「大腸菌のように」なんて言ってごまかしたけど、実は分裂にも大きく分けて2種類があるのだ。

  1. 「古い部分が死ぬ代わりに、一部が生き延びる」パターン。イチゴや竹のように、体の一部を伸ばし続けて行き続ける代わりに、古い体の部分を徐々に枯らして行く。菌であれば、体の一部を分離して、古い部分が死んでいく。
  2. 「パックリ2つに分裂し、寿命など存在しない」パターン。大腸菌個体については寿命が無い。栄養が有る限り、ひたすらに分裂を繰り返す。

さて、これはどちらを採用しようか。後者の大腸菌パターンの場合、分裂して殖えた後の2つの個体はまったく遺伝子が同一であるから、顔かたちもそのまま。となると、世間に同じ顔をした人がうじゃうじゃいるという違和感がある状況になってしまうから却下しよう。すると、イチゴや竹や一部の細菌のような「体の一部を生き延びさせ、古い部分が死ぬ」パターンを採用しよう。

さすれば、こんな感じの世界になる。

  1. 町を歩いている子供達やおじさん達やおじいちゃん達。
  2. 子供達はまだ殖えることができないが、成人した辺りから殖えることができるようになる。
  3. 大人達は子供に必ず「しっかり栄養をとって、規則正しい生活をして、健康でいなさい。そうでないと、子供は出来ないぞ」と教える。
  4. そんなしつけを受けて育った青年はある日、自分の体の一部が妙にふくらんでいる事に気付く。子供が出来たのだ。
  5. ふくらみは徐々に大きくなり、人間の形をしはじめる。青年の体から赤ちゃんが生えている。
  6. やがて赤ちゃんは成長し、親である青年と子供は二人三脚のように歩いていたりする。
  7. そのうち、青年と子供は切れることもあるし、切れないままでいることもある。そんな風にして、青年は年老いるうちに、何度か子供を作った。
  8. やがて体が老いるにつれ、あのふくらみも出て来なくなった。青年は既に老人になっていた。
  9. 老人は最期を迎えようとしている。床に伏す老人を囲むのは、老人の体から生まれた顔がそっくりの子供達。まるで老人の人生をなぞるように、子供の頃の老人の顔・青年の頃の老人の顔・大人の頃の老人の顔・・・と並んでいる。
  10. 老人は死ぬ。しかし、老人から生まれた一族はさらに繁栄を重ねることだろう。

こんな風な「男だけの世界」では、子供が出来るかどうかは「健康か?」という1点で決められることになる。なんだか興ざめかもしれないけれど、仕方が無い。この世界では恋愛は存在しないが、家族愛はある。文字通り自分の体から生まれた子供に対して、親は十分な栄養と愛情を注いで育てる。自分の子供の頃とそっくりの子供達を眺めながら、人生を振り返ることもできるから、おそらくは人生を見つめる視座も育つことだろう。健康についても思いを巡らせるだろうし、人が殖えることの喜びについても理解できるだろう。

「男だけの世界」。それは、誰もが子供を作ることが出来る世界であり、自分が生き物であることをより実感できる世界であるように思う。

後記

・・・と、ここまで考えてやっと「男しかいない世界という訳の分からない設定でも、なんとかイメージできたなぁ」と胸を撫で下ろしていたんですけども。とはいえ・・・一生懸命リアルな想像を試みてはみたものの、どこまで行ってもこの「男だけの世界」という設定は、気持ちが悪い。なんだか、頑張ってイメージを広げて損した気分である。よくよく考えてみたら、ドラマだって映画だってテレビだって、男しか出て来ないのだ。何が楽しいというのだ。

ちなみに、「男だけの世界」の「男」を「女」と差し替えても、前述の世界観には何ら問題はありません。性が1つだけの世界において、「男」も「女」も意味を成さないし、そもそもそんな言葉は存在すらしないでしょう。

今、僕が生きている「男と女の世界」は色々と面倒なこともあるけれど、案外上手くできているんじゃないかな? ・・・なんて思わせるものが、「男だけの世界」のイメージにはあるように思うんですが、いかがでしょう?

'09 11月04日 (水) 00時05分 : 高校生のいとこに「運動しろよ」と罵られた話

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夏休みに東京から帰省してきた従兄弟は勉強こそ得意ではなかったけど、カッコ良くて運動神経も良く、モテていた。一方で性格はキツイところもあって、小学六年生の僕からすると馴染みにくいところがあったせいか、やはり好かれていなかった。そんな夏のある日、なぜか従兄弟連中が小さい子から大きい子まで総動員されて、当時流行っていたZooのChooChooTrain(EXILEのと同じ曲)のダンスを練習させられた。従兄弟から見ると「曲もダンスもカッコいい」ということらしく、その辺りの美的センスやかっこ良さを理解できていなかった僕にとっては苦行でしか無かったんですけども。・・・別に曲もとりたてて好きというわけでもないし、ダンスなんてもってのほか。さらには馴染めない従兄弟の前で、思春期入りたての田舎の小学生が踊れる訳がない。体も動かず、恥ずかしい時に出る変な汗にまみれ、顔には固い笑顔で踊る僕を、ラジカセを止めた従兄弟が一蹴。

「運動すれば? なんで運動しないの?」

この後、当時の僕は相当腹を立てたと思うんだけど、結局どんなリアクションをしたのか憶えてないんだよなあ・・・なんかウヤムヤなままに従兄弟の身勝手なダンス練習を抜けたような気はするんだけど、そんな事をしたら余計に従兄弟をおこらせてしまったはずだし・・・今となっては謎なんですが、とにもかくにも「運動すれば?」の一言は、運動神経にコンプレックスを抱えていた当時の僕の心に深く深く刺さってしまったわけです。だからこそ、こんな事をふと思い出してしまったんであって。よりにもよって、出張に向かう電車の中で、手持ち無沙汰に車窓を眺めるしかないタイミングで。

今となっては別に従兄弟に対して怒りを感じる事はないんだけど、記憶の中にいる「小6の頃の僕」はまだ怒ってるような気がする。

「じゃあお兄ちゃんはなんで勉強しないの? 僕にだって不得意なことはあるよ! ダンスだって恥ずかしいし、曲だってよく分かんない!」

・・・なんて今さら言い返すまでもないけれど。でも、記憶の中の小6の僕は、いまだにあの倉庫の隅っこで恥ずかしい気持ちを隠したまま、従兄弟に怒られまいと笑顔を無理に作りながら踊っているんだよなあ。不憫だなあ。

'09 11月03日 (火) 20時40分 : 「その例え、古いなぁ!」という指摘が好き、というお話

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ちょっと前まではキライだったかもしれないんですけどね。「お前、その話古いなー!」なんていう指摘。でもちょっと考えると、「古い」と指摘されるような話を持ち出した僕も、「古い」と指摘する人も、同じくらい古い人なんですよね。

だからこそ、みんなどんどん古い話をしたらいいんじゃないかなぁ。若い人に「オッサン!」なんて指摘されたって、そいつらもどうせ将来同じようなことを話すんだしさ。十年前ぐらいのことを話すと「古い!」だけど、千年前ぐらいの事を話したら「歴史にお詳しいんですねぇ」なんてなるのも、よくよく考えると変な話だもの。千年前が歴史なら、十年前だって歴史だもの。

槇原敬之のヒット曲「どんなときも」の中に、こんな歌詞があります。

昔は良かったねと いつも口にしながら
生きていくのは 本当にいやだから

昔好きだったんですけどねー、この曲。正直なところ、年を取った今となっては・・・昔は良かったって。マジで。だからといって今もキライじゃないんですけどね。

ものすごく当たり前の話なんですが、どんだけ今が楽しいからって、過去も楽しくちゃいけないという事は無いはずなんですよ。今も昔も楽しけりゃ、それに越した事は無い。なのに何故だろう、「昔は楽しかったねーなんて懐古ばっかしてたら、ダメ人間になっちゃうなぁ」なんて、最近までちょっと本気で思ってたもんなぁ。

・・・なんでだろう?

'09 11月01日 (日) 17時55分 : 否定しかしない菅直人副総理、肯定からはじめる橋本徹大阪府知事

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官僚は大バカという民主党・菅直人さん。上司が大バカだという人は大抵その本人にも問題があるのと同じように、官僚とうまく付き合えてもいなければ活用できていもいないことを露呈しちゃっています。

一方、大阪府知事の橋本徹さん曰く

関西の活性化には都市ごとの役割分担が必要との考えを示したうえで、大阪について「こんな猥雑(わいざつ)な街、いやらしい街はない。ここにカジノを持ってきてどんどんバクチ打ちを集めたらいい。風俗街やホテル街、全部引き受ける」と述べた。
橋下知事は京都と奈良を「世界に誇れる観光の街」、神戸を「日本を代表するファッションの街」と位置づけ、「大阪はエンターテインメントの街でいいじゃないですか。都市で役割分担して、上がってきた税収を分ければいい」と語った。
さらに、「大阪をもっと猥雑にするためにも、カジノをベイエリアに持っていく」

大阪の持つ良さでもあり悪さでもある「猥雑さ」を個性として認識した上で、大阪を他都市と差別化する方策として打ち出しました。子供にちょっとでも悪いところがあるとすぐ矯正しようとする親が大抵子育てに失敗する事と対照的に、橋本さんは欠点もひっくるめて個性として伸ばしてはどうかと提案しています。

ただただ否定する人と、肯定からはじめる人。僕は明らかに後者を支持します。八戸も、個性を伸ばして差別化すべきだと強く思います。

'09 10月31日 (土) 16時17分 : Magic Mouseを使ってみた感想・・・Wow!

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Appleさんの新製品・Magic Mouseを買って来ましたー! 早速レポートをば。

ケースからして、かっこいいものなぁ。

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某ビックカメラさんの店員に「Magic Mouseあります?」と尋ねると「もしかすると明日には入荷があるかも。ごめんなさい」とのこと。帰るのも口惜しく売り場をウロウロしていると、さっきの店員さんが「今入荷しました!」と満面の笑みでモノを持って来てくれました。もちろん喜び勇んで買いましたけど・・・でも、驚いたのはそのパッケージ。ただの段ボール箱なんです。なんじゃこりゃ? と思いながらも帰宅。家で開けてみると・・・透明なケース登場! これがメチャクチャカッコイイんですよ、マジで。中にはツルッとしたマウス、透き通ってシンプルなケース・・・いやはや、Appleさんには久しぶりにド肝を抜かれました。この辺り、顧客満足度の高さを誇るAppleさん一流の心配り・おもてなしといったところなんでしょうねー。

はやる気持ちを抑えつつMacとつなげて、操作してみると・・・んあ? Magic Mouse用のアップデート+再起動をしたのに、操作が一部効かない?(スワイプ) 念のためもう一度設定を確認してから再起動をしたらやっと動きました。当方MacProを使用しております、同じような症状が出られた方には再起動をオススメしておきます(僕だけかもしれないけれど)。

で、操作感はどうなのか・・・?

使用感はMighty Mouseを超えている(当社比)。

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これまでのApple標準マウスは「Mighty Mouse」。このマウス、個人的には「よくリコールされなかったな」レベルのマウスでした、正直なところ。上下左右のスクロール操作のために小さなボールが埋め込まれているんですが、このボールがせいぜい3ヶ月ほどで動かなくなるんですね。掃除するにも分解がものすごく不便で、2個使ってたんですがいずれもアッという間に壊れてしまいました。

こんな経験から、正直「Appleはマウス作るの下手なんじゃないかな?」とすら思っていたのです(ファンの皆さん、ごめんなさい!)。だからこそ今回の新作マウスには大きな大きな期待をしていたのです。心の中のリアルで醜い声をそのまま書くならば「畜生Appleめ、今までMighty Mouseではさんざんな目に遭わせてくれたなぁ・・・! 今度こそ、大丈夫なんだろうなあ? また変なの作ったら、タダじゃおかねえぞ!」なんて具合だったのです。

では、実際どうだったのか? 結論から申し上げましょう・・・Mighty Mouseの汚名返上、素晴らしい操作感でございますッ!! 以下に「良いところ」を一気にまとめてみます。

  • 裏面(写真参照)の滑りがMighty Mouseよりも良くなっていて、軽い!
  • マウスの両側に角度がついているので、親指と小指の先で軽く挟みながらスライドする人にとっては素晴らしいホールド感
  • Mighty Mouseはクリック時にマウス上側全体がブレるような感触があったが、Magic Mouseはそんな事なく実直でシッカリとしたクリック感
  • ダメダメだったMighty Mouseのボールによるスクロールはもちろんのこと、ホイールにも比肩するスムーズ感で楽しませてくれるタッチスクロール
  • 何より、デザインがカッコイイです、ハイ。気分がいい。

というわけで・・・正直なところ、Mighty MouseにこだわるよりもMagic Mouseに買い替えちゃうほうが良いと断言しちゃいたいところなんです。マジオススメ、って奴でございます。

でもこれだけだと説得力も無いでしょうから、ちょっとした問題点もいくつか挙げておきたいと思います。

  • 僕個人はまったく問題無いけど、マウスとしてはとてもとても薄いので、持ち方によっては手首に負担がかかる人が出てくるかも?
  • スワイプ(二本の指を左右に振る操作)は、正直やりにくい(人間の指の自然な動きではないと思うんですが・・・)ので使わないと思います。予想していたよりはずっと操作しやすかったし、Firefoxでも使えたのはうれしかったけれど。
  • タッチスクロールは気持ちよいけど、稀に暴発します。慣れれば大丈夫だと思うけど、心配な人は「慣性スクロール」をオフにしておくと気持ち安心(暴発したスクロールがすぐ止まるから)。
  • Mighty Mouseにあった「中クリック」と「左右をギュッと握るボタン」が無くなっているので、この辺りにExposéやDashboardをアサインしていた人は物足りないかも? 僕は使っていなかったので(ExposéもDashboardも画面四隅にアサインしています)、問題ないのですが。

こんな風に色々と問題点もあるにはあるんですが・・・それでも僕は「明らかにMagic Mouseのほうが上」と感じているのが素直な結論です。少なくとも一度Magic Mouseを触ってしまうとMighty Mouseには戻れないと思います。

というわけで、結論。「Mighty Mouseを使っている人は、買い替えたらきっと楽しいよ!」

→「Apple Magic Mouse」をAmazonで見てみます?


'09 10月27日 (火) 22時06分 : 褒めたい3題

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褒めたいことを、3つ。褒めるのって、気持ちいいしね。

1つめ

化学系のネタについての冷静な分析に定評のあるブログ「有機化学美術館・分館」さんから、「タミフルがある幸福」というエントリーをご紹介。

タミフルについては色々と問題視する風潮が強いですけどもね。でもネットで検索してみると、「民降る飲んだら熱下がったー!すげー!」なんていう声も大量に聞こえてくるわけで。それでも叩きたい人は叩いているみたいですが、それがどうにも気に食わないと感じてしまうんですね。

日本では、「インフルエンザかどうかわからない疑い例であっても、積極的にタミフルを投与すべき」という方針を学会が発表しています。一方でアメリカは、「基本的にタミフルのような抗ウイルス薬は必要ない」という方針です。その結果として、現状では何が起きているのか・・・?

 日本では1週間で30万人の患者が出た週などもあり、患者数は累計300万人を超えているといわれます。人口あたりの患者数は、アメリカと大差ないレベルにあると見ていいでしょう。
 ですが今のところ国内でのインフルエンザによる死者は、疑い例まで含めて32人にとどまっています。世界平均では0.1〜0.5%の死亡率と見られていますから、この数字を当てはめれば日本では3000人から1万5000人の死者が出ていてもおかしくありません。とにかく死者をアメリカの30分の1、世界平均の数百分の1レベルに抑え込んでいるのは、素晴らしい成果といってよいのではと思います。

これが現実に起きていることなんですね。相変わらず一部マスコミは官僚批判とか何とか抜かしながらこういった数字を出さないけれど、現に日本の医学会は世界に誇れる素晴らしい結果を出しているじゃないか。

褒めることほど、難しい。つくづくそう思います。

2つめ。

学生運動を経験した世代の人には、思想的には左の人が多くて、警察なんていう「国家権力の象徴」みたいな人たちのことを毛嫌いする人が多かったりするようです。学生運動なんてちっとも知らない僕たちから見ると「警察の人たちだって頑張ってるのに、そこまで毛嫌いすることは無いんじゃないの?」なんて思ったりもするものですが、学生運動をやった人に言わせると「俺たちの世代は、青春と政治が結びついていたんだ。そんなに簡単に青春をかけた思想を曲げられるもんか」なんて言ったりします。はぁー、そんなものなんでしょうか。僕には想像できないことが世の中にはたくさんあるものです。

さて。そんな「国家権力の象徴」と嫌われる事もある警察の人たちですが、警察の偉い人がこんな事を言っていました。最近話題の「取り調べの可視化」つまり、密室で取り調べをするんじゃない! という世の中の風潮に対して。

取り調べの可視化という方針自体に異を唱えるつもりは無いのだが、それだけ取り調べがオープンになり、その手続きが公正であるという理解が広まった後では、「自白だけで証拠になる」可能性がある。自白だけで証拠になるのなら、現場の警察官は科学的・客観的な証拠を必死に探すよりも、どうやって取り調べの可視化がなされた状況であっても容疑者を自白に追い込むかを重視してしまうかもしれない。これは、かえって危険だ

なるほど。取り調べ中の自白だけで証拠になるんでは、それ以外の地道な操作をおざなりにしてしまう「悪い警察官」が現場に現れてしまうかもしれないんですね。この警察の偉い人は、「警察だってただの組織であって、その辺りの会社や学校と同じように、中にはだらしない奴もいる」という事を理解した上で、いかにして取り調べの可視化を成功させるかを考えているわけだ。

・・・えらい! 警察官という公職にありながら、身内の問題を包み隠さず口に出し、しかも前向きに考えている。学生運動のまっただ中に青春を過ごした人も、こういう人に対しては少しは敬意を示してもバチは当たらないと思うんだけどなぁ。そもそも同世代なんだしさ、もっと仲良くしなよ! と思ったりします。

3つめ。

私の生まれ故郷・八戸市が、このたび総務省の「定住自立圏構想」の先行実施団体に選ばれました。今後は以下の8市町村が手を取り合って様々な取り組みにあたります。(以下、八戸市公式ホームページ・定住自立圏構想のページでの記載順)

  1. 八戸市
  2. 三戸町
  3. 五戸町
  4. 田子町
  5. 南部町
  6. 階上町
  7. 新郷村
  8. おいらせ町

いやー、実に素晴らしい。八戸市、仕事してるじゃないか! えらい! この調子で頑張って欲しいなあ。逆に言うと・・・こういうの、ちゃんと褒めなきゃダメですよ。政治家や役場の皆さんが頑張ってるんだから、それをしっかり褒めて支えるのが市民の役目ってヤツです。良い事やったのに「公務員は・・・」「政治家は・・・」なんて言っていても、誰も何も楽しくないんですから。

さらに言えば、八戸市の功績は「定住自立圏構想の実施団体に採用された」だけではないんです。どんな取り組みをするか? という点についても、非常に個性的なテーマが含まれています。総務省発表の「定住自立圏構想に係る先行実施団体等について」のサイトで記載されている「定住自立圏における取組予定内容」が、面白い。

  1. 地域ブランドの形成
  2. グリーンツーリズム
  3. コミュニティバスのエリア拡大

3つ目は全国的にも見られる取組内容ですし、八戸でも最近話題だった「ドクターヘリ」に象徴される医療の充実もたくさんの自治体が掲げている取組内容です。一方で、特に面白いのが上の2つ。例えば「地域ブランドの形成」ですが、宮崎県日向市が「農作物のブランド化」を挙げている以外に「ブランド」という言葉は一切出て来ません。地域をブランド化しようとする先行実施団体は、八戸しか無いんです。さらには「グリーン・ツーリズム」も、八戸だけ。

言い切ってしまいましょう。地域の「観光・アピール・ブランド化」に重きを置いた自治体は、八戸において他にありません。

これほどトガッた企画を国に通した八戸市の政治家さんや役場の皆さんに、お礼とねぎらいの言葉をかけたいと心から思います。八戸の地場産業が日本中に認知され、観光客が来るように、果たしてなるのかどうか。そんな不安を持つ市民の方はいらっしゃると思うのですが、その不安は役場の皆さんや政治家の皆さんだって同じこと。その中で企画を通すことの大変さ・・・お察しします。

・・・まずは市役所と政治家の皆さんが結果を出しました。次は、僕たち市民の番でしょう。とにもかくにも・・・えらい!

ちなみに、八戸における定住自立圏構想の取り組み内容詳細については、後日改めて特集しますので、そちらも是非お楽しみに。「グリーン・ツーリズムって、何?」なんていう方は特に、乞うご期待です!

'09 10月25日 (日) 21時08分 : 日本テレビ系「音のソノリティ」は笑えるほど面白い

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日本テレビ系、日曜の20時から21時にかけて放映される数分間の短い番組「音のソノリティ」が面白い。2003年から放映されていたらしいんだけど、知ったのは最近だったので、あまりの面白さに驚いてしまいました。

何がスゴイって、番組の最初の30秒ぐらいこそBGMやナレーションがあるんだけど、その後の数分間は人工的な音が一切なくなって、自然の環境音だけになるんですね。そして放映されるテーマが、以下のようなシブイもの。

  • イノシシがドングリを食べる音
  • モモンガがヒマワリのタネを食べる音
  • イセエビが他の生き物を威嚇する音
  • エボダイがサザエを噛み砕く音
  • 昆布漁の音
  • 麦の穂が揺れる音
  • トロッコ電車の音
  • 備長炭を作る時の音

・・・笑えるぐらいに、シブイ。例えばイノシシがドングリを食べる場面がテレビで流れる時は、大抵はナレーションがついていて、渡辺いっけいさんやら関口宏さんやらが場面の面白さを説明してくれていたりしますよね。でもこの番組だと、ただ「バリ、ボリボリ、フン(鼻息)、バリバリボリボリ」という音が数分間ノーカットで流れます。映像も美しいので、その辺の動物番組とは比べものにならない臨場感です。まるで自分が「ドングリを食べているイノシシたちに、森で偶然出会った」感覚に陥ってしまうような面白さが他番組とは一線を画しています。ここまでリアルだからこそ・・・

  • 「うわ、こんな堅いものを噛んで、口の中は切れないんだろうか?」
  • 「こんなデカイ図体して、ドングリを本気で喰ってるのって、どこかしら滑稽だな」
  • 「子供達が噛む音と、親が噛む音はやっぱり違うんだな。頭蓋骨とかで共鳴してるんかな?」

・・・なんて具合に、想像が広がってしまう。見ている側の想像力をかき立てるのがとても上手な番組だなって思います。

しかも素晴らしいことに・・・なんと上記の音を、「音のソノリティ」公式サイト聞くことが出来ます! 放送順に順次アップされるようで、サイトには2003年から最近までの「聞いたことがない音」がたくさんです。思わずiPodに入れたくなる・・・のは僕だけかもしれませんが、予想外の音が聞けて楽しいですので、もしお時間がありましたら是非足を運んでみてはいかがでしょうか?

今日の写真

今日の写真は、八戸の方なら説明不要でありましょう、蕪島でウミネコのヒナと一緒に遊んでいる子供たちです。ウミネコのオトナは「ミャーミャー」と艶っぽくも逞しい鳴き声を上げますが、ヒナは「ヒヤーヒヤー」といった甘え気味の鳴き声を上げます。そしてそんなヒナたちにエサをあげながら歓声を響かせる子供たち、波音、風。是非とも取材して欲しい光景です。

'09 10月24日 (土) 14時17分 : 「2=1」数学界で議論中、その詳細

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本日是非ともご紹介したいお話は、こちらのサイトから引用させていただく『「2と1は等しい」 数学界で論議』という記事です。小学生の頃から習ってきた算数・数学の基本的な数の大小の概念が覆されてしまうかもしれないという、恐ろしくも興味を引く話題です。

まずは、下記の数式をご覧下さい。途中経過は省いても良いので、最後の式だけを見ていただければ良いです。

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最初は「a=b」という式からスタートしていますね。これは「aという数字とbという数字があって、それらは等しい」という性質を現している式です。例えばaという数字に5を当てはめると、bという数字も中身は5ですよ、という意味になります。

そして、それから両辺に同じ数を足したり引いたりした結果が、最後の「2=1」という式になるわけです。とりもなおさず、この式は「2と1は等しい」を意味します。・・・そんなバカな!と驚くのも無理は無いです、だって常識的には「2は1よりも大きい数字であって、同じではない」というのが日常的・直感的な僕らの理解です。あなたが上記の式を読み進めた瞬間に、その当たり前の常識が崩れてしまったんですね。

今回のこの発見によって、社会全体が壊れてしまう事をイメージされた方もいらっしゃるかもしれません。当たり前だった数字の大小の概念が無くなってしまったら、銀行だって政府だって家計を預かる主婦だって困りますもの。ある日突然「1円と2円は同じ価値だ」なんて言われたって、信じようがありません。目下数学界では今回発表された「2=1」の論文の精査と反証が行われており、今後どのような議論になるかは誰も分からない状況ではありますが、少なくとも言えることは「2個のリンゴと1個のリンゴは、同じではない」という僕たちの日常的な理解は誰にも消し去ることは出来ないということです。

数学という厳密で理論的な世界と、生活や直感という曖昧な世界の間には、実はまだまだ目に見えない深い川が横たわっているのかもしれません。

本日の写真

今日の写真は、八戸海の玄関口・鮫駅正面の高台にあるガードレールです。数の大小を直感的に理解する表現方法として「数直線」というものがありますが(左から右に向かって数を並べて表現する直線のことです)、それに似ていたのでチョイスしてみました。

写真は実は晴天時に撮ったのですが、ちょっとレタッチして雨の気配をプラスしてみました。今日の記事でご紹介した驚天動地の数学の問題は、もしかするとこの世界の「お金だって食べ物の量だって、数は大きければ大きい方が良い」という一般常識を覆してしまうかもしれません。

なお、今日の記事の内容はすべてうそですので、その辺りはご了解下さいね。

(最後から2番目の式の右辺のbを左辺に移項すれば、b=0になりますよね。つまり前述の数式はaもbも0の時にしか成り立たない訳です。しかも、途中で両辺を「a-b」で割ってますが、a=bの時にa-b=0、つまり「ゼロで割る」という「やってはいけない操作」をしてしまっている・・・という点に気付けば、数学的にこの数式は意味を成さないことがお分かりになるかと思います。とにもかくにも、数式の結論「2=1」も当然うそでございます。)

'09 10月19日 (月) 00時17分 : 年を取ると昔より音楽が心に響かなくなる理由

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新幹線に乗っている時は、普段に比べて妙に音楽が心に響くんです。

最近は(年を取ったからなのか)、色々とCDを買ったりiTunesで曲をダウンロードしたりしても、どうにも響かない時が多いんですが・・・新幹線から車窓を眺めていたりする時にふと旋律や歌詞のかけらが胸を打つ事が多いんですね。

そのほかにも、僕には「普段よりも妙に音楽が響く時」があります。ここでちょっとまとめてみると・・・

  1. 新幹線など、電車・バスといった移動機関に乗っている時
  2. 長い間歩いたり自転車に乗っている時
  3. 雨を眺めながら喫茶店で休んでいる時
  4. 朝焼けや夕焼けの時

3つ目・4つ目が多少キザだということはお許しいただくとして・・・上2つだけなら「移動している時」と抽象化できそうなんですが、下2つも絡むとなると話は別です。これら4つに共通する概念があるとすれば、どういうものだろう?

で、うんうん唸って考えた結果としては、「自分や世界が変化していると感じている時」とまとめられるのではないかと思うんですね。新幹線しかり、自転車しかり、雨しかり、朝焼けしかり。これらは一括りにすると、自分や自分を取り巻く世界の有り様が目まぐるしく変化していく状況だと言えるんじゃないかな、と。そして何故か、そんな時の僕は音楽を聞き入れるような心の状態になっている・・・そんな仮説が成り立ちます。こう考えると、例えば「物語が変化していく様子」を彩る映画音楽が心に残るのも説明が出来るし、卒業式の歌に涙を禁じ得ない事もすんなり理解できます。

それから、冒頭にもチラリと書きましたが、「どうして若い頃にはあれほど音楽が響いたのに、最近は昔ほど響かないんだろう?」という疑問も解決できます。自分自身が成長していて、新しい情報や感情がどんどん押し寄せて、体力が続く限り見たり聞いたり感じたりを精一杯続けている若い頃こそ、音楽が余計に心に響くものなのだ・・・こんな風な説明が成り立ち得るんじゃないかな? と思うわけです。学生の頃の僕は当然のように「毎日自分が変化している」事を深く感じていましたし、今の僕には耐えられないほどの感受性で世界を見ていたのだと思います。だからこそ、何の努力も無しに音楽に心を揺らしてもらうことができたのではないかなぁ。一方で、今の僕は年を取ったからこそ、新幹線の力を借りて「今、変化が起きている」と感じ、それが音楽を響かせているのではないかなぁ。

思い返せば、音楽はいつも過ぎていくだけ。進んでいく時間にドラムでしるしを付けて、コードで色を付けて、メロディが空中に弧を引いて、歌詞が物語を与える。一曲を聴き終わる頃には、僕も世界も少しだけ変化している。

音楽が司っているものは、実は「変化」なのでは、あるまいか。

そんな事を考える僕を乗せて、電車は町に向かうのでした。

'09 10月18日 (日) 00時06分 : サンキュー、過去!

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初音ミクという「コンピュータに歌を歌わせられるソフト」のおかげで、ニコニコ動画では色んな曲を知ることが出来ます。しかもニコニコ動画はJASRACという音楽の著作権を司る会社と契約を交わしているので、有名歌手の名曲を初音ミクで歌わせたものを公開しても法律的に問題なしということもあって、今日も名曲が続々と公開されているわけです。

最近見つけたものでお気に入りは、山本コータロー&ウィークエンドの「岬めぐり」。1974年のヒット曲が、コンピュータによって合成された声で歌われる・・・曲が作られた頃にはまるで夢物語でしかなかったであろう技術が、今は一般市民が数万円で手に入れられるようになっているわけで、科学技術ってスゴイと改めて思い知ります。

でも、それよりもっとスゴイのは、1974年のヒット曲が現代の若者にも響いているということ。そもそも僕が生まれていない頃の歌なのに、ここまで心を掴まれるのは何故だろう? って考え込んでしまいます。もっと言えば、いかに僕らは先人の残した遺産のおかげで豊かな暮らしを送れていることか! と思うのです。先ほどご紹介した「岬めぐり」の動画を見ていても、そんな風に過去の名作に驚き心が動かされている若い人たちのコメントが目立ちます。

音楽にしたって、文学・映画にしたって、とにかく僕らは先人が産み出し、先人が選び取った「名作」をカンタンに手にすることが出来ます。「名作」は、過去にも誰かが一生懸命に生きていたからこそ、現代に残されているわけです。過去の社会がなければ、現代の社会は存在しない。当たり前なんですが、日頃の苦労やら面倒なことに心を奪われてしまうと、ついつい忘れてしまいがちな事実です。

僕が今日歩いて帰ってきた道路だって、誰が引いたものなのか。

説教臭くて申し訳ない話なんですが、僕は別に説教がしたい訳ではなくて、単純に「過去よ、ありがとう!」と言いたくなったんですね。そして、もう一言付け加えるのなら、今の若い人だって案外過去=上の世代に対して感謝の気持ちも持っているっていうことを、上の人たちはしっかり知っていてくれるだろうか? という疑問です。おじいさんおばあさん・おじさんおばさん(僕もおじさんですが)に言いたい。皆さんって、気付いていないかもしれないけれど、感謝されてますよ? 尊敬されてますよ? テレビのコメンテーターの思慮深いフリをした悪口よりも、インターネットの片隅でこっそりと語られる「過去や上の世代に対する感謝のことば」を、信じて欲しいなあ。

こんな事を書くと「大切なのは未来だろ?」なんて言われるかもしれないけど、そんな人にはこう言いたい。「過去に感謝できない奴なんかに、感謝してもらえる未来を作れるものか」と。

'09 10月14日 (水) 00時07分 : なぜ妻は夫を「あなた」と呼ぶか?

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奥さんが旦那さんの事を「あなた」と呼ぶのは、きっと『彼方(アナタ)』『此方(コナタ)』が語源に違いないと思っていたんですが、ネットでちょっと調べたらその予想が正しいことがわかりました。男女平等を尊ぶ現代にあって、このように男性に「手が届かずに恐れ多い」というニュアンスを含んだ呼称を使うというのは問題があるのかもしれないですが、少なくとも異性に対して敬意を持っているというのは褒められる点かと思ったりもします。世の中、お互いに敬意を持っていれば大抵うまくいきますもんね。

ところで、この「夫をあなたと呼ぶ語源」を調べているうちに、ちょっと面白い話を見つけたので、ご紹介。

 妻は夫をなぜ「あなた」と呼ぶ?

 南極の越冬隊に日本の家族から寄せられた電報で、皆がいちように無言になったという話があります。
 その電文は「ア・ナ・タ」の3文字でした。なんとも簡単でありながら、万感胸せまる言葉です。そこには、あらゆる思いが凝縮されていたのです。

いい話だなぁ。ずっと淋しさを堪えていた奥さんがついに我慢しきれず電報局に電話をして、電報士に「文面はどうされますか?」と訊かれたその瞬間ついて出た一言が「あなた・・・」足りない言葉と涙がぽろぽろとこぼれ落ち、それ以上何も言葉を継げない。電報士は奥さんの気持ちを慮り、息を飲んでこう答える。「承りました。」・・・うわぁ、いいなぁ。想像が広がっちゃうなあ、配役は誰にしようか・・・「奥さん=吉永小百合、電報士=高倉健」でどうだ、最近の人なら「奥さん=木村多江、電報士=堺雅人」でどうだろう?

・・・取り乱しました。とにもかくにも「あなた」という言葉の裏に「遠くにいる相手に届こうとしている気持ち」があるからこそ、この言葉は深く輝くのだろうなと思うのであります、ハイ。

今日の写真

今日の写真は、港町である八戸では日常的に見られる出港のヒトコマです。遠洋に出る船、近海に出る船、貨物船・・・どんな船であろうと、そこで転覆したらすぐさま命が危険にさらされることに変わりはありません。フォトジャーナル「紙テープでつながるもの」でも書きましたが、こんな風に「陸から遠く離れて、命を懸ける仕事」によって八戸が成り立っているということは、深く深く敬意を以て受け止めるべき事実ではないかと思ったりします。

'09 10月12日 (月) 23時12分 : 悲しみヘッドバッド'98

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とある会議中。田中さんがうとうとしている。

普段なら例のおエライさんが怒りそうなものだけど、今日はたまたま田中さんがおエライさんの死角に入っているから、大丈夫そうだ。良かったね、田中さん。今度は僕がちょっと眠くなってきたぞ、気合い入れないと・・・

・・・ああっ! 田中さん! うとうとしすぎです! 首をグラグラさせるにも程があるよ、田中さん! 頸椎悪くしちゃうよ、ムチウチになりそうなぐらい真横に反ってるよ・・・あぁ・・・

・・・ふぅ、収まったみたいだ・・・あっ、あっ、田中さん! 後ろにウトウトするのはさすがにマズイよ! エビに反っちゃだめ! 喉仏出すぎ! 後ろのテーブルに何かあるじゃないですか、アレに頭ぶつけちゃうよ!

ポット! 田中さん、魔法瓶だよ、それ! いい位置にあるよ、魔法瓶が! スイートスポットだよ田中さん!

スズキくん! スズキくん! 見てよアレ! 田中さんがポットに! 意図せずポットにヘッドバッドしそうだよ! どうにか回避策は無いかな? 何か、何か! スズキくん! 堪えられないよ、僕! 何とかしてくれー!

ガン

あっ! あっ! やっちゃった! 田中さんが・・・クックック・・・プフ・・・ククククク・・・あー!! お湯出た! ちょっと出てた! お湯がー!! 田中さーん!! お湯出たよー!!

(この話はノンフィクションです)

今日の写真

今日の写真は、本文とはまったく関係のない「八戸繁華街のバス停留所に寄付されている古びた椅子」です。こんな本文にピッタリくるような写真なんて、ありゃしないのです。あしからず。

'09 10月10日 (土) 22時10分 : ツイてない日に気付く方法

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とある地方の山間の路線に揺られながら、ボンヤリと何を考えるでもなく考えていたんですが、ふと気付いたんです。ガラガラなのに、僕の隣だけ、オジサンが座っている。

車両の真ん中辺りの窓際の席で、僕以外に横並びで2人座っている人はいない。普通に考えたら、となりに相席することは無さそうな状況なのに、なぜか分からないけれどオジサンが座っている。

肘掛けの外(の僕の席)にはみ出すほど身体は大きく、さらに大きなカバンを網棚に置くことなく抱えている。インフルエンザが流行っている近頃に四六時中咳をしていて、しかも時刻表を見てずっとアンダーラインを引いたり、空中をペンで指しながら何かを計算していたりする。挙げ句の果てには、独り言も10分に1回ほど言う。そんなオジサンが座っている。

何故だろう? どうして僕の隣だけ人が座っているのだろう? とひとしきり考えてから、答えを確かめたら・・・ビンゴ。車掌さんに切符を見せる時に覗き込んだら、オジサンの車両は隣であることが切符に書いてありました。しかし車掌さんは車両が違うことを指摘せず、オジサンはそのまま席を変わることもなく楽しそうに空中で数字を足したり引いたりし続けている・・・どうやらそれは複数の路線を乗り継ぎながら旅をする際の所要時間を計算しているようで、空中で60分が1時間に繰り上がったりしている。繰り上がりの計算が難しいのか、そのたびにオジサンはバリバリと頭を掻き、シートを揺らせて座り直す。

うーむ。やれやれ、ついてないんだな、今日は。

そう思って窓に目を向けると、とある事に気付きました。窓に何か、絵が描かれている。それは尖ったもので窓ガラスを直接削って描いたようで、指でこすっても消えない透明な「ウンコ」の絵。3段の立派に巻いているウンコが、僕の席の窓ガラスの高さいっぱいに、のびのびと描かれていたのです。

なるほど、そういうことだったか。

僕は「その日の僕の星回りがどのようなものか」を悟り、立てた肘の内側に潜り込んで目を閉じたのでした。

'09 10月09日 (金) 22時03分 : 日本全国を水びたしにする仕事

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仕事で出張していたんですが、そんな中でやってきたのが台風。町から町へ、4時間ほどの列車の旅をしている間、ずっと車窓を濡らし続ける雨を眺めていると、どうにも不思議な気持ちになってきました。車窓から覗く山も、川も、家々も、田畑も、みーんなビショビショ。日本中が水びたしになっているわけですが・・・

・・・「日本中を水びたしにする」って、人の手でやったら、どれだけ大変だろう?

きっと「一人につき、これぐらいの広さを水びたしにしてください」なんていうお願いを日本全国の人にするんだと思うんですけど、正直不可能だよなぁ。ビルの壁なんてどうやって濡らしたら良いか分からないし、山の中の地面をすべて濡らすなんて人手がいくらあっても足りない。たまたま海外旅行に行く人がいたら、その人の家の近くは乾いたままだろう。水なんて放っておいたらすぐ乾いちゃうから、日本中の人が同時に行動を開始しなければいけない。

こりゃあ、無理な話です。

日本中を水びたしにすることすらこれだけ大変なのに、その上「日本全国に風を吹かせろ」なんて、人間には土台無理な話。これが自然の力なんだなあ。雨ひとつ取っても、僕らの力なんて本当にチッポケなものだって事が思い知らされるなあ。今まで生きてこられたのも案外すごい人の世話やら偶然やらで、たまたま上手いこと自然の脅威から逃げてこられたからなんだなあ・・・なんてボンヤリと考えながら、肘を突いて流れる車窓を眺めていたのでありました。

天高く馬肥ゆる秋、そんな事を思いながら晴れた空を見上げてみると、その美しさもヒトシオでありましょう。なんか胡散臭いコラムみたいになりましたが、本日はココマデ。

'09 10月03日 (土) 00時03分 : 虫イジメ3題

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虫キライの人には辛いテーマかもしれませんが・・・ふとした弾みに「小さい頃、僕はいかにして虫をイジメていたか」を思い出したので、3つほど。

一匹目の被害者・・・アリ

僕の住んでいた家の軒下にはアリジゴクが大量発生していて、何度も何度もアリを放り込んでは食べる様子を観察していました。アリジゴクってのは本当にアリにとっての地獄で、一度落ちてしまうとなかなか上がれない・・・と思う方も多いでしょうけど、案外登れたりするものです。個人的な感覚では、アリジゴクの底にポトリと落としたアリが這い上がる確率は、25%ほど。4匹に1匹は登り切ってしまいます。アリの中にも、走るのが得意な奴と愚図な奴がいるんです。

中には、自分からアリジゴクに向かってスタスタ歩いていって、そのまますり鉢状の穴の中をズンズンと下って、何事も無かったかのように登って去っていくものもいます。登っていく最中に落ちてきた砂に反応したアリジゴクが「パッ、パッ!?」と釈然としない雰囲気で砂を払いながらアリを探している(ように感じられる)のを眺めていると、なんとも可笑しい気持ちになったりもします。

でも、これよりもっと残酷・・・というか、アリにとっては全くの理不尽でしか無いイジメ方を小さい頃の僕はしていました。こんな感じです。

  1. アリの巣を見つける。
  2. アリの通り道の目星を付ける(アリは巣の周辺でも数本の道に沿って歩いていることが多い)
  3. アリの通り道に、チューブの練りワサビを置く。
  4. アリが気づき、近づく。
  5. 触覚やら何やらでワサビを観察したアリは、ワサビに触れてから数秒後に触覚をピロピロ動かしはじめ、フラフラしながらどっかに歩いていく
  6. 僕、爆笑。

小さい頃の僕の残虐さは目に余るものがあるなあ・・・

二匹目の被害者・・・ガのサナギ

こちらも家の軒下から思い出はスタートします。家の軒下、特に板状のもので風が遮られている裏の砂を少し掘ると、中から赤茶色をしたサナギが出てきます。太さ7mm・長さ3cmほどで、アゲハチョウのサナギよりも一回りほど小さいそのサナギは、実はガのサナギ。飛び回っているガの成虫に限って言えば、小さい頃から気持ち悪いし痒くなるので触れませんでしたが・・・サナギとなると別です。色が若干気持ち悪いんですけど、表面はツルツルしていて、しかもウンともスンとも言わない。相手に攻撃手段が無いのを悟った途端に、子供の嗜虐心が顔をもたげはじめるのです。

で、このガのサナギに行った僕なりの究極のイジメとは、こんな感じのものなのです。

  1. ガのサナギは、太い方が頭で、シュッと先が細くなっている方が腹・シッポ。
  2. 親指と人さし指で頭のほうの端をつまみ、シッポ側を上に立てて持つ。
  3. つまんでいる2本の指で、少しずつサナギの頭を圧迫すると・・・
  4. シッポのほうがクルクルと回る!
  5. 指を緩めると、止まる。
  6. 圧迫すると、また回る!
  7. 僕、ご満悦。

うーん・・・ちょっと危ない子供だったんじゃなかろうか、僕は。

三匹目の被害者・・・トンボ

そして最後の被害者は、お馴染みのトンボでございます。大抵の男子の皆さんは「羽をむしる」というイジメをしたことがあるかと思うんですけども、私が行っていたイジメは羽むしりよりも遥かに残虐で、目を覆いたくなるような阿鼻叫喚の図が展開されるのであります。

単刀直入に行きます。こんなイジメです。

  1. 使用するもの・・・「トンボ」「アロンアルファ」「爆竹」「ライター」
  2. 20連発の爆竹をばらし、5cmほどの長い導火線を用意する。
  3. 長い導火線を、ばらした1発の爆竹にしっかりと結びつけ、長い導火線付き爆竹を作る。
  4. 長い導火線付き爆竹を、トンボの背中にアロンアルファで接着する。
  5. トンボの羽を少しだけむしり、「羽ばたくと地面スレスレを這うように飛ぶ」ようにする。
  6. みんなでトンボを囲み、導火線に火を付け、トンボを離す。
  7. トンボは地面を飛び回り、誰かの足下で・・・!!
  8. スリル満点! みんな満面の笑み。

書いていて、罪の意識が重くなってきました・・・今こんなことをしていたら、病院に連れて行かれたりするのかなあ・・・

今日の写真

今日の写真は、出来秋を迎えつつある田んぼを眺めるトンボです。小さい頃の僕がした所行を思い出すと合わせる顔もないんですけども・・・それでも、今になって眺めていると懐かしさが胸を突く瞬間があったりもするんです。別にイジメることもなく、単純にトンボを指や網で捕まえて遊んだあの頃の記憶。イジメている最中にアロンアルファのA液とB液(今はそうなっていませんが、昔のアロンアルファは2種類の液を混ぜ合わせる方式でした)を指に付けてしまって大変な目に遭った記憶・・・オトナになって長い僕の手は随分とキレイなものだけれど、昔の僕の手は泥やら傷やらでイッパイだったなぁ、なんて感慨に浸ったりもします。

虫をイジメる事は、一面的に褒められる事ではないことは分かっているつもりなんです。でも、なんだろうなあ・・・少なくとも今の僕の一部は、虫たちに育てられたような気がしてるんです。虫や草や川や海や、風や雨や、昼や夜や、父や母や祖父や祖母や従兄弟や、近所の人や友人や。

僕はどれだけ多くの者に子守をしてもらっていたんだろう!?

'09 09月27日 (日) 00時30分 : 30秒は感心できそうな小ネタ3題

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ネットで知った「ちょっと気になる話題」を3つほど、どうぞー。

その1:エコナが発ガン性物質のため回収って、どうなのよ?

超大手のニュースサイト「RinRin王国」さんから。

主婦の方なら驚かれたでありましょう、『花王が「エコナ」全製品を販売自粛 発がん物質の恐れ、9月17日から』。せっかく健康を気にしてエコナを使っていたというのに、ガンになっちゃうなんて!! なんて絶望してしまうかもしれない記事ですよねー。

しかし、以前の「あるある大辞典」問題の時もそうでしたが、世の中の科学に詳しい方のブログを読んでみると、いかにマスコミや一部の市民の騒ぎ方が一面的であるかが分かります。下記サイトのエントリーをご覧下さい。

上記のサイトをシンプルにまとめると・・・「エコナの発ガン性物質は十分に少なく、花王は安全サイドに立って回収を決めた」となると思います。今までエコナを使われていた皆さんも、安心して良いようです。

・・・ほんの少しでも悪い部分があれば全体が悪いと考えてしまうような短絡的な思考を持っている人がもしこのニュースを聞いたら、花王を責め立てることでしょう。現にネット上でも極めて偏った言説も見られます。そんな人には、こんな事を言ってあげたら面白い顔をするかもしれません。(以下、「有機化学美術館・分館」さんより引用)

キャベツを詳しく分析すると50種類以上の有毒物質が検出され、そのいくつかには発ガン性があるのだそうです。農薬や殺虫剤のせいではなく、正真正銘の天然キャベツに発ガン物質が含まれているのです。

何を食べても、悪い事も良い事もあるものなんですねー。同じように、どんなニュースにも良い面と悪い面があって、その中間の塩梅を見ないといけないという好例ですね。

その2:どう見ても葉っぱですが・・・

2チャンネルのまとめサイト大手「ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd」さんから、「【生命の神秘】ムラサキシャチホコの擬態っぷりは異常」という記事をご紹介。

以下に、とある写真を引用させていただきます。第一印象で、何に見えますか?

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上の写真、どう見ても「落ち葉」ですが・・・実は「蛾」なんです。枯れた葉が丸まっているように見えますが、これは「枯れた葉が丸まっているような模様」なんですよ! 詳細は、上のリンクから記事の中身をご覧いただければ分かります。いやはや、進化ってスゴイッス。感服。

その3:○○つき携帯電話

エッジな話題に強い古参のニュースサイト「Net Bunker」さんから。

産経新聞さんが報じたところによると、中国で新しく開発された携帯電話は・・・なんと、「ひげそりケータイ」。ジョリジョリ剃りながら会話が出来るというスグレモノで、多忙を極めるビジネスマンの貴兄にはピッタリのマストアイテムでしょう。

ちなみに、僕は絶対に買いません。小さい頃に祖父の電動ヒゲソリの男臭いニオイを嗅いだ瞬間「ああ、僕は一生電動カミソリは使いません」と神様に誓ったからです。あしからず。

今日の写真

今日の写真は、記事内容とは一切関係のない八戸の田んぼの様子です。あしからず。

'09 09月24日 (木) 20時10分 : 大げさにも「八戸=芸術」説を唱えてみる

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仕事で希に音楽を生業にしている人と話したりするんですが、古い音楽の話でよく盛り上がります。70年代とか、50年代とか、はたまたクラシックとか歌舞伎とか浄瑠璃とか。僕も少しだけ昔バンドをやっていたことがあるので、頑張って知識を引っ張りながら話についていくんですが、そんな中でふと気づいたことがあります。

音楽が好きな人って、古いものをすごく大切にしている。

例えば絵画、音楽、映画、文学・・・芸術に分類されるものは、大抵古いものが尊く敬われているんです。とても古い名作がマスターピースとして敬われる事が当然ですよね。一方・・・ビジネスの現場で交わされるテーマでは、古いものは案外大切にされていなかったりします。古いビジネス書なんて、捨てるしかない代物だったりするんです。

これって、どういうことだろう?「芸術的であること」と「古いこと」には、親和性があるのだろうか? 加えて言えば、芸術的とは呼べないビジネス書で扱われるようなテーマは、常に古いものが新しいものに書き換えられています。どうも「芸術的ではないこと」と「古いこと」には親和性が無さそうに思えます。

そこで、この仮説を八戸に当てはめてみると、こうなるように思えます。

  1. 八戸の古い町並みを見て「汚いなぁ、ダメだなぁ」と感じる人は、もしかしてビジネス的に町並みを評価しているのかな?
  2. 八戸の古い町並みを見て「叙情的だなぁ、切ないなぁ」と感じる人は、もしかして芸術的に町並みを眺めているのかな?

逆に言えば、古い町並みを直すお金のない八戸は(日本全国田舎はどこだって同じようなものですが)、変にお金をかけて背伸びしてもビジネス的には他都市と勝負にならないわけですから、真逆のスタンスで「八戸に残る古いものをいかにして芸術と同じように大切にしていくか?」を大切に考えなければならないのかもしれない・・・と兼ねてから感じている想いをより強くしたのでした。結論めいた事は無いんですが、とにもかくにも「古い八戸」そのものが僕は好きだと町並みを眺めながら感じた次第です。

八戸から、帰ってきました。今日からはまたしばらく「八戸を想うだけの人」に戻ります。

今日の写真

今日の写真は葉を落とす間際の桜の木が揺れる夕闇です。とある方から撮影のリクエストを受けていたのですが、その撮影のために訪れたとある場所の桜の木です。リクエストにどの程度答えられたかはまだ分からないのですが、近日中にいくつかフォトジャーナルとして発表させていただこうかと思っています。お楽しみに!

初秋の八戸の夕暮れは、昼間の夏らしさがすーっと空に吸い上げられて、静謐が降ってくるような気配がありました。まだ緑を残す木々も、実は冬が来て葉を落とすことを知っているような。

おわび(メールやコメントをいただいた皆様へ)

帰省の間、本当に忙しく撮影したり人と会ったりしていた関係上、いただいているメールやコメントの返信が滞っております。一両日中には対応いたしますので、何卒ご容赦下さい。

'09 09月17日 (木) 21時23分 : 内閣総辞職に伴う麻生総理の記者会見・文字起こし

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日本国民の判断の結果として、麻生内閣は総辞職しました。9月16日、記者会見で麻生総理大臣が最後に残した言葉です。(強調はサイト管理人)

記者会見・文字起こし

先ほどの閣議で、この内閣は総辞職を致しました。昨年の9月の24日の発足以来約1年、国民の皆さんからいただいたご支援に改めて心から感謝申し上げます。

私は就任時の所信表明で強い日本を作ること、明るい日本を、というような事を国民の皆様にお約束をさせていただきました。一年という短い期間ではありましたが、日本のために全力を尽くしたと思っております。戦後最大とも言われた世界同時不況への対応、テロ対策や海賊対処などの国際貢献、また北朝鮮や新型インフルエンザへの対策。危機というものから国民を守ること、そして安心な社会を目指すこと、残念ながら道半ばで退任することになりました。

今日本は多くの難しい課題に直面しています。しかし振り返ってみてください。日本は64年前、敗戦の焼け野原から立ち上がって半世紀以上に渡って平和と繁栄を続けました。これは諸外国から見て尊敬される成功モデルでもあろうとぞんじます。そして今、日本には将来の発展の種が多くあります。特に今後の経済発展の資源を制すると言われる省エネの技術や環境技術において日本は世界の先頭を走っております。豊かで安心な社会と、そして勤勉な国民性も健在であります。国民の努力、そして政府の適切な刈り取りがあれば、日本は発展しないはずがないと存じます。自信と誇りを持って良いと思っております。その発展の上に立って、安心社会を築いていくべきであります。

合わせて日本は、国際社会の一員として世界に目を向けていかなければなりません。内向きになっていては駄目です。アジアの日本、世界の日本として、国際社会の安定と発展に、一層貢献していかなければならないと思います。

私は日本と日本の底力に一点の疑問も抱いたことはありません。これまで幾多の困難を乗り越え発展してきた日本人の底力というものを信じております。

日本の未来は明るい。

未来への希望を申し上げて、国民の皆さんへのメッセージとさせていただきたいと存じます。

ありがとうございました。

最後になりましたが、一年間おつきあいいただきました記者の皆様に対して御礼を申し上げ、私からの挨拶とさせていただきます。

ありがとうございました。

今日の写真

数々の増税と経済成長の無策さ、さらには左派的・売国的な政策の多さから、僕は今でも民主党政権は日本や八戸のためにならないと考えています。しかし既に道は定まり、どれだけ危ない政策が出てこようともおそらく4年ほど民主党政権が続くでしょう。政権交代自体に何ら意味は無いのです、今後の僕たちがいかに政治に興味を持ち、政府と共に考えていけるかどうかに、政権交代の意味はかかっていると思います。

民主党の鳩山総理が誕生し、自民党の麻生総理が去りました。麻生さんが去った後の椅子を眺めながら、あらためて静かにこれからの政治と生活に思いを巡らせて・・・みませんか。

補足:2009年衆議院選挙・当サイトにおける特集まとめ

下記に当サイトがまとめた今回の選挙に際した政治特集記事のまとめを示します。中には未だに検索の多い「配偶者控除・扶養控除が無くなるとどうなるか?」なんていうテーマも解説させていただいていますので、選挙が終わった今でもきっとお役に立てるのではないかと思います。お時間がありましたら、ご一読下さい。

  1. 麻生首相「金ないのに結婚するな」発言の実際の音声 : マスコミの偏向報道について
  2. 民主党が勝つと配偶者控除も扶養控除もなくなるよ : 一般市民にとって民主党政策は増税となる点について
  3. 民主党の政策は知れば知るほどカゲキで、八戸には辛い : 財源も現実性も無い民主党の荒唐無稽な政策について
  4. テレビと新聞しか見ずに投票する危険性を学ぶ練習問題 : マスコミが作り上げる二元論的・煽動的な報道姿勢について
  5. あなたの不満の根は「格差」か「景気」か、本当に理解していますか? : 小泉構造改革の総括と、マスコミが喧伝する「格差社会」のカラクリについて
  6. 選挙に行きましょう! チェックポイントを総復習 : 選挙前の総括と、民主党の左派的政策の危険性について
  7. とにもかくにも、おつかれさま!(2009衆議院選挙をふりかえる) : 選挙結果と、我々の生活に何が起こるかのまとめ

'09 09月11日 (金) 21時55分 : サンマは網で獲れます・・・よね?

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よく疑われる話なんですけども、僕はその目で見た本当のお話なんです! 信じてください!

味覚の秋、八戸ではサンマが水揚げされます。昔はイワシが多くて、岸壁で列になってイワシを釣ったものです。小さな羽虫を模したビニールのピラピラがついた小さな針が8つほどついている仕掛けを海に入れておくだけで釣れるので、エサを付ける手間もなく子供もカンタンに釣れるんですね。

でも、サンマはそうカンタンには釣れません。僕は祖父に連れられて沖の堤防(沖防、と呼んでいました)まで釣りに出ていたんですが、釣りで狙うのは基本的にアブラメ・ソイ・カレイ。海底から1メートルほどを探りながら釣るんですね。で、そんな風に沖の堤防でのんびりと釣りをしていたある日。釣った魚を入れておくための網(ヤクルトみたいな形をしていて、下半分だけ水中に沈めて魚を生かしたまま保管しておくもの)を海中に沈めておくんですが、それを見ながら一緒に釣りに行った従兄弟が騒いでいます。

なんと、サンマが5匹ほど、網に突き刺さっているんです。

釣りをしていると時折サンマの100匹ほどの群れが堤防沿いに猛スピードで泳いでいる魚影を見るこがあるんですが、きっとその魚影が網に突っ込んだんじゃないかと思います。エラのところまで網目に刺さってニッチもサッチも行かなくなったサンマを見ながら「これは画期的な釣りだ!」と興奮したのを憶えています。

八戸の皆さんに聞きたい! 網にサンマが刺さることって、ありますよね!?

「またウソついて!」と友人に言われてしまったので・・・そんな事は無いことを証明したいんですけどね。ちなみに僕がウソつきだと言われるようになったキッカケは、こんな話をしたからです。(ちょっと下品なネタです、キライな人はごめんなさい)

  1. 小さい頃テレビを見ていたら、酒井法子が出てきた。
  2. 当時の酒井法子は語尾にピーをつける「のりピー語」を流行らせていた。
  3. ある司会者が酒井法子に「のりピー語で『ゲリピー』は何って言うの?」と質問した。
  4. 酒井法子は笑いながら悠然と「ゴリパーです」と答えた。

この話をした途端に僕=ウソつき説が有力になってしまったんですが、僕はしっかりと映像を記憶していて、ウソでも何でもないと思うんだけど・・・証明のしようがないのです。ま、案外僕がリアルなウソつきだったら丸く収まる話なんですけども。俺ってウソつきなのか? と若干心配しつつ。

'09 09月08日 (火) 07時48分 : 民主党のバカみたいな失言2つについて

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民主党の議員さんの発言を、2つ。

ひとーつ

民主党・馬渕澄夫さんが、報道ステーションにて。(ソース

一色清:「高速道路を無料化したら渋滞が」
馬淵:「渋滞しそうな所は国土交通省にシミュレーションさせて高速料金を取ります」
古館:「へえ!国民のみなさんは首都高速と阪神高速以外は全部無料だと思ってますよ!」
馬淵:「渋滞しそうなら有料です」
古館:「渋滞しそうな所なら大体分かりますよね。東名高速とか有料ですか」
馬淵:「どこの路線が渋滞しそうかは申し上げられません」
古館:「今でも渋滞してるんだから分かるじゃないですか!」
馬淵:「どこが無料にならないと路線名を上げると、地元の方の感情がありますから選挙前は言いにくかったんです

ふたーつ

民主党・長妻昭さんが、「朝ズバッ!」にて。(ソース

「いいですか!いいですか!よく聞いてください。わたくしどものマニフェスト、公約で"実現する" とは言っていません。あくまでも "実現を「めざす」"と言ってるんですよ。
 子ども手当て26,000円支給を「めざす」
 高速道路無料化、徹底した無駄遣い削減を「めざす」
 実現したとしてもそれが永久的に続くとは言っていません。維持できる保障はないんですよ。」

僕の意見

バカじゃなかろうか。結局、選挙前は言いにくいことは隠し、選挙後は「必ず実現するなんて言ってない」。ワガママな子供じゃあるまいし。なんとなく同情を誘うような口調で話してはいるけれど、別に僕だって完璧な人間じゃないからその部分に共感できなくはないけれど、少なくとも政治家には向いてないと思うよ。

この発言がいかに有権者をバカにしているかは読めば分かるとして、念のために付け加えれば「同じ発言を前自民党政権の誰かが言ったら、どれほどマスコミは叩いていたか?」ということをみんな理解すべきだと思います。いかに民主党がマスコミから不公平に擁護されているか、分かってない人はちょっとマズイんじゃないかな・・・とすら思います。

ニュースが騒いでいるかどうかじゃなくて、皆さん個人がどう思うかが大事です。この発言は、明らかに失言です。なぜマスコミが騒がないのか、その構造を考えてみて欲しいと老婆心ながら思います。

今日の写真

なんというか、「見限った」っていうイメージで写真を選んでみたら、するどい眼光のウミネコさんになりました。いやはや。

'09 09月07日 (月) 07時20分 : ひどい下ネタなので読まないでください

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ふと思ったんですけどね。ひどい下ネタなので、キライな人は読まないでくださいね。

重力ってあるじゃないですか。地球から引っ張られる例のヤツ。あれって、地球上にいる人なら誰にでも絶対にかかる力ですよね。何もかもが下に引っ張られる。

「何もかも」って事は、僕たちの身体も引っ張られるということですよね。僕たちの身体の一部分も。もう大体分かってもらえたかと思うんですけど、男の、そのー、大事な部分も、当然引っ張られるワケでして。ということは、「犬が西向きゃ尾は東」的に・・・男のアイツはみんな真下・・・地球の中心を指し示している!!

というわけで、もし僕が地球の真ん中にいたら、地球上のすべてのアイツがこっちを睨んでる事になるわけで、すごく怖いな・・・と思ったわけです。

あまりにヒドイ下ネタですいません。会社行ってきます。

今日の写真

今日の写真は、八戸随一の名橋・夢の大橋から見下ろす眺めです。真下を見ている写真ということで、掲載してみました。こんな記事に貼り付けられてかわいそうな写真です、正直。

たまにはこんな下ネタも書いちゃいますけど、どうぞご容赦下さいませね(ペコリ)。

'09 09月04日 (金) 07時32分 : 今は亡き洗面器のために

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太古、洗面器は、少ない水でまんべんなく顔を洗えるようにするために設計された、と思う。昔は水が貴重だったのだ。でも僕が子供の頃になると、少ないお湯を保持するために使った。子供の頃の我が家には水道の蛇口はあったけど、湯沸かし器もシャワーも無かったから。ウチでは電気ポットのお湯を洗面器に注いで、水で程よい温度にぬるめてから顔を洗った。

シャワーからいつでもいくらでもお湯が出る現代、若い人にはそもそも洗面器の使い方が分からない人がいるかもしれない。もう僕も洗面器を使わないどころか、朝シャワーを浴びることが多いぐらいだ。

でも、実家の父は相変わらず洗面器だ。洗面所なんてウチには無いから、台所だ。冬の朝、台所のシンクの中から上がってくる真っ白くて眩しい湯気の中に体を倒している父親の姿は、見る度に懐かしいような、切ないような、不思議な感慨があるものだ。子供の頃の僕には、その姿はまるで雲の上から下界を覗き込む巨人のように見えた。

今日の写真

本当は洗面器か台所の写真を出そうかと思ったんですが、実家がバレちゃうのは恥ずかしいので、道ばたに放置されていたドラム缶に積もる雪の写真にしました。丸くて水が入るということで・・・。

そのせいで随分と季節ハズレの写真になってしまったんですけど、ここ数日の夕闇の風に混じる秋の気配を吸い込むにつけ、ああ冬が来るな、って思ったりもします。

'09 09月03日 (木) 07時30分 : 禁煙ポスターの効果を上げる方法を考えてみた

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公共機関なんかの喫煙室に、タバコを吸っている人の肺と吸ってない人の肺が並んでいるポスターが貼られているのをよく見ませんか? 片方は真っ黒で、片方はきれいな色。繊細な神経の持ち主なら気分を悪くしてしまうんじゃないかと思うほどリアルなポスターで(当然のように実際の人間の肺の写真ですから)、なんか見ていて気分が悪い。

しかも、あのポスターを見て「煙草を止めました」という人、聞いたことがない。

あ、でも一応フォローすると、心の中でちょっと悩んだりはするかもしれない。こんな黒くなるのかー、俺の肺もこうなってんのかー、という感じで。身体に悪いことをしてるんだな、と素直に思いはする。

しかし、あのポスターを見て「煙草を止めよう」と思った事は、一度もない。

つまり、あのポスターは意味が無い。じゃあ、どんなポスターにすれば煙草を止めようと思えるのだろう?

禁煙ポスターへの提案

ここで僕がしたい提案は、「十年吸ったけどやめた人の肺の写真も並べる」という案。以下の3点の肺を並べることで、「今止めたら、良いことあるよ!」とアピールするわけである。

  1. 煙草を一切吸っていないキレイな肺 : 普通の肺はこんなだよ、という前提となる情報
  2. 40年煙草を吸い続けた真っ黒な肺 : いつ致命的疾患になってもおかしくはないし、そもそも汚いという脅迫
  3. 10年煙草を吸ったあとで止めた人の肺 : 止めたら良いことがある、と喫煙者にやさしく語りかける懐柔

同様に、「吸っていない」「吸っている」「吸ったけど止めた」の3つの群についての致死率を数字で示してあげて「今止めたら、致死率が何%減る!」なんて書いてあげると、効果がありそうな気がします。

つまり何が言いたいかというと、「ダメだダメだと言うだけの禁煙ポスターは、論旨が一面的で説得力がないし、知恵を感じないし、感情的にも反発したくなるから心にしみこんでこない」ということなんです。人の悪口ばかり言う人をどうしても好きになれなかったり、頭がよいとは思えない事ってありませんか? それと同じ事が、禁煙ポスターに起きているんじゃないかと思うんです。もっと静かに建設的な意見を述べてもらえば、そのポスターの中に知恵を感じることができるんじゃないか、って思うんですね。「止めたら良いことあるよ」ってやさしくしてもらわないと止めれないぐらい、喫煙者のニコチン中毒というものは深いものであるぐらい、禁煙協会の人も分かっていそうなものなのだけれど。

そんなこんなで禁煙ポスターに文句をつけてしまったんですが、この話にはツッコミどころ・・・論理的矛盾点が1つあります。既に30年とか長い間吸い続けてしまった人が煙草を止めるキッカケが無い、ということなんです。そのツッコミに対して僕は有効な回答を持っていません。ただし、言い訳としてはこういうものを用意してます。

「そんだけ長い間煙草を楽しんでるって事は、高年齢層の人ってことだよね? そういう人たちはそのまま人生を謳歌してもらえばいいんじゃない? まずは若い人から喫煙率を減らしながら、徐々に日本全体の喫煙率を減らしていけばいいじゃない。全世代の喫煙率をポスター一枚で一気に減らそうなんて、ムシが良い話じゃないかなぁ。それにそもそも、お年寄りはもう十分人生を頑張ったんだから、好き嫌いしようが煙草吸おうが酒を飲もうが、楽しんでやってるなら構わないじゃないかと思うんだけど、どう?」

とどのつまりは、煙草は「どう考えても身体に悪いもの」。でもそれを欲するのが人間というもの。論理的に完全に矛盾しているんだから、最後は「仕方ねぇ」という部分がどうしても出てくるのが本質じゃないかと思うんですよね。「仕方ねぇ」と言うのは勇気がいることだけど、それを言えるぐらいの知恵がある人じゃないと、禁煙の説得なんて不可能なんじゃないかな、と思うわけです。

とかなんとか言いながら、煙草吸ってます。スパー(ああ、禁煙しないとなぁ)。

'09 09月01日 (火) 07時08分 : 「宝石 時計 長野」のCMがスゴイ

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ちょっと前にインターネット上で大きな話題になり、僕も感動したCMがあるんですが、最近またチラホラとみかけるようになったで是非ご紹介したいと思います。

それは、長野にある宝石・時計の専門店「宝石 時計 長野」さんのCM。4種類のバージョンがありますが、いずれも小さな詩を読むナレーションのみという極めてシンプルなものなのに、見た人の心を掴みます。時間という、生きることとは切り離せない不思議な存在について、控え目だけど想い強く描かれています。

その中の1つを、下記に引用します。

『時の商人』

その商人は時を売っていた。
「いらっしゃいませ。時はいかがでしょうか? 1分から承ります」

ある男は商人から1時間買った。
1時間買った男は、それを読書の時間に使った。

ある女は1週間買った。
1週間買った女は、それを海外旅行に使った。

「10年欲しいのだがね」
ある老人は商人に聞いた。
「お客様、10年だと、すこし値がはりますが」
「かまわん。10年ぶんよこせ」

10年買った老人は、それを病気の妻に譲った。

時に、ドラマを。
宝石 時計 長野

いやー、泣ける(涙) 「時間が売買・授受できるものだったなら」というテーマは、ミヒャエル・エンデの「モモ」なんかが有名ですが、このテーマはどうにも人の心を掴むようです。きっと誰もが時間について「あー、時間がない!」「お金で時間が買えれば・・・」「あと1分、1分だけでも・・・」と経験したことがあるんだと思います、だからこそ、みんなの心に響く。

ドラえもんの四次元ポケットのように、それは荒唐無稽かもしれないけれど、確かに僕たちが思い描いた事のある夢や希望が描かれている。そんな本質を鮮やかに切り取ってくれているように、僕は思います。

以下に上記の『時の商人』を含む「宝石 時計 長野」さんの4種類のCMの動画をまとめます。お時間がありましたら、是非ご覧下さい。

今日の写真

今日の写真は、館花岸壁の近くにある商店さんの古いカンバンです。どちらのお店か、八戸にお住まいの方はお分かりになりますか? 僕はあの辺りの雰囲気が好きで、夢の大橋や近代的な広い道路に囲まれて、古い家屋や商店が風に吹かれている情感にはたまらないものがあったりするんです。

時間の流れというものは、目に見えません。だからこそ知りたいと思うし、館花を含む八戸の町並みに残る港町風情の「色濃い過去」はきっと人の心を掴むものだと思います。八戸の人からするとピンと来ないかもしれないけれど、いーい感じですよ、八戸の町並みは!

'09 08月31日 (月) 06時31分 : とにもかくにも、おつかれさま!(2009衆議院選挙をふりかえる)

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2009年、日本を考える夏が終わりました。衆議院選挙はつつがなく終了し、民主党が第一党・308議席を獲得して政権交代が実現しました。一方自民党は119議席と記録的大敗を喫し、1955年の結党以来はじめて第一党から転落、野党に下りました。

結論から言うと・・・僕としては残念な結果になりました。僕は自民党に投票しましたが、その理由を下記に改めてまとめてみます。民主党を支持された方は「下記のような政策の結果生じる痛みに耐えてでも、政権を変えるべきである」とお考えだったのでしょうが、もしかするとご存じのない項目も含まれているかもしれません。今後の生活を大きく左右する項目のオンパレードですから、是非とも今一度ご確認下さい。

  1. (生活にプラス!)高速道路無料化
  2. (生活にプラス!)中学生卒業までの子供1人につき26000円を支給する子供手当て
  3. (生活にプラス!)ガソリン税の暫定税率撤廃で1リットル辺り25円安く
  4. (生活にプラス!)消費税率4年間据え置き
  5. (生活にプラス!)年金の一元化で保険料は一律15%に、被雇用者はほぼ据え置き
  6. (生活にマイナス・・・)配偶者控除・一部の扶養控除・住宅ローン減税・エコカー減税が無くなる増税
  7. (生活にマイナス・・・)年金の一元化で保険料は一律15%に、自営業は保険料大幅増
  8. (生活にマイナス・・・)FTA(自由貿易協定)推進により、農業・漁業・林業・製造業などの業界が打撃を受ける可能性有り
  9. (生活にマイナス・・・)自動車税・地球温暖化対策税などの増税と、CO2対策関連法案による景気悪化の見込み
  10. (生活にマイナス・・・)外国人参政権・国籍法改正・人権擁護法案などの左派的法案により、悪意ある外国人の脅威にさらされやすくなる可能性有り

4年前の選挙では「郵政民営化」が争点となりましたが、今回の民主党のマニフェストは「郵便局が民間企業になる」という変化がちっぽけなものに見えるほどに大きな変革を掲げていました。そんな政党が圧倒的勝利を収めたということは、上記のマニフェストに記載されている政策群が実行される可能性は非常に高いことでしょう。

覚悟、できてますか?

例えば、お子さんのいない家庭や扶養控除が廃止されそうな扶養家族をお持ちのご家庭の方。住宅ローン減税を利用して住宅を購入された方、車を購入される予定のある方。これらの控除・補助は即座に撤廃される予定です(ソース)。

年間何万円が増税になり、家や車の購入時に何万円の負担増になるのかは、個々の事情によって違ってきます。しっかりと計算して、増税に備えましょう。せっかくなので非常にシンプルな判断基準として示すならば・・・

中学生以下のお子さんが2人以上いる世帯以外の世帯では、増税が予想されます。

加えて、自動車関連では高速道路料金以外は軒並み増税となる見込みであり、高速道路に乗らない人は、間違いなく増税に倒れます。マニフェストに記載されている政策が実行に移されれば、暫定税率撤廃分を加えてもガソリンは高くなり、車一台につき毎年5万円とも言われる自動車税が課される可能性が、あるんです。八戸は車社会で1世帯で何台も車を持つことが当たり前のようになっている町ですから、この点についても十分に注意が必要です。

・・・国民の信を問い、それを得て勢いづく民主党政権がスピーディに法案を通すことを考えると、増税はあっという間にやってきます。是非とも、備えを。

民主党・国民新党・社民党の連立政権の議席数はギリギリ320を切っているが・・・?

民主党・国民新党・社民党それぞれの公式発表によって、この3党が連立政権を組むことはほぼ決定しています。個人的には「この党が日本の政権に入るのかよ!? 信じられん!」という考えもあったりはするのですが、それはそれ。これらが連立政権を組んだときの議席数・・・これが大きな問題です。

その議席数、民主党308+国民新党3+社民党7=318<320。つまり、次期連立与党だけでは「衆議院定数480の2/3以上の議席」が確保できないということです。

正直、ギリギリ首の皮一枚つながった感があります。

320を超えてくると、もし参議院で与野党入り乱れて紛糾・不成立となった法案も衆議院差し戻しで採決されてしまいます。上記のまとめにも示しましたが、民主党の左派的側面から推進される「普通の日本人にはかなり危ない法案」までもが連立与党のゴリ押しで通されてしまう危険が、現実味を帯びてくるんですね。

ついては、これから我々が民主党政権を見守るに辺り、連立3党の議員数が320を超えているかどうかは極めて注意深く目を向けておく必要があります。数名が党を移籍したりするだけで、この危険なラインを超えてしまいます。

前回の記事でも言いましたが、僕たちに投票の義務がある理由は、僕たちが投票した政治家達の決定に従わなければならないという義務があるからです。

増税しかり、思想的に過激な政策しかり、これからも国民が政治を見続けなければおかしなことが起こる可能性はどの政党にだってあります。自民党が批判されたように、民主党も批判されなければなりません。

忘れてはいけない、偏向マスコミの存在

ここまで書いたことは、すべてマニフェストや政策集に記載済みのポイントであり、民主党議員から言わせれば「すでに有権者にはご理解いただいている内容」です。我々は選挙によって、それを認めたことになります。当然、知らなかったでは済まされません。

しかし、ここまで言っても納得しない人がいるでしょう。こんな声を、よく聞きます。

「なあに、民主党だって、いざとなったら変な事はしないでしょ?」
「危ないことを言い出したら、みんなが騒いで止めるでしょ?」

ここまで根拠無しに諸手を挙げて楽観主義を貫ける人とは正直お友達にはなりたくはないですが、いずれにせよこういった考え方を持つ人は事実です。もちろん、このような「揺り返し」的な行動は過去の社会党や現民主党にも見られることであり、例えば安全保障などの問題について民主党は大きくブレが生じていることが指摘されているのはご存じの通りです。

ただ、ここは理解しておいてください。このような「揺り返し」は、マスコミが騒がなければ起こらないでしょう

過去の記事でも触れましたが、現在のマスコミは非常に民主党寄りな論調を繰り返しており、おそらくは今回の選挙結果に対しても歓迎の態度を取るでしょう。そしてそのイキオイのまま、民主党が変な法案を出しても報道しない可能性があります。別な言い方をすれば、マスコミにはそういった「揺り返し」的な民主党の行動を「報道しない」自由があります。その自由は現政権下で大いに利用されたことを、忘れてはいけません。

マスコミの偏向っぷりは、下記をご参照下さい。

  1. 麻生首相「金ないのに結婚するな」発言の実際の音声
  2. テレビと新聞しか見ずに投票する危険性を学ぶ練習問題
  3. あなたの不満の根は「格差」か「景気」か、本当に理解していますか?

おわりに+八戸ではどうだったのか?

結果的に僕としては不本意でした。現政権は世界同時不況に対してトップクラスの対処を成し遂げ、環境技術やコンテンツ業界といった日本の長所を伸ばす成長戦略を明確に示し、外交・安全保障は明快な論理で筋を通した。北朝鮮拉致問題解決を願うブルーリボンのバッジを決して外さない強さと、マスコミの偏向報道を笑い飛ばす軽さを合わせ持ち、明るく強い「とてつもない日本」を標榜した麻生さんは、個人的にはここ30年の日本の総理大臣の中でも間違いなく飛び抜けていたと僕は今でも考えています。マスコミでは報じてくれなかった素晴らしい点が、いっぱいあった。

と言えども、今回の選挙にとって僕は「参加した者」であり、「責任を共有するもの」、ステイクホルダーなわけです。僕が投票した結果が、政権交代だったんですね。だからこそ、これからも民主党政権をしっかりと見つめていきたいと思います。それに、もしかしたら僕の心配が杞憂だったと思えるような未来が訪れる可能性だって、(理詰めに考えればほぼゼロに近いと思うけれど)残されているわけですから。

日本人である以上、皆さんに責任は存在します。今回の選挙で本当に起きた大変革を生かすか殺すかは、皆さんの政治に対する想いにかかっていると言って良い。

今回の選挙で国民が見せた「政治に対する想い」を、維持しなければいけません。「政権交代が目的だったから、あとはどうでもいいよ」なんていう悪い子は、ゲンコツですよ(笑)

ところで、僕の故郷・八戸の選挙結果はどうだったんでしょうか。見てみましょう。

  1. 大島 理森(62)・自民 : 90,176 当選
  2. 田名部匡代(40)・民主 : 89,809
  3. 中西 修二(62)・幸福 : 2,249

なんと367票差で、自民党公認の大島さんが制しました。青森県の小選挙区は4区ありますが、そのうち3区で自民が競り勝ち、3/4が自民という保守王国の面目躍如といった結果となりました。小選挙区の半数以上を現連立与党側が制した都道府県は11しか無いことを考えると、なかなかスゴイ結果が出たと言えそうです。あと2議席で強行採決の一線を越えそうだった選挙結果を考えると、このふんばりは日本の政治のバランスを保つ上で非常に効果的だったと僕は考えます。

しかし。農業・漁業・製造業などの第一次産業に従事する労働者が多く、県内の産業が弱く中央の景気によって直接県民の所得が上下する青森県において、個人的には民主党の政策はあり得ないと思っていたので、民主党が圧倒的勝利を収めた現状を見るとその心配が現実になりそうでとても不安なのが本心です。どんなに情報を漁っても、どう考えても、青森に住む僕の家族や友達には増税になるんですから。・・・ああ、どうなるんだろう?

・・・比例を合わせて、青森県からは7人の議員が国会に向かいます。僕たちの声を間違いなく国政に届けるために、これら7人の議員さんにしっかりと想いを伝え、励まさなければなりません。そうじゃなきゃ、選挙した意味がないんですから。

そして最後に改めて思うのは、「選挙は終わった」ということです。自民党大敗は僕にとって辛い現実ですが、考え直すと「キモチイイ程の、景気の良い負けっぷり」だった訳で、この際しっかりと保守政党として一致団結した党として再スタートしてもらい、こざっぱりして垢を落として来年の参議院選挙に臨んで欲しいと思います。

大勝を収めた民主党・鳩山党首の言葉を借りて、今回の2009・衆議院選挙特集を締めくくりたいと思います。

「政権交代はゴールではなく、スタート。これからが試される時だ」

さあ、新しい日本が、離陸します。
 

おことわり

今回で一連の2009衆議院選挙を採り上げるシリーズは終了です。次回更新からは普通の男の子に戻りますので、今後とも宜しくお願いいたします。また、政治という繊細なテーマを扱ったため、政治信条や考え方によっては不快な内容があったかもしれないと思います。もしそういった方がいらっしゃったら、お詫びさせていただきます。政治は決して生活とほど遠い「関係のないもの」ではなく、みんなで考えて議論してしかるべきだという考えの下で、当サイト管理人である私は論を進めたつもりです。何卒ご理解を頂きますよう、心よりお願い申し上げます。

ありがとうございました!

'09 08月30日 (日) 06時55分 : 選挙に行きましょう! チェックポイントを総復習

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さあ、今日は2009年・衆議院選挙の投票日です! 是非、皆さんの想いを一票に乗せてください。

当サイトでは、これまで5回に渡って政治関連の特集をしました。下記がその記事リストです、もし良かったらご一読下さい。

  1. 麻生首相「金ないのに結婚するな」発言の実際の音声 : マスコミの偏向報道について
  2. 民主党が勝つと配偶者控除も扶養控除もなくなるよ : 一般市民にとって民主党政策は増税となる点について
  3. 民主党の政策は知れば知るほどカゲキで、八戸には辛い : 財源も現実性も無い民主党の荒唐無稽な政策について
  4. テレビと新聞しか見ずに投票する危険性を学ぶ練習問題 : マスコミが作り上げる二元論的・煽動的な報道姿勢について
  5. あなたの不満の根は「格差」か「景気」か、本当に理解していますか? : 小泉構造改革の総括と、マスコミが喧伝する「格差社会」のカラクリについて

上記の5回で挙げた数々のポイントのうち、もっとも重要と思われるものを10個抜き出してみます。

  1. 「金が無いのに結婚するな」という麻生さんの発言は、マスコミの捏造である。
  2. 民主党の税政によって、配偶者控除・一部の扶養控除・住宅ローン減税・エコカー減税が無くなる
  3. 民主党の年金政策によって、農業・漁業などの生産者を含む自営業は今の何倍もの年金を支払うことになる。
  4. 民主党のFTA(自由貿易協定)推進は、過去のコメ輸入自由化の議論で危惧されたように、国内の農業・漁業などの生産者が大打撃を被る可能性がある。
  5. 民主党の高速道路無料化は、すべての車にかかる税金によって相殺される。
  6. 民主党のガソリン税の暫定税率撤廃及び地球温暖化対策税(仮称)によって、大増税が予想される
  7. 現在の不況の原因はアメリカ発の世界同時不況であり、決して日本の一政党である自民党が原因ではない。
  8. 政府の不況対策関連法案